恋人たちとの海水浴①
ある日の昼下がり、俺は応接室で珍しい相手と会っていた。
「ふむ、さすがいい茶葉を使っておるな、実に美味い」
俺の対面の席に座り、紅茶を一口飲んで笑顔を浮かべているのはハイドラ王国の国王であるラグナさんだった。
ちなみにラグナさんが俺の家に来ること自体は別に珍しいことではなく、最低でも月に一度程度は来訪している。ただ、基本的にラグナさんが来訪する時の主目的はリリアさんとの模擬戦であり、それが終わったあとでこちらに顔を出している感じだ。
ただ、今日は珍しくリリアさんの屋敷に先に行くのではなく直接俺の家に来ており、さらにはラグナさんにしては珍しく、事前に来訪を知らせる手紙を送ってからの正式な来訪だ。
「そういえば、今日は仕事とかは大丈夫なんですか?」
「うむ。というより、今回はここには仕事の一環で来ておるのじゃ。故に、こうしてカイトの部屋ではなく応接室に通してもらったわけじゃな」
これはまた議会以外はサボりがちなラグナさんにしては珍しい。しかし、仕事の一環? ということは今回は、ハイドラ王国の国王としての立場で来訪したってことだろうか?
けど、だとしたらますますリリアさんじゃなく俺の方を訪ねてくる理由が分からない。
そんな風に考えていると、俺の疑問を察したのかラグナさんは軽く苦笑を浮かべたあとで、本題を話し始めた。
「不思議そうじゃな。じゃが、そう身構えずともよい。別に面倒事を持ってきたわけではないからの……そうじゃな、単刀直入に言えば『招待』に来たわけじゃ」
「招待、ですか?」
「うむ。数年ほど前からじゃが、ハイドラ王国に新しい観光地を造る計画が進んでおってな。まぁ、もったいぶらずに言えば、ビーチじゃな。それもワシと始めとしたマーメイド族が監修に協力したもので、自画自賛になるが景観も素晴らしく、海水浴には最適と言っていい。そしてそのビーチが、まもなく一般開放されるんじゃが、その前に馴染みであるお主を招待しようかと思ったわけじゃ」
「……なるほど」
つまり要約すると、新しいビーチができたから遊びに来ないかというお誘いのようなものか……。
「とまぁ、建前としてはそんなところじゃな! 実際は下心があるがの!」
「……建前? 下心?」
「うむ。実際のところはアレじゃ、『箔付け』がしたいんじゃ。ワシも自信を持って進められる場所ではあるが……まぁ、つまり『六王様や最高神様が訪れた』といった感じの売り文句が欲しいんじゃ」
「……そういうのって、堂々と宣言するものなんですか?」
「あ~回りくどく遠回しにというのは好かん。要するに、ワシはオープン前のビーチを貸し切り状態でお主に提供する。その代わり、是非恋人たちを誘って遊びに来てほしいとそういうことじゃ!」
なんというか、ラグナさんのこういう真っ直ぐなところはすごく好感が持てる。変にアレコレ回りくどいことをしないので、こちらとしても提案を素直に受け取りやすい。
実際、ラグナさんの提案は悪いものでは無い。国王としての立場で来訪して、わざわざ貸し切りと口にするからには、しっかりと貸し切りの状態で遊ばせてくれるのだろうし、気兼ねなく遊ぶことができる。
そして、海水浴事態も以前シロさんと行って以降一度も行ってないし、行きたいとも思う。せっかくの機会だし、俺と恋人の皆だけでいくのもいいかもしれない。
「えっと、皆の予定を確認してからになりますが……せっかくのお誘いですし、遊びに行かせてもらおうと思います」
「おぉ、そうか! それはありがたい。では、日程が決まったらハミングバードで連絡してくれ、その日はワシが責任をもってビーチをお主たちの貸し切りにしよう」
「ありがとうございます」
俺が了承の言葉を返すと、ラグナさんは明るい表情を浮かべる。普段は国王を辞めたいだのなんだの言ってるけど、こうして国にとって利益になることを喜んだりと、やっぱりなんだかんだで国王らしい人だ。
それはそれとして、恋人たちと海水浴というのは、やはり俺も男ではあるし想像するだけでワクワクするものがある。スイカ割とかしたいな……シロさんと行ったときは、スイカもろとも海が割れたけど、今回はそうならないように注意しよう。
さて、海水浴の予定を立てるにあたってやはり重要なのは、恋人の皆の予定である。それに合わせて日程を考えることになるわけだ。なので、順番に海水浴に誘いつつ予定なんかを聞いていこうと考えた。
立地で言えば一番近く予定を聞きやすいのは、リリアさんとジークさんとアニマだが……それより手っ取り早く行けるのが、俺の部屋にある門の魔法具から行くことができる神域である。
というか、直接言及こそしなかったが、まず間違いなくラグナさん的にも一番来てほしいのはシロさんだろうし、最初にシロさんの予定を確認しておこう。
まぁ、シロさんなら心の中で聞くだけで尋ねれそうだが、それではなんだか味気ないので神域に足を運んで誘うことにした。
そのあとでリリアさんとジークさんとアニマに話をして、アイシスさんとフェイトさんのところを訪ねて……いや、神域に行くついでにフェイトさんの神殿にも行こうかな? クロは夜に来たときに聞けばいいし、アリスは……まぁ、間違いなく予定は空いてるだろうから、適当なタイミングで聞けばいいか……。
そんなことを考えつつ門をくぐって神域に辿り着くと、まるで待ち構えていたかのように……というか、間違いなく待ち構えていたであろうシロさんの姿が見えた。
「こんにちは、シロさん」
「こんにちは、今日はどうしたのですか? 私としては、快人さんに会えて喜ばしい限りですが……もしかして、なにか私に特別な用事があるのでしょうか?」
そう言いつつ無表情のままで首をかしげるシロさん……安定の白々しさである。
ある意味いつも通りなシロさんに苦笑しつつ、俺は来訪の目的を伝える。
「実は、ハイドラ王国に新しくできたビーチに招待を受けまして、俺としては恋人の皆と海水浴に行きたいと思ってるんです。なので、今回はそのお誘いにきました」
「そうですか、もちろん愛しい快人さんのお誘いですし、是非参加させていただきます。日程は快人さんにお任せします」
「ありがとうございます。じゃあ、詳しい日程が決まったらまた知らせますね」
そんなわけでスムーズに……というか、確実に俺とラグナさんの会話を聞いていたであろうシロさんは、アッサリと誘いに応じてくれた。
そのまま俺は軽く雑談をしたあとで、フェイトさんの元を訪ねるために移動しようとしたのだが……そのタイミングで、シロさんが話しかけてきた。
「……ところで、快人さん」
「はい?」
「私は、最初に誘われたんですよね?」
「そうですけど?」
「つまり……私が、『一番』ということですね?」
「え? えぇ、順番的には一番ですね」
シロさんの質問に首をかしげながら答えると、シロさんは口角を少し上げ、渾身のドヤ顔を披露した。なんというか、恋人となってから……以前は平均1ミリほどだった表情の変化が平均2ミリほどになっており、心なしか前より表情の変化が読み取りやすい。
まぁ、いまはなんというか……よく分からないが、大変ご満悦な様子である。いまにもドヤァと効果音が聞こえてきそうな……うん? なんだあれ? 流れ星?
いや、流れ星にしては遅い……というか、あれ、シロさんが最近お気に入りの『立体文字』じゃない? 『ドヤァ』って文字が流れ星のように空を流れてる!? しかもどんどん数が増えてきているというか、もはや空を覆いつくさんばかりである。
新しいバリエーションを作ってきたのか……やめろ、『ドヤァ流星群』やめろ。
シロが あらわれた
シロの せんせい
シロは 「ドヤァりゅうせいぐん」を はなった
ドヤァが そらを うめつくす
カイトは こんわくしている
シロは ごまんえつだ




