帰ってきたふたり⑦
やはりなんだかんだで面倒見のいいアリスは、俺たちに対してかなり詳しく冒険者のシステムについて教えてくれた。
ただやはり俺たちがイメージしていたよりしっかりした組織のようで、冒険者になる際には最初規約や基礎的な知識を学んだり、野営の仕方などを教えてくれるなどの講習があるらしい。つまり冒険者になって、「それじゃあ後はご自由に」というわけではなく、最初の三日ほどは基礎講習となるとのことだ。
下位から中位に上がる際や、中位から上位に上がる際にも一日ほどの講習があるらしく、その辺りはしっかりしている感じだ。
それ以外にも有料ではあるが必要に応じて追加講習を行ってくれたり、魔法学校の講義に参加できるように紹介状を書いてくれたりもするとのことで、想像以上にしっかりしている感じだった。
「さて、まぁ、基礎の基礎はこんな感じですね。あとは冒険者になるって決めてから講習を受ければ問題ないでしょう。これで終わりでもいいですが、さっき後回しにしたランク制度に関してお話しておきましょう」
「さっきから度々話に出てる下位とか中位ってやつかな?」
「ええ、冒険者の階級は下位、中位、上位の三つが存在しています。昇格には試験が必要ですが受験資格さえ満たしてれば月に一回行われている試験に自分で申し込む形なので、条件を満たしているからって必ず受験しなければいけないわけではありません」
話を聞く限り受けられる依頼に差が出てくるのだろう。当然ではあるが上のランクの方が報酬なども多くなる代わり、難しい依頼も増えるって感じだろう。
ただ自信が無ければ昇格しないという選択肢もあるみたいだし、アリスの言う通り自由は効くみたいだ。
俺が納得したように頷いていると葵ちゃんがなにか気になることがあったのか、首をかしげながら手をあげる。
「……えっと、ルナさんやノアさんの最上位冒険者っていうのは?」
「ああ、それに関しては一種の通称ですね。最上位冒険者というランクが存在するわけではありませんが、上位冒険者のうち『二つ名』で呼ばれる人を最上位冒険者って呼びます。二つ名持ちレベルとなると指名依頼が来るようになるので、そういう意味では上位より事実上は上のランクって感じですかね」
たしかノアさんが『鮮血姫』でルナさんが『黒百合の冒険者』だったかな? う~ん、そういう二つ名ってのは、なんかいいな……忘れていた中二心が蘇るようだ。う~ん、ちょっとだけ俺もそういう二つ名が欲しいなぁって気持ちも……。
(なるほど……では)
あっ、ごめんなさい。嘘です! 必要ないです!! 迂闊なこと言いました、マジでやめてください!!
(……ふむ、快人さんがそう言うのなら止めておきます)
あ、あぶねぇ……たぶんだけど、もうちょっとで取り返しのつかない事態になるところだった。迂闊なことを考えるものじゃないな、うん。そういう二つ名みたいなのは、傍目に見てカッコいいとか思ってるのが一番だ。
俺が危うく黒歴史級の失態をしかけている間にもアリスの話は進んでおり、雰囲気的に話が一区切りついた感じだった。
するとアリスは、なにやら表情を真剣なものに変えて告げた。
「……冒険者についてのお話はこんなところです。あとはなるならないを決めてからって感じっすかね。なので、冒険者についての基礎は終わりですが……ひとつ、いざ冒険者として活動する時のために大事な話をしておきましょう……『情報』に関してです」
なるほど、これはたしかに重要だろうし、ソレに関しての講師としてアリスはこれ以上ないほどの適任者だ。
「冒険者となって活動するにあたり、魔物の討伐依頼を受けることもあるでしょう。その際には当然討伐対象である魔物についての情報は収集するはずです……しますよね? 冒険者ギルドにもいくらでも資料とかありますし、調べる方法なんて山ほどあるのに調べもせずに向かうような馬鹿な真似はしないですよね? まぁ、しないと信じておきますよ」
そんな風に話しながらアリスは、黒板に絵を描いていく。大きなドラゴンと、小さなドラゴンかな?
「情報収集の方法とかに関しては、それぞれのやり方もあるでしょうし細かく説明したりはしませんが、これだけは肝に銘じておいてください……いいですか? 情報ってのは『正確』でなければ意味がないんです。過剰でも不足でもいけません。当たり前のことだと思いますか? ですが、これが一番大事なことで……同時に一番難しいことでもあります」
真剣な表情で話すアリスを見て、思わず少し背筋が伸びる。
「例えば敵の能力を本来より低く見積もった場合はどうなるでしょう? これは分かりやすいですね。油断や慢心などに繋がりますね。では逆に高く見積もった場合はどうでしょう? 緊張、萎縮……こちらも本来の実力を発揮できるとは言えない状態になりますね。それ以外にも無駄に体力や魔力を消費などのデメリットもあります。戦闘において相手の実力を正確に把握することは、とても重要なことってのは分かりますか?」
「……はい」
「……なんとなく」
「まぁ、経験を積みながら正確に相手の実力を測れるようになっていってください……っと、ここまでが前置きです。戦闘において正確な情報は大切ということを念頭に置いて……では、一番正確に把握しなければならない情報とはなにかについてお話しましょう」
ここからが重要な話だと前置きをしてから、アリスは葵ちゃんと陽菜ちゃんを順番に見たあとで話を続ける。
「……戦闘において最も大切な情報とは、『己に関して』です。いいですか、仮に貴女たちがどれだけ優れた力を持っていたとしても、ソレを己で把握できていないのなら……あるいは把握していても『周囲に正しく示せてない』のであれば、それは無能です。周囲と己の比較、得意なことや苦手なこと、持ちうる技能……一番身近である己のことは誰よりも正確に把握しておかなければなりません。これができないやつは、結局どこかで早死にします」
アリスの言わんとすることはなんとなく理解できた。たしかにソレはとても重要な話だと思う。自分の実力をちゃんと把握できていなければ、どれだけ正確に敵の強さを測れたとしても意味がない。
創作とかでは実は自分でも気づいていない才能が危機的状況で覚醒なんてのはよくある話だが、実際に戦闘でそれを当てにするのはアリスの言う通り早死ににしか繋がらないだろう。
「これは個人だけの話ではありません。下位ではほぼ無いですが、中位や上位の冒険者になると、それほど多くは無いですが騎士団と連携して討伐を行ったり、他の冒険者と協力して仕事をする場合もあります。前者なら大抵騎士団員が、後者なら経験が一番多いものが全体の指揮をとりますが……指揮をする者にとって最も厄介なのは、能力の低い者ではなく『能力がよく分からない者』です。能力が低いと初めから分かってればそれに合わせた指揮をとればいいんですよ。しかし、なにができるかよく分からないやつってのは本当に扱いに困ります。想定以下だと当然フォローが必要ですが、逆に想定以上に動かれても全体のバランスが崩れて余計な被害が出たりするんですよ」
「なるほど、確かに言われてみれば、強いのか弱いのか分からない人と一緒に戦うのはちょっと怖いですね」
アリスの言葉を聞いて葵ちゃんが納得した様子で呟き、それを見てアリスは満足げに頷いたあとで言葉を続ける。
「その通りです。逆に私はこれが得意でこれが苦手ですとか、どの程度の魔物までなら単独で対処可能ですとか、そういう情報があれば指揮する側はありがたいわけですね。これに関してはちょっと参考になる人を呼んでます……おっ、来ましたね。入ってください」
「失礼します」
アリスがそう告げた直後部屋のドアがノックされ……リリアさんが入ってきた。
「すみませんね、急に呼んで」
「いえ、それは構わないのですが……えっと、どのようなご用件でしょうか?」
「ちょっといくつか簡単な質問をします。三人はさっき私が言った話を頭に思い浮かべながら、リリアさんの回答を聞いてみてください」
不思議そうに首をかしげるリリアさんに微笑んだあとで、アリスは人差し指を立てながら告げる。
「それでは最初の質問です。リリアさん、仮に貴女が伯爵級の下位、あるいは中位の実力者と戦うとして、勝ち目はありますか?」
「……相性や流れもありますので、一概に返答するのは難しいですが、勝算自体はあると思います」
「なるほど……では相手が伯爵級上位だった場合は?」
「申し訳ありませんが、現状の私の実力では歯が立たないと思います」
これはつまり、リリアさんが自分の能力をちゃんと把握しているかどうかの質問ってことかな? アリスが満足げな表情を浮かべてるってことは、リリアさんの解答はかなり正確なものってことなのだろう。
そういえばリリアさんは、謙虚な性格をしているがこと戦闘関連に関してはあまり謙遜したりはしない気がする。
爵位級高位魔族に勝てないとは言わなかったこともそうだが、フィーア先生の一件でノインさんと戦った時、ふたりの負ったダメージの量では互角のように感じたが、「私では勝つのは難しい」と溢していた覚えがある。
「では、次の質問です。ジークさんとルナマリアさん、ふたりの戦闘力はリリアさんから見てどうですか?」
「ふたりともとても優れていると思います。ジークの洗練された剣技は国一番といっていいですし、ルナはあらゆる状況に対応できる器用さがあります。どちらも私にはない強さを持っていると思います」
「ふむふむ……では、もし仮にジークさんとルナマリアさんがふたりがかりでリリアさんに挑んだとして……勝ち目はありますか?」
「……それは、訓練ではなく互いに本気でという意味でしょうか?」
「ええ、その通りです」
「残念ながら、どんなシチュエーションを想定したとしても純然たる戦闘では……私の圧勝という結果になると思います」
ハッキリと告げたリリアさんの言葉を聞いて、葵ちゃんと陽菜ちゃんが驚いたような表情を浮かべているのが見えた。
「ちなみに、最大で何秒持つと思いますか?」
「……そうですね……15秒から20秒ぐらいではないかと……」
「そうですね、私も同じぐらいの想定です。おや、葵さんと陽菜さんは驚いてますね。ですが、これはかなり正確な想定ですよ……ハッキリ言ってジークさんとルナマリアさんふたりと、リリアさんではスペックが桁違い過ぎるんですよ。ふたりはリリアさんの攻撃を目視することもできませんし、全力で防御しても防御の上から一発で真っ二つにされるってぐらい基礎能力に差があり過ぎるんです」
「魔力量の差もありますし、ジークとルナが私の攻撃に対応するのは、かなり難しいと思います」
「……リリアさんのコンディションが絶不調で、ふたりのコンディションが絶好調かつ、リリアさんの初動が遅れ、その上でふたりが完璧な連携で協力し合い、ありったけの魔力を一点集中で防御に回して、その上で勘が当たったとして……初撃をなんとか生き延びられるってそんなレベルです。もちろん二撃目で真っ二つです」
再びアリスはリリアさんの返答に満足そうな表情を浮かべて捕捉を加える。
「……ここまでの私の反応を見ればだいたい察せると思いますが、リリアさんの戦闘面における自己評価と他者評価はかなりの精度です。ちなみに私個人の評価では、リリアさんは『強者』にカテゴライズされています」
「え、えっと……とても光栄なお話ですが、結局今回の件は?」
「ああ、そういえばまだ言ってませんでしたね。いまアオイさんとヒナさんのふたりに、戦闘における自分自身の能力把握の大切さを教えてたところなんですよ」
「……なるほど、確かにそれはとても重要なものですね。そこを読み違えてしまうと、己だけでなく周囲も危険に晒してしまいますし……」
「リリアさんは騎士団で師団長をしていた経験から部下の能力把握の重要性も理解していますし、ふたりにとってもよく知る人物ってことで軽い質問のためにお呼びしたわけです。ありがとうございました、これお礼です」
お礼と言ってアリスが取り出したのは、少し大きめの紙袋だった。リリアさんは不思議そうな表情で首をかしげながらその紙袋を受け取る。
「……お礼? い、いえ、別にお礼なんて……必要……」
どこか恐縮した様子で遠慮がちに紙袋の中を見たリリアさんだったが、直後に表情が固まった。なんだろう? いったいなにが入ってるんだ?
「……おや? いりませんか?」
「い、いえ!? あ、ありがとうございます!! あっ、えっと……そ、それでは私は仕事もあるので、これで……」
「はいはい、ご苦労様でした」
……う~ん、なんだろう、明らかに嬉しそうな反応ではあるが、なぜかこちらを気にするような視線の動きに、慌てて部屋を出ていくっていう行動……俺や葵ちゃんや陽菜ちゃんに中身を知られたくないってことだろうか?
ということは……あれ、たぶん中身は『ドラゴン関係のなにか』だと思う。模型だとか、鱗だとか、そういう感じのものだろう。
思ったより長くなったのでいったんここで区切ります。次回かその次には、レジェンド義賊を登場させられるはず……。




