海水浴中編⑩
800話到達!(前回)、感想見るまで気づきませんでした。ありがとうございます。
たぶんアリスがその気になれば、アインさんのように一瞬ですべての準備を終えるなんてことも可能なのだろうが、そうはせずに俺やアニマと雑談しながらのんびりと下準備を行っていく。
こういう雰囲気……なんと表現すればいいのか、準備すること自体も楽しんでいるような感じの空気は俺も嫌いではない。というか、こういう時はよく会話が弾むような気がする。
「そういえば、近々爵位級の一部を見直そうと思ってるんすよね」
「見直すって、基準とかを?」
「そうですね、細かい部分もいろいろ調整するつもりですが、メインは……伯爵級最上位から何人かを公爵級に格上げしようかと思ってます」
野菜の下処理をしながらアリスが口にした話題……爵位級の一部見直し。アリスはサラッと話しているが、これは結構大きな変更である。
いままで公爵級はアインさんひとりしかいなかったわけだし、魔界全体で考えても大きな改革になることは想像に容易い。
「……まぁ、極端に言うとさすがに伯爵級の数が多くなってきたんですよね。伯爵級内での上と下の能力差が大きくなってきてるので、そこを調整する感じですね」
「……そういえば、自分はずっと疑問だったのですが、なぜ爵位級高位魔族には『侯爵級』が存在しないのでしょうか?」
「あ~それは単純に最初に決めた時に私が失念してただけです。そもそも爵位級ってのは、私が魔界の情報を管理しやすくするために作った制度で、ネーミングも割と適当に決めたわけです。侯爵級は最初に作り忘れまして、あとから気付きましたが……私的には管理さえ問題なければネーミングとかどうでもよかったのと、一度広めたものをわざわざ変更するのも面倒だったのでそのままにしました」
「なるほど」
納得したように頷くアニマだが、実は俺はその件について以前にアリスからもっと詳しい話を聞いたことがある。
アリスが以前いた世界においては、一番最初に絶望の大邪神を召喚したのが五大侯爵と呼ばれていた貴族であり、その時の被害の凄まじさから侯爵と呼び名自体にも悪い印象が付き、歴史の経過とともに侯爵という地位は無くなったらしい。
そしてアリスが生まれた時には、侯爵という地位は無く歴史書などで存在が確認できるだけのものになっており、それが原因で最初に爵位級高位魔族の制度を造った時に忘れたとのことだ。
「さっきの口ぶりだと、侯爵級を追加で作るってわけじゃないんだよな?」
「ええ、それも一応は案として考えましたが、やめました。全員ってわけじゃないですが現伯爵級の多くは、公爵級を目指して鍛錬を続けてるわけですよ。そこに公爵級よりは劣りますけど、新しく伯爵級の上作りました~ってやるのもアレですしね」
「まぁ、たしかに不満も出そうだ」
「そういうことですね。まぁ、今回は特に一発目なので、単純な強さだけじゃなく各陣営の力関係にも配慮する必要がありますから、一応いまのところは各陣営から二人ずつぐらいの割合で公爵級に上げるつもりですよ」
公爵級が増えるというのは魔界にとって大きな出来事だろうし、六王陣営同士が険悪にならないように配慮もしなくちゃいけないみたいで、なんというか管理する側の苦労が見て取れる気がした。
実際アリスもすぐにではなく近々と言っていたし、その辺りの調整をいろいろ考えているのだろう。
「ふむ……アリス殿、なぜ各陣営で二名ずつなのですか? 初めというなら様子見を兼ねて、各陣営一名の方がいいのでは?」
「あ~ソレはアレですよ。細かく話すと長くなるので、簡潔に説明しますが『筆頭配下』がイコール『最強の配下』ではない陣営もあるからです。おふたりが知ってる陣営で説明するなら……例えば戦王配下において最強なのはオズマさんです。しかし、筆頭はアグニさんです。筆頭ってのは配下のまとめ役でもあるわけなので、戦闘能力だけでは測れない向き不向きってのがあるんですよ」
「……面子の問題。なるほど、建前的にはそういうことですが、筆頭配下が最強の配下であると思っている者も多く、混乱が生じるというわけですね」
「その通りです。普通の魔族にとっては伯爵級って時点で次元が違い過ぎて、理解の範疇外です。誰が強いかってのは他の情報から判断するしかないわけで……筆頭配下がその陣営最強であると思っている人も多いです。もちろん、筆頭が一番強いって陣営もありますよ。うちなんかそうですね」
これもまたアリスの説明は分かりやすく、納得できるものだった。オズマさんだけ公爵級に上げてしまうと、筆頭であるアグニさんの立場的によろしくない。
爵位級でない配下も沢山いるのだろうし、そういった部分で大きな混乱を招くのはアリスとしても望まないのだろう。
「……まぁ、そんなわけで各陣営筆頭ともうひとり、ぐらいの割合で上げるつもりですよ」
「なぁ、アリス。ふと思ったんだけど、いま公爵級であるアインさんはどうするんだ?」
「……ハッキリ言ってアインさんの実力がかけ離れ過ぎてて、そのままだと公爵級の上と下で実力差がえげつないことになります。というか、そもそもあの人は六王含めて考えても、割と上の方に入る実力者ですからね。そもそもあの位置にいるのがおかしいんですが……まぁ、そんなわけでアインさんには、もうひとつ上に上がってもらうつもりです」
つまり、公爵級と六王の間に称号を作って、それをほぼアインさん専用にするって感じだろうか? まぁ、アインさんと肩を並べられるなら七人目の王になれるってレベルらしいし、そこは仕方ない処置かもしれない。
しかし、そうなると一つ疑問が浮かんでくる。
「……それ、アインさんが納得するの?」
「……ソレですよ。そこに一番悩んでたんです」
俺もアインさんとはそれなりに会う機会があるので知っているが、アインさんは公爵級という呼び名に不満を持っている。メイドである自分が爵位で呼ばれるのが、どうもお気に召さないらしい。
「いまの公爵級でさえ、頼み込んで頼み込んでようやく、自分から名乗りはしないものの呼ばれても否定はしないって程度に納得してくれたんすよ。普通に考えるとこれでまた上の地位を作ってそこに上げるって言えば、間違いなく文句言ってくるでしょうね」
「……それで、どうするの?」
「いやね、解決策自体は思いついてるんですよ。というか、ずっと前から思いついてました。けど……それを実行するのに躊躇してただけで……」
「アインさんが納得する公爵級より上……え? それって、まさか……」
「言わないでください。私だって嫌なんです。でも、他に納得してくれそうなネーミングがねぇんすよ」
遠くを見つめながら、どこか疲れ切ったような表情を浮かべるアリス。おそらく、それを実行するまでに何度も何度も悩んだということは、痛いぐらいに伝わってきた。
ともあれ、本当に大きな改変である……なによりも大きなのが、爵位級高位魔族の上に『メイド級高位魔族』というもう訳わからない地位が爆誕しそうな部分が……。
けど、アレだなぁ……公爵の上にメイドって、明らかにおかしいはずなのに……アインさんなら仕方ないと思ってしまう辺り、もうすっかり毒されているのかもしれない。
~おまけ・各陣営の筆頭と最強~
【冥王陣営】※配下という括りではないが、強いて言うなら
筆頭兼最強・『メイド』アイン
【死王配下】
筆頭兼最強・『黒暴星』イリス・イルミナス
【戦王配下】
筆頭・『業火』アグニ
最強・『静空』オズマ
【界王配下】
筆頭・『魔華姫』リーリエ
最強・『草華姫』カミリア
【竜王配下】
筆頭・『黒竜』トルネディア・ファフニル
最強・『天竜』フレアベル・ニーズベルト
【幻王配下】
筆頭兼最強・『狂鬼』パンドラ
シリアス先輩「なんでかな? 普通メイドって聞くと、献身的だとか家事万能だとかそういうキャラを創造するはずなのに、この作品だとメイドって聞くと『戦闘力が高い』って思っちゃうんだろ? 作中のネームドメイドキャラは……アイン、ルナマリア、イルネス、イータ、シータ……実際高かったわ戦闘力」




