帰ってきたふたり②
よく晴れた昼下がり、リリアさんの家と繋がっている大きな庭でリンを肩に乗せて見学している俺の前で珍しい組み合わせのふたりが向かい合う。
片や緊張した面持ちで構える陽菜ちゃん、片や穏やかな微笑みを浮かべて佇むクロ……なぜこんなことになったかというと、簡単に言えば戦闘訓練である。
葵ちゃんと陽菜ちゃんがこちらに来て数日、ふたりから冒険者になりたいという話を聞いた。理由としては、今後ふたりがこちらの世界に滞在するにあたり、いつまでもリリアさんに甘えるのではなく最低限のお金は自分で稼ぎたいとのことだった。
もちろんリリアさんは気にしなくていいと言ったのだが、せめて部屋を貸してもらっている家賃ぐらいは払いたいとのことだ。
しかし、そこでひとつの問題がある。葵ちゃんと陽菜ちゃんは俺のようにこちらの世界に永住するわけではなく、あちらの世界の生活もある。
その期間もまちまちになるだろうし、どこかに就職して働くというのはいろいろと問題がある。
まぁ、シロさんの造ったチートアイテムのおかげで、こちらの世界でどれだけ過ごしたとしても向こうの世界の一日後に戻れる上身体などの変化も元に戻るらしいので、絶対に無理というわけではないみたいだが……それでも、ある程度時間的な余裕のある仕事でお金を稼ぎたいと思い至ったのが冒険者というわけだ。
ただし当たり前ではあるが、ふたりも冒険者という仕事を軽く見ているわけではない。むしろ現時点では不安も多く、まだ迷っているという段階だ。
特に戦闘面での不安が大きいということで、以前やっていたように葵ちゃんと陽菜ちゃんのふたりで訓練を~と考えたタイミングで、ちょうど海水浴での約束通りジークさんの指導に来ていたクロと遭遇し、そのまま流れでクロがジークさんの指導を終えたあとで、ふたりの戦闘を見てくれるということになった。
ちなみにジークさんは、仕事があるらしく訓練を終えたあとでクロに何度もお礼を言ってから屋敷の方に戻っていったので、この場にはクロと俺たち三人がいる形だ。
そんなことを考えていると、視線の先で陽菜ちゃんが強く地面を蹴ってクロに向かって駆けだした。そのスピードは目で追うのも難しいほどで、俺が気が付いた時には距離を詰めてクロに向かって蹴りを放っていた。
しかし、俺にとっては凄まじいスピードに感じられても、クロから見ればそんなことは無いのだろう。クロはそっと人差し指を添えるようにして陽菜ちゃんの蹴りを止めていた。
「うん、いいスピードだし思い切りもいいね」
「……え? あ、あれ? 全然蹴った感触が……」
「ああ、そこはちゃんと怪我させないように受け止めるから、遠慮せずに思いっきり攻撃してくれていいからね」
「は、はい!」
クロの言葉を聞いて陽菜ちゃんは怒涛の連撃を放つが、クロは微笑んだままですべての攻撃を同じように音もなく優しく止める。
「身体強化の魔法はかなりのレベルだと思うし、動きもいいんだけど……少し攻め方が単調すぎるかな? フェイントもいれた方がいいね。いきなり色々するのは難しいだろうから、最初は真っ直ぐ攻撃するパターンと回り込んで攻撃するパターン……この二種類を意識して切り替えてみよう。それだけで、グッと攻め方のバリエーションが増えるからね」
「はい!」
そのままクロは陽菜ちゃんにいくつかアドバイスをしたあとで、今度は葵ちゃんの方を向く。すると葵ちゃんは緊張した面持ちで頷いたあと、足元に魔法陣を描いて得意のゴーレムを出現させる。
現れたのは三メートルほどのかなり色の濃いゴーレム……注いだ魔力からして高密度ゴーレムの発展型と言ったところだろうか?
「綺麗な術式だし、魔力の注ぎ方も上手い。基礎的な部分はかなりのものだね。う~ん、そうだね、アオイちゃんは次にこれを覚えてみようか」
「なっ!?」
葵ちゃんのことを褒めながらクロがパチンと指を弾くと、葵ちゃんのゴーレムの前に魔法陣が出現し、そこからゴーレムの腕だけが出てきて、葵ちゃんのゴーレムを殴り砕いた。
「ちょっと難し目だけど、ひとつの術式を複数に分けて発動させる分割術式って応用だよ。例えばゴーレムの術式を両腕、両足、胴体、頭の計六つに分割して必要に応じて使いわける。咄嗟の攻撃や防御にも使えるし、あとから術式を追加してゴーレムを完成させることもできる。これができるようになれば、戦略の幅がぐっと広がるよ」
「な、なるほど……」
「確か昔描いた本に……あっ、あったあった。この本に分割術式について詳しく書いてあるから、よかったら参考にして。アオイちゃんは魔力操作のセンスがいいから、それほど苦戦せずに覚えられると思うよ」
「あ、ありがとうございます!」
葵ちゃんは本を貰って嬉しそうな笑顔を浮かべ、それを見て微笑まし気に頷いたあとで、クロは陽菜ちゃんと葵ちゃんを交互に見ながら首をかしげる。
「ふたりとも、魔法を覚えて一年なら上出来過ぎるレベルだと思うけど……そういえば、なにか不安なことがあるんだっけ?」
「え、ええ」
「……実は私たち、冒険者になりたいと考えているんですが」
「うんうん」
ふたりのことを褒めたあとでクロが訪ねると、陽菜ちゃんと葵ちゃんは現在感じている不安を口にする。最初に陽菜ちゃんが不安げな表情でポツリと告げた。
「…‥私たちの戦闘力が、魔物に通用するかどうか……」
「う、うん? えっと……アオイちゃんも同じ内容かな?」
「……はい。現状では難しいと思っていますが、どれぐらいのレベルになれば魔物と戦えるようになるのか……」
「……なるほど……ごめん、ちょっと待ってね」
ふたりの不安はよく分かる。たしかにこうして俺の目から見れば、ふたりはかなりの戦闘力を有しているように感じられるが……それはあくまで人間である俺の感想である。
魔物が相手では果たしてどうなのかと、そう感じるのも無理はない。
ふたりに問いかけられたクロは微笑みを浮かべたままで頷いたあと、一言断ってから俺の方を向いて口を開いた。
「……シャルティア、ちょっといい?」
「はいはい、なんすか?」
クロが呼びかけると俺の隣にアリスが姿を現した。するとクロはなにやら少し困ったような表情を浮かべつつ告げる。
「……えっと、ボクが知らないうちに、この辺ってそんなレベルの魔物が出るようになったの?」
「んなわけねぇでしょうが、そこのふたりが敵わないクラスの魔物が人里付近にホイホイ出現してたまりますか……」
「「「……え?」」」
あれ? なんか思っていたのと違う流れになってる?
シリアス先輩「うん? これはどういう……」
???「あ~これは、アレですよカイトさんたちはあることを忘れてるんですよ」
シリアス先輩「あること?」
???「……人界では魔法は全員が使えるわけじゃなくて、ある程度専門的なものってことです。つまり冒険者も半数ぐらいは魔法が使えません」
シリアス先輩「あぁ、そういえばそんな設定が……」
???「なので魔法が使える時点で人族としてはそこそこ強めな方なんですよ。問題は三人が間近で見たことがある魔物が、ベルフリードだとか白竜だとかブラックベアーとかなせいで、魔物の平均レベルを誤解してるわけです」
シリアス先輩「なるほど……そっか……シリアスなさそうだな…‥」
???「いつも通りでは?」
シリアス先輩「……期待するだけなら……タダだろ……」




