機械仕掛けの神の物語⑤
申し訳ない、アニマ編の次話にちょっと苦戦気味でして、あまり長く更新が空くのもアレなので、出来上がってるマキナ編を先に更新しておきます。
つ、次こそはアニマ編も一緒に更新しますので、申し訳ありませんがもう少々お待ちください。
「へぇ、星が綺麗に見えるね~」
「うん、それだけはなにも無いこの島のちょっとした自慢かな」
入浴を済ませたあと、アリシアとマキナのふたりは家の外に出て空を眺めていた。陸から遠く離れたこの人工島の空気は澄んでおり、周囲にマキナの家以外に光もないため、夜空の星がとてもよく見えた。
不思議な感覚だった。一緒に過ごしたのはほんの半日程度のはずだが、まるで何年も共に居るかのように、多くを語らずとも思いが通じ合うような穏やかな空気。
その心地よい感覚に身を任せ微笑みを浮かべていたアリシアの耳に、マキナがポツリと呟いた声が聞こえてきた。
「なんで、私はこんな力を持って生まれたんだろうね?」
その一言にはとても多くの想いが込められているように感じられた。単純に自分はどうして他の人間とは違うのだろうという疑問。なぜこうして物心ついた時からひとりでなにもない島にいなければならないのかという疑問。そして、世界を見通すこの力を持って生まれてきた己の存在意義への疑問。
それはずっとマキナの心にあったものであり、だからこそ……つい、投げかけてしまったのかもしれない。己よりはるかに長い年月を生き、多くのものを見聞きしてきたアリシアという存在に……。
「さぁ? 便利は便利だと思うけどね。その力があったら、私の探し物も楽に見つかりそうだよ」
アリシアはその質問に、軽く首をかしげただけだった。別にそんな疑問に興味はないと……そんなつまらないことに悩む必要などない、気楽に考えればいいと……マキナにはそう聞こえた。
「アリシアは、この力が欲しい?」
「いや、いらない。探し物は自分の足でするに限るって思ってるから、時代遅れの旅人なんてしてるんだしね」
多くの者がうらやむであろう千里眼という力も、アリシアにとっては別に興味が湧くものでもなかった。そんなアリシアの言葉を聞いて、マキナは楽しそうに笑みを浮かべた。
アリシアは自分の『力』になど興味はない。こうして友達になってくれたのは、千里眼なんて関係なく、マキナという存在を気に入ってくれたからなのだと……そう迷いなく感じ取れることが、マキナにとってはどうしようもなく嬉しかった。
「ふふ、私、アリシアのそういうとこ……好きだな。こうやって、友達になれて嬉しい……だけど、貴女は旅人だから、いつか居なくなっちゃうんだね」
「……私が居なくなるのか、マキナが居なくなっちゃうのか、それは分からないけどさ……もう少しは、この辺に居るつもりだよ。どうせ当てのない長い旅なんだし、たまには寄り道するのも悪くはないしね」
元々は別の地に移動するつもりだったアリシアだが、マキナと出会ったことでその予定はすでに変更した。無限に近い時間の中を生きる彼女にとって、気に入った誰かと絆を紡げる時間というのはとても貴重なものだ。
かつての親友も、大切な妹も、共に戦った仲間も、当てのない旅の中で出会った人たちも……皆、アリシアを残して先に逝く。だからこそ、そんな大切な人たちと過ごす時間……『寄り道』は、彼女にとってなによりも優先すべきものだった。
マキナのことは本当に気に入っているし、いっそこのなにもない人工島にしばらく住み着いてもいいかもしれないと、そんな風にさえ思っている。
「そっか……けど、羨ましいな。私は見ることや知ることはできても、実際に体験することはできないからさ」
「う~ん、じゃちょっと散歩でもいこっか!」
「え?」
「大丈夫、こんな警備システム誤魔化すのなんてチョロいチョロい。なにせ、私は魔法使いだからね。まぁ、今日はもう遅いし、出かけるのは明日だけどね」
「……うん」
いろいろ戸惑う部分はあったが、素直にアリシアの気遣いを喜び、マキナは再び笑顔を浮かべた。
そして、一夜明けた翌日。無駄に大きいベッドで一緒に寝たふたりは、さっそくアリシアの提案通り散歩に向かうことになった。
「ひゃっ!? わわっ、ア、アア、アリシア!?」
「うん? どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ!? う、海の上、走ってる!?」
自分より身長の高いマキナを軽々と、お姫様抱っこの形で抱えながら、アリシアは目的地に向けて疾走していた……『海の上を走って』。
アリシアが警備システムを誤魔化すために、マキナそっくりの分体を作り出したときにも驚愕したが、当たり前のように海を走る姿にも驚愕……マキナは朝から驚きっぱなしだった。
「そりゃ海の上ぐらい走れるよ。私は魔法使い……あっ、待てよ。そういうことか!」
「え? な、なに、その意地悪そうな笑顔? 嫌な予感がする、すごく嫌な予感が……」
「そうだね、マキナはこう言いたいんだよね……『魔法使いなら空を飛べ』って! よっし、任せて!」
「言ってないよ!? あと、その表情……絶対ふわって飛ぶ感じのやつじゃないよね? やめて、やめてぇぇぇ!」
マキナの先日も空しく、アリシアはグッと足に力を入れ、空中を蹴って空へと凄まじい速度で駆け上がった。
「ひやぁぁぁぁ!?」
「まもなく~曇り空を突き抜けます!」
「雲の上まで行く必要ってあるのかな!?」
「あ、大丈夫。ちゃんと防壁貼っとくから息苦しくなったりはしないよ」
「なにひとつ安心できないよ!?」
そのままアリシアは凄まじいスピードで雲を抜きぬけ、そのまま少し空中を走ったあとで足を止め、マキナに声をかけた。
「……ほら見て、マキナ。綺麗な景色だよ」
「……え? あっ……ふあぁ、凄い」
一面に広がる雲の絨毯と、眩しいほどに輝く太陽。その景色にマキナが目を輝かせて感動したのもつかの間、アリシアが笑顔のままで告げた。
「まぁ、ともあれこれで、到着だね!」
「う、うん? 到着? なにが?」
「目的地にだよ……だってほら、『あとは落ちるだけ』だけらね」
「……落ち……る? え? あ、あぁ、そういうこと――きゃあぁぁぁぁぁぁ!?」
ふたりはそのままスカイダイビングの如く落下、再び雲を突き抜けると、眼下には高いビルの立ち並ぶ大都市が見えてきた。
「見えたね~あれが、この辺で一番の大都市だよ! 海上2分、空中1分、落下は……速度調整してるから2分ってところかな。なんと5分で到着できる最寄りの大都市だよ!」
「普通の人間には不可能だけどね!? というかこれ、だ、大丈夫なの? ちゃ、ちゃんと着地できるんだよね?」
「あはは、まぁ、楽勝だね。くるくる回る余裕すらあるよ。なんなら二、三回転してみようか?」
「しなくていい! しなくていいから――なんで本当にするの!? アリシアの馬鹿ぁぁぁぁぁ!!」
少女たちふたりが大都市に出かけていたのと時を同じくして、とある場所ではひとつの悪意……いや、歪んでしまった善意が動き出そうとしていた。
「……もう少し、もう少しで……完成だ。これで、ようやく……世界は、救われる」
どこか薄暗さを感じる室内で、端末を操作しながら男はひとり呟いた。どこか虚ろな目で、それでいて確信に満ち溢れた声で……。
その男は、科学者だった。それもかつては世界に名が轟いていたほどの、稀代の天才と言っていい存在だった。彼ひとりで世界の科学を数十年は進めたと言われるほど、才覚に満ち溢れた誰もが認める世界一の科学者。
だが、彼は別に怪物でもなければ人外でもない。科学者としての才能以外は、ごくごく平凡な人間だった。
幼いころから何かを作るのが好きで、自分の発明で笑顔になってくれる人を見るのが好きだった。世界に生きる人たちにとって便利で有益な発明をしようと科学者を目指し、その才能もあって非常に多くの人のためになる発明を生み出してきた。
そんな彼には、子供のころからずっと共に居た……大切な幼馴染が存在した。いつも、誰よりも彼の発明に目を輝かせてくれ、とびきりの笑顔を浮かべてくれた。
共に成長し、時に励まし合い、支え合い……いつしか夫婦となった最愛の人。ずっと幸せで居て欲しかった、ずっと笑顔で居て欲しかった。
だが、運命とはどうしようもなく皮肉なものだ。いつも誰かの助けになろうと、多くの人に笑顔でいてもらいたいと願い、そしてそれを現実へとしてきた善良な男に与えられたのは、最愛の人の事故死という悲劇だった。
まるで、積み上げてきた全てが、己の存在そのものが壊れてしまったかのような……そんな感覚だった。かれるほどに涙を流しても、その悲しみは、苦しみは癒えることなど無かった。
それまで輝いて見えていたはずの世界も、人々の笑顔でさえも……色あせたかのように空虚に、そして憎く感じられるようになってしまった。
そう、そこに至って男はようやく気付けた。己のという存在は彼女失くしては成り立たないのだと……だが、気付いたところでどうすることもできない。稀代の天才と謳われた彼でも、死を覆すことはできなかった。
いつしか、最愛の人が残した『忘れ形見』といえる一人娘の存在でさえも、色あせて見えるようになってしまった。だから、男は一人娘を……マキナを己の元から遠ざけようとした。このまま一緒にいれば、いつか彼女にまで憎しみを向けてしまうかもしれないと思ったから……。
あるいは、それが男に残った最後の理性、最後の良心だったのかもしれない……だが、ここでさらに運命の歯車は大きく歪み始めた。
マキナを施設に預けようと決意してすぐ、男はマキナの持つ不思議な力の片鱗に気が付いた。そして調べるうちに、彼女が千里眼と呼べる力を有していることが分かり……歓喜した。
もうその時には、男の心は歪んでしまっていた。マキナの力を使えば、作り出せるはずだと……『世界のすべてを見通し、悲しみも苦しみも消し去ってくれる救世主』を……いまだ癒えない己の心を、救ってくれる神を……。
マキナはきっとそのために、最愛の人が己に残してくれた『世界を変えるための素材』なのだと……これで、自分と同じ悲しみを持つ人を、これから苦しみに遭遇するであろう人を……己自身を、救えるのだと。
ソレを間違いだと言ってくれる人は……彼の傍には、存在していなかった。
男にとってそれは、あくまで善意である。だが、歪んでしまった善意は、ともすれば悪意よりも性質が悪い。
そして、なによりも皮肉だったのは……彼にはソレを、『神を作り出す』などという妄言を、実現できてしまうだけの才能があったということ。
もし、マキナが千里眼という力を持って生まれてこなかったら……もし、それほどに大きな才能が無かったら……彼に訪れる未来は別の形へと変わっていたかもしれない。
「……もう少し……もう少しで……私は……救われる」
だが、もう歯車は歪んだままで回り出してしまった。狂気を宿しながら作業を進める男の背を、まるで憐れむように……組み上げられた人造の神が見つめていた。
???「なんというか、愛情深いのは親譲りなんすかねぇ」
マキナ「う、う~ん。そうかも?」




