新人冒険者と伝説の義賊②
登場したアリス……もといハプティさんは、挨拶もそこそこに放心気味のリリアさんを無視して、さっさと俺たち三人を連れて出発した。
王都にある冒険者ギルドに向かう道中で、ハプティさんは歩きながら明るい様子で口を開く。
「……それじゃ、改めて自己紹介。ボクの名前はハプティ。幻王様から依頼を受けて、今回は君たちの保護者をすることになったよ。まぁ、短い間だけどよろしくね。そんな感じかな? これ以上ボクの情報を知りたいなら、ここから先は有料ね」
「は、はぁ……えっと、宮間快人です」
「楠葵です。えと、今回はよろしくお願いします」
「柚木陽菜です。よろしくお願いします」
ハプティさんに促されるように歩きながら自己紹介をする。
「カイトにアオイにヒナね。おっけ~覚えたよ。まぁ、お互い固くならず気楽にいこう。ボクのことも好きに呼んでくれればいいからさ」
「は、はい……えっと、リリアさんに説明もなくそのまま出てきちゃいましたけど……よかったんでしょうか?」
「うん? いや、別に説明したところで一銭の得にもならないじゃん。ボクが幻王様から依頼されたのは君たち三人の保護者であって、あの貴族への説明は契約外だからね」
「な、なるほど……」
リリアさんたちをほぼ放置気味で出てきたことを気にする葵ちゃんに対して、ハプティさんはごくごく当たり前のように告げる。ここまでの会話でハプティさんがかなりお金に細かいというのは伝わってきた。
ノインさんが金の亡者と評していたぐらいだからよっぽどだとは思っていたが……。
そんなことを考えながら軽く雑談を交えつつ歩いていると、ドサッとなにかが落ちるような音が聞こえてそちらに視線を向けると……。
「……なっ、あっ……ハ、ハプティ?」
なんとも絶妙というか、偶然にしては出来過ぎたタイミングではあるが、振り返った先にはノインさんの姿があった。
隣にフィーア先生の姿があり、ノインさんの足元には落としたであろう買い物袋が見えたので、ふたりで買い物でもしていたのだろう。
ノインさんは甲冑越しでも分かるほど、明らかに驚愕した様子でハプティさんに駆け寄り……。
「ハプティ! ハプティですよね!? まさかこんなことろで……」
「え? なにこの『全身甲冑の変態女』? なんでいきなり話しかけてきてるの? というか、見た目からにじみ出る不審者感が凄まじいし、大通りでそんな格好とか正気を疑うんだけど……」
「がはっ!?」
「ノ、ノインさぁぁぁぁん!?」
それはもうえげつないほどの切れ味の言葉を返されて、あまりの精神的ダメージに膝をついた。たしかに街中ではノインさんの格好はちょっと目立つ気もするが、顔を出せない事情があるわけだしある程度は仕方が無いとは思う。
かなりの精神的ダメージを負ったように見えたノインさんだが、それでもすぐに立ち上がり再びハプティさんに話しかける。
「……私です! えっと……その……ちょ、ちょっとこっちにきてください!」
「え? もう、なんだよ急に……」
自分が九条光であると名乗ろうとしたノインさんだったが、ここでは人目も多いことに気付いたのか、ハプティさんの手を引いて路地の方に連れていく。
かなり強引ではあったがノインさんにとっては千年ぶりに再会した仲間なわけだし、慌てる気持ちもよく分かる。
「なんていうか、ノインがごめんね」
「いえ、事情が事情ですし仕方ないですよ」
とりあえず残される形になった俺たちとフィーア先生は顔を見合わせて苦笑したあとで、ノインさん達を追って路地へと移動した。
路地に入るとフィーア先生がパチンと指を弾くと、足元に魔法陣が現れてそれが広がって消える。
「……フィーア先生、いまのは?」
「ああ、結界魔法だよ。一定範囲内に外から入れないようにする簡単なやつだけどね」
「それって、私でも使えたりします?」
「これはそんなに難しくないけど……結界魔法に興味があるのかな?」
「使えると便利そうだなぁって思いまして」
葵ちゃんと陽菜ちゃんもフィーア先生とは俺の誕生日パーティなどで会っており顔見知りだ。結界魔法に興味がある様子の葵ちゃんの言葉を聞き、フィーア先生がアレコレ説明する声を聴きながら視線を前に向けると、甲冑を解除したノインさんとハプティさんが見えた。
「ほら、私です! 光ですよ!」
「あ~久しぶりだね。それじゃ」
「えぇぇぇ!? ちょ、ちょっと、千年ぶりに会ったっていうのに反応が薄すぎますよ!?」
「ボクいま別の仕事中だから……」
「貴女に会ったらいろいろ聞きたかったことがあるんです!」
「え~なんか面倒な予感しかしないからパスで~」
必死な様子のノインさんに対し、ハプティさんはマイペースな感じで、ノインさんの言葉を軽く流しつつ俺たちの元に向かおうとして……そのタイミングでノインさんがなにやら深いため息を吐いたあと、銅貨を一枚取り出してハプティさんに握らせた。
するとハプティさんはそれを懐に入れたあとで、俺の方を向いて申し訳なさそうに両手を合わせる。
「ごめん! ちょっとだけ、待ってもらっていいかな?」
「え? あ、はい。大丈夫です」
「ありがと……さて、いや~久しぶりだね、ヒカリ! 会いたかったよ!」
そしてハプティさんは、こちらに一度断りを入れたあとで、先ほどまでの塩対応はなんだったのかというほど友好的にノインさんに声をかけた。
ノインさんは、そのあからさますぎる反応を見て額に青筋を浮かべつつも堪えるように口を開く。
「……本当に相変わらずですね。まったく……まぁ、いいです。それより、聞きたいことがあるんですよ」
「そんなこと言ってたね。なにかな?」
「まず、なんで友好条約が結ばれたあと記念式典にも出ずに姿を消したんですか? ラグナもフォルスも心配していましたよ」
「え~だって、式典とか出ても1Rも稼げないじゃん。興味ないよ」
「……貴女らしいといえばらしいですね。まぁ、それはいいです。それよりも重要なのは……」
そう言いながらノインさんはガシッとハプティさんの両肩に手を置く。なんだろう、顔は笑顔なんだけど滅茶苦茶怒っている気がする。
「……記念式典の前後で『各国の宝物庫』から『それぞれ1割ほどの金品』が消えていたみたいですが……貴女が犯人でしょう?」
「なんてこった。確認すらなく犯人断定とか酷すぎない? 苦楽を共にしたパーティメンバーを疑うの?」
「苦楽を共にした長い付き合いの仲間だからこそ、私とラグナとフォルス、三人の意見は一致しました……絶対に犯人は貴女だと」
「まぁ、ボクだけど」
「でしょうねぇ!! なにしてるんですか!? そのことを聞かされた時に私たち三人がどれだけ気まずかったか分かりますか? 幸い各国の方々は『魔王討伐の報酬と思えば~』って大目に見てくれましたが、指名手配されててもおかしくないんですよ!!」
「……あれは正当な報酬だと思う。だってほら、ボク魔王討伐頑張ったし」
「盗んだのが問題だって言ってるんでしょうがぁぁぁぁ!」
まさかの新事実というべきか、とんでもねぇことしてるなハプティさん……そりゃノインさんも怒るわけだ。金の亡者みたいなトラブルメーカーと言っていた意味が非常によく分かる。
ノインさんは怒りに震えつつも、ハプティさんの性格はよく分かっているのか少しして再び大きなため息を吐いた。
「……はぁ、まぁ、ソレに関して問題はあったとはいえ許されていますし、いまさら千年前のことを言っても仕方ありませんし、いいでしょう」
「……それが聞きたかったことなの?」
「いえ、それも聞きたかったことではありますが……本題はここからです」
「うん? あのさ、ヒカリ……さっきからどんどん手の力強くなってるんだけど、滅茶苦茶痛いんだけど……」
なんだろう、ノインさんからは先ほど以上の怒りを感じるし、実際に肩に置いた手に籠められる力も増しているみたいだ。
「……おかしいんですよね。書き損じた手紙とかならまだ分かるんですよ。処分したつもりで忘れていたという可能性がないわけでもないです。ですが……『日記』はおかしいと思いませんか? しかもですよ、日記まるまる一冊ならともかく、数ページずつとか少量だけオークションなどに出回るのはおかしいですよね?」
「……あ~」
その言葉を聞いて、六王祭でのオークションを思い出した。たしかに言われてみれば、千年前の日記がたまたま数ページだけ発見されるというのは……しかもそれが一度や二度ではなく、過去に何度か売りに出ているというのは考えてみればおかしいことだ。
「だいたい日記なんてそこらに放り出してる訳もなく、ちゃんと保管していたはずなのにと疑問に思って確認してみれば……あの頃に書いていた日記帳の数冊が白紙のものにすり替わってるじゃないですか!」
「……てへっ」
「ハプティィィィィィ!?」
「ひぃっ、ど、どうどう、落ち着こう……話せばわかる。平和的にいこうじゃないか……」
「ええ、そうですね。平和的な話をしましょう……次にオークションなどに売りに出したりしたら、その首叩き落としますからね」
「……ひゃぃ」
どうやらノインさんの日記を盗み出してオークションに売り捌いていたのはハプティさんらしい。そりゃ、ノインさんの怒りも当然である。というか即座に抜刀したりしないだけ理性的なぐらいだ。
そのままノインさんはしばらく説教をしていたが、やはりかつての仲間ということでどこか甘さが出るのか……それとももはやなにを言っても無駄だと分かっているのか、三度大きなため息を吐いて話を終了した。
「……説教は終わり? じゃあ、次の話にいこう。はい、これ」
その様子にほっと胸をなでおろす……どころか全く懲りてる気がしないハプティさんは、なにやら笑顔で巨大な麻袋を取り出してノインさんに差し出した。
「……なんですかこれ?」
「見くびらないで欲しいね。ボクだってちゃんと義理人情は心得てるさ、売り上げはちゃんと山分けだよ!」
「いや、なにさも私も協力して稼いだみたいな顔してるんですか、こっちは窃盗された品を勝手に売り捌かれた被害者なんですが……まぁ、それはさておき……いくらなんでも多すぎませんか? さすがに日記を数ページから数十ページ売ったぐらいでこんな金額になるとも思えないんですが……」
「あぁ、それは『ヒカリ饅頭』の利益の半分も入ってるから」
「アレも貴方の仕業ですかぁぁぁぁ!!」
「うひぃっ!?」
……どうやら解決したかと思ったら、まだやらかしはあったらしい。いったいどんだけやらかしてるんだハプティさん。
「おかしいと思いましたよ! 他にもいくつかの品は販売されていますが、大抵『勇者●●』って感じで、私に配慮してか個人名は使われてないのがほとんどなはずなのに、アレはガッツリ私の名前が使われてて変だなぁとは思ってましたが……」
「まぁまぁ、別に名前なんて減るもんじゃないじゃん」
「そういう問題じゃないんですよ! 私はあの商品の開発者にあったら一言文句を言ってやろうと思っていたんですよ!! いいですか、アレは『饅頭』ではなく『大福』です! 私は小麦粉が使われていないアレを饅頭とは認めませんよ!!」
「えぇぇ、怒るところそこ? だいたいボクは立案してこんな感じの作って~って言っただけで、ボクが開発したわけじゃないしなぁ……けど、美味しくなかった?」
「……味自体は、素晴らしい完成度でした。ですが、個人的な好みを言えばもう少し甘さは控えめの方が……」
「ワガシっていったっけ? 相変わらずヒカリは拘るねぇ~」
う~ん、なんだろうこれ……なんかいつの間にか普通の雑談に移行してる。ノインさんの表情も呆れが混じっているとはいえ、なんだか楽しそうではある。
やっぱり一緒に旅をして苦楽を共にした仲間だけあって、なんだかんだで仲はいいのだろうと、そう感じられた。
ハプティ
かつて魔王を討伐した勇者パーティのひとり。自称義賊ではあるが、世間からの認識は盗賊……ただ実際にやってることを考慮すると、どちらかというとトレジャーハンターみたいな感じ。
実は勇者パーティ最初の仲間であり、旅の始まりはノインとハプティのふたりでのスタートだった。
友好条約が結ばれたあとで姿を消して、世間的には行方不明となっていたが……実はノインの元には年に一度、ノインの誕生日に手紙と誕生日プレゼントとして変な土器や謎の化石なんかが送られてきており、ノインだけはハプティの生存を知っていたし、ついでに本人から幻王配下であるということも聞いている。(口止めされていたので、ラグナやフォルスには話していない)
ながらく受け取るだけで宛先不明で返事は送れていなかったが、100年ほど前にハプティが旅先で手に入れたという起動すると持ち主の元に転送される箱を用いることで、ノイン側からも手紙が送れるようになり、年に一回の文通をしていたりする。
ノインにとってはなんだかんだで大切な親友と呼べる相手であり、日記の件に関しても『次に売ったりしたら許さない』と言いつつも、別に返還を求めたりはせずハプティが持っているぶんにはかまわないと思っている。
ハプティが腰に付けている円形のポーチは誕生日プレゼントのお返しとして、ノインがハプティの武器に合わせて作って贈ったものである。
なお余談ではあるが、アリスちゃんの設定上、ナゲリスト世界ランク一位のナイトメアの正体はハプティである。
 




