海水浴中編③
驚きで止まっていた思考が動き出し、初めに感じたのは柔らかいという感触だった。気づいた時には、クロにしがみついていた。
いや、流石にラブコメものの主人公のように狙いすましたように胸とかを掴んでいたわけではなく、体勢としてはバックハグに近い形だった。
「ご、ごめん!? クロ!」
「う、ううん! 気にしないで、バランス崩しちゃったかな? ボクもバナナボートの操縦は初めてでコントロール間違えちゃったよ~」
反射的に謝罪の言葉を口にした俺に対して、クロはどこか白々し気というか……なんだか棒読みな感じの声で言葉を返してきた。
「またバランス崩すと危ないし、そのまま掴まってていいよ~」
「え? いや、そういうわけには……」
やっぱりどうも棒読みくさい気がするが……まぁ、それよりさきに体勢を戻さないといけない。ここまでは驚きが勝っていたが、少しずつ頭が冷静になるにつれて別のことに意識が向き始めてしまっている。
それはすなわち、クロの肌がスベスベで手触りがいいだとか、海水に少し濡れているのが触れている手の感触だけでハッキリと理解できるだとかだ。
ロングコートとは違い、現在のクロは水着……普段とは露出の度合いが桁違いであり、こうして後ろから抱きしめ……もといしがみ付いていると、素肌の感触をやたら鮮明に感じてしまう。
さすがにこのままではいろいろと不味いことになりそうだし、ボートのスピードも安定しているのでいまのうちに元の姿勢に戻っ――あれ? おかしいな? 『手が離れない』?
なんだろうこれ? 肌を撫でるように動かせはするけど、肌から手を離すことはできない。
これはもしかして、クロに触れていたいという欲望が強いせいで無意識に……いや、違うなこれ、絶対になんかしてやがるな……。
「……クロ、手が離れないんだけど」
「え、えぇぇぇ、そ、そうなの? 不思議だねぇ、なんでだろう~? 急なことでビックリしちゃったせいかもしれないね! まぁ、ボクは気にしないし、そのまま掴まってて大丈夫だよ!」
「……いや、これ、絶対なんか魔法的な力で離せなくしてるよね?」
「……あ、あ~波の音でよく聞こえないなぁ~」
なんというか、クロもたいがい嘘が付けない性格というか、分かりやすすぎる。確実になにかしてやがる。いや、そもそもさっきのあの揺れからしてなんだか作為的なものを感じるわけだが……。
う、う~ん、これはどうしたものか……とりあえずクロとしては、このまま俺がしがみ付いた状態の継続を望んでいるみたいだ。
クロにしては珍しく強引な手段とはいえるが、別に俺の方としても気恥ずかしさこそあれど嫌なわけではない。
幸い身長差もあるおかげでこのままの体勢でも前が見えないというわけでもないし、体勢的に維持がキツイというわけでもない。それならば、珍しいクロのワガママに付き合うのもいいか……。
「――ッ!?」
と、そんなことを考えた直後、今度は俺のお腹の前に『後ろから手が回されてきた』。え? な、なにこれ? 後ろから? ってことはこの手はジークさんの……。
突然の追加攻撃に頭に血が上りはじめ、背中にピッタリとしがみ付かれるよう感覚と共に再び思考は真っ白になった。
「ジ、ジークさん!?」
「……わ、私も、バランスを崩してしまうと……いけないので」
異議あり! 身体能力の差を考えたうえで、ジークさんが堪えられなくて俺が堪えられる揺れなんてないよ!?
「いやいや、だからといって、そんなに密着する必要は……」
「あ、安全のため……です」
後ろから首に息を吹きかけられるように聞こえてくるジークさんの声。顔は見えないが、なんだか普段より声が色っぽいような気がする。
いや、それ以前に密着具合が尋常ではない。お腹の前に手を回し、俺の肩に顎を乗せるような姿勢……ほぼ体の前面が俺の背中に密着している。
なんだこれ、本当にどういう状況!? 前ではクロを抱きしめ、後ろからはジークさんに抱きしめられている。水着の恋人ふたりによって体が挟まれている状態……いわゆるサンドイッチというやつだろうか? これは大変に危険な状態といえる。
なにせ前も後ろもほぼどこかが密着している状態だ。少しでも体を動かせばどうなるかなどは、いちいち説明する必要もないだろう。
となれば俺がするべきことは……不動、そう、徹底した不動だ。心を空にして、身体可能な限り動かさないようにして、この状態を乗り気……。
「おっと、また出力を間違えちゃった~」
「!??!?!」
あわわ、いまなんか背中を擦れた!? やめろ! 一度意識しちゃったら、やけに気になるようになってしまうじゃないか!?
いや、問題なのは後ろだけではなく前もだ。俺の手はクロの体から離れないが……手を離しさえしなければ、動かすことはできる。
強く抱きしめれば密着度が上がってしまって、いろいろと触れられるとマズい部分も当たってしまいそうになる。しかし、だからといって手が離れないのをいいことに力を緩めれば……。
「ひゃん!? も、もう、びっくりした……カイトくんの……えっち」
「~~~~~~!?」
先頭に座っているクロの肌は海水で濡れており滑りやすい。そこへ決して手は離れないが動かすことは可能な状況……さらには、どうにも作為的な大きな揺れが合わさるとどうなるか……。
やばい、やばい、これは想像以上にとんでもない状態になってしまった。前にも後ろにも逃げられない、力を入れても抜いてもそれぞれ別の危険があり、動いても動かなくても状況は悪化していく。
……こ、これはいったい、いつまで続くんだ!?
シリアス先輩「……なんか珍しくメインヒロインが、メインヒロインしてる気がする……吐きそう」
マキナ(ギリB)「なるほど、これがサンドイッチ……胸が控えめだからこそ、よりピッタリと密着できるってわけだね。ふふ、胸力の低い子も低いなりにいろいろ考えてるんだね」
シリアス先輩「で、こっちは隙あらば胸のサイズでマウント取ろうとしてやがる。そういう発言は、胸が大きいキャラがするべきなんじゃ……」
マキナ(ほぼA)「うん? なんか言った?」
シリアス先輩「……イヤ、ナニモイッテナイデス」




