閑話・神と道化~一勝一敗~
集合場所から海岸へと歩く途中、世界の神であるシャローヴァナルはチラリとアリスに視線を送った。すると、意味を察したアリスは、雑談をしている快人たちに気付かれないように少しだけ離れ、シャローヴァナルにだけ聞こえるほどの小さな声で告げた。
「おや? シャローヴァナル様、なにが御用ですか?」
「少し、貴女の意図を測りかねていました。私に昼食を用意させないことが、意趣返しになるのですか?」
「……う~ん、ソレはおまけみたいなものです。まぁ、回りくどいことはやめてストレートに言いましょう。以前の新築パーティでは正直シャローヴァナル様の成長に驚かされたので……今度は私がシャローヴァナル様を驚かせてやろうって、そう思ったんですよ」
「……私を驚かせる? 現状、多少の不満はあれど驚いてなどいませんが?」
シャローヴァナルは答えに納得していない様子で首をかしげ、ソレを見たアリスはどこか不敵な笑みを浮かべた。
「……う~ん、お昼のお楽しみに取っておこうかと思いましたが……先にネタ晴らしするのもいいかもしれませんね。じゃあ、こうしましょうシャローヴァナル様……この食材よりいいものを用意できるのであれば、前言を撤回して昼食はシャローヴァナル様に任せてもいいですよ?」
そう言いながらアリスがどこからともなく手の上に出現させた小さな肉の塊を見て、シャローヴァナルは思わず歩いていた足を止めた。
「おっ、短い間隔で瞬きを二回……カイトさんが言ってた驚いてる時の仕草ですね。と言うことは、ドッキリは成功、ですかね?」
「……ええ、確かに驚かされました。いえ、いまも驚いています……いったい……どうやって『彼女』を説得したのですか?」
シャローヴァナルはアリスの手にある肉の塊を見て、一瞬でアリスがそれを誰から手に入れたのかは理解することができた。しかし、それが理解できたからこそ……分からなかった。
そんな期待通りの反応を浮かべるシャローヴァナルを見て、アリスはどこか満足げに微笑んでいた。
時は遡り、海水浴の前日。それは訓練の合間の休憩での出来事だった。
全知全能の神であるマキナとの訓練は、いかにアリスであっても疲労する。なにせ常に限界ギリギリまで気力を振り絞っておかなければ、マキナの前でまともに動くことすらできないのだ。こまめな休憩はある意味必須とも言えた。
「はむっ……ん~幸せ!」
「あっ、マキナ。飲み物もありますよ」
「ありがとう! けど……なんで今日は『差し入れ』なんて持ってきてくれたの? いや、私は嬉しいんだけどね」
アリスが手渡したハンバーガーを美味しそうに食べながら、マキナは少しだけ首をかしげながら尋ねる。というのも、いままで何度か訓練を手伝ってはきたが、アリスが差し入れを持ってきたのは初めてだった。
もしかしてまたなにか変な要求をされるんじゃないかと、そんな考えを頭に浮かべつつ尋ねると、アリスは優し気な笑みを浮かべて口を開いた。
「いや、マキナにはなんだかんだでいろいろお世話になってますからね。ほんのお礼ですよ」
「そうなんだ……別に、そんなに気にしなくてもいいのに……けど、ありがとう!」
「いえいえ」
明らかに怪しいアリスの言い回しではあったが、マキナは特に疑うこともなくアリスの言葉を信じ、ニコニコと笑顔で食事を再開した。
そもそもである。マキナからアリスへの好感度とでも呼ぶべきものは極めて高い。基本的に彼女はアリスに対しては全知の力を使わず、大体の言葉は素直に受け取る……つまるところ、マキナは親友であるアリスに対しては非常に甘いのである。
結局マキナはそれ以上疑問を持つこともなく、差し入れを食べ終えて満足そうな表情で告げた。
「……ごちそうさま! どうする? すぐに訓練、再開する?」
「あ~いや、今日はこの辺りで終わるつもりです。時間的な問題は大丈夫ですが、明日はカイトさんと海水浴なので疲れは残したくないですしね」
「そっか……けど、いいなぁ、愛しい我が子と海水浴。私も行きたいよ」
「諦めてください。恋人と過ごしてる時に乱入してくるとか、完全に嫌われる母親のパターンですよ?」
「……分かってるよ。だから、ちゃんと大人しくしてるでしょ」
「う~ん。まぁ、そうですよね。暴走の印象が強すぎて気付きにくいですけど、マキナって割とちゃんと考えてるすよね」
アリスが快人と海水浴に行くことを羨ましがりつつも、マキナは無理についていこうとはしない。そう、暴走している時の印象が強く、傍若無人のように見える彼女だが……実は割としっかりタイミングというものを考えている。
というのも、基本的にマキナは……『快人が恋人と一緒に居たり、なんらかの用事がある時』には、快人の前に現れない。快人の都合をしっかりと優先している。
実際に六王祭の時も、同行者のバッヂは受け取りつつも、快人に迷惑をかけないように別行動をしていた。
実は彼女は、偶然遭遇するのは別として、基本的には大人数が参加するパーティのような席か、快人に呼ばれるか、快人が『家で手持無沙汰にしているタイミング』でしか、快人の前には表れない。
「そりゃそうだよ。私は我が子を愛でたいんであって、我が子を困らせたいわけじゃないからね。ちゃんと我が子の都合に配慮するよ」
「……本当に、暴走さえしなければある意味かなりまともなんすけどねぇ」
「……アレはね、私も意図してやってるわけじゃなくて……我が子の可愛さに愛が止まらなくなるっていうか、理性がどっか行っちゃうんだよ」
そう、彼女は……『快人への大きすぎる愛』と『我が子以外を喋る肉塊としか思ってない』という二点さえ除けば、割と常識的な思考を持っている。
……もっとも、そのふたつの個性があまりに強烈過ぎて、すべてを上書きして狂人に見えているのだが……。
そんな困った親友を見て苦笑を浮かべたあと、アリスは話を切り替えるように口を開いた。
「まぁ、そんなわけで明日は海水浴に行くわけなんですけど……実は、ちょっと、マキナにお願いがあるんですよねぇ」
「……いい予感はまったくしないから、嫌。というかね、アリスは簡単に言うけどあっちの世界にいろいろ干渉すると、私があとでシャローヴァナルにアレコレ事情説明したりとかしなくちゃいけなくなるんだよ。こうして訓練手伝ってるのだって、契約の穴……というかグレーゾーンを考えてやってるんだよ」
「ふむふむ……あっ、話は変わっちゃいますけど……『ハンバーガー美味しかったですか?』」
「…………………‥……え?」
お願いがあるというアリスの言葉をバッサリと切り捨てようとしたマキナだったが、直後にアリスが告げた言葉を聞いて硬直する。
「いや、ちょっと気になっちゃったもので……それで、どうでした? 私が『材料から厳選して用意』して、『親友であるマキナ』のために『真心を込めて手作り』したハンバーガー……美味しかったですか?」
「……え? い、いや、あの、美味しかったけど……え? あ、あれってつまり……そういうやつなの?」
「はて? なんのことか分かりませんけど、美味しかったならよかったです。あっ、すみませんね、話が脱線しちゃって、つい気になったもので……じゃあ、話を戻しますけど、実はマキナにお願いがあるんですよ」
「……」
いっそ清々しいと感じられるほどの笑顔を浮かべながら告げるアリスの言葉を聞き、マキナはいろいろなものを諦めたかのような表情で天を仰いだ。
そんなマキナとのやり取りを思い出しつつ、アリスはシャローヴァナルに問いかける。
「おや? 心が読めるシャローヴァナル様なら、すぐに答えが分かるのでは?」
「……意地の悪い質問ですね。貴女がいま思い浮かべてる『数万通りの方法』のどれかが正解なのはわかりますが、どれが正解かはわかりません。なるほど、こういう対策の方法もあるのですね」
「思考分割の応用みたいなもんですけどね。木を隠すには森の中ってやつですね……まぁ、ともかく、今回は私の勝ち、ですかね?」
「そうですね……これで一勝一敗というわけですか……なるほど、貴女は面白いですね」
「誉め言葉として受け取っておきますよ」
「ええ、また機会があればゆっくり話す機会を作りたいものです。貴女から学べることは、とても多そうです」
「構いませんけど、その時はとびっきりの紅茶とお菓子ぐらいは、指導料として用意しといてくださいね」
「分かりました」
そう言って不敵に笑うアリスを見て、シャローヴァナルも微かに笑みを浮かべた。こうして思わぬところで、しかして、今日という日の目的としては最善の形で……アリスとシャローヴァナルの親睦が深まることとなった。
~おまけ・マキナちゃんはなぜポンコツなのか~
①(はぁ、前回は暴走して我が子に迷惑かけちゃったな…‥今度はちゃんと我慢して、我が子を怖がらせないようにしないと……)
②(ふわぁぁ、やっぱり我が子、可愛いよぉ。はっ!? だ、駄目だ! 我慢しなきゃ…‥我慢……我慢を……)
③(んぁぁぁ!? もうむりぃぃぃ! 我が子、可愛くて我慢できにゃいのぉぉぉぉ!!)
④クロにぶっ飛ばされ→①に戻る
※なお、②はスキップされる場合もある
ぶっ飛んだ言動と濃い性格で誤魔化されがちだが上記のポンコツループを『初登場以降ずっと繰り返してる』
……毎回反省はしてる、すごくしてる……だけど、我が子を前にすると……大きすぎる愛を抑えきれない




