より仲良くなれたって事で良いのかな?
リグフォレシアに来て二日目の夜、明日は俺が参加する収穫祭があるし、ここはゆっくりと休んでおきたい所……だが、昼間に寝たというか気絶したせいか、寝付けない。
少し夜風にでも当たろうかと思ったそのタイミングで、やや控えめにドアがノックされる。
「はい」
反射的に返事をするが、返答は無い。
通常であれば不審に思うかもしれないが、俺には感応魔法があるので誰が訪ねて来ているかは分かっている。
「どうしたんですか? ジークさん」
「……」
そうノックした後に返事が無かったのは、ジークさんだったから。
そろそろ日付が変わりそうな時間だが、何の用事だろうと思って尋ねると、ジークさんは小さく手を動かす。
「散歩ですか? ええ、丁度俺も寝付けなかったので」
「……」
どうもジークさんも寝付けなかったのか、俺がもし起きているならと散歩にでも行かないかと誘いにきてくれたみたいだ。
夜風に当たろうかと思っていたタイミングだったので、俺は特に悩む事も無くジークさんの誘いに頷く。
月明かりに照らされるリグフォレシアの街を、ジークさんと並んで歩く。
俺達の前では光る球体状の魔法具……携帯式照明魔法具と言う道具が道を照らしてくれている。
俺達の世界で言う懐中電灯みたいな物ではあるが、手に持たなくて良かったり、照らし方も調整出来たりとこっちの方が高性能だ。
しばらく歩くと、広場の様になっている場所に辿り着き、ジークさんに促されてそこにあるベンチに腰掛ける。
ジークさんも当り前の様に俺の隣に座って来て、照明魔法具に照らされ、ルビーの様な赤い髪が淡く光り、その端麗な横顔に思わずドキッとしてしまう。
リグフォレシアの夜はとても静かで、時折吹く風が心地良く頬を撫でる。
少しの間沈黙が流れた後、俺はふと思いついてジークさんに声をかける。
「そう言えば、ジークさん。ちゃんとお礼が言えていませんでした。助けていただいて、ありがとうご――え?」
「……」
ブラックベアーの攻撃から守ってもらった事に関して、改めてちゃんとした形でお礼を言おうとしたのだが、言葉の途中でジークさんがそれを遮る様に、人差し指を立てて俺の顔の前に出す。
そしてそのまま首を横に数度振り、ポケットからメモとペンを取り出してそこに書き込む。
『お礼は、むしろ私の方が言いたいと思います。カイトさん、ありがとうございます。貴方のお陰で、ぎくしゃくしていたリリとの関係を昔の様に戻す事が出来ました』
「あ、いえ、俺は別に何も……」
あくまで俺はあの時思った事を言っただけであり、ジークさんとリリアさんの関係が修復できたのは、ジークさんが心からリリアさんの事を想い叱ったからだと思う。
だから俺は特に何もしていないと答えるが、ジークさんは再び首を横に振り、メモに字を書き込んでいく。
『きっかけが必要でした。そして、貴方がそのきっかけになってくれた。謙遜は美徳ですが、ここでは受け取っておいてください』
「……はい」
『……ただ、少し注意をしたい事もあります』
「注意? ですか?」
そこまで書いた後、ジークさんは綺麗な青い瞳で俺を見つめながら、続きを書いたメモを差し出してくる。
『今回は状況的に仕方が無かったですけど……あまり、無茶はしないで下さい』
「……」
『貴方が傷つけば、私は悲しい……自分の事も、大切にしてあげて下さい』
「……はい」
無茶をする弟を嗜める様に優しい表情で見つめてくるジークさんに、俺はしっかりと返事する。
ジークさんは俺の返事を聞いて頷いた後、柔らかな微笑みを浮かべ、更にメモに字を書く。
『……カイトさん。少しだけ……肩を借りても良いですか?』
「肩、ですか? あ、はい。それは構いませんが……」
『では、失礼して』
「えっ!? じ、ジークさん!?」
肩を借りると言う言葉の意味はよく分からなかったが、特に断る理由も無く頷くと、ジークさんは俺の方に頭を乗せてもたれかかってくる。
ジークさんの身長は俺とほぼ同じであり、もたれかかるには丁度いい高さだとも言えるが……まさかこんな状況になるとは思わなかった。
エルフ族特有の長い耳が微かに揺れ、乗せられた頭からジークさんの体温が伝わってくる。
そのままジークさんは、しばらくの間目を閉じて俺に体重を預けてくる。
当然ジークさんの様な美人にそんな事をされ、俺の方は全く冷静ではなく、先程から早鐘の様に心臓が脈打っている。
『カイトさんは、いつも……私に声をかけてくれましたね』
「うん?」
座った体勢のまま石化した様に固まっていると、いつの間に書いたのか視線の先にメモが差し出されてくる。
『私はほら、喋れませんし、高い身長が威圧感を与えるのか、あまり話しかけられたりはしないんですよ』
「た、確かに、俺も初めはジークさんはクールな方だって思ってました」
ジークさんは170cm程と、女性にしては高い身長であり、非常に整った顔立ちと落ち着いた雰囲気もあって、出会ったばかりの頃は俺もクールでストイックな方だと、勝手に思い込んでいたものだ。
『でも、貴方はよく私に話しかけて来てくれた。返事さえ出来ない私を疎ましく思う事も無く……それが、とても嬉しかった』
「それは、単に俺がジークさんと話すのが楽しかっただけですよ。確かに初めはクールな方かなって勝手に思い込んでましたが……実際話してみれば、ジークさんはとても家庭的で優しく、話しかけやすい素敵な方だって思いました」
『……ありがとうございます』
俺の言葉を受け、ジークさんは少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ後、再び瞳を閉じてもたれかかってくる。
再度訪れた沈黙は、決して居心地の悪い様なものではなく、どこか温かく心地良いものだった。
そのまましばらく……時折吹く夜風に身を委ね、穏やかに流れる時間を楽しんでいると、ジークさんがゆっくりと俺の肩に乗せていた頭を上げ、静かに立ち上がる。
『あまり遅くなっても、明日に差し障ります。そろそろ、戻りましょう』
「はい」
ジークさんの言葉に従って、俺もベンチから立ち上がる。
そして、再び来た道を戻ろうとしたタイミングで、ジークさんはスッと当り前の様に俺の手を握る。
「えっ!?」
「……」
「ジークさん?」
「……」
突然の事に驚くが、ジークさんから返事は無く歩を進めて行く。
細く柔らかい手を俺の手に重ね、俺を引っ張る様に少し前を歩くジークさんの頬は、光の加減かもしれないが、微かに赤く染まっている様にも見えた。
宿の入り口でジークさんと別れ、自分の部屋に戻ってくる。
どこか先程までの出来事を夢見心地の様に感じながら、ベットに横になろうとしたタイミングで、それに気が付いた。
いつの間にか俺の服のポケットに、小さなメモが差し込まれており、間違いなくジークさんが書いたであろうそれを手に取り、部屋の照明魔法具に照らして読んでみる。
『真っ直ぐで優しいカイトさんが、大好きです。どうかこれから先も、そんな優しい貴方であってください。困った事にライバルは多そうですが、私も頑張るつもりなので……出来れば、偶に私の事も見てみてください』
「……」
どこか含む様な書き方のメモを見て、俺は部屋で首を傾げる。
好意的に思って貰えてるって事だろうけど、ライバルとかはどういう意味なんだろう? 確かジークさん達は明日の収穫祭には出ないので、他の参加者と競い合うって事ではないだろうし……
う~ん。良くは分からないが、特に嫌な気がする訳でもない。
考えても答えは出そうに無かったので、俺はそのメモをマジックボックスにしまってから、照明を切りベットに横になる。
先程までは寝付けなかったが、ジークさんのお陰でぐっすり眠れそうな気がした。
拝啓、母さん、父さん――ジークさんと夜道を散歩して、話をした。所々で意図の読めない行動があったんだけど、これは――より仲良くなれたって事で良いのかな?
いや、そこまでされたら気付けよ……




