閑話・九条光~勇者と義賊の友情~前編
サラッと閑話書いて、次の話にはギルドに到着と思っていたんですが……これまで全く触れていなかったこともあり、完全に1万字越えそうだったので前後編に分けます。
初代勇者・九条光、トリニィアにおいてその名を知らないものはいないと言っていいほどの存在であり、いまもなお語り継がれる伝説の英雄。魔王を打倒し、三界を繋ぐ友好条約を締結させた世界に大きな改革をもたらした異世界人。
彼女の旅路は最初から多くの者に望まれ、祝福されて始まった……というわけでは無かった。
九条光が召喚され、本人から身の上などの話を一通り聞き終わると、召喚を行った者や当時の各国の代表たちは勇者召喚を行ったことを深く後悔した。
救世主を求め、藁にもすがる思いで古より伝わる異世界からの召喚の儀式を行った結果、年端もいかない少女……実戦経験などない平和に生きてきた者を誘拐同然にこの世界へと呼び立ててしまった。
元居た世界に帰そうにも、召喚魔法陣は召喚以降反応がなく、世界間の転移というあまりにも人知を超えた術式は人の理解の及ぶものではなく原因の究明もできず、結果として光を元の世界に戻すことができなかった。
しかし彼女を召喚した者たちは、魔王軍との戦いで疲弊はしていても良識ある者たちだった。光に戦いの場に立つことを求めることはなく、戦線から最も遠い国の城……現在のシンフォニア王国の王城にて手厚く保護を行った。
もちろん魔王軍と人族の連合軍の戦いが続く最中、豪華絢爛な生活とはいかないものの異世界からの召喚者である光が不自由しないように可能な限りの配慮をした。
そのおかげで光も突如異世界に召喚されるという事態でも、大きく取り乱すことは無かった。
少なくとも光の周りには心優しい人が多くいた。魔王軍との戦いで人界全体が疲弊していると言っていい状況であっても、前を向いてそれぞれができることをしようと頑張っている。
そんな人たちの優しさに触れ、その姿を見て……いつしか光は、この世界に生きる人たちのことを好ましく思い、彼らを守りたいと……助けになりたいと思い始める。
幸い彼女には才能が有り、身を守る術にと教わっていた魔法に関しても召喚から数ヶ月経つ頃には習得し、元々剣術道場の娘として幼い頃から培っていた剣技も合わさり、召喚されて半年がたつ頃にはそれなりの強者といっていい実力を得ていた。
しかし、共に戦いたいと願う光に対して、周囲はあまりいい顔をしなかった。光の周りにいた……彼女が守りたいと願った人々もまた光の真っすぐで心優しい性格を好ましく思っており、だからこそ彼女を戦いに参加させたくは無かった。
いくら戦えるだけの力を得ているとはいえ、異世界の住人でありいずれ生まれ育った世界に帰るべき彼女をこの世界の都合に巻き込みたくなかったこともあり、なんとか彼女に思いとどまるように説得を試みた。
だが光の意思は固く、最終的には交渉相手であった当時のシンフォニア国王が折れる形で、光にはある任務が与えられた。
それは、単独でも十分に戦闘が行える光にいくつかの都市を巡ってもらい、魔王軍の動向や規模を調査する偵察……『という名目』の任務だった。
実際は彼女に調査を依頼した都市は、そこに向かう道中も含め安全が確保されている場所であり、光の意思を否定せずにかつ彼女をこちらの世界の戦いに巻き込まないための処置でもあった。
依頼した都市を光がすべて回り終えるまでに、魔王軍との決着を付けてみせると……そんな意思も籠っていた。
……だが、そんな周囲の思惑に対したったひとつの『誤算』があった。それは、地図と十分な物資を持ってひとりで出発するはずだった光の旅に「面白そうだから」という理由で同行した者がいたことだった。
その同行者の名は『ハプティ』……光とは王都で起こった小さなトラブルで知り合い、その後に友人関係となっていた自称義賊の少女。そう、伝説に残る初代勇者の旅は、異世界から召喚された剣士の少女と自称義賊の盗賊の少女という一風変わったパーティでスタートした。
そしてそのしばらく後で、人族連合軍の上層部の元にとてつもない報告が届いた。光とハプティが、指揮官であった高位魔族をたったふたりで打ち破り、魔族に支配されていた街のひとつを解放したという内容だった。
その報告を聞いた当時のシンフォニア国王は眩暈がする思いだった。光に指示していたルートとは全く違う場所での凄まじい戦果……というか、いったいどうやってこちらに気付かれることなく、魔族の支配領域まで辿り着いたのかサッパリ理解できなかった。
それもそのはずだろう、光がなぜその都市の魔族と戦うことになったのか、その原因は彼女の同行者であるハプティだった。ハプティがお宝目当てで古代遺跡に光を騙して誘導し、そのせいで土地勘のない光は道に迷ってしまったのだ。
その結果たまたま魔族の支配する街に辿り着き、タイミングよく一斉反抗をしようとしていた街の住人たちの集団に成り行きで加わる形となり、その街を任されていた高位魔族を打ち破ったと、そんな偶然が重なった結果だった。
だがこの戦果は、人族側に一筋の光明をもたらすことになった。人族側にはそれまでは魔王軍に対する有効な対抗策が存在しなかった。しかし、光とハプティの戦果により魔王軍のある弱点が浮き彫りとなった。
それは、魔族達の仲間意識の薄さ……そう、結局のところ魔王軍において大半の者は力によって従っているだけであり、仲間意識などは皆無であり単純に力の強いものが上に立っているという組織構図だった。
それ故に指揮官となる魔族……その場において最強の存在を打ち破ることで簡単に瓦解する。仇討ちをしようなどと考える者は無く、その場で一番強い存在が破れたのならさっさと逃げていく。
さらに魔王軍の大半は人族を見下している。特に力のある者は己が人族などに敗れる筈がないと、そう思っている。
故に有効なのだ『本隊を別の場所に釘付け』にしてからの『少数精鋭での重要拠点への攻撃』が……魔王軍という力に従う寄せ集めの軍には、これでもかというほどその戦法が突き刺さる。
極端な話、魔王軍において最強の存在である魔王さえ打倒してしまえば、そこで魔王軍は瓦解する。無論それでも戦いを続けようとする者はいるだろうが、おそらく連携は維持できない。足の引っ張り合いが始まって、早々にバラバラになる可能性が高い。
それはまさに光明、魔王による侵略からずっと後手に回り続けていた人族にとってようやく見えた希望……それを生かさない手などは無い。
皮肉にも光を戦いから遠ざけたい者たちの考えとは裏腹に、光は今回の一件で『実績』を作ってしまった。少数で高位魔族を打ち破るという確かな実績を……
故に必然といえた。今後の魔王軍対策の要となる少数精鋭によって構成され、人族連合軍が本隊を引き付けている内に占拠された拠点を奪還する部隊に彼女が登用されるのは……。
そして今回の一件でより一層魔王軍と戦う決意を固めた光本人もその提案を了承した。
無論人族の連合軍とてなにもかも光に頼り切りというわけでは無い。連合軍からは人族最強と言っていい戦闘力を誇るマーメイド族の戦士ラグナが光の一行に加わり、人数を三人に増やして光の旅は再スタートした。
その道中で魔王軍によって住処である森を焼かれ逃げ延びたエルフ族の集落に立ち寄り、その代表であり森の賢者と呼ばれていたハイエルフのフォルスを仲間に加え、現在において勇者パーティと呼ばれる四人が一堂に会することになった。
勇者パーティの活躍はまさに快進撃と呼べるものだった。パーティメンバー四人の相性がよく戦闘が噛み合っていたこともそうだが、なにより魔王軍側のトップである魔王フィーアが四人の動向をあまり気にしていなかった……もとい、長らくその行動に目を向けていなかったからだった。
それもそのはずだろう、フィーアにとって人界の侵略はいわば通過点である。彼女の目的はクロムエイナを世界の王にするために、神界を打倒すること……だが、それは人界侵略とはわけが違う。
彼女がよく知る魔界の王たちでさえかつて神界を滅ぼすことはできなかった……そしてなにより彼女の最終目的を達成するためには、どうしても世界の神シャローヴァナルという圧倒的存在が立ち塞がる。
正直、考えれば考えるほどほぼ全能と言っていいシャローヴァナルを倒すのがいかに困難か浮き彫りになってくる。少なくとも現時点では勝ち筋はまったく見えていなかった。
故にフィーアにはまったく余裕がなかった。神経をすり減らしながら、ひたすら神界をシャローヴァナルを倒す術を考え続けていた。
だからこそ、彼女が勇者と呼ばれ始めた存在に気付いた時には、もはや人族側はそうやすやすと止めることができないほどの勢いを得ていた。
そこに来て初めて通過点と考えていた人界侵略が上手くいっていないことを理解したフィーアは、ようやく行動を開始した。
人界に目を向けた彼女が最初にしたのは人族側の快進撃に浮足立つ魔王軍をまとめること……ではなく、彼女の命に背いて不必要に人族を殺害したり、支配した街で好き勝手に己の欲望を満たし人族を迫害していた者たちの『処分』だった。
そういった者たちを速やかに始末したあとは、彼女は魔王軍の指揮をとった。さすがに本腰を入れた魔王の力は強大であり、人族側は瞬く間に窮地に立たされた。
しかし勇者という希望を得ていた人族たちは心折れることなく奮起し、死に物狂いで魔王城までの道を切り開き、勇者パーティを送り出した。
そして魔王城での凄まじい決戦を経て、後の世に語られる勇者と魔王の戦いは幕を閉じた。
九条光、トリニィアに長く語り継がれる英雄であり勇者と呼ばれた偉大なる存在。様々な歴史書や伝記、あるいは物語などにおいて彼女は強く不屈の心を持った存在であると記されている。
それは間違いではない。たしかに彼女はとても強い心を持っており、その不屈の闘志により幾度となく窮地を跳ね除けた。
だが、彼女も人間だ。常に変わることなく前を見続けられたわけでは無い。時には弱音が心に湧き上がってくることもあった。その両肩に背負った重責から逃げ出したいと思うこともあった。
だが、弱音を口にするわけにはいかなかった。周囲の環境が彼女にそれをさせなかった。
それは彼女が人族の救世主だったから、多くの命を背負っていたから……というわけではない。彼女は決して弱音を許されない立場にあったわけでは無い。むしろ逆だ……彼女は『弱音を許してもらえる立場』にあった。
光の周りにいる人たちは、彼女が守りたいと願った人々は皆優しかった。光が『逃げたい』と一言口にすれば、周りはそれを許してくれただろう。
一緒に旅をしていたラグナもフォルスも、光がこの世界の責任を背負う必要は無いと、光がそう望めばそれを受け入れてくれただろう。
だからこそ、弱音を受け入れてもらえる環境にあったからこそ、弱音を零すわけにはいかなかった。
だが、何事にも例外はある。光にとって救いだったのは、そんな環境にあってたったひとりだけ……彼女が弱音を零せる相手がいたことだった。
光には今も思い出に強く残る会話がある。旅の道中、パーティメンバーとそれぞれが戦う理由について話したことがあった。
ラグナは……というより彼女の種族であるマーメイド族は、魔王軍の侵略によって昔から代々住んでいた地を追われることになっており、故郷の奪還と魔王の打倒のために同族の期待と誇りを背負って戦いに参加していた。
フォルスもラグナに似ており、住み慣れていた地を追われたという境遇は同じである。ただ彼女の場合は連合軍には参加しておらず、同族を守るためにエルフ族の集落に居続けた。しかし、同族からの説得を受け魔王を打倒し再びエルフの森を再生させるという目的を掲げてパーティに加わった。
両者に共通しているのはどちらも種族の代表として、同族たちの思いを背負って戦っており決して逃げることはできない立場でもあった。
「……それで、ハプティ。お主はどうなんじゃ? やはり金儲けが目的か?」
人族の期待を背負うパーティにおいて、ハプティだけは少々異質な存在だった。というよりもこの時まで他の三人にとってもなぜハプティが旅に同行しているのかよく分かっていなかった。
彼女は人族のために~などというような性格はしておらず、命がけの旅に参加する理由は……まぁ、性格上金儲けが目的だろうとは三人も予想していたが、直接聞いたのはこの時が初めてだった。
ラグナの問いかけに対して、ハプティはキョトンとした顔を浮かべて首を傾げながら答える。
「え? いや、ボクはリスクと利益が釣り合わない金儲けはしないよ。お金目的で魔王退治するぐらいなら、ほかにもっといい稼ぎ方がいくらでもあるしね」
「おや? 意外な言葉が返ってきたね。失礼だが私も君は金銭が目的だと思っていたよ。あくまで私の印象での話ではあるが、君は人々のために~とかいう理由で戦うような性格には思えなくてね。いや、誤解しないでくれ、馬鹿にしているわけでは無いんだあくまでここまで君を見てきた個人的な感想に過ぎない」
「うん? その通りだけど? 別にボク的には魔王軍が勝とうが連合軍が勝とうがどうでもいいよ。ボク自身の生活に対して影響も出そうにないしね」
金儲けが目的ではないと告げたハプティの答えは三人にとって意外なものだった。その上不思議そうに尋ねたフォルスの言葉をあっさり認め、人族側が負けようがどうでもいいと言ってのける。
「……では、お主はいったいなぜ旅に参加しているのじゃ?」
ラグナの問いかけに対して、ハプティは再びキョトンとした顔を浮かべたあとで、隣に座っていた光を指差す。
「え? 『友達が参加してるから』だけど?」
「「「え?」」」
ハプティが告げた答えは、三人にとっては完全に予想外なものだった。
「……これはまた。世界のためにと言われるよりも意外な答えが出たね。ではなにかい、君はヒカリが居るからこの旅に同行していると、そういうわけかい?」
「その通りだよ、シンプルな答えだね」
フォルスの問いかけに頷きながら、ハプティは干し肉を取り出して串にさし、それを焚火で炙りながらのんびりとした口調で話し始める。
「……これはあくまでボク個人の考えだけど、世の中ってさほとんどのものはお金で買えるって、そう思うんだ。誇りだとか心だとかは買えないっていう奴も居るけどさ、ボクにしてみれば馬鹿馬鹿しいね。むしろ、誇りだとか心なんて安値で買いたたける部類だと思うよ」
「「……」」
ハプティの言葉にラグナとフォルスは、明らかに不快そうな表情を浮かべた。それもそうだろう、彼女たちはそれぞれ同族の想いを背負い、己の種族に誇りをもっている。だからこそハプティの言葉が侮辱のように聞こえた。
しかし、そんな少しピリッとした空気の中で、光は軽く微笑みを浮かべてハプティの方に顔を向けながら呟く。
「……『ほとんど』……なんですね」
「……そうだよ。ほとんど、だよ。お金で買えない、お金に換えられないものってのは……『確かに存在する』。もちろんそれがなにかは、それぞれ違うだろうさ……ボクが馬鹿馬鹿しいって言った誇りだって、ラグナやフォルスにとってはお金で買えない大切なものなんだろうしね」
そこまで告げたところでハプティは焼けた干し肉をナイフでふたつに切り、串に刺さっている方を光に手渡し、自分はナイフに突き刺したものを食べながら言葉を続ける。
「……お金で買えないものは確かにある。だけど、その数は買えるものに対して圧倒的に少ない。生きている内に得られるのなんて、本当に数えられる程度だってそう思うよ」
そう口にするのと同時に干し肉を食べ終わると、ハプティはバックから大き目の布を取り出し、近くの木にもたれかかり、寝る姿勢になりながら告げた。
「だから、さ……大切にしようって決めてるんだよ。そういうのを見つけた時にはね」
その言葉と共にハプティは目を閉じ、それ以上会話を続けることは無かった。だが、その言葉は光の心にとても温かく響いた。
少なくともハプティは己との友情を……お金では買えない、お金には代えられないものだと思ってくれていると、その事実が嬉しかった。
この時の会話があったからだろうか……後に光にとって、ハプティは『弱音を吐ける相手』となり、彼女の大きな支えになっていった。
~おまけ~
ラグナ(千年前)
魔王軍が出現した地点とマーメイド族の住処が近かったこともあり、かなり早期に侵略を受けた。この頃から人界では最強格の戦士だったこともあり、迎え撃つつもりだったが……魔王軍を率いるフィーアを見た瞬間、同族を率いて即座に住処を捨てて撤退を選んだ。
魔王を見て単独では勝ち目が無いことを悟っており、対抗するために様々な種族に呼びかけを行い人族の連合軍を結成し、自らも先陣を切って戦場に立っていた。
その時のリーダーシップやらが原因で、のちに魔王軍の被害が大きかった地域が纏まって国となる際に、初代国王になってほしいと乞われて了承、ハイドラ王国の国王となる。
国が安定したらそのうち後継者を見つけて~とこの頃は割と軽めに考えていた。
ラグナにとって誤算だったのは後継者が見つからず、またラグナ自身が国王としての手腕も非常に優れていたため、辞める機会が無いまま千年以上たった今も国王をしていること……。
フォルス(千年前)
エルフ族の中で最初にハイエルフに進化した存在。飄々とした性格とは裏腹に、森や同族を非常に大切に思っており、最初に光たちから勧誘された時は自分が集落を離れた際にもし魔王軍の襲撃があればと、同行を一度は断っていた。
ただ、大切な森を焼いた魔王軍に報復をして、その土地を取り戻したいという思いもあり揺れていたが、同族たちに説得される形で勇者パーティに参加した。
のちにリリウッドによりエルフの森は修復され、そのことを非常に感謝しており、彼女自身リリウッドのことを信仰するようになる。
現代から200年ほど前にブラックベアーの特殊個体が出現した際に、シンフォニア王国の建国祭に参加しており不在で、リグフォレシアに大きな被害が出たことを後悔しており、それから200年リグフォレシアから一度も外へは出ていなかったが……快人の願いによってリリウッドがリグフォレシアに結界を張ったことで、六王祭などで再び外出するようになった。
超絶美少女?(千年前)
なんだかんだで、快人ほどではないにせよ、コイツも十分人たらしだと思う。
シンフォニア国王(千年前)
胃痛は王家に受け継がれてきてるものなのかもしれない。




