機械仕掛けの神の物語⑥
【757話に「アニマと釣りに行こう⑥」を同時に投稿しています】
大都市にそびえる超高層ビルの屋上。地上から数百メートルという高さにあるその場所で、マキナは両手と両膝をついて荒い息を繰り返していた。
これだけの高さであれば、本来は風も相当強いはずだがアリシアがなにかしたのか、彼女の周りにはそよ風程度しか吹いてはいない。
「……はぁ……はぁ……」
「ただいま~遊びに行く前の腹ごしらえ買ってきたよ~」
プルプルと手を震わせながら肩で息をするマキナの元に、食事を買いに行っていたアリシアが手に紙袋を持って戻ってきた。
「あれ? マキナってば、ずいぶん疲れた顔してるね? あれかな、初めての街にきてはしゃぎ過ぎちゃったかな?」
「……違うよ。この疲れは、はしゃいだからじゃなくて、初めて街に来るより先に初めてのスカイダイビングがあったせいだからね」
「アグレッシブな人生送ってるね~」
「誰のせいだと思ってるの! 誰の!!」
マキナの非難の言葉にカラカラと笑いながら、アリシアは手に持っていた紙袋を差し出す。
「まぁ、それはともかくとして温かいうちに食べようよ」
「むぅ……もぅ、本当に困った友達だよ。ありがと……これは?」
「ハンバーガーだね」
「ハンバーガー……あぁ、何度か千里眼で食べてるのを見たことはあるような気がする」
アリシアから受け取った紙袋の中、包装されたハンバーガーを取り出し不思議そうな表情を浮かべるマキナを見て、アリシアは肩をすくめながら口を開く。
「ハンバーガーも食べたことないなんて、これだから『島入りお嬢様』は……」
「島入りって、初めて聞いたよ……いや、困ったことにその通りなんだけどね」
アリシアの言葉に苦笑を浮かべたあとで、マキナはアリシアの近くに移動し、そのままふたりで並んで屋上の端に座り、食事を始める。
マキナは初めての食べ物に少し躊躇した表情を浮かべていたが、少しして意を決するようにハンバーガーを一口食べ、目を輝かせてアリシアの方を振り向いた。
「美味しい!? 私、こんな美味しい食べ物初めてだよ!!」
「そりゃ、ゼリー飲料だの軍用缶詰だのばかりの食事だったらね」
「すごいなぁ、世界にはこんな美味しいものがあるんだね……なんていうのかな? すごく感動してるよ!」
「ハンバーガーひとつでそこまで大はしゃぎとは、なんとも安上がりな……まぁ、気に入ってもらえたならよかったよ」
「うん! ありがとう、アリシア!」
「あはは、どういたしまして」
マキナは本当に美味しそうに、輝くような笑顔を浮かべてハンバーガーを食べており、ソレを見たアリシアもどこか優し気な笑顔を浮かべて自分のハンバーガーを口に運んだ。
この時の感動は、鳥籠の外へ連れ出してくれたアリシアへの感謝と共に、マキナの心に強く残るようになり……後に彼女は、好物はなにかと聞かれるとハンバーガーだと答えるようになる。
マキナにとってハンバーガーの味は、大切な親友であるアリシアとの思い出の味とも言えるのかもしれない。
食事を終えたあとでマキナは再びアリシアに抱えられ、次なる目的地に移動していた。
「……ここは?」
「遊園地だね。いや、普通に街で遊ぶのもいいんだけど、ここならいろいろあるしね。この遊園地はこの辺では結構有名だしね」
「ふえぇ、凄いね。なんていうか、パッと見ただけでもいろいろなものがあって、なんだか圧倒されるよ」
日中であっても煌びやかに感じられる遊園地、あちこちに様々な形で存在するアトラクションや、賑わう大勢の人たちを興味深そうに視線を動かしながら見るマキナ。やはり千里眼の力で見るのと、直接現地に来て見るのでは、見え方や印象も変わってくる。
「さて、マキナ。どんなアトラクションに行く?」
「う、う~ん。よく分からないから、アリシアに任せるね……あっ、だけどさっき怖い思いはしたし、怖いの以外で」
「おっけ~じゃ、れっつご~」
「うん!」
ワクワクが伝わってくるようなマキナの様子を嬉しそうに見たあとで、アリシアは笑顔でマキナの手を引き遊園地の中へと繰り出した。
そして、入り口からある程度近く、遊園地らしさもあり、マキナの要望に沿ったものということでアリシアが選んだアトラクションは……。
「……ねぇ、アリシア?」
「うん?」
「なんかさ、丈夫そうなガード付けられてさ、ゆっくり登って行ってるみたいな動き……気のせいかな? 私が世間知らずなだけかな? これ……『ジェットコースター』ってやつじゃないの?」
「え? そうだけど?」
そう、ジェットコースターだった。それも園内でも最大規模の大きさのアトラクションであり、世界の巨大ジェットコースターランキングでも上位に入るこの遊園地の目玉アトラクション。
たしかに最初に有名かつ分かりやすいアトラクションを選ぶのは理に適っている。しかし、マキナの希望した「怖いの以外」という条件は満たせていない。
その証拠にマキナは、青ざめた顔でアリシアの方を向き叫ぶように告げた。
「なんで!? 怖いの以外でって言ったのに!!」
「え? いや、別にこんな『遅い』アトラク――あっ」
途中でなにかに気付いたように言葉を止めたあと、アリシアは一度バツの悪そうな表情になったあとで、ペロッと舌を出して笑った。
「……てへっ」
「……アレだよね。いま完全に『あっ、やべ、身体能力の差忘れてた』って顔したよね!!」
「……マキナ」
「あっ、あぁ、もう頂上きちゃう……って、な、なに!?」
「ごめんねっ」
「だよね! もう遅いもんね!! 次は気を付け――ひぎゃぁぁぁぁ!?」
どうやら今回に限って言えばアリシアには悪気はなかったらしい。言うまでもないことだが、彼女の身体能力はマキナとは次元が違う。アリシアにとってはこのジェットコースターは『怖い』というカテゴリーに存在していない。
そのためお化け屋敷のような、ホラー系のアトラクションがNGなのだと思ってジェットコースターを選択した。そして再び、マキナの叫び声が響くことになった。
「……はひぃ……」
「いや、ほんとごめん。次はあんま動かないやつに行こうね」
「……う、うん……それがいいな。でも、ちょっと待って……まだ動けない」
「マキナ、生まれたての小鹿みたいになってるね」
「人生初めての遊園地で一番最初に体験するには、ハードすぎるアトラクションだよ……」
アトラクションが終わったと、近くの柱に捕まってプルプルと震えるマキナに対し、アリシアも申し訳なさそうな表情で謝罪する。
マキナもアリシアに悪気があったわけではないというのは理解しているようで、特に責めるようなことを言うこともなく、しばらくして震えが収まったあとは再びアリシアと手を繋いで歩き出した。
「……う~ん、今度は私じゃなくてマキナが選んだ方がよさそうだね。はい、パンフレット……分からないのがあれば説明するよ」
「ありがと、えっとどれがいいかな……あっ、このアトラクションは?」
「あぁ、それは結構人気あるよ。映画がモチーフになってるアトラクションなんだけど、最新のホログラムが使われてるから臨場感あって楽しいよ。ただ、ジェットコースターほど激しい動きではないけど、最後にちょこっとだけ早めに動くところがあるね」
「う~ん、それぐらいなら大丈夫かな。じゃ、ここに行こう!」
「了解」
気を取り直すように笑い合い、ふたりは仲良く次のアトラクションに向かっていった。
「わ、わわっ、凄いね。あのドラゴン、本物みたいだよ!」
「ね~ホログラムの技術も進歩したもんだよ」
「……そういえば、アリシアは本物のドラゴン見たことあるの?」
「美味しかったよ」
「なるほど……うん? え? え?」
最新鋭の映像技術を使ったアトラクションと楽しみながら、実際に過去にドラゴンとも戦ったことがあるアリシアの話を聞いたはずが、なぜか味の感想になっていたり……。
「ぶっ、あはは……マキナ、ウサミミ似合わないねぇ。いや、むしろ逆にこれは似合ってるのかな?」
「もうっ、そんなに笑わなくてもいいじゃん! アリシアだって、アリシアだって……というか、なにその変な被り物?」
「これは宇宙から飛来した突然変異の二足歩行のサメをモデルにした被り物だよ!」
「……宇宙なのにサメ? サメなのに二足歩行?」
キャラクターグッズの売ってあるエリアで購入した被り物を被ったまま、園内を回ったり……。
「う~ん、このお菓子も美味しいね!」
「でしょ? というか、マキナの食べてる味も美味しそうだなぁ、一口ちょうだい」
「う、うん、いや、いいんだけど……それはアレじゃないかな? い、いや、同性だし気にするのも変かもしれないけど、間接キスとか……」
「うん、なかなかにデリシャス」
「全然聞いてないどころかもう食べてる!?」
「はい、マキナも、あ~ん」
「え? あ、う、あ、あ~ん」
園内で売っている棒状のお菓子を互いに一口ずつ交換しながら食べたり……。
「えっと、次は右だね……ふふ、結構簡単だねこの迷宮アトラクション」
「ねぇ、マキナ、千里眼で道見るのは割と反則じゃないかな?」
「え? だ、駄目かな?」
「駄目とは言わないけど、それじゃあ面白さが半減だと思うよ」
「む、むむ……分かった。じゃあここから先は、千里眼は使わないね。えっと、次の角は、私の勘だと……左かな!」
「……不思議だよね。コレ子供向けだしそこまで難しい迷路じゃないはずだけど、千里眼なしだとマキナは確実に迷いそうな気がする」
「そ、そんなことないよ! 見ててね、すぐにクリアしてみせるから!」
巨大な迷路を進むアトラクションで、千里眼の使用をやめたマキナが……案の定迷ったり……。
「へぇ、ゆらゆら大きく揺れて楽しいね。船ってこんな感じなのかな? けどえっと……なんでまた丈夫そうなガードが付いてるのかな?」
「これ後半グルって一回転するやつだからね」
「回転するの!? 落ちちゃうよ!? というか、怖いやつじゃん!?」
「……いや、マキナが選んだんだからね」
「知ってたなら教えてくれてもよかったのに……あわわ、スピードが速く――きゃあぁぁぁぁ!?」
絶叫系アトラクションを避けていたはずが、知らずに乗ることになったマキナが再び叫んだり……。
「ほらほらマキナ、恥ずかしがってないでちゃんとポーズ取って!」
「い、いつの間にカメラなんて……え、えと、どうすればいいのかな? 写真なんてとるの初めてだし」
「とりあえずブイサインでもしてみようか」
「え、えっと……ぶいっ」
「うわ~なんか馬鹿っぽい」
「アリシアがやれって言ったのに!?」
いつの間にかアリシアが用意していたカメラで、記念撮影をしたり……楽しい時間は本当にあっという間に過ぎていった。
空を覆っていた分厚い雲も晴れ、夕暮れに染まる遊園地で、最後の締めくくりとして乗った観覧車の中で、マキナは興奮冷めやらぬ様子で景色を見ていた。
「……綺麗な景色だね。これだけ高いと、景色もよく見えるよ」
「もっと高いところ行ったんだけどね」
「スカイダイビングと観覧車は違うよ。もぅ、アリシアは本当に、規格外だなぁ」
アリシアの言葉にクスクスと楽しそうに笑いながら、窓の外に見える夕焼けを見つめるマキナ。ふたりの間にはどこか穏やかな空気が流れており、それだけ今日という一日が楽しいものであったことが感じられた。
少しの間沈黙が続いたあと、マキナは外の景色を見ながらポツリと呟くように口を開いた。
「……ありがとう、アリシア」
「うん?」
「こんなに楽しかったのは、生まれて初めて。こんなに一日が過ぎるのが早いと感じたのも、初めてだったよ。全部アリシアのおかげ……だから、ありがとう。私を鳥籠の外に連れ出してくれて」
「……」
その言葉にはとても多くの想いが込められていた。十年以上誰かと話すこともなく、どこかへ行くこともなく、変わることのない日々を……まさに鳥籠の中の鳥といえるような生活を送っていたマキナにとって、今日という日は一生忘れられない思い出になった。
そんな言葉を聞いたアリシアは、柔らかく微笑みながらどこか軽い口調で告げる。
「……ねぇ、マキナ」
「うん?」
「いっそ、このまま逃げちゃう? 私なら、どうにでもしてあげられるよ?」
今日という日がとても楽しく幸せだったのは、マキナだけではない。アリシアも、マキナと過ごした今日はどうしようもなく楽しい日だった。
イリスが死んで以来、初めてだったかもしれない……『親友』と、そう呼びたい相手に巡り合ったのは……。
「それもいいかもしれないね。でも、やめとくよ。アリシアみたいにやりたいことがあるわけでもないしね」
あとになって思えば、この時の選択がマキナにとって大きな分岐点だったのかもしれない。今日という一日でマキナの価値観は大きく変わっていた。それだけ、アリシアとの出会いが彼女にとって大きなものだった。
そう、マキナはこの時思ってしまったのだ……『アリシアさえ居てくれれば、それでいい』と……。一生鳥籠の中でも、他の誰に巡り合えなくても、アリシアが居てくれればそれで満足だとそう思った。
ここでアリシアが『私の旅に付き合ってほしい』と言えば、マキナは迷うことなくアリシアの手を取って鳥籠の外に出ただろう。しかし、マキナ自身に選択を委ねるなら、彼女の答えは『別にいまのままでいい』というものだった。
もしもの仮定の話ではある。しかし……。
「う~ん、まぁ、周りが急かすものでもないかな? けど、鳥籠を出たくなったらいつでも言ってね。私がサクッと、あんな島ぶっ壊して連れ出してあげるよ」
「ふふふ、壊す必要はないんじゃないかな? アリシアは過激だなぁ」
ここでもし、マキナがアリシアと共に鳥籠の外に出ることを選んでいたなら……機械仕掛けの神は、生まれなかっただろう。
そういう意味では、マキナにとっても、アリシアにとっても……この選択は正解だったと言えるのかもしれない。
マキナ「……えっと、またシリアス先輩寝ちゃったけど(757話あとがき)……いいの? 次の話ぐらいから、シリアス展開始まるよ?」
???「なに言ってんすか、『ギャグキャラ』がシリアス展開の時に居るわけないじゃないですか」
マキナ「……う、うん、そうなんだ」




