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『DEATH KING OF WRATH』


 剣閃が走り、巨大な鹿に似た魔物が崩れ落ちる。

 剣を納めててから、リリアは倒した魔物へと近付き討伐証明になる角をナイフで切り取っていく。

 すると丁度そのタイミングで、たまたま近くで狩りを行っていたルナマリアとジークリンデが近付いてくる。


「お嬢様、ちょうど折り返しの時間ですが……いかがですか?」

「あまり、良いとは言えません。探索魔法のお陰で数は狩れていますが、困った事に『ブラックベアーが殆ど見つからない』ですね」

「お嬢様もですが、私の方もブラックベアーは一匹しか……時期的に考えると少なすぎますね」

「……」


 この狩猟大会は害獣であるブラックベアーの討伐も兼ねており、その為にブラックベアーのポイントは他より高く設定されている。

 当然大会もブラックベアーが森に増える時期を狙って開催されており、リリア達も初参加とは言え違和感を感じていた。


「まぁ、ともかくブラックベアーが少ないのなら他で数を――ッ!?」

「「ッ!?」」


 言葉を続けようとしたリリアだが、その途中で何かを感じ取った様に言葉が止まる。

 そして、それはルナマリアとジークリンデも同様の様子。


「……何でしょう? 今の奇妙な感覚」

「……ミヤマ様が危ない?」

「ルナ、貴女も?」

「え、ええ、何か急に胸騒ぎの様なものが……」


 快人には世界の神であるシャローヴァナルの祝福があり、彼は世界に愛されている。

 故に世界は『シャローヴァナルの力が通用しない冥王』を除いた快人の知人達に対し、快人の危機を虫の知らせとして伝達する。


「嫌な予感がします。一度リグフォレシアに戻った方が良さそうですね」

「ええ、同感です」

「ジークもそれで……って、もうあんなところに!?」


 その胸騒ぎを無視する訳にはいかず、リリアとルナマリアは一度リグフォレシアに戻る事に決め、近くにいたジークに声をかけようとしたが……ジークは既に遥か先、リグフォレシアに向かって走り出していた。























 振り下ろされる巨腕。

 当たれば人間の体等容易に砕くその一撃を、左手で逸らし、握りしめた右拳をカウンター気味に叩き込む。

 吸い込まれる様にブラックベアーの顔を右拳が捕らえたが、残念ながら体重差があり過ぎる為有効打とはならない。


「グオォォォ!!」


 弱い獲物だと思っていた俺の思わぬ反撃に激高したのか、ブラックベアーは雄叫びを上げ、今度は横凪ぎに腕を振るうが、やはりそれ程早くは無い。

 体を屈めてそれを回避し、跳ね上げる様に右足を振ってブラックベアーの顎を蹴り上げる。


「グォッ……」


 足は手の数倍の力があると言う言葉に偽りは無く、さしものブラックベアーも顎下に叩き込まれた蹴りによって微かに体勢を崩す。

 しかしそれも一瞬の事で、すぐに俺の方を睨みつけて滅茶苦茶に腕を振るってくる。

 その荒れ狂う嵐の如き攻撃を掻い潜りながら反撃を行っていく。

 傍目に見れば優勢とすら取れる攻防ではあるが、俺の内心は穏やかではなかった。


 痛い……痛い……右手、絶対折れた! 足の関節もなんか変な音したし、痛すぎて変な汗が出てきそう。


 そう、現在俺の体は、発動させたオートカウンターによって俺の意思とは関係なく動いている。

 言ってみればこの魔法は体をオートパイロットで操縦する様なもので、感応魔法で読みとった攻撃に対し、予め定めておいた動きで対応すると言うもの。


 これだけ聞けば、物凄く便利な魔法に見えるけど……実は欠点は異常なほど多い。

 まずこの魔法によって動く俺の体はリミッターが外れている状態、言わば常に火事場の馬鹿力状態であり、そのおかげで身体強化が苦手な俺でもブラックベアーをよろけさせられているのだが……当然そんな身体能力の限界値で行動して反動が存在しない訳が無い。

 ブラックベアーを殴った腕は折れてるだろうし、先程から動くたびにブチブチと筋肉繊維が千切れて行く様な痛みが全身に走っている。


 つまり現在俺は滅茶苦茶痛い思いをしている訳だが、二つ目の欠点……オートカウンターを発動した時点で思考以外全てが俺の意思を無視して動いているので、どんなに痛いと思っても体は止まってくれないし、口も動かないので叫ぶ事すら出来ない。

 思考も停止してくれれば楽だったのだが、そうすると今度は魔法を途中で解除出来なくなってしまうので……俺は全身に走る痛みに耐え続けるしかなかった。


 そして三つ目の欠点……この魔法はとんでもなく燃費が悪い。

 現在俺の体からは感応魔法の感知精度を高める為に、壊れた蛇口みたいに魔力が放出されている。

 元々俺はそれほど大量の魔力は有していないので、この魔法はもって数分……魔力が切れれば強制的に解除されてしまう。


 とまぁ、元々本当に危機迫る状況での使用を想定している為、ハイリスクな魔法ではあるのだが、お陰で殆ど戦闘経験がゼロの俺でも戦いになっている。

 ただ、やはり当初の想定通り……倒すのは無理だろう。

 ブラックベアーは時折よろけてはいるが、ダメージ自体は全くと言って良い程入っていないので、例えこの魔法を1時間維持できたとしても討伐は無理だ。


 だけど勝算自体はゼロではない。

 俺にブラックベアーを倒すのは無理だが、これだけの騒ぎなんだから、時間さえ稼げば警備隊が駆け付けてくれる筈。

 問題は……いつまで持ちこたえられるか……


「グオォォォォォ!!」


 一撃当たればアウトと言える凄まじい攻撃、それをひたすら回避しつつ反撃を行う。

 痛い、痛い……この魔法改良の余地ありだ。具体的には、相手が鉄の様に硬い場合、反撃もダメージになってしまうので、その辺り調整してもらわないと……


 俺がブラックベアーと対峙して一分少々、視界の端にこちらに向かって駆けてくる武装した人達が見える。

 警備隊なのか? それとも狩猟大会の参加者か……どちらにせよ、何とか間に合……


「……ぁっ」


 直後に俺の体が力を失い、膝から崩れ落ちる。

 不味い、もう、効果時間が切れ……


「グオォ!!」

「あっ、がっ!」

「宮間さんっ!?」

「いやあぁぁぁ!?」


 振るわれた巨腕はついに俺の体を捕らえ、車にぶつかった様な衝撃の後で宙を舞う。

 楠さんと柚木さんの声が聞こえると共に、近くにあった出店にぶつかり、その簡素な作りの屋台を崩した後、俺はうつ伏せ状態で地面に倒れる。


 ……すげぇよ。よく生きてるな俺……もしかして、この服のお陰だろうか? 確かアリスは、防御力は保証しますとか言ってたっけ……これは……戻ったら……お礼言わないと……

 あぁ、でもなんかヤバいかもしれない……もう既に痛みを感じないと言うか、痛すぎて体が痺れてる様にしか感じないと言うか……


 微かに首から上だけ動かして、俺を吹き飛ばしたブラックベアーを見る。

 勝利の咆哮でも上げていてくればよかったのだが、ブラックベアーは倒れた俺の方を向き、再び巨腕を振り上げる。

 距離はそこそこ離れていると思ったが、ブラックベアーはそのまま腕を振う。するとその手が微かに光り、爪の軌跡が魔力の刃となって放たれる。


 こいつ、遠距離攻撃もできるのか……それは、反則だろう……あぁ、駄目だ。これは……死んだ。


 こちらに迫る空飛ぶ爪撃がスローモーションの様に見え、俺が諦めに近い感覚で死を覚悟した瞬間。視界に燃え盛る炎の様な赤髪が映り、飛来していた爪撃が切り裂かれる。

 赤い炎に包まれた双剣を構え、俺とブラックベアーの間に割って入ったその姿は、まるで戦場に咲く深紅の薔薇に見えた。


「……ジーク……さん」


 俺を庇う様に立つジークさんの姿をハッキリと確認すると、それより少し遅れてブラックベアーの背後……上空にリリアさんの姿が現れる。

 リリアさんは細身の大剣を上段に構え、そのまま『空中を蹴って』急降下し、一刀でブラックベアーを真っ二つに切り裂く。


 すげぇ……あの鉄の塊みたいなブラックベアーを一撃……てか、やっぱ、リリアさん……パワータイプじゃないか……でも良かった。間に合って……

 ジークさんとリリアさんの姿を確認し、緊張の糸が切れてしまったのか、俺はそのまま意識を手放した。



















「ルナ! カイトさんを!!」

「分かっています!」


 ブラックベアーを切り裂いてすぐにリリアは大きな声で叫び、ルナマリアが即座に快人に駆け寄り、その容体を確認する。

 数度快人の体を触り、怪我の具合を確認したルナマリアは……ホッと安堵したように息を吐く。


「……大丈夫です。軽傷とは言えませんが、命に別状はありません」

「……よかった」

「ですが、早めに回復魔法を施さなければ……」

「それは、私に任せてくれ」

「レイさん!」

「遅くなってすまない。すぐに回復魔法をかける」


 リリア達より少し遅れてレイジハルトとシルフィアも辿り着き、魔法に長けたレイジハルトが快人に回復魔法を施す為に手をかざす……すると、快人の体が微かに光り……直後にガラスが砕ける様な音が聞こえ、光が消える。


「なにっ!? そんな、も、もう一度……」


 その光景にレイジハルトは目を見開き、もう一度手をかざすが……再びガラスが砕ける様な音が聞こえてくる。


「馬鹿な……回復魔法が『無効化された』……」

「……ッ!?」

「そんなっ!? それじゃカイトさんは……」

「と、とにかく、応急処置を――ッ!?」


 何故か快人に施そうとした回復魔法は無効化され、リリア達は慌てた様子で魔法を用いない治療を行おうとしたが……直後に快人の体が強く光り、うつ伏せに倒れている快人の少し上に白い球体が出現する。

 そしてその小さな球体が強い光と放つと、赤く腫れていた快人の腕が元の色に戻り、それだけではなく破れていた服、頬についていた土、その全てが元通りになる。


「……なんだ……この魔法は……これはもはや、神の奇跡と言える領域の……」


 昨晩シャローヴァナルが快人に渡した魔水晶。ソレには創造神である『シャローヴァナルの回復魔法』が込められていた。

 それはシャローヴァナルが快人を決して死なせない為に贈ったもの……快人が傷を負って少し経つと自動的に発動し、例え体が粉々に砕けていようと、因果律を捻じ曲げ再生させる絶対治癒の魔法。

 つまりこれがある限り、快人は『シャローヴァナルの力を無効化出来るクロムエイナの力』以外で死ぬ事は無い。


 リリア達にはそこまでは分からなかったが、一先ず快人が無事である事を確認して安堵したように息を吐く。

 そしてリリアは真剣な表情で剣を構え直し、レイジハルトに向かって声をかける。


「……レイさん。これは斥候と見て間違いないですよね」

「ああ……しかも、答え合わせをする必要すらない様だ」


 リリアとレイジハルトが言葉を交わすとほぼ同時に、崩れていた壁から複数のブラックベアーが出現する。

 その数は異様と言って良い程のもので……さらにその奥には一際巨大なブラックベアーの姿があった。


「……やはり『特殊個体』。通常のブラックベアーでは街を覆う結界魔法を破れない以上、分かってはいた事だが……たしか、前の出現は400年前だったか? よりにもよってこんなタイミングで……」


 魔物が大量発生する要因の一つに、特殊個体の出現がある。

 魔物や魔族において、種族名を持つオークやオーガと言った種には極稀に他より遥かに強大な力を持った特殊個体が生まれる事があり、その性質は種によって違う。


 例えばオーガの特殊個体であるブルーオーガは、オーガ種にとっては恐怖の象徴とされており、クロムエイナの家族であるアハトがそうであるように同族から迫害されるが、オーク種の特殊個体であるハイオークは種の長として崇められると言った風に様々である。


 そしてブラックベアーの特殊個体は、性質としてはオークに近い。普段は群れ無いブラックベアーを統率し、大規模な群れを形成する。

 ブラックベアーの特殊個体の出現はエルフ族にとって災厄の様なもの。


「400年前に現れた際は私はまだ子供だったが、その時はリグフォレシアの街の半分近くまで被害が及んだらしい」

「……とてつもない数ですね」


 レイジハルトの言葉を受け、ルナマリアも緊張した様子で呟く。

 壊れた壁から出現したブラックベアーの群れ、その数は200を優に超えており、一匹一匹がワイバーンに匹敵する力を持つ事を考えると、正しく絶望的とすら言える数だった。

 

「ルナはそのまま、カイトさん、アオイさん、ヒナさんを守りなさい!」

「はい!」


 リリアは強く剣を握りルナマリアに快人達を守る様に指示を出す。

 エルフの警備隊や狩猟大会の参加者も集まり始め、ブラックベアー達と向かい合う。


「オォォォォ!!」


 特殊個体のブラックベアーが雄叫びを上げ、今まさにブラックベアー達が突撃してこようとした時、先手を打つ様に鋭い声が響く。


「私が切り込みます! ラズ様、援護を!」

「任せるですよ!」


 人族の集団から漆黒の甲冑……ノインが飛び出し、凄まじい速度でブラックベアーの群れに向かっていく。


「速いっ!?」


 ノインのスピードにリリアが驚愕の声を上げる中、ノインは空中に黒い槍を出現させ、それを走りながら投擲、群れの先頭に居たブラックベアーに深々と槍が突き刺さる。

 そのまま速度を緩めず槍の刺さったブラックベアーの首を、手に出現させた剣で切り飛ばし、次に空中に出現させた片手斧を掴み、振り抜いた姿勢のままで横に投げて別のブラックベアーに当てる。


 完全に先手を取られた形になったブラックベアー達は一瞬統率が乱れるが、すぐに切りこんできたノインを迎撃しようと腕を振り上げる。

 しかしその振り上げた腕を、飛来した矢が次々と貫く。


「ノイン! 気にせず、全力で戦うですよ!」

「はい!」


 弓を構えたラズリアは、ノインを狙うブラックベアーの腕を正確無比の射撃で打ち抜いていく。

 その援護を得てノインは更に攻撃の手を増やし、次々とブラックベアーを打倒していく。


「す、凄い……これなら……」

「いいえ、状況は最悪です! 私もノインも広域殲滅系の魔法が使えないです。ノインがいくら強くても、このままじゃかなりの数が抜けるですよ」


 ノインの強さを目の当たりにした警備隊の一人が呟いた言葉に、ラズリアが唇を噛みながら言葉を告げる。

 ラズリアの言葉通り、ノインは確かに強い……しかしその強さは一対一ないし少数相手を最も得意とするものであり、200を超えるブラックベアーの大群がリグフォレシアの街に被害を出す前に倒す手段が無かった。


 その証拠にノインは常に三匹以上のブラックベアーを相手取り、互角以上の戦いを繰り広げていたが、ブラックベアーの群れの一部は既に何体かノインを無視して、リグフォレシアの街に向けて移動を始めている。


「っ!? 不味い、かなりの数が抜ける」

「皆さん! 来ますよ!」


 不意を突いた事によるブラックベアー達の混乱も収まり、何十体ものブラックベアー達がリグフォレシアに向かって進撃を開始する。

 ラズリアの声を受け、リリア達や警備隊、狩猟大会の参加者達も一斉に武器を構え、向かってくるブラックベアーを迎撃する態勢に入る。


 ほんの数秒の後、大乱戦と言える大規模な戦いが始まる。誰もがそう思った瞬間――向かってきていたブラックベアー達の動きが一斉に止まった。


「……え?」


 何故か急停止したブラックベアー達を見て、リリアの口から気の抜けた様な声がでる。

 そして少しして、手から握っていた筈の剣が零れ落ち……そこでリリアは自分の手が酷く震えている事に気が付いた。

 この状況ではありえない程の静寂が周囲を支配し、そして……集まった戦士達の一部が、糸が切れた人形の様に気を失って地面に倒れていく。


 まるでそれを引き金にしたかのように、ブラックベアー達は一斉に背を向け、先程以上の勢いで逃げ始める。

 しかしその逃走が叶う事は無く、逃げるブラックベアー達の前方に天を突く程巨大な氷壁が出現する。

 

 そして『ソレ』は、いつの間にか倒れている快人の隣に出現していた。

 青白い光に包まれた雪の様に白い手で、慈しむ様に快人の頬を優しく撫でてから、ゆっくりと立ち上がる。


「……さない……許さない……許さない……許さない、許さない、許さない、絶対に許さない!!」


 ソレが声を発する度、荒れ狂う暴風の様な魔力が放たれ、空気が震え、大地が揺れる。

 そう、ブラックベアー達は、絶対に手を出してはいけない存在に攻撃を加えてしまっていた。


「お前達!! 血の一滴すら……この世に残さない!!」


 犯した大罪は、死の執行者を伴って愚かな獣達に振りそそぐ。


 いまだかつてない程……凶悪で強大な死の魔力を纏い……


 怒れる死の王が――降臨した。














 

 



ブラックベアー終了のお知らせ。

タイトルは「死王の怒り」って感じです。


次回「KILL THEM ALL」



大事なことなのでもう一度、ブラックベアー終了のお知らせ。

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― 新着の感想 ―
これでもかなり絞った魔力だったんですよね
なんでだろう?恐ろしぃ場面のはずが、笑えるのは?シリアス先輩は不在なのですね!毎日楽しく読ませて頂いてます。長編大好きなので嬉しいです。応援してまーす♪
怒りの死王・・・
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