フレアベル・ニーズベルト⑤
フレアさんが口にした煙を吸うと身長が伸びるというのは、よくある迷信の類だろう。たしか昔初詣に行った神社で、煙に当たると頭がよくなるとかそんなのがあった気がする。
まぁ、よくある話ではあるがこの場において重要なのは迷信についてではなく、それをフレアさんが実行しているという点だ。そこから導き出されるのは、フレアさんは身長を伸ばしたい……つまり、現在の身長にコンプレックスを抱いているということ……。
そんな俺の考えを裏付けるように、フレアさんはどこか思いつめるような表情で口を開いた。
「どうか、笑ってくれるな戦友よ。我とて、そのような話が根拠なき迷信であるとは理解している。しかし、しかしだ。力だけではどうにもならぬ、迷信と分かっていても縋る以外に術がないこともあるのだ」
「えっと……もちろん笑ったりはしませんよ。フレアさんは、身長を伸ばしたいんですか?」
コンプレックスというのは誰しも抱えているものだ。傍目に見れば完璧なように思える人でも、当人にしか分からないようなコンプレックスを抱いていることもある。
今回に関して言えば、性格なのかフレアさんは誤魔化したりせず話を進めているので、聞かなかった振りというのもNGだろう。ならここはできるだけ自然に話の続きを促すのが一番だと思う。
「戦友よ、竜種というのは魔界において最も多種多様な種族でな。生態や体躯も様々でかつ、数も多い。故に竜種は体のサイズで、さらに四種に大別される」
「ふむ……」
「まず全長5mに満たないのは小型種、5m以上10m未満を中型種、10m以上を大型種、100mを越えるものを超大型種と分類するのだ。そして、我は……我は……その中でも、小型種に分類されるのだ」
グッと拳を握りながら悔しげな表情を浮かべるフレアさん。そこには並々ならぬ感情が籠っているかのように感じられた。
「マグナウェル様はもちろん、我以外の四大魔竜も全員超大型種とあっては、どうしてもそれを気にしてしまう。我もさすがに超大型種になりたいなどと大それたことを考えているわけではない。しかしだな……せめて中型種にはなりたいと、そう思ってしまうのだ」
「……」
「己でも未練がましいとは分かっている。だが、どうにも捨てきれん。仮にこれが明らかに遠い目標ならば諦めもつく。だが、我の全長は4m80㎝……そう、中型種の基準までたった20㎝、我に角の一本でも生えていれば届いたであろうサイズとあっては、諦めきれんのだ」
人間である俺の感覚としては20㎝は大きいが、竜種であるフレアさんにとっては20㎝というのは、それこそ背伸びすれば届くサイズというわけなのだろう。
そんなフレアさんの思いを聞き、俺はフレアさんの目を真っ直ぐに見つめながら口を開く。
「……フレアさん、貴女の気持ちは……痛いほどに分かります」
「戦友……」
「なぜなら、俺も同じ悩みを持つ者だからです!」
「な、なんと!? 戦友も我と同じ悩みを?」
そう、ハッキリ言おう。フレアさんの気持ちは滅茶苦茶わかる! というか、似たような悩みを俺もずっと抱えているのだ。
「はい。俺の身長は169㎝……170㎝にほんの1㎝足りないんです。いや、分かってます。そんな1㎝の差なんて傍目に見ても分かる人なんてほとんどいないでしょう。俺が170㎝だと嘘を付いても、それが間違いだとワザワザ指摘する人なんていないでしょう……でも違うんです! 169㎝と170㎝じゃ、こう、自分自身の持てる自信というかそういうのが大きく違うんです」
「あ、あぁ、分かる。分かるぞ戦友よ! 無理解な者は言うだろう『誤差の範囲』だと……だが当人にとってそれは、誤差ではないのだ!」
「そうなんです。頭では理解してます。もう成長期は過ぎて身長が伸びる可能性は低いと、理解はしているんです。だけど、健康診断とかで身長を測る機会があるたびに、ひょっとしたら1㎝ぐらい伸びてるんじゃないかって、そんな期待を抱いてしまうんです」
「なんということだ。分かる、戦友の苦しみが、嘆きが……我には己のことのように伝わってくる!」
俺の言葉にフレアさんは目を潤ませながら何度も頷く。きっといま俺の目も潤んでいるだろう。期待して何度もそれが破られてきた経験を持つ者同士だからこそ、通じ合うものがある。
俺は感情が高ぶるのを実感しつつ、フレアさんに向けて手を伸ばす。
「フレアさん! お互い、希望を捨てずに頑張りましょう! 諦めない限り、可能性がゼロになることは決してないはずです!」
「戦友よっ!? ああ、なんと心強い言葉か! 我はいま、暗闇の中で初めて希望に巡り合った気分だ!」
俺とフレアさんはガシッと固い握手を交わす。なんだろう、この感覚は……魂が結びつくとでもいうのだろうか、フレアさんが暗闇の中で希望を巡り合ったと言った気持ちがよく分かる。
いま、俺とフレアさんの間には硬く強い絆が結ばれた。同じ苦しみを持ち、それでも立ち向かおうと、抗おうとする者同士……まさに戦友の絆とでもいうべきものが結ばれた。
【フレアベル・ニーズベルトの好感度がどちゃくそ上がった】
シリアス先輩「……恐ろしい奴だ。マジでパーフェクトコミュニケーションじゃねぇか、傍目に見ててニーズベルトの好感度がガンガン上がっていくのが伝わってきた」
???「……まぁ、ちなみに悲しいお知らせですが、これよりかなり先の話である777話記念番外編でも、カイトさんの身長は169cmのままでした」
シリアス先輩「現実は非情である……けど、不思議なもんだな、快人が願えばそれぐらい叶えてくれそうなのが居そうだけど……」
マキナ「その疑問には、私がヒントをあげるよ! まぁ、ヒントというか、もう答えだね……『シャローヴァナルの身長は169㎝』!!」
シリアス先輩・???「「……あっ(察し)」」




