恋人たちとの海水浴⑨
長く間が空いてしまったので、前回までのあらすじ置いときます
~~あらすじ~~
シンフォニア、アルクレシア、ハイドラ、三つの国が覇を競い合う人界。シンフォニアに住む異世界人、宮間快人は恋人共にハイドラ王国の海辺を訪れていた。
しかし、世界の神たるシャローヴァナルの陰謀により、一瞬の隙を突かれた快人は遥か海の底へ引きずり込まれてしまう。
恋人たちの元へ戻ろうとする快人に対し、シャローヴァナルはひとつの『取引』を持ちかけた。
はたして、シャローヴァナルの目的とは、快人は無事地上に戻ることができるのか……暑い夏、冷たい深海での戦いが、いま始まる。
~~あらすじ終わり~~
海水浴に来たはずなのに突如海底へと連行され、連れてきた元凶に元の場所に戻るためには条件があると言われた。
これだけなら、パニックホラー物の出だしのようにも感じるが、元凶は恋人で、要求はハグである。
両手を軽く広げて待ち構えるシロさん。無表情に見えるが、なんとなくウキウキしているのが伝わってくるようだ。その可愛らしい姿に思わず生唾を飲んでしまいそうになりながら、俺はゆっくりとシロさんに近づく。
なんというか、こうして要求されてハグを行うという機会はあまりないので、変に緊張してしまう。
というか、こうして改めて正面から見ると、本当にシロさんの容姿は反則級である。水着を着て軽く両手を広げているその姿だけでも、どこか神秘的な美しさがある。
出会ったばかりのころはその神秘的な部分が強すぎて、どこか現実味のない美しさだったが……内面に大きく変化があったいまのシロさんは、美しくも可愛らしいというか、思わず引き寄せられてしまいそうな眩しさも持ち合わせているように感じた。
シロさんの身長は俺とほぼ同じであり、こうして正面から向かい合うとシロさんの綺麗な金色の瞳がよく見えた。
その目と透き通るような白い肌に目を奪われつつ、シロさんの背中に手を回す。基礎的な能力が強大だからだろうか? こうして触れて見ると、華奢だと、そんな印象を強く受ける。
触れた指が柔らかな肌に微かに沈む。一度触れてしまえば手を離すのが困難になりそうな、あまりにも心地よい手触り。
そのタイミングで胸に感じる柔らかな弾力……まさに神の肉体というべきか、全身すべてが至高であると言われても頷いてしまいそうだ。
そのままそっとシロさんの体をこちらに引き寄せると、シロさんは抵抗なくこちらに身を預けてくる。互いに水着ということもあり、いままで以上にシロさんの体温を感じる。
いや、あるいは緊張で感覚が鋭敏になっているのかもしれない。実際こうして落ち着かずにいろいろと考えている時点で、あまり冷静とは言えないだろう。
静かな深海で、水着同士で、なおかつ事前にハグという行為を頭で強く意識してから行っているというのが、想像以上に緊張を駆り立てているのかもしれない。
とそんな風にぐるぐると頭の中を巡っていた思考だったが……それは、ふいに少しだけ顔を離してこちらを見てきたシロさんによって、止まることになった。
以前よりは表情に感情が現れるようになったとはいえ、デフォルトは無表情なシロさんが、一目見て幸せそうだと理解できる顔で微笑んでいるのだ。思わず見とれてしまうのも、無理はないだろう。
まるで時が止まったかのような感覚……どこまでも深く美しい金色の瞳が音なくこちらを誘う。吸い込まれそうな、とはまさにこのことだろう。気づけばまるでそれが自然な動きであるかのように、俺の顔はシロさんに近づき……その途中で『顔を真っ赤にして慌てまくった表情でこちらを見ているリリアさん』を視界の端に捉えたことで、スッと冷静になった。
「……はい。このぐらいでいいですか?」
「むぅ……とても惜しかったです。非常に残念ですね。ですが、たしかに私の要求はハグだったので、ソレは達成されていますね。仕方がありません、続きはまたの機会に取っておきましょう」
「そうしていただけると助かります」
いや、シロさんとキスをすること自体が嫌なわけではないが……人前でというのは、さすがにまだ恥ずかしさが勝る。
まぁ、シロさんの言う通り次の機会……ふたりっきりの時になら……。
「それは楽しみですね」
「あっ、しまっ……」
「快人さんの方も私とイチャイチャしたいと思ってくれたようで、私はとても嬉しいです」
「……ぐっ」
迂闊だった。ついうっかり心を読まれているということを忘れてしまっていた。俺の心を読んだシロさんは、なにやら楽し気な笑みを浮かべている。
なんだろうこの羞恥プレイは……まぁ、しかし、困ったことに否定もできない。そりゃ俺だって男なわけだし、可愛い恋人とイチャイチャしたいかどうかと問われれば、それはしたいに決まっている。
そんな風に考えていると、シロさんはものすごく満足そうな表情を浮かべていた。気のせいか背後に『ご満悦』という文字が見える気がする。
「……なんですか? あの、文字?」
どうやら気のせいではなくいつもの立体文字だったらしく、リリアさんが困惑したような声を上げていた。
ともあれ、これで無事シロさんの要求は満たしたわけだし、これで元の場所に戻れ……。
「では、次はリリアの番ですね」
「「……え?」」
シリアス先輩「あぁぁぁぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁぁ!! ふざけんなよ! これアレだろ、スランプだとかなんとか言って、本当は『ハグするだけで一話終わらせよう』とか考えて、必死にハグだけで一話の目標にしてる二千字を埋めようと無駄な努力したから、遅れただけだろうがぁぁぁぁ!!」
マキナちゃん「……なるほど?」
シリアス先輩「なんか、間にシリアス展開あったような気がするのに私は出てないし! ちくしょうめ! ブラック……ブラックコーヒーが欲しい……」
マキナちゃん「ブラックコーヒー? はいどうぞ」
シリアス先輩「………………うん?」
マキナちゃん(カフェオレしか飲めない)「次はリリアの番だね~こっちもハグで一話使うのかな? 楽しみだね!」
シリアス先輩「………‥………………う、うん…‥……あれ?」




