閑話・リリム~恩人と王~
快人くんが神域に行ってる時のお話
快人がシャローヴァナルへの確認のため神界を訪れていたころ、アリスの雑貨屋にはとある存在が来店していた。
「おや? クロさん、どうしたんすか?」
「うん、ちょっとシャルティアに用事があってね。本当に、カイトくんが居ると見つけやすくて助かるよ」
「ははは、なにを仰いますやら、私に用があるなら雑貨屋に来ればいいじゃないですか」
「……カイトくんが元の世界に戻ってた間、店閉めて姿眩ませてたくせによく言うよ」
雑貨屋に入ってきたクロムエイナは、アリスと言葉を交わしたあとで軽く溜息を吐く。彼女の言う通り、アリスは本来なら頻繁に姿を変え、さらには住処も転々とするためクロムエイナをもってしても探すのは難しい。
だが快人が居る時は、雑貨屋に必ず分体を置いている上、基本的に快人の傍で護衛をしているのでコンタクトを取りやすかった。
「あはは、それで、わざわざ私のところを訪ねてきたってことは……クロさんが最近忙しそうにしていた『例の商会』ですかね?」
「うん、まぁ、そういうことだね。販売戦略の上での多少の足の引っ張り合いぐらいなら、目を瞑るつもりだったけど……ちょっとまえに怪我人も出ちゃったみたいだから、さすがに見過ごせる段階を越えちゃったかな」
そこまで話したタイミングで、アリスがカウンター前に椅子を用意し、クロムエイナはその椅子に座ってから言葉を続けた。
クロムエイナが頭を悩ませていたのは、セーディッチ魔法具商会と契約を結んでいる小さな商会が、少々評判の悪い商会とトラブルになっていた件だ。
「契約を結んでいるとはいえ、あの商会は直接うちの傘下ってわけでもないからね。ボクが出て行って収めると、どうしてもことが大きくなっちゃうんだよね」
「でしょうね……それで、依頼内容はそのトラブルの解決ってことでいいですか?」
「うん。いつも通り、可能な限り穏便な形でね」
「相変わらずお優しいことで……ぱ~っと潰しちゃえば手っ取り早いのに」
クロムエイナがこうしてアリスに仕事を持ちかけてくることは、頻繁では無いにせよそれなりにある。六王のひとりであり世界一の大商会の長であるクロムエイナが動けば、それだけ事は大きくなるため、できるだけ秘密裏にかつ穏便に片づけたいときは、こうしてアリスの力を頼る。
アリスはクロムエイナの言葉を聞いて苦笑したあと、少しだけ真剣な表情を浮かべて告げる。
「まぁとりあえず……担当者の希望はありますか?」
「……パンデモニウムちゃんは、駄目かな?」
「ふむ……気持ちはわかります。あの子なら間違いなく上手く、綺麗な形で解決してくれるでしょう……けど」
「やっぱり、カイトくんの屋敷の仕事とかが忙しいかな?」
「う~ん、というか……最近あの子は、滅茶苦茶幸せそうに仕事してるので、あんまり手間のかかる仕事は回したくないんですよねぇ。まぁ、頼めば断らないと思いますけど……」
「そっか……う~ん……じゃあ、申し訳ないけど、『今回も』リリムちゃんに頼んでいいかな?」
クロムエイナもパンデモニウム……イルネスのことは昔から知っており、だからこそ最近幸せそうに仕事をしているというアリスの言葉には同意できるものがあった。
そして、それを邪魔するような仕事を頼むのも気が引けたので、クロムエイナは別の候補を口にした。
「まぁ、そうなりますよね。あの子は、『格下相手には無敵』ですし、適任って言えば適任ですね。じゃ、今回もリリムを回すことにしますよ」
「ありがとう、助かるよ」
アルクレシア帝国首都、背の高い建物の多い首都の中でもひときわ大きな城の一室で、現皇帝の母でもあり同時に幻王配下幹部十魔の一角でもあるリリムは、マニキュアを塗った自分の指を眺めていた。
ソレだけの仕草でも絵になるほど圧倒的な美貌を持つ彼女は、どうにも難しげな表情を浮かべながら呟く。
「……私としては嫌いじゃない色だけど、クリスちゃんには合わないわね。クリスちゃんにはこれより、青系統の色合いの方が似合いそう……暗めの色がよさそうね。う~ん、いい色があったかしら……」
リリムが現在行っているのは、化粧品を専門とする各商会から届いた今期の新作、たくさんある試供品のなかから最愛の娘であるクリスに合うものを選んでいた。
いいものが見つかれば、クリスにプレゼントしようとそんな風に考えつつ、次の試供品に手を伸ばしかけたタイミングで……部屋の中に彼女の主が姿を現した。
「お邪魔しますよ、リリム」
「……あ~シャルティア様? もしかして?」
「えぇ、新しい指令ってやつです」
「う~ん……『今回は気分が乗らないのでパス』で~」
王であるシャルティアの指令を聞くこともなく断り、リリムは試供品に手を伸ばす。
彼女は元々かなりの気分屋であり、こうして気分が乗らないという理由で指令を拒否するのは珍しくない。そもそもアリスが幹部には指令や命令を拒否してもいいと権利を与えている。なお、その権利を最も多く使っているのはリリムであり、彼女が素直に応じる確率はせいぜい4割ほどだった。
ただし……何事にも例外は存在する。
「……ちなみに、『クロさんの依頼』ですよ」
アリスがそう告げた直後、リリムは試供品を取ろうとしていた手を止めガックリと肩を落とした。
「分かりましたわ……受けます」
「おや? 気分が乗らないんじゃなかったんですか?」
「相変わらず酷い人ですね。私が冥王様の依頼を断れないの、分かってて言ってるでしょ……」
そう、気分屋なリリムではあるが、唯一クロムエイナからの依頼だけは拒否しない。理由は単純である。彼女にとってクロムエイナは、最愛の娘であるクリスとの仲を修復する切っ掛けになった大恩人であり、頭が上がらない存在だからだ。
「あっ、ちなみに今回本人も来てますよ」
「え? 本人て……」
アリスの言葉の直後、部屋に黒い渦が出現し、中からクロムエイナが出てくると、リリムは座っていたソファーから立ち上がり綺麗な角度で頭を下げた。
「め、冥王様!」
「こんにちは、リリムちゃん……急に、ごめんね」
「いえ、そんな! 冥王様ならいつでも大歓迎です」
「ありがとう……それで、申し訳ないんだけど今回も力を貸してくれないかな?」
「あっ、はい! まったく問題ありません! 数日中には問題なく片付けてみせます!」
先ほどまでとはまったく違い、背筋を伸ばしてクロムエイナに応対するリリムは、そのままクロムエイナの口から依頼内容を聞く。
そしてその依頼を二つ返事で了承し、早期解決することを約束したあとで表情を変え、どこか申し訳なさそうな表情で告げた。
「……あの、冥王様」
「うん?」
「もし、その、お時間があるようでしたら……クリスちゃんのところにも顔を出してあげていただけませんか? クリスちゃんも、きっと喜ぶと思いますので」
「うん、そのつもりだよ。ボクも久しぶりにクリスと話したいしね」
「ありがとうございます!」
軽く言葉を交わしたあとで、クリスに会うために部屋から出ていくクロムエイナを、リリムは深く頭を下げたままで見送った。
そして、クロムエイナが完全に見えなくなったあとで顔を上げたリリムの背後から、呆れたような声が聞こえてくる。
「……クソ蝙蝠、ずいぶん私の時と態度が違うじゃないですか?」
「冥王様は恩人なんですから、当たり前ですわ。どこぞの意地の悪い王様とは違うんですよ」
「ほぉ、それはそれは言ってくれますね……じゃあ、今後『子育て相談』に関しては、意地悪な王様じゃなくて他を当たってくださいね」
「じょ、冗談じゃないですか……ね? 軽い茶目っ気ですよ……私にとっての王はシャルティア様だけですし、忠誠もしっかりと誓ってますから……ホント、お願いします。ほかに頼れる人がいないんです!」
「……というか、貴女は私用で連絡用魔法具使い過ぎなんですよ……」
くるっと手のひらを返して、アリスに縋るような目を向けてくるリリムにアリスは呆れたような目を向ける。
リリムはクリス関係のことで困ったり、プレゼントに悩んだりすると、ことあるごとにアリスに相談、もとい泣きついてくる……幹部にのみ渡される、通信用魔法具を使って……。
十魔の中でも彼女の通信用魔法具の利用率はぶっちぎりであり、しかもその9割が私的な目的だった。
「そ、そう言わないでくださいよ。ほ、ほら、最近はちゃんと報告書も期限までに上げてますし、真面目に頑張ってるじゃないですか……それで、そのぉ、さしあたっては、今回の指令に関しても、ごほうびが欲しいなぁ、なんて……」
「……はぁ、このクソ蝙蝠は……それで、どんな追加報酬が欲しいんですか?」
「ダークブルー系のマニキュアを探してるんですよ。現品じゃなくて情報だけでも構いませんので、教えていただけたらありがたいですわ」
そういって媚びるような表情を浮かべるリリム……優秀なのは間違いないが、非常に扱いづらい配下を見て、アリスはもう一度大きなため息を吐いた。
なお、まったくの余談ではあるが……このような態度を取っているが、リリムは別にアリスを低く見ているわけではない。むしろ、本人が先ほど口にしたように、しっかりと忠誠も捧げている。
他の十魔の前では『ビジネスライクな関係』などと言っているが……そもそも彼女は、リリムは素直ではない。建前の上では、アリスに従っているのは自分にも利益があるからだが……別にそれだけではない。
例えば、アリスや他の幻王配下が居ない場所で『最も尊敬する人は誰か』と尋ねられたら、迷わずアリスの名前を挙げる程度にはアリスのことは尊敬しているし、どれだけ好条件を提示されても他の王の下に付く気はないぐらいの忠誠心も持ち合わせている。
リリムはアリスが持ってきた『指令』に関しては、その時の気分で6割近く拒否するが……『命令』に関しては、従わなかったことも無ければ、文句を言ったこともない。
結局のところ、先ほど本人が口にした通り……彼女にとっての王は、アリスだけなのだろう。
シリアス先輩「……つまりはツンデレキャラみたいな感じかな? まぁ、水着回前に一呼吸できたのは助かった……よし、きたる砂糖に覚悟を決めよう!」
???「あっ、えっと……先輩、その、えっとですね……次話は、エイプリルフール番外編……みたい……です」
シリアス先輩「え? あっ、そうなんだ。まぁたしかにその時期だしね。というか、なんか様子がおかしくない? なにをそんなに戸惑ってるの?」
???「あぁ、いや、えっと……これをですね……預かってきました」
シリアス先輩「うん? なにこれ……えっと……『本編招待券』……なにこれ?」
???「い、いや、私もまだ混乱してるんですが……次話……先輩……本編に出るみたいですよ?」
シリアス先輩「あぁ、なるほど私が本編に………………ふぁっ!?」




