閑話・大地の華③
閑話はここまでで、次回からは本編に戻ります
手土産を渡したあとで本題に入ったのだが、リリウッドさんへの相談はそれほど時間はかからずに終わった。まぁ、ほとんど確認だけのようなものだし当然と言えば当然ではある。ちなみに、世界樹の苗はそのまま植え替えてもまったく問題ないそうだ。
あと俺が持つ世界樹にはリリウッドさんが手を加えており、『精霊が宿ることは無く』『成長もある程度の大きさで止まる』ようになっているらしいとのことで、いろいろと安心である。
その後は、リリウッドさんが今日はある程度余裕があるらしいので他愛のない雑談をして過ごしていた。新築パーティの話の途中で、六王配下幹部についての話になった。
「そういえば、リリウッドさんのところの幹部は七姫って言うんでしたっけ?」
『ええ、そう呼ばれていますね。皆、優秀で私も頼りにしています』
「へぇ、そういえば俺って七姫の人とだけは会ったことが無いので、機会があれば会ってみたいですね」
思い返してみれば、メギドさんのところの戦王五将は全員、マグナウェルさんのところの四大魔竜ではファフニルさん、アリスのところの十魔ではパンドラさんとカタストロさんと、六王幹部と呼ばれる方とはそれなりに出会っているが、リリウッドさんのところの幹部の方とは会ったことがない。
リリウッドさんは六王としての仕事も多いみたいだし、幹部である七姫の人たちも忙しいのかもしれない。う~ん、六王幹部の方たちには以前の神界の件でお礼を言えたらなぁとも思っているので、可能であれば知り合いたいものだ。
『……え?』
「え?」
ごくごく普通に告げたつもりだった俺の言葉を聞いて、リリウッドさんはなにやら怪訝そうな表情を浮かべ、俺も首をかしげる。
リリウッドさんは少し考えるような表情を浮かべたあと、軽く溜息を吐く。
『……なるほど、いつものアレですね。カイトさん、ちょっとお待ちいただけますか?』
「え? あ、はい」
苦笑を浮かべながら告げたリリウッドさんの言葉に頷く。そのまま少し待っていると、部屋のドアがノックされ先ほど退室したカミリアさんが戻ってきた。
「リリウッド様、お呼びでしょうか?」
『ええ、掃除を中断させてごめんなさい』
「ああ、いえ、むしろ『訓練相手を断る口実ができて』助かりました」
『うん?』
どこか疲れた表情で告げたカミリアさんをみて、リリウッドさんは少し首を傾げたあとで、俺の方を向く。
『……気を取り直して、カイトさん』
「あ、はい」
『改めて紹介します。うちの幹部、七姫のひとり……草華姫カミリアです』
「はえ? あ、はい、カミリアです」
うん? いまなんて言った? 幹部のひとり? カミリアさんが?
「え、えぇぇぇぇ!? そ、そうだったんですか!?」
『やはり、気付いていなかったんですね。どうもこの子は昔から幹部と気付かれにくいというか……優秀な子なんですが、少しだけ影が薄いと言いますか……』
「あ、あはは……」
リリウッドさんが告げた言葉には、率直に言ってかなり驚いた。というのもカミリアさんとはいままで何度も話しているし、それなりに親しくさせてもらっているが……いままでそんな雰囲気を感じたことがなかった。
なんというか、カミリアさんからはあまり強者のオーラみたいなのを感じなくて、非常に親しみやすい雰囲気だ。俺の身近な人だとリリアさんに近い雰囲気といえる。
「私は認識阻害魔法を使わずに街中を歩いてもほとんど気付かれないぐらい影が薄いですし、よく幹部に見えないって言われるんですよ」
「い、いえ、カミリアさんの影が薄いとか感じたことは一度も無いですよ。ただ、以前から知り合いだったので突然の新情報にビックリしただけです」
リリウッドさんが「いつものアレ」というぐらいなので、度々あることなのだろう。だけど、確かにカミリアさんは少し地味目な雰囲気と感じたことはあるが、影が薄いと思ったことは無い。
なんなら人混みの中でもすぐに見つけられる自信はある……この辺りの感覚は、感応魔法があるからかもしれない。
「あっ、そういえば、幹部ってことはカミリアさんも以前の神界の一件には参加してくださったんですよね? 遅くなってしまいましたが、あの時は本当にありがとうございました」
「いえいえ、お気になさらないでください。私は大した活躍はしてませんが、少しでもカイトさんの助けになったのなら嬉しい限りですよ」
そう言って微笑むカミリアさんの表情は温かく、この人が本当に優しい人なのだと伝わってきた。カミリアさんは気にしないでと言っていたが、また改めてちゃんとお礼はしたいと、そう思った。
驚きはありつつもすぐに気を取り直した快人と穏やかに会話を楽しんだあと、帰る快人を見送ったタイミングでリリウッドは隣にいたカミリアに声をかけた。
『……大した活躍はしていない、ですか……私の聞いた話と違いますね』
「はい?」
『貴女はあの戦いでかなり活躍したと聞いていますよ。ティルタニアなどは、貴女の本気を初めて見たと大はしゃぎしていましたね』
「え、え~と……」
微笑みながら告げるリリウッドの言葉を聞き、カミリアは少し前にあった……ある意味では、この世界始まって以来最大規模の戦いだったといえる神界での戦闘を思い出した。
シャローヴァナルによって強化された神族と人魔連合軍の戦いは数多ある浮島のあちこちに広がり、激しさを増していた。
ただ比較的幹部たちは同じ陣営で固まって戦闘を行っている。それもある意味必然と言える状態だ。他陣営と付け焼刃の連携をするより、同陣営で連携した方が戦いやすい。
そしてひとつの巨大な浮き島の上では、界王配下幹部七姫と複数の上級神と大勢の下級神が対峙していた。
「……100%!」
「ぐっ……」
声とともに放たれたカミリアの凄まじい威力の一撃、ソレを迎え撃ったのは腕を交差させ防御の姿勢を取った上級神のひとり天空神。
大地の剛拳と称されるカミリアの全力の一撃は、六王幹部たちであっても一部を除いて正面から受けるのは避けるほどの攻撃力を持つ。だが天空神はあえてそれを正面から迎え撃った。
その一撃の威力たるや普段とは比べ物にならないほどの力を得ている現在の天空神であっても、二歩ほど後ずさるほどだった。
だが、しかし、二歩下がるだけで耐えきった。この攻防は一種の分水嶺といえるものだった。神族側は安堵の表情を浮かべ、逆に七姫側は苦い表情を浮かべる。
その表情から分かるように、この結果は神族側にとってはありがたく、七姫側にとっては良いとは言えないものだった。
そもそも今回の戦いはやや特殊であり、陣営によって有利な者たちと不利な者たちが存在していた。まずこの戦場において最も力を発揮しているのは戦王陣営だ。戦王陣営は戦闘技術に優れた者が多く、純粋な身体能力の差を覆す術を多く有している。
同様に優勢に戦いを進めているのは竜王陣営……これはニーズベルトという存在が大きい。彼女は根っからの挑戦者であり、格上の相手を打ち破り続けて高みへと昇った存在だ。
故に彼女は基礎能力において己より優れる相手との戦いを熟知しており、またそれを覆す術も心得ている。そして挑戦というものを重要視する彼女は、同じ四大魔竜や部下たちにも格上との戦いは熱心に指導しており、そのおかげもあって竜王陣営も基礎能力がブーストされた神族相手に有利に戦いを繰り広げていた。
逆にやや苦戦気味なのは幻王陣営である。幻王陣営は幹部もそうだが、搦手……状態異常などを武器とする者も多く、神族全員がシャローヴァナルの祝福を受けていると言えるこの状態では、戦闘力に制限がかかっていると言っていい状態だった。
伯爵級最強のパンドラなど一部の強者は上級神相手でも圧倒しているが、全体的に見れば苦戦気味と言える。
そして界王陣営に関しても、この戦いにおいてはあまり有利とはいえなかった。界王陣営は七姫を筆頭に防御能力に優れる者が多く、強化された神族の攻撃であっても十分に対応できるものは多い。また生命神の力で無限に復活する神族に有効な封印魔法の練度も全体的に高い。
それだけなら一見今回の戦いに有利なように感じられるが……実はそうでもない。
幹部である七姫の大半にも言えることだが、界王陣営の者たちの大半は防御からのカウンターを得意としており、相手の攻撃を待つ……後手側の方が得意である。
だが今回の戦いにおいて神族側の目的は『時間稼ぎ』であり、神族側にしてみれば堅牢な防御能力を有する界王配下たちに積極的に攻撃を仕掛ける必要はない。いや、むしろカウンターに優れる者が多いことを知っているからこそ、無暗に攻めず防御に徹するという戦い方を仕掛けてきていた。
そうなってくると界王配下側には普段と比べ強化されている神族の防御を撃ち破る手札が少ない。他の陣営と協力して戦うことも考えたが、付け焼刃の連携はかえって全体のリズムを狂わせるだけ……。
その不利な状況は幹部である七姫も同様だった。そして、そこで重要になってくるのが界王陣営において最大の攻撃力を誇るカミリアの存在だった。
そう、単純な話なのだ。カミリアが神族側の防御を打ち破れるなら、他の者はカミリアのサポートに回り、カミリアが攻撃だけに集中できるようにすればいい。だが逆にカミリアの攻撃でも防御を固めた神族を切り崩せなければ……防御に徹した神族側を切り崩せる手段がない。
神族側にしてみてもカミリアの攻撃さえ防げるのなら、あとは全員でひたすら亀のように防御を固めておけば界王陣営に関しては対処可能であるため、この攻防には注目が集まっていた。
そしてその結果、カミリアの100%の拳は天空神の防御を打ち破ることができなかった。
ふっと笑みを零す天空神を前にして、カミリアは自分の右拳をチラリと見たあとで、呟くように告げた。
「……私は、戦いが好きではありません」
「うん?」
「叶うのなら、戦いなどすることは無く趣味の家事をしながらのんびりと日々を過ごしていきたいです」
その言葉の意図が分からず首をかしげる天空神の前で、カミリアは一度構えを解いた。
「……ですが、私も長く生きてきました。私が私らしくあるために、私が守りたいと願う人たちを守るために、戦わなければならない時があるというのも、しっかりと理解しているつもりです」
そこまで語ったところで、カミリアはフッとなにかを思い出すように優し気な笑みを浮かべた。
「……優しい子なんです」
「……」
「私の淹れたお茶をいつも美味しいって言って飲んでくれる。笑顔の似合う優しい子なんです」
そしてカミリアは静かに左の拳を握り、右足を少し前に出す。その動きに七姫側の半数ほどは怪訝そうな表情を浮かべていた。
そう、実は『ソレ』に関しては七姫の中でも知っている者は限られる。知らない者たちは首を傾げ、知っている者は……『封印術式の準備』を始めた。
「彼のために戦えるのであれば、拳の振るいがいもあるというものです」
「……なにを……」
「別に大した話ではありません。私は『左利き』と、ただそれだけです」
「なっ!?」
「……『120%』」
呟くような声と共にカミリアは天空神に向かって踏み込んだ。その一歩はまるで世界そのものが砕け散ると錯覚するほど凄まじく、カミリアの左拳が一瞬光を放ったかと思えば……そこで天空神の意識は途切れ、次に気が付いた時はクロノアの時の審判による時間の巻き戻しがあった際だった。
少し懐かしむような表情を浮かべたあとで、カミリアはリリウッドの方を向いて微笑む。
「……あの戦いはカイトさんも含めた皆が頑張ったから、良い結果になったんだと思います。その中で、私がしたことなんて本当に地味で目立たない程度のことです……でも、それでいいんだと思います」
『そうですか……貴女がそれでいいなら』
「はい。それが少しでもカイトさんの戦いの手助けになったのであれば、それは嬉しいことですが……実際どの程度役に立てたかは分かりませんしね」
『……貴女は本当に昔から、自己顕示欲がないというか……目立とうと思えば、もっと目立てると思いますが』
リリウッドの言葉を聞いて、カミリアは少し考えるような表情を浮かべたあとで苦笑する。
「……リリウッド様もご存知の通り、私は色鮮やかな花を咲かせて景色を彩ったりだとか、そういうのは向いてないんです。私は、私が守りたいと思う優しい人たちの視界の端をほんの少しだけ彩れたら、それで満足です」
そう言って笑うカミリアをみて、リリウッドは昔から変わらないと、そんな風な感想を抱いた。
一見すればどこか気弱で流されやすいように見えて、その心の奥には揺るがない確かな芯がある。心優しい人たちを守りたいと、己の配下になったときからまったく変わらない優しく美しい心を持ったままだ。
カミリアは草の精霊だ。たしかに彼女は色鮮やかな花を咲かせることは無いかもしれない。だがそれでもリリウッドは、彼女はとても美しいとそう思っている。
そして、そう感じているのは自分だけではないと確信もしていた。
そう、たとえ影が薄かったとしても、目立たないと言われたとしても……彼女の美しさは伝わるべき相手にはちゃんと伝わっているのだ。
いつからか呼ばれるようになった幹部としての呼び名……『草華姫』。
そこに添えられた『華』の一文字はきっと、カミリアの美しい心を現しているのだと……。
花弁はなくとも彼女はたしかに――大地を彩る華なのだ。
天空神スカイ
ライフの直属であり上級神の中でも立場は上の方、今回はやられやくになった。大地神と共にライフの補佐をしており……まぁ、お察しの通り苦労している。
クロノア直属の閃光神とかが羨ましい。なんなら交代したい……けど災厄神のポジションとは絶対に交代はしたくない。あっちはこちらよりよっぽど大変そうである。
なお余談だが、ライフと大地神は豊満な胸を持っているが、彼女の胸は大変に慎ましい……。
 




