帰ってきたふたり④
俺に軽くツッコミを入れたあとで、アリスは葵ちゃんと陽菜ちゃんの方に視線を動かしつつ話を続ける。
「せっかくですし、もう少し認識を改めさせておきましょうか……クロさん、たしか今日からジークさんの指導を始めたんですよね?」
「え? うん、そうだよ」
「じゃあ、聞きますけど……クロさんの目から見て現時点のジークさんは、ベルと戦って勝てると思いますか?」
「う~ん」
アリスの言葉を聞いて少し考えるような表情を浮かべるクロに、少し違和感を覚えた。というのも、俺の感覚としてはベルが魔物として強かったとしても、戦闘能力ならジークさんの方がずっと上だろうとそう感じていたからだ。
しかし、よくよく思い返してみると……かつてイータとシータの襲撃があった際、ジークさんはイータに勝利している。だがその後に出てきた男爵級高位魔族であるシグマに関しては、アリスがジークさんとアニマでは勝てないと判断して介入してきた。
アニマはあの時何日も不眠不休だったこともあって、とても万全とは言えないコンディションだったが、ジークさんに関しては世界樹の果実を食したばかりでほぼ万全の状態だった。
そしてイータに勝利したとはいっても、基礎的な身体能力や魔力はイータの方が上だったらしい。イータとシータは爵位級には届いていない高位魔族だったはずだから、ジークさんの戦闘力もその辺りということだろう。
「……勝てるとは思うけど、ギリギリの辛勝になるだろうね」
「そうですね。私も同じ意見です……と、ここまで言えば三人も私がなにか言いたいか分かったはずです。三人ともジークさんはもっと強い……それこそ爵位級並だって認識があったでしょ? それは大いなる誤解です。というか、カイトさんの周囲にワラワラといるせいで感覚が麻痺してるんでしょうが、そもそも爵位級高位魔族ってのは、魔界でもほんの一握りの天才たちなんですよ」
「そうだね。いま魔界全体で男爵級以上ってなると……50000いるかどうかぐらいかな?」
「いずれかの陣営に属しているのが40000ちょっと、フリーなのが5000ほどなので、大体そんなものですね」
えっと、たしか以前チラッと聞いた話では、魔界の人口は……魔物は除いて魔族だけに絞っても150億を超えているという話だ。そのうちの45000となると、たしかにソレはほんの一握りの存在だ。
「まぁ、この誤解はある程度仕方ないところもありますね。というのも、カイトさんの周囲が割と極端で、男爵級とか子爵級がほとんど居なくて、爵位級に届かないか伯爵級以上かって感じで、間が空きすぎてて中間を想像し辛いんですよ」
「あ~なるほど、言われてみれば」
「あとはアレですね。リリアさんとルナマリアさんとジークさんの仲良し三人組がセットでいることが多くて誤解するってのもありますね。あの三人の中ではリリアさんひとりだけレベルがまったく違いますから……」
「そういえば、前にジークさんもリリアさんと自分が勝負になったのは、せいぜいリリアさんが14歳ぐらいの時までだって言ってたな」
まぁ、コレに関してはリリアさんの雰囲気の柔らかさというか……言い方が悪いかもしれないが、あまり強者のオーラ的なのを感じない雰囲気も原因の一つかもしれない。
いや、もちろんリリアさんが戦えばとんでもなく強いのは理解しているんだが、普段は驚きの親しみやすさというか、凄みみたいなのをまったく感じないのである。まぁ、そういうところがリリアさんの魅力ではあるのだが……。
「リリアさんは、こと才能に関して言えば一種のバグってレベルで天才ですからね」
「そうだね。ボクも多くの子を指導してきたけど、リリアちゃんほどの才能って言うと、他は『6回』しか巡り合ったことがないね」
「いま、『あれ? 結構居る?』って思ったかもしれませんが、ソレって私を含めた六王とアインさんのことですからね。っと話を戻す……前に、ちょっと思い出したことがありました。カイトさん、ちょっとイータさんとシータさん呼んでくれません?」
「え? ああ、わかった」
突然のことに首を傾げつつも、イータとシータにハミングバードを飛ばす。
「蛇足ではありますけど、ついでに……爵位級ってのは魔界でも本当に憧れの的です。なんせ認定されさえすれば、将来は約束されたようなものですからね。六王配下になってもそれなりのポジションは保証されてますし、他にも好待遇で迎え入れてくれる場所はいくらでもあります。ですが、その分高位魔族と男爵級の間にはとても厚い壁があります。この壁を越えられずに挫折した者も山ほどいますね」
「……それって、もしかしてイータとシータも?」
「ええ、あのふたりもその壁に阻まれた存在ですね。その挫折によって一時上を見ることを止め、格下を酷く見下して安心していましたね。カイトさんと会った頃が丁度その時期ですかね~まぁ、いまは一度ぽっきり歪んでた自尊心を折られたことで肩の力も抜けていい感じになってますけどね」
言われてみれば、初めて会った時のイータやシータにはどこかピリピリした雰囲気……なにかに苛立っているような感じがあった。多分あの時は爵位級という壁に打ち負かされて間もないころだったんだろう。
そんなことを考えていると、足音が聞こえてイータとシータがこちらにやってきた。ふたりはクロとアリスを見て一度驚愕した表情で深く頭を下げてから、俺にも頭を下げる。
「お待たせいたしました、ご主人様」
「なにか御用でしょうか……です」
「ああいや、用事があるのは俺じゃなくてアリスなんだけど……」
「「幻王様が?」」
ふたりは俺の言葉に心底不思議そうな様子で首を傾げたあとで、アリスの方を振り返る。
「ええ、私がカイトさんに頼んで呼んでもらいました。本当は後で配下に伝えさせるつもりでしたが、丁度いま思い出したので……というわけで、ふたりともちょっとこっちにきてください」
「「は、はい!」」
アリスの言葉を聞いて、イータとシータは明らかに怯えた様子でアリスの前に移動して片膝をついて頭を下げた。
……あぁ、そっか……ここまでの話を聞いている俺からすれば、アリスがなんのためにふたりを呼んだのかは想像が付く。そしてそれが、ふたりにとっていい知らせであるということも予想できる。
だが、ふたりにしてみれば突然幻王であるアリスに呼び出されたとなると、真っ先に思い浮かぶのは「なにか粗相をしたのか」という疑問……怒られるかもしれないと思っているわけだ。
「まぁ、大した用件じゃないですが……イータさん、シータさん」
「「はっ!」」
「貴女たちふたりの能力はそれぞれ一定の基準に達したとみなしました。よって、貴女たちを『男爵級高位魔族』に認定します」
「「…………………………え?」」
アリスがどこかアッサリした様子で告げると、イータとシータはまるで時が止まったように停止した。突然告げられた言葉に思考が追い付いていないとか、そんな感じだろう。
「では、そういうわけで用件は終わりです」
本当にあっさりしているというか、たしかに爵位級ってアリスが情報を管理しやすいようにって認定しているだけで、特に認定証とかはなにもないらしいし実際はこんなものなのかもしれない。
そう告げてアリスがふたりから視線を外すと、ようやく思考が追い付いてきたのかイータとシータが肩を震わせながら顔を見合わせる。その目には涙が浮かんでいる。
「……シータ……わた、私たち……」
「うんっ……男爵級って……やっと……」
感極まり過ぎて上手く話せていない様子のふたりは、直後に勢いよく抱き合った。
「やった! 爵位級にっ! 爵位級に……なれたんだ!!」
「うんっ! 嬉しい、嬉しいよ……」
さっきアリスからふたりが一度爵位級の壁に阻まれた過去があると聞いたからだろうか、涙を流して喜び合うふたりを見て、こちらまでうるっときた。
実際ふたりはメイドとしての仕事もこなしながらも、日々鍛錬をしていたわけだし、その努力が実を結んだと思うと感慨深いものがある。
「……ふたりとも、おめでとう」
「「ご主人様ぁぁぁぁぁ!?」」
「うぉっ!? ちょっ、ふたりとも落ち着いて……」
声をかけると直後にふたりが勢いよく飛びついてきた。なんというか、イータは普段凛としているしシータもクールで落ち着いているし、このふたりが喧嘩以外でこんな風に感情的になるのは本当に珍しい。
それだけ、彼女たちにとっては爵位級高位魔族という称号は、とても大きな意味を持つのだろう。
ちょっと葵ちゃんと陽菜ちゃんの冒険者になりたいという話からは脱線してしまったが、本当に嬉しそうな二人を見れてよかった。
シリアス先輩「気になったんだけど、ジークとルナマリアだとどっちが強いの?」
???「そこまで大きな違いはありませんが、総合的にはルナマリアさんに軍配が上がるでしょうね。ルナマリアさんは万能型で引き出しが多く、血を飲むことで短時間ですが全能力を劇的に引き上げることができるという切り札も持っています。たいしてジークさんは総合的に優れた騎士ではありますが、決定力となる攻め手の少なさが課題ですね。まぁ、ソレを自覚しているからこそ一番力不足を感じていたわけなんですが……」
シリアス先輩「そういえば、書籍版の方とは違う強化ルートに入ったんだっけ? どんな感じに強化されるのか……」
???「クロさんの指導、フュンフさんへの紹介、わた……アリスちゃんを目標にって台詞、それらから推測して……スピードと器用さを生かして戦う近接物理戦主体のテクニックタイプですかねぇ」




