閑話・死の殉教者
魔界の奥地、深い木々に囲まれ光さえ届かない森の奥に薄暗い洞窟があった。その洞窟からは禍々しい気配が時折漏れており、周囲の生物はその気配を恐れて洞窟には近寄ってこない。
そんな洞窟に近づく影がひとつ。豪華な衣装に身を包み、空中に浮かびながら移動するリッチ……冥王クロムエイナの家族にして、死霊の大賢者と称されるゼクスだった。
「やれやれ、相変わらず禍々しい所ですな……おや? 以前訪れた時よりも、洞窟の結界も強力になっておりますな……はてさて、研究が順調そうでなによりというべきか、ごくごく稀に訪れるかどうかというレベルの相手すら徹底排除する様に呆れるべきか……」
独り言をつぶやきながらため息を吐いたあと、ゼクスは複雑な魔法陣を起動して洞窟の入り口に張られた結界をすり抜けて中に入る。
そしてその直後に己に向かって飛んできた矢を骨の手で掴みとった。
「……いい加減何度も訪れてるのですし、ワシには攻撃しないように設定してくれないものですかな……まぁ。彼女のことですから、ワシの名前すら覚えてないのでしょうが」
直後に襲い掛かってきた数体の死霊兵を軽くあしらい、のんびりとした口調で呟きながら奥に進んでいくと、洞窟の入り口のサイズからは考えられないほど巨大な扉が見えてきた。
空間拡張によって作られたあまりにも巨大な扉にゼクスが手をかざし、ソレをゆっくりと開くと……そこにはかなり巨大な空間があった。
壁際には大小さまざまなスケルトンやゾンビといった死霊兵が並べられており、空間全てから濃厚な死の気配が伝わってくるようなそんな場所だった。
その部屋の最奥、山積みにされた素材や資料の中心にいた黒いローブを着た人物が、ゼクスが部屋に入ったと同時に巨大な棺桶を取り出し、ゼクスの方に向ける。
空間が軋むかのような禍々しく巨大な魔力と共に、その棺桶が開きかけたタイミングでゼクスが口を開いた。
「お久しぶりですな、『ラサル殿』」
「……」
その言葉を聞いて開きかけていた棺桶は止まり、ラサルと呼ばれた人物はようやくゼクスの方をチラリと見て、その姿を確認したあとで棺桶を閉じた。
「……見覚えのある奇抜なリッチだナ。あア、そういえバ、何度か取引をしたような覚えがあるナ」
「いい加減、名前ぐらい覚えていただきたいものですな」
「知らン、興味が無イ」
興味なさげに告げたあとで、手に持っていた棺桶を近くに立てかけラサルが振り返った。黒いフード付きローブで全身のほとんどを隠している不気味な姿の彼女は、魔界において知る人ぞ知る最強の死霊術士、『ラサル・マルフェク』である。
「それデ、なんの用ダ? 研究の邪魔だから手短に言エ」
ラサルはゼクスが知る限り最高の死霊術士ではあるが、極めて変わり者であり、それこそ何万年も延々と研究を続けており、この洞窟から外へ出ることなど数千年に一度あるかないかというレベルの凄まじい引きこもりだった。
「ほほ、順調ですかな? 無限の死霊兵を生み出す理論の構築は……」
「下らん世間話に付き合う気はなイ。用件はなんダ?」
「やれやれ、相変わらず辛辣な……いえ、なに、また余っている死霊兵があれば譲っていただきたいと思いましてな」
ゼクスはいままでもなんどかラサルと取引をしたことがある。変わり者ではあるがラサルが作り出す死霊兵の性能はゼクスが作るものと比べて数段上の完成度であり、いろいろ役立つ部分も多い。
さらに言えばラサルは研究の過程で生み出したものはこの部屋に適当に並べており、場所が無くなったら全て消し飛ばして処分してしまうので、それはもったいないとゼクスはある程度定期的に訪れて死霊兵を買い取っている。
ラサルにとっては不要な研究成果を買い取ってスペースを空けてくれ、結果として処分の時間を研究に回せる。ゼクスにしてみれば目的以外には興味の薄いラサルから、安価で凄まじく高性能の死霊兵を買い取れると、双方ともに益があるため取引は成立している。
「……壁際に並べてあるものハ、すべて不要ダ。好きに持っていケ」
「ふむ、お値段はいかほどで?」
「いつもどおりに任せル。別にいくらでもいイ」
簡潔なやり取りのあとでゼクスは並んでいた様々な死霊兵を時空間魔法で収納し、お金の入った袋を部屋の中心に置く。
いつも通りなら、これ以上はなにを言ったところでラサルが会話に応じてくれることは無いので、ゼクスは収納を終えたあと背を向けて立ち去ろうとした。
するとそのタイミングで、珍しくラサルの方から声をかけてきた。
「待テ、ひとつ聞きたいことがあル」
「なんと、珍しい……なんですかな?」
「魔界には死の王だとかいう奴が居るのだろウ? そいつハ、どこに行けば会えル?」
「アイシス様のことですかな? 魔界の最北端、死の大地に居城がありますな」
突然のラサルの質問にやや驚きながら言葉を返すと、ラサルは続けてもうひとつ尋ねてきた。
「そいつハ、死の王と呼ばれるに相応しい存在なのカ?」
「彼女はまさに、死の化身と言っていいと思いますよ」
「そうカ……聞きたいことはそれだけダ。さっさと帰レ」
「ふむ?」
ラサルの言葉に首を傾げつつも、尋ねたところで答えが返ってこないのは分かり切っていたので、ゼクスはそのまま洞窟を後にした。
ゼクスが立ち去ったあとの洞窟では、ラサルが研究を続けながら深い笑みを浮かべていた。
「ク、カカカ……もうすぐ完成ダ。完成したらどうするかと思っていたガ、私を差し置いテ、死の王だのと名乗っている愚か者ニ、誰が死の王に相応しいかを教えてやるのもいいかもしれないナ」
深い笑みを浮かべながら完成間際となった研究に没頭するラサル……彼女はまだ、この先己に待ち受ける運命を知らない。
のちに死の王に出合い頭に土下座を決めることになるとは知らないまま、洞窟の中で高笑いをあげていた。
シリアス先輩「……なお、待ち受ける未来は初手土下座である」
 




