機械仕掛けの神の物語⑫
マキナが目を覆っていた手を離すと、アリスはどこか煽るような口調で告げた。
「……というかですね。そもそも、胸の大きさイコール大人の魅力っていうのは、安直なんじゃないですか?」
「うぐっ……」
「もっとこう内側からあふれる包容力とか、そういうのが大人の魅力だと思うわけですよ」
「……ふっ」
「おいこら、ポンコツ。なに勝ち誇った顔で笑ってんすか」
最初の指摘には痛いところを突かれたと言いたげな表情を浮かべたマキナだったが、その後の言葉に対してはどこか余裕のある笑みを浮かべた……アリスの胸に視線を動かしてから……。
その勝ち誇った表情がなにを意味するかはすぐに伝わり、アリスは青筋を浮かべながら立ち上がった。
「……これはアレだね。持つ者の余裕ってやつだね」
「言っときますけど、貴女も持たざる者側ですからね。むしろ、B程度でよくぞそこまで思い上がれるものだと感心しますよ」
「ふふん、そうは言っても私とアリスの間にある差は歴然なんだよ。我が子じゃない肉塊の大きさなんて、私は全然気にしないからね」
「……貴女と同じく世界の創造主であるシャローヴァナル様は、Dです」
「……そこは……ちょ、ちょっと……気にしちゃうかな」
「貴女の我が子であるヒナさんも、Dです」
「……そっか……私……巨乳じゃないんだ……真実を知るって……悲しいね」
先ほど例に出したのは我が子ではないリリアだったこともあり、マキナは余裕を保っていたが……友人であるシャローヴァナルや、我が子である陽菜に関しては無視できない。
結果として先ほどの勝ち誇った表情はどこへやら、マキナはガックリと肩を落として落ち込んでしまった。
「まぁ、そういうのを気にしても仕方がないですし……そろそろ訓練再開しましょうか」
「う、うん。そうだね、魅力は胸の大きさじゃ決まらないよね! よし、気を取り直して行こう!!」
「立ち直りの速さも相変わら……ず……」
アリスの言葉を聞いてすぐに気持ちを切り替えたのか、マキナは明るい表情を浮かべ、ソレを見たアリスは苦笑しながら訓練を再開しようとして……言葉を止めた。
その表情はなにか大きなことに気付いたような、あまりにも真剣なものだった。
「……アリス?」
「……マキナ、貴女さっき、なんて言いました?」
「え? なんのこと?」
「……『愛しい我が子もいつか私を愛するようになるんだよ』……そう言いましたよね」
「……」
「客観視……できてるじゃねぇっすか、だとしたらいつものあの暴走は? いや、そもそもおかしくないですか? なんで『全知全能の貴女が毎回クロさんにタイミングよく邪魔される』なんてことになるんですか……阻止しようと思えば、いくらでも……いや、そもそも……なんで『牙をむく我が子』なんすか? だって、愛情を注ぎたいだけなら、むしろ牙をむかない子のほうが都合がいいのでは……」
そう、アリスが気付いた疑問はソコだった。マキナの先ほどの発言をそのまま受け止めるなら、彼女は現時点で快人から愛されてないことを自覚しているということになる。
しかし、普段の……エデンであるときの彼女から、そんな様子は見えない。そしてなにより、全知全能であるはずの彼女が毎回クロムエイナに行動を阻止されているというのも腑に落ちない。
さらには根本的なことではあるが、マキナの目的が彼女の言葉通り心行くまで我が子に愛を注ぎたいというのであれば……なぜ彼女は愛しい我が子の基準を、己に牙をむくものとしていたのだろうか?
そしてなによりも……。
「……おかしいですね。こんなことに、なんで私はいままで気づかなかったんですか?」
そう、疑問に感じるべき部分はあったはずだ。しかし、卓越した頭脳を持つアリスでさえ、いまのいままでソレを疑問に思わなかった。
アリスが気付いたことに衝撃を受けつつマキナの方を向くと……マキナはどこか、困ったような笑みを浮かべていた。
「……あぁ、本当に失敗したなぁ。アリスの言う通り、やっぱり私ってどこか抜けてるのかな……『トリニィアでは、誰もその疑問に至れない』ってそういう風に『細工』してたけど……『ここは私の世界だから適応外』だってこと、すっかり忘れてたよ」
「……マキナ、貴女は……」
「できれば、これ以上は聞かないでほしいかな……あんまり、話したいことじゃないんだ」
そう言って苦笑するマキナの表情はどこか悲し気で、踏み込まないでほしいという気持ちが表れているようにさえ見えた。
「……まぁ、私も親友のマキナが嫌がることをするつもりはありませんが、ひとつだけ答えてくれませんか?」
「うん、なにかな?」
「……貴女の『本当の目的』は……なんですか?」
「内緒にしておいてね。私は――」
真剣な表情で尋ねるアリスの言葉を聞き、マキナはどこか諦めたような表情でその真意を告げた。
「……マキナ……貴女は……いえ、『貴女も』……」
「そんな顔しないでよ、アリス。大丈夫、これでも成果は感じてるしね」
「……200億年ってのは、分かってはいてもどうにも……やっぱり、長いものですね」
「……うん。本当に……長かったなぁ」
ここで、三度……そして、最も根底かつ最大の『前提を変えよう』。そうすれば、いままで巧妙に隠されていたマキナの真実が見えてくる。
200億年という月日を経ても、彼女はその根底を失わなかった。神になりたいと願ったときの気持ちを失ってはいなかった。
だが……『なにもかも、元のままではない』のだ。
彼女はなぜ、己の愛を受け入れない快人を愛しい我が子と呼ぶのか……。
彼女はなぜ、毎度狙いすましたように絶妙のタイミングでクロムエイナに邪魔されるのだろうか……。
彼女はなぜ、クロムエイナとほぼ互角といっていい楽園を用いて、さらには全知と言う力までもちながら、毎回クロムエイナに敗北しているのだろうか……。
その答えは、ひとつのいままでとは異なる前提によって、明らかになる。その前提とは……『マキナが、己の愛情が歪んだものであると気付いている』という前提だ。
彼女はとうの昔に気付いているのだ。かつては純粋なものだったはずの己の愛情が、長い年月を経て膨れ上がり『狂気を含んだものへ変わってしまった』ことに……。
ひとつの歯車が歪んでしまえば、全体にも大きな影響が表れてしまう。
彼女は『己が快人を愛している』とはよく口にする。しかし『快人がエデンを……マキナを愛している』と口にしたことはない。そういった場面では必ず彼女は『子が母を~』などといった、型にはめた言い回しを使う。
そもそもである。よくよく彼女と言う存在を見て見れば、彼女は愛の大きさに反して『愛情の伝え方がワンパターン』であると気付けるだろう。
彼女は毎度一から十まで己の愛を語る。自分はこんなにも貴方を愛しているのだと、こんなことをしてあげるのだと……彼女の愛情表現は、ほとんどがそれである。
かつてアリス……アリシアは彼女にこう語った。『経験の伴わない知識など意味はない』と……
彼女は誰かに愛された経験はなく、誰かを愛した経験もない。そう、マキナは大きすぎるほどの愛を持ちながら『その愛情の伝え方が分からない』。間違っていることは理解していても、正しい愛情表現を行うことができない。
だからこそ、彼女は己の愛が歪んでしまっていると気付きつつも、ソレを正せない……愛の形に、絶対の正解など無いのだから……。
なまじ彼女が全知という、あらゆることを知れる能力を持つからかもしれないが、彼女はその愛情のすべてを相手に知ってもらおうとしてしまう。そしていつも、歯止めが利かなくなってしまう。
そして、だからこそ、彼女は快人のことを溺愛と言えるレベルで気に入っているのだ。
快人は己の狂気ともいえる間違った愛を受け入れない。だが、すべてを拒絶するわけではない。受け取ってもかまわないものは受け取ってくれて、そうでないものは拒否してくれる。
さらに快人は、狂気ともいえる彼女の愛に晒されながらも……『彼女を嫌わない』。多少の苦手意識程度は持たれているが、誘えばお茶など応じてくれるし、雑談にも付き合ってくれる。
マキナは快人と話すたび、ほんの少しずつ、ほんの僅かに……歪んでしまった歯車が直って言っているような、そんな感覚を覚えていた。
だからこそ、快人は彼女にとって『愛しい我が子』……『時に神たる己に牙をむいてでも、間違いを正してくれる待ち望んだ存在』なのだ。
溢れるほどの愛を持ちながら、愛し方を知らない歪んだ機械仕掛けの神は、いつも高らかに愛を語る。私はこんなにも貴方を愛しているのだと、貴方のためにこんなことをしてあげられるのだと――だからもし、『私の愛が間違っているのなら、ソレを教えてほしい』と心の中で叫びながら……。
人間だった過去を持ちながら『愛された経験のない』悲しき機械仕掛けの神は、いつも『本心に気付かぬまま』愛を語る。私はこんなにも貴方を愛している。本当に心から愛している――だからどうか、お願いします――『私を愛してください』と……未だ満たされない真の理由に気付かないまま。
200憶年という年月を経て膨れ上がり、歪んだ彼女の愛が正しい形に戻るには、膨大な年月が必要かもしれない。
だがいつか、快人が正しく彼女の愛を受け入れ、そして彼女の心の奥底に隠された本心に気付き、正しい愛を返す時がきたなら……いつか、機械仕掛けの神は純粋だった少女に戻れる日がくるのかもしれない。
シリアス先輩「出遅れたのは痛恨だったけど……いいじゃないか……素晴らしい! つまり、マキナが第二部のラスボス的存在で、アリスとは別の意味で壊れてしまっている彼女の心を救うってわけだね!!」
???「いや、全然違いますし、別にシリアス展開になる予定はないらしいですし……ついでに言うと、次はエデン(マキナ)と快人さんがなんかいちゃついて、その次から恋人たちと海水浴に行く砂糖シリーズらしいですよ」
シリアス先輩「なんでや! この流れからシリアス行けるやろ!! どうしてそこで諦めるんだ! 糖分不足? しるかぁぁぁぁぁ!!」
???「あと歪みが直ったとしても、愛情の大きさは変わらないので……ヤンデレがデレデレに変わるぐらいじゃないんすかね」




