閑話・青き花の旅人
【お知らせ】
情報が遅くなってしまい申し訳ありません。何度かお問い合わせをいただいていた十巻の特装版の電子書籍に関してですが、出版社から返答をいただきました。
特装版も電子書籍版は発売するらしく、発売予定日は1月22日(金)とのことです。大変お待たせいたしました。
ある日の昼下がり、アイシスは自身の居城からほど近い場所にある山の前に佇んでいた。クロムエイナからあることを頼まれ、その確認作業をしていた。
魔界北部に位置する死の大地。ここは死王アイシスの治める地として、魔界では非常に恐れられている場所ではあるが、同時に一部の者にとっては非常に価値の高い場所でもある。
有名なのはアイスクリスタルやブルーダイヤモンドといった希少な宝石類の採掘が可能であることだが、それ以外にも実は魔界屈指の良質な魔水晶の鉱脈が存在することでも知られている。
そもそも魔水晶とは魔力溜まりと呼ばれる空気中の魔力が集まりやすい場所で、鉱石と魔力が混ざり合うことによって生まれる。
そしてその魔力が多いほど純度が高い……すなわち貴重な魔水晶が生まれることになる。死の大地は魔界でも屈指の魔力溜まりであり、さらにはこの地には魔界でもトップクラスに強大な魔力を持つアイシスが住んでいる。
もともと空気中の魔力が溜まりやすい土地にアイシスの膨大な魔力が合わさり、さらにはこの地には死の魔力の影響により鉱物や魔力を食する魔物も住み着いていない。
そのため死の大地には極めて良質な魔水晶の鉱脈がいくつも存在していた。もっとも良質な鉱脈はより魔力の濃い場所……すなわちアイシスの居城に近い場所に存在するため、普通の者はそこで採掘などを行うことはできない。
また死の大地の支配者であるアイシス自体が魔界でも恐れられているため、その鉱脈から魔水晶を採掘する者は限られる……というよりは、実質クロムエイナただひとりである。
クロムエイナはアイシスと専属契約を結んでおり、数十年に一度ほどの頻度で魔水晶の採掘を行っているわけだ。クロムエイナからそろそろ採掘を行いたいと相談されたため、現在こうしてアイシスが鉱脈の確認を行っていた。
調査とはいってもアイシスにとっては軽く探知魔法を発動させるだけで終わる簡単なものであり、ほんの一瞬でその作業は終了した。
採掘可能な魔水晶が十分な数存在していることを確認したあとで、アイシスは城に戻って本でも読もうと転移魔法を発動しかけたが、その途中でふとあるものを見つけて中断した。
「……珍しい……こんなところに……咲いてるなんて」
アイシスの視線の先、雪に覆われた大地に一輪だけ青い水晶のような花が咲いていた。そう、アイシスにとっては思い出深いブルークリスタルフラワーである。
そもそもブルークリスタルフラワーは他の花と比べてやや特殊な性質を持つ花である。まずブルークリスタルフラワーは根こそ張るがち地中から栄養を得ることは無く光合成も行わない。空気中の微弱な魔力を栄養として咲く花であり、本来であれば花が咲くのに適さない環境……極寒の地や荒野にも咲く可能性がある。
だがその反面、魔力を栄養にして育つという性質に謎が多く、同じ環境であっても咲くこともあれば咲かないこともあり、その法則がいまだに謎のままである。
そもそも希少かつ極めて育ちにくい上、人工栽培はほぼ不可能であり、咲いている場所もバラバラ……同じような環境でも一輪だけ咲いている場所もあれば、群生している場所もあると謎の多い花である。
その神秘性故に昔から童話などでたびたび題材になることがあり、古く有名な童話には……ブルークリスタルフラワーは目に見えない旅人の足跡、その旅人が訪れた場所に咲くという風に描かれていて、その影響なのか別名『トラベルフラワー』……旅をする花とも呼ばれている。
ある意味ブルークリスタルフラワーに巡り合うこと自体が小さな奇跡ともいえ、『奇跡の出会い』という花言葉を持つ……アイシスにとっては、いまは一番好きな花である。
「……一輪だけ……か」
ほかになんの植物もない場所に一輪だけ咲くその青い花を見て、アイシスはなんとなく過去の己……快人と巡り合う前の自分自身の姿に重ねた。
だから、だろうかアイシスはそっと根を傷つけないようにブルークリスタルフラワーの周囲を魔法で掘り、咲いている地面ごと花を浮遊させた。
「……こんなところで……ひとりぼっちは……きっと寂しい」
そんな風に呟きながら、アイシスは転移魔法を発動させた。
ブルークリスタルフラワーの人口栽培は『ほぼ』不可能というのは、育てる段階においての話であり、一度咲いたブルークリスタルフラワーに関しては、魔力さえあればそうそう枯れることは無い。
居城に戻ってきたあと、アイシスは持って帰ってきたブルークリスタルフラワーを鉢植えに移し、城の中でも一番見晴らしのいい部屋の窓際に飾った。
そしてフッと優し気な笑みを零したあとで、その部屋を後にした。
さて、かつてひとりの童話作家が語った『ブルークリスタルフラワーは目に見えない旅人の足跡である』とは、もちろん創作の中での話だ。
だがしかし、事実とは時として奇なるものであり……その童話の説は、実はある種的を射ている部分もあった。
(あわわわ……な、なんや、あの禍々しい魔力は……風の噂に聞く死王って人やろか? と、とんでもない相手に拾われてしもうた……どないしよ)
そう、実はアイシスが持って帰ったブルークリスタルフラワーには……精霊が宿っていた。名は……『スピカ』。世界にたった一体しか存在しないブルークリスタルフラワーの精霊である。
実はスピカは、世界のあらゆる情報を掌握しているアリスが『唯一存在を認識していない伯爵級高位魔族』であり、同時に精霊の王たるリリウッドが『唯一存在自体をしらない精霊』でもあった。
なぜか? その理由は単純である……それはスピカが、過去たった一度も『精霊としての姿で顕現したことはないから』だった。
そもそも彼女は実はリリウッドに次ぐほど古くから存在する精霊であり、花の精霊としては世界最古の存在でもあった。
精霊族というのはやや特殊で、戦闘技術などは別として魔力などは鍛錬ではなく時間経過によって成長する場合がほとんどであり、一部例外はあるものの基本的に古い精霊ほど力が強い。
スピカの力もまた、精霊族としてはリリウッドに次ぐほど強大ではあるが……彼女はその力をロクに行使したことは無い。
(……ひ、久しぶりに雪景色が見たいな~って思うたら、まさかこんなことになるなんて……これは、ちょお困ったなぁ)
基本的に気まぐれに世界を旅しては『数百年単位で風に揺れながらボーっと景色を眺める』といったことを繰り返しているだけであり、時々思い出いしたように気まぐれにブルークリスタルフラワーを咲かせる以外のことはしていない。
ついでに言えば、リリウッドがクロムエイナの元から独立した際に『現存する精霊族について把握しておきたい。配下になる云々は置いておいて、一度話をしよう』と、魔界全土に何度も呼び掛けていた際にも……自分には関係ないと無視していたため、その存在を把握されていない。
その上ブルークリスタルフラワーにはスピカ以外の精霊は存在しないため、リリウッドでさえブルークリスタルフラワーは精霊が宿らない花なのだと認識していた始末だ。
(う~ん、あんな禍々しい魔力の相手……このままここにおったら、なにされるか分からんな。はよ逃げな……)
とはいえ、生粋ののんびり屋であるスピカであっても間近で見た死の魔力には思うところがあるらしく、早いうちにこの城から逃げ出そうと考えていた。
ただ、まぁ……繰り返しになるが……彼女は……スピカは……『魔界一ののんびり屋』である。
(うん、はよ逃げよ。大急ぎて……『20年ぐらい経ったら』)
なお、20年で場所移動というのは彼女にとっては『過去最速』である。
(それはそれとして、ここからの景色は綺麗やな~。やっぱり雪景色もええな~)
こうして、まるで導かれるように……のちに晶花星と呼ばれるようになるスピカは、アイシスの居城へとやってきた。
『晶花星・スピカ』
いまだ一度も精霊としての姿を現したことのない存在であり、魔界一ののんびり屋かつ旅人……初めはアイシスの死の魔力を警戒していたが、徐々に認識は変わり……むしろブルークリスタルフラワーをとても大切に思っているアイシスに興味を抱くようになる。
アイシスの居城は不思議と心地よく、なにより時折様子を見に来るアイシスを見ていて……生まれて初めて、彼女と……アイシスと『話をしてみたい』と考えるようになり、初めて精霊として姿を現した。
そして会話を重ねるうちにアイシスの人柄に惹かれ、城の中の温かな雰囲気を気に入り……長い旅を終わらせてこの地に根を張ることを決めてアイシスの配下になる。
ブルークリスタルフラワーを自在に咲かせられるのは彼女だけである。




