恋人たちとの海水浴⑦
とりあえずリリアさんの精神的に無事とはとても言えないが、シロさんが目に見えて歩み寄ろうとしてくれていることもあって、展開は思った以上に早い。
ひとまずは最初の挨拶は終わったようなものなので、少し遊びながら親睦を深めていったほうがいいだろう。
「さて、シロさんの懸念だった呼び方も治ったわけですし、さっそくなにかしてみますか?」
「……あっ、そのことなのですが……」
空気を切り替えるように俺が告げると、遠い目をしていたリリアさんがハッとした表情に変わり、なぜか申し訳なさそうな顔になってから口を開いた。
「……実は、シ、シロ様に大変申し訳ないお話なのですが……私、海に来るのは初めてでして、なにをしていいのか……」
普段の気さくな印象から忘れがちになってしまうが、リリアさんは元王女であり現公爵家当主……筋金入りのお嬢様である。シンフォニア王国の首都から海までは距離があるし、海水浴にきたことがないというのも、ある意味では当然かもしれない。
するとその言葉を聞いたシロさんは、軽く頷いたあとどこか自慢げに見える表情で告げた。
「案ずる必要はありません。私は二度目、なにをすべきかは把握しています」
「そ、それはとても心強いです」
確かにシロさんは以前俺と一緒に海に遊びに行っている……が、なんだろう? シロさんがこんなに自信満々だと、なぜか逆に不安になってくる。
まぁ、とはいっても初めは無難に泳げばいいだけだし、早々酷いことには……。
「いろいろな遊びがありますが、私のお勧めは宝探しです」
「宝探し、ですか?」
「はい。『まず沈没船を造ります』」
「――シロさんストォォォォォップ!!」
いや、やっぱ駄目だ。この方迂闊に放置するわけにはいかない。気が付いたらラグナさん自慢のハイドラ王国の新名所が、見るも無残な船の墓場になっていたりとかそんなことも起りうる。俺がしっかりしなくては……。
「たしかにソレもいい遊びですが、今日来てる場所には合わないと思います! なので、最初は普通に泳ぎましょう!」
「わ、私も、カイトさんに賛成です!」
「ふむ……わかりました」
方向性は俺が決めることにして、最初は泳ごうと提案した。リリアさんも青ざめた顔ながら賛成してくれて、シロさんも特に宝探しに強い拘りはないのか、アッサリと了承してくれた。
そして三人で海に向かって移動しつつ、リリアさんに声をかける。
「……リリアさん、大丈夫ですか?」
「……すごい、『この胃薬』……本当に痛みが一瞬で消えました――え? あっ、はい。大丈夫です」
「なんですか、その瓶?」
「えっと、エデン様にいただいた胃薬です」
「……なんでエデンさんがリリアさんに胃薬を? いや、それより……飲んで大丈夫なものなんですか?」
思わぬ人物の名前が飛び出したので、心配になって尋ねてみた。なんというか、失礼な話ではあるがエデンさんが我が子では無いリリアさんになにかをプレゼントするという構図がまったく思い浮かばない。
しかし、だからといって別に毒が入っているとかそういうことも無いだろう……そんな回りくどいことをする方ではないし、能力的にそんなことする必要すらない。
「体に害はないと仰っていましたが……なんだか不自然なほどに即効で胃の痛みが消えたので、ありがたい反面少し不安ではありますね」
「……体に異常があったら言ってくださいね」
う、う~ん、エデンさんの意図がさっぱり分からない。純粋にリリアさんを心配して渡したとか? あのエデンさんが? なんというか、そこそこ長い付き合いになってきたはずだが、いまだ謎の多い方である。
とそんなことを考えている内に海辺に到着した。
「っと、着きましたね。じゃあさっそく泳ぐわけなんですが……リリアさんは、泳いだ経験とかは?」
「一度もありません」
「了解です。じゃあ俺が教え――」
「はい。なので泳いでいるところを『一度見せてもらえたら』、助かります」
「――え? あ、はい」
数分後、俺の視線の先では綺麗なフォームで泳ぐリリアさんの姿があった。本当に一度俺が泳ぐ姿を見ただけで泳げるようになってしまった。というかなんなら、俺よりもずっと綺麗なフォームである。
周りがとんでも無さ過ぎてつい忘れがちになってしまうが、よくよく考えたらリリアさんはアリスが世界のバグとかいうレベルの天才だ。
聞いた話によると、大抵のことは見本を一度見ただけで出来るようになるという超スペックらしい。
「……リリアさんはまったく問題なさそうですね」
「そうですね」
「……一応聞きますけど、シロさんは?」
泳ぐリリアさんの姿を眺めつつ、隣のシロさんに尋ねる。以前シロさんと海に来たときは、シロさんは浮かんでいただけで、一度も泳いではいない。
まぁ、もっとも……本当に一応聞いただけである。
「泳いだことはありませんが、泳げます」
「ですよねぇ」
そう、シロさんはほぼ全能。リリアさんが『一度見れば大抵のことはこなせる』だとすれば、シロさんは『見なくてもやればできる』という感じだ。改めてスペックの差を思い知った気分だ。
「ですが、迷いますね。泳げないことにして、快人さんに手取り足取り教えてもらうというのも、大変に魅力的です」
「なんで泳げますって即答したあとに、そういうこと普通に言いますかね……いや、まぁとりあえず、三人で泳ぎましょっか」
「はい。では、そうしましょう」
淡々としたいつもの天然口調……に聞こえるが、過去の経験から分かってしまった。どうやらシロさんは『はしゃいでいる』みたいだ。
次のペアの元に行く前に、もう一波乱ぐらいありそうなのもきっと……気のせいではないのだろう。
マキナ「あっ、見て見てシリアス先輩! 我が子が私のこと考えてくれたよ! これはもう完全に両思いだよね!」
シリアス先輩「ソウダネ、ワガコハ、カワイイネ」
マキナ「ねっ! やっぱり我が子の可愛さはこうして見てるだけでと留まるところを知らないよ。はぁ、私も海水浴行きたかったなぁ」
シリアス先輩「ソウダネ、ワガコハ、カワイイネ」
マキナ「だよね~水着の我が子の魅力も本当に素晴らしいっていうか、いつもとは違った雰囲気が最高だよね! 何千時間でも眺めていられるよ!」
シリアス先輩「ソウダネ、ワガコハ、カワイイネ」
マキナ「うんうん! こうしてあとがきから我が子の活躍を眺めるのもなかなかいいものだね」
シリアス先輩「ソウダネ、ワガコハ、カワイイネ――はっ!? わ、私はなにを!?」




