六王幹部に会おう・十魔編⑤
グラトニーさんが用意してくれた席に着くと、グラトニーさんは俺に深く頭を下げながら言葉を発する。
『用意させていただきますが、少々不便なので姿を変えます。お目汚しをお許しください』
そう言うとぬいぐるみの体がボコボコと脈打つように大きくなり、少しするとナターシャさんにそっくりな人型に変わった。
髪の色が白く、ドレスは黒色とナターシャさんとは配色が真逆である以外は、顔も背丈もまったく一緒である。
「えっと、その姿がグラトニーさんの本来の姿なんですか?」
『私は不定形の魔族でして姿は自在に変えられます。しかし私の本来の姿は、ただの巨大な肉塊でして細かな作業をするのに適しているとは言えないので、今回はナターシャの姿を真似ました』
「なるほど……ナターシャさんは普通の魔族なんですか?」
『いえ、ナターシャは私が作り出した存在です……先ほど語ったように私の本来の姿は巨大な肉塊でして、その一部を触媒にすることで、一日に作り出せる数などいろいろと制限こそありますが、それなり力を持った生命を作り出すことができます。私はその生物を《次元獣》と呼称しています』
生命の創造とは……いろいろ制限があるみたいなので、生命神であるライフさんのように無尽蔵とはいかないのだろうが、それでもとんでもない力だ。
『ナターシャは私が作り出した次元獣の中でも最高傑作であり、伯爵級でも上位の実力を有しています。そのため、普段は私の代役を任せています』
グラトニーさんの言葉に反応して、後方に控えていたナターシャさんがぺこりと一礼する。最初に会った時からそうではあったが、ナターシャさんからはグラトニーさんほどの忠誠心というか、そういう風な感情は伝わってこない。
感応魔法で感じた印象としては、彼女が強い忠誠心を抱いているのはあくまでグラトニーさんに対してであり、俺に対してはグラトニーさんより立場が上の存在として敬意をもって接してはいるが、あくまで最優先はグラトニーさんという感じがした。
いまグラトニーさんが「最高傑作」と口にした際には嬉しそうな感情が伝わってきたので、イメージとしては親を慕う娘という印象だ。なんだか少し微笑ましい。
『ナターシャ、ミヤマカイト様とパンドラ様に茶を』
「畏まりました」
ナターシャさんに指示を出したあと、グラトニーさんはグロテスクな怪獣の前に移動して、ナイフを取り出し、怪獣を薄く……ハムのように切り、まるで花のような形に皿に盛りつけて俺の前に差し出してきた。
『どうぞ、お召し上がりください』
「……ありがとうございます」
まぁ、いくつかツッコミどころはある。ナターシャさんが準備しているティーカップを見るに、先ほどグラトニーさんが言った茶とは紅茶のことだろう。
紅茶と肉という組み合わせにまず微妙な顔をしたい気持ちだが、それより気になるのは先ほどから心底心配そうにこちらを見ているパンドラさんである。
普段はどちらかといえば狂人よりのパンドラさんが、そんな顔を浮かべる食べ物……これは、それなりの覚悟を決めなければならないだろう。
断るという選択肢は……残念ながら難しい。なにしろグラトニーさんは100%厚意であり、いまも俺の口に合えばいいなぁと、そんな風に期待しているのかキラキラとした目でこちらを見ている。
現在はナターシャさんの姿を真似ていることもあって、小柄な少女の姿でそんな目を向けられては……とてもじゃないが拒否はできない。
まぁ、パンドラさんやアリスが阻止に動かないということは、出されたこの肉はとりあえず毒とかそういうわけでは無いのだろう……パンドラさんがめっちゃ心配そうにしてるので、不味いのは間違いないのだろうけど……。
「……お茶を、どうぞ」
「……………………ありがとうございます」
ナターシャさんが俺の前に置いたカップに入っていたのは、『真っ黒のドロッとした液体』で『表面がやたらテカテカと輝いている』……『重油』かな?
「それでは、いただきます」
不安な気持ちを表に出さないように、俺は怪獣のハムを口に運ぶ……元の姿さえ思い浮かべなければ、見た目は普通の赤身のハムだし、問題はな……なにこれ、ひっどいな……。
まず食感が凄い、はんぺんのような噛み応えだが……妙にジャリジャリしてる。控えめに言って気持ち悪い食感ではあるが、それ以上に味がまた個性的だった。
肉のはずなのに、味は『泥臭さMAXの川魚』みたいな感じで……いや、もう取り繕うのはやめよう。
食感も味も『泥を食べてるみたい』という一言に尽きる。
そのまま流れでお茶? の入ったカップに手を伸ばす。やっぱなんかドロッとしてテカッてるんだけど、重油じゃないよね? まぁ、飲んでみればわかるか……なるほど、これはなかなか強烈だ。
蜂蜜のようにドロッとしてるが、味の表現は難しい……ただ強烈な臭みがある。なんというか『床を拭いたあとの雑巾』のような臭いが口の中いっぱいに広がる感じだ。
飲んだことは無いが、雑巾を絞った水とかを飲んだらこんな味がするのかもしれない。
まぁ、食べて、飲んだ感想としては……『ただ不味いだけレベル』といった感じで『あまり大したことは無い』。
シリアス先輩「え? なにこれ? なにこのいまだかつてないほど快人から感じる『強キャラ感』……」
???「いやだって、カイトさんって『メシマズ親の料理』やら『ベビーカステラという名の暗黒物質』やらたくさん食べてるので、味覚の許容範囲がえげつないんですよ……だからほら、思い出してください。パンドラは必死に忠告してましたけど、アリスちゃん別に忠告してなかったでしょ?」
シリアス先輩「……そういえば補足説明してるだけで、注意したりはなかったな」
 




