新人冒険者と伝説の義賊③
ノインさんとハプティさんの雑談を眺めていると、話が終わったのかフィーア先生たちが近づいてきた。フィーア先生はチラリとハプティさんの方に視線を向けたあとで、優し気な笑みを浮かべて口を開く。
「こっちの話もひと段落したみたいだし、一応私も……久しぶりって言っておこうかな?」
「……う~ん……えっと……」
「え? 嘘だよね? もしかして私、忘れられてる? いやいや、アレだけ激しい戦いを繰り広げたのに、そんな馬鹿な……」
「激しい戦い……あっ、あ~!」
かつて戦った魔王として声をかけたフィーア先生だったが、ハプティさんは素で「誰こいつ?」みたいな反応だった。しかし、さすがにすぐに思い出したのかポンッと手を叩いて告げる。
「前にボクと滅亡した『たい焼き王国の遺産』を巡って戦った……」
「なにそれ!? え? たい焼き王国? いや、私とは全く関係ないんだけど、それはそれで気になり過ぎるワードというか……」
「あれ? 『古代たこ焼き文明』とかってやつでは?」
「それはまた別件だね」
「いやいや、ヒカリもなんで普通の顔で反応してるの!? なんだろうこの気持ち、友達が遠くに行っちゃったみたいな……私? 私の方がおかしいの?」
大丈夫ですフィーア先生、俺たち三人もついていけてません。いや、それはそれとしてもそのたい焼き王国の遺産とやらを巡る戦いについては、ぜひ聞いてみたいという気持ちもあるのだが……。
もはやさっそくハプティさんのペースといった感じではあるが、フィーア先生は一度咳ばらいをしたあとで、話を切り替えるように告げた。
「……私は、貴女たちと戦った元魔王だよ」
「魔王……あ~そっか、言われてみれば……見た目の感じがだいぶ変わってたから分からなかったよ」
「あっ、それはそうだね。たしかにあのころと比べるとだいぶ……」
「魔王だった時はなんか、とりあえず『暗い系統の色合いと尖った服着とけば悪役っぽく見えるだろう』って安直極まりない発想で作ったような、一目見て『あ、痛い奴だ』って伝わってくる雰囲気で可哀そうな感じだったのに、変われば変わるもんだね~」
「ふぐぅ!?」
「フィ、フィーアせんせぇぇぇぇ!?」
勇者に続いて魔王も精神的ダメージで膝をついたんだけど……口論最強かな? しかし相変わらずハプティさんはフィーア先生の様子を気にすることもなく、なんでもなさげに言葉を続けていく。
「というか、なんでシスター? 魔王が宗教に目覚めたの?」
「……い、いや、これの格好は誤解が積み重なった結果みたいなもので、私はシスターじゃなくて医者だよ」
「へ~」
ゆるい返答と共にハプティさんが頷くと、そのタイミングでノインさんが首を傾げながら口を開いた。
「……そういえば、ハプティに再会した衝撃が大きくて聞くのが遅れましたが、なぜハプティが快人さんたちと? ――まさか!? ハ、ハプティ、早まってはいけません! たしかに快人さんはお金持ちですが、それを狙うなんてあまりにも……」
「恐ろしいこと言わないでくれるかな!? ヒカリは知ってるでしょ、ボクはリスクとリターンが釣り合わない金儲けはしないって……ボクだってそこそこ情報通だよ? カイトの情報ぐらい仕入れてるさ……リスクとリターンが釣り合わない所の話じゃないよ! いったいどんなリターンがあれば、カイトを騙したりするリスクと釣り合うのか、教えて欲しいぐらいだよ」
「……まぁ、そうですよね。さすがの貴女でも、手を出してはいけない相手ぐらいは分かりますよね」
「たとえ世界のすべてが手に入るとしても、カイトと敵対するリスクの方が大きいと思うよ。本当に割に合わないなんてレベルじゃないね」
なんというか、凄いなアリス。焦り具合とか本当に真に迫っているというか……正直アリスの演技が凄すぎて、分かっていてもハプティさんの正体がアリスだって忘れそうになってしまう。
まぁ、おかげで俺も違和感なくハプティさんと初対面同士として振舞えているわけだが……。
「ボクは幻王様の依頼を受けて、この三人……正確には新人冒険者のアオイとヒナの保護者をしてるんだよ」
「……あれ? クスノキちゃんとユズキちゃんは、冒険者になったの?」
「はい!」
「つい先日ですけど……」
その会話を聞いて、そういえばまだノインさんとフィーア先生には話していなかったとそんな風に考えていると、なにやらハプティさんがポンっと手を叩いた。
「あっ、そうだ! 丁度いいし、フィーア(真)に聞きたいことがあるんだけど」
「え? なにその(真)って、まるで別のがいるような……え? もしかして、あのたい焼き王国だかの話まだ引っ張ってるの? だから、私はまったく無関係だって!?」
「まぁ、それは置いておいて」
「……勝手に置かないで欲しいなぁ」
「魔力検査資格持ってる?」
「うん? あぁ、そういうこと……クスノキちゃんとユズキちゃんのかかりつけ医にってことだね。うん、私は魔力検査資格も完治証明発行資格も両方持ってるから大丈夫だよ。ノアさんやルーちゃんが現役の頃も、私が担当してたしね」
俺にとっては聞き覚えのない単語が出てきたが、フィーア先生は笑顔で頷き、葵ちゃんと陽菜ちゃんもなにやら納得したような表情を浮かべている。
「……葵ちゃん、魔力検査資格って?」
「えっと、冒険者は半年に一回健康診断を受ける必要があるんですが、普通のものじゃなくて魔力に関する検査もあるので、特殊な資格を持っている医者に診断してもらわないといけないんです。ギルドでも指定日にやってもらえますが、かなり混むみたいなので別で受けれるならそちらの方がいいと……」
「そういうのもあるのか……」
「はい。それに大きなケガをした時なんかは、医者で完治証明を発行してもらわないと次の仕事を受けられないんですが、完治証明を発行するのにも資格がいるみたいです」
「なるほど」
そのふたつの資格をフィーア先生が持っているのは、葵ちゃんと陽菜ちゃんにとってもありがたいだろうし、ここで知れたのは良かった。
……う~ん、あんまりにもタイミングがよすぎる遭遇……リリアさんを放置しての急かすような出発……もしかして、最初からフィーア先生とかかりつけ医の話をするためにタイミングを合わせたとか? ……アリスならあり得そうな話ではある。
~おまけ~
【たい焼き王国】
かつて『屋台界』において栄華を誇った王国だが、とある人物の加護を得て急激に力を増した『ベビーカステラ帝国』との戦いに敗れ滅亡し、各地に伝承が残る形となった。
伝承には『黒き餡子の力』と『白きカスタードの力』、その両方を得たものの前に伝説の『デニッシュたい焼き』への道が開かれると、そう記されている。
【フィーア(仮)】
たい焼き王国の秘宝を巡り、ハプティちゃんと時に敵対し、時に共通の敵を前に共闘し、アニメ五クール分ぐらいの激しい戦いを繰り広げた好敵手。
滅びたたい焼き王国の末裔であり、伝説のデニッシュたい焼きを手に入れてたい焼き王国の復権を願っている。
結局最終的に秘宝はハプティちゃんが手に入れたが、ハプティちゃんはそれを持ち帰ることはなく、楽しい戦いだったと秘宝をフィーア(仮)に託してクールに去っていった。
デニッシュたい焼きの屋台は中々に盛況である。なお、フィーアとは髪の色が一緒なので「よく見れば似てるかも?」程度……似ている度は40%ぐらい。
【古代たこ焼き文明】
たい焼き王国とは全く関係がなく、古代とかついているが現在も普通に存在している。知名度はそこそこではあるが、大人気というよりは『お祭りで食べられる珍味のひとつ』みたいな認識で、冥王が好んでいることが広く知られるベビーカステラに比べればこの世界ではマイナーである。
なお、余談ではあるが、六王祭にて『見た目も雰囲気も目立ちまくる二十枚羽の天使』が買って食べている姿が目撃され、それが興味を引く切っ掛けになったのか六王祭ではかなりの売り上げが出たらしい。




