機械仕掛けの神の物語④
今回はマキナ編のみの更新です、次回はアニマ編も更新します
見た通り無機質な……飾り気のない扉をくぐって鉄の建物の中に入る。中には広くなにもない部屋が広がっており、アリシアはザッと視点を動かして確認する。
本当に必要最低限のものを出来るだけ簡素に取り揃えたようなその家は、彼女の眼にはまるで牢獄のように見えた。
「……ふふ、お客さんなんて初めてだから嬉しいよ。えっと、アリシアって呼んでいいかな?」
「構わないよ、私もマキナって呼ぶからね」
たったひとりだけが住む人工島で出会ったアリシアとマキナは……互いにどう表現すればいいか分からない、奇妙な感覚を覚えていた。
ふたりは間違いなく初対面の筈だが、不思議と……初めて『同類と出会った』かのような、そんな親近感があった。
だからだろうか、マキナは突如空から現れたアリシアをそれでも歓迎し、アリシアもマキナの勧めに素直に応じで彼女の家の中に入った。
「そういえば、アリシアはどうしてこんな島に来たの?」
「あ~私は珍しいかもしれないけど、旅人ってやつでね。世界のあちこちをフラフラしてて、たまたま寄っただけだよ」
「……旅人って空飛ぶんだね」
「まぁ。私はいわゆる魔法使いってやつだからね。空だって余裕で飛べるんだよ」
「ふえぇ、旅人ってのは凄いんだね」
魔法使いだというアリシアの言葉は、普通であれば信じられないものだった。しかし、マキナはすでにアリシアが人間では不可能な高さに跳躍して音もなく着地するところを見ているので、疑うこともなくその言葉を受け入れた。
「あっ、そうだ! ちょうどお昼だし、アリシアも食べていってよ。初めてのお客さんだし、いっぱい歓迎するよ」
「おっ、それは魅力的な提案だね。いや~本当は豪華客船で優雅なランチの予定だったんだけど、好奇心を優先した結果食べ損ねちゃったしね。ここはありがたくご馳走になろうかな」
「うん! ちょっと待ってね、すぐ用意するから」
アリシアの言葉に嬉しそうに頷いたあと、マキナは近くの壁に備え付けられているコンソールに手を伸ばして操作した。
すると壁の一部が音を立ててスライドし、そこに収納されていたものが姿を現す。
「好きな味、選んでくれていいからね!」
満面の笑顔でマキナが指し示したのは、大量の……ゼリー飲料だった。
「ゼリー飲料!? い、いやいや、たしかに一昔前に比べてゼリー飲料も発展してるよ。けど、昼ご飯がゼリー!? あ、あれ? 実はあんまり歓迎されてない?」
「え? ち、違うよ!? すごく歓迎してるよ……あ、あれ、駄目かな? これが一番美味しいと思ったんだけど……だ、大丈夫。他にもあるよ!」
マキナはアリシアの反応にやや焦った表情を浮かべつつ、再びコンソールを操作する。すると先ほどとは違う場所の壁がスライドする。
そしてそれを手で示しながら、マキナは今度こそといった表情で告げた。
「好きなの選んでくれていいからね!」
「缶詰ぇ!? しかもこれ、保存期間に全振りした軍用のクソ不味缶詰じゃん!?」
「え? えぇ? あっ、パ、パンもあるよ!」
「……乾パン……アレかな? 私が誤解してただけで、マキナってば『密命を帯びて長期サバイバルしてるベテラン軍人』かなにかかな? ちなみに、飲み物とかは?」
「……み、水があるよ?」
「……そっか」
どうやらマキナがアリシアを歓迎しているのは本当らしく、精一杯のもてなしをしようとしているのは態度で伝わってきた。
故にアリシアは肩を落とすマキナを見て苦笑したあと、ゼリー飲料や缶詰を手に取りながら気を取り直すように明るい声で告げる。
「……まぁ、たまにはそういう食事もいいよね。私がなにか用意するって手もあるけど、せっかくのもてなしだしね……マキナのおすすめとかある?」
「あっ……えっとね、このオレンジのが美味しいよ!」
「じゃ、これにしようかな。ほら、マキナも」
「うん!」
アリシアの笑顔を見て、マキナもパァっと花が咲くような笑みを浮かべ、アリシアから手渡されたゼリー飲料を手に持つ。
室内にはロクに椅子もないようなので、そのままふたりは簡素なベッドに並んで腰かけゼリー飲料を飲み始めた。
「なんか見れば見るほどなんにもないね。マキナはどのぐらいここに居るの?」
「えっと、16年ぐらいかな……物心ついてからだから、実際はもっといるかもしれないけどね。食事なんかは、何年かに一度補充されてるね」
「こんななにもないところで16年か……気が滅入りそうな話だよ。そういえば、マキナは自分のこと化け物って言ったけどさ、なんで? 私はまぁ、さっきの見たらわかると思うけど」
「う~ん、説明は難しいんだけど……私はね、『誰からも教わってないのに言葉が話せた』し、物心付いた時からずっとこの島にいるのに、いろんなものが見えるんだ」
「……見える?」
「うん。なんて言えばいいのかな、遠くにあるはずのものでも、見ようと思えば見えるし、聞こうと思えば聞ける……そんな感じだね」
それはたしかに人の枠を超えていると言っていい内容だった。言葉を教わることなく言葉が話せ、遠く離れた場所を見聞きすることができる。
魔法が消えて等しいこの世界においては、超能力とでも呼ぶべき力……。
「……千里眼」
「千里眼?」
「って言う力が私にはあるみたいだよ。私の『父親らしき人』が言ってた」
「らしきって……」
「話したことも会ったこともないし、らしきで十分だよ。まぁ、実際さっき言った通り、私はなにかを教わったわけでもないのに言葉が話せたし、ずっとこのなにもない島にいるのに、いろんなことを知ってるからね。間違ってはないんだと思うよ」
「へぇ」
そんな話をしながらも、マキナの表情は笑顔のままだった。嬉しかったのだ……生まれて初めて、誰かとこうして話していられるのが、人の枠を超えた己の力を聞いても、なんでもないように相槌を打つアリシアと出会えたことが……。
「……アリシアは、どのぐらい旅をしてるの?」
「う~ん、1000年ぐらいは数えてたんだけど、正確な年数は忘れちゃったね」
「1000年!? すごいね。気の遠くなりそうな話だよ」
普通の人間が告げたのであれば一笑していたであろう1000年という言葉も、マキナはすんなりと受け入れて信じることができた。
そして同時に、互いに感じていた言いようのない親近感についても理解することができた。言ってみればふたりは、ようやく巡り合えた人を越えた化け物同士なのだ。
「……アリシアは、なんで旅をしてるの?」
「親友との約束でね、探し物をしてるんだ。見つかってないんだけど、まぁ別に焦ってるわけでもないし、のんびり世界を旅しながら探そうと思ってるよ」
「そっか……ねぇ、アリシア。その、えっとね……」
「うん?」
雑談を続けていると、マキナがなにか言い淀むような表情を浮かべ、ソレを見たアリシアは首を傾げた。マキナはそのまま言葉を探すように視線を彷徨わせたあと、意を決したように告げる。
「……わ、私と……友達に、なってくれない……かな?」
「へ?」
「……あっ、だ、駄目、かな?」
「いや、深刻そうな顔でなに言い出すかと思えば……わざわざそんな確認しなくても、友達でいいんじゃない?」
「……アリシア」
「ほら、別に友達なんて宣言してなるもんでもないでしょ。互いにそう思ってれば、それでもう友達だよ」
「そっか、うん、そうだね……ふふ、嬉しいな。初めて友達ができたよ」
心の底から嬉しそうに笑うマキナを見て、アリシアも柔らかな微笑みを浮かべた。そしてふたりは、今日初めて出会ったとは信じられないほど仲睦まじく、雑談に花を咲かせていった。
楽しい時間というものはあっという間に過ぎるもので、アリシアの旅の話をマキナが笑顔で聞いていると、いつの間にか時刻は夜といっていい時間になっていた。
「あっ、まぁそういうわけで、私今日は泊っていくんで、よろしく」
「なにが、そういうわけなのか分からないけど、大歓迎だよ。この家はね、なにも無いけど……お風呂だけは広いんだよ!」
「ふむ、お風呂ってあっちの部屋だよね? あの位置、お風呂だけ広い……それ完全に、外観を正立方体にするために調整した感じだね」
「ふふふ、たぶんその通りかな?」
泊っていくというアリシアの言葉に、マキナは嬉しそうに笑う。そのあとでふたりで缶詰の夕食を食べ、揃って風呂場に移動した。
たしかにマキナの言う通り、風呂はかなり大きくふたりどころかかなりの人数が同時に入浴できそうなサイズだった。
「まぁ、予想通りといえば予想通りだけど……風呂場にもなんにもないね。たしかに広いけど、一面鉄の壁で窓すらないし、浴槽もただ広いだけでデザイン性は皆無……見た目は15点かな」
「う~ん、採点が辛いなぁ。いや、私が造ったわけじゃないんだけどね」
「あはは……むむ?」
「うん? どうしたの、アリシア?」
辛口の評価を述べながら風呂場を見渡していたアリシアだったが、その視線は途中で止まりジッとマキナを凝視し始める。
その行動の意図が分からずマキナが首をかしげるのと、アリシアがおもむろに手を伸ばすのはほぼ同時だった。
「マキナって、肌綺麗だね~」
「わひゃん!? な、なに、急に!?」
「うわっ、しかもこれすべすべのもちもちじゃん……ゼリーと缶詰ばっか食べてるくせに、なんてけしからん触り心地」
「んんっ!? ちょっ、ど、どこ触ってるの!? ぁっ……」
「ふふふ、これはたまらない触り心地、堪能せねば……」
「目が完全に変質者のソレだよ!?」
「おっと、逃げられるとは思わないことだね……さぁ、覚悟!」
「ひゃぁぁぁぁ!?」
咄嗟に逃げようとしたマキナではあったが、ふたりの身体能力の差は歴然であり、あっという間に彼女はアリシアに捕まることになった。
広い風呂場に水の滴る音がやけに大きく響く、白く透き通るような柔肌を晒したマキナは、もはや抵抗を諦めたのか目を閉じてされるがままになっている。
そんなマキナを見て、アリシアは笑みを浮かべながらテクニカルに両手を動かしていく。
「……痒いとこない?」
「うん、というか紛らわしくないかな? 背中流す前振りが酷すぎるよ。私本当に貞操の危機を感じたんだよ?」
「ん~なんのことかなぁ? 私は最初っから背中流してあげるつもりだったんだけど……大人なマキナちゃんは、どんな勘違いしちゃったのかなぁ?」
「……意地悪、アリシアはすっごく意地悪」
「あはは、ごめんごめん。誰かと一緒にお風呂なんて久々で、ちょっとテンション上がっちゃったよ」
「……テンションの上げ方が、完全に変態なんだよ。私の初めての友達がこんな変態だなんて、ショックだなぁ」
「ほぅ、言うじゃないか……そういう奴はこうだ!」
「うわっぷっ!? もぅ! いきなり頭からお湯かけないでよ!」
出会ってからほんの数時間で、ふたりは驚く程に打ち解けた。まるで長年の友であるかのように、こうしてじゃれあうぐらいに……そしてそれは、とても自然なことのように感じられた。
相性、とでもいうのだろうか? ふざけるアリシアに文句を言いながらも、それでもマキナはずっと楽しそうな表情を浮かべていた。
「それじゃ、交代!」
「うん、じゃあアリシア、座って」
「ほいほい……あっ、言い忘れていた。ある地には親睦を深めるために、自分の体に泡を付けて洗うという方法があってだね」
「……嘘だ。絶対嘘だよ。アリシアは、嘘吐き」
「出会って数時間の相手から嘘吐き断定されるとは思わなんだ。まぁ、あながち全部嘘ってわけじゃないけどね」
「え? 本当にそんな洗い方があるの!?」
本当に他愛のない会話ではあるが、マキナにとって友人とこうしてじゃれ合うのも初めての経験だった。千里眼の力によって、友達というのがどういうものか、どんな風に接しているかを見たことはある。しかし、実際に経験するのは初めてで、とても新鮮だった。
「おこちゃまな、マキナには少し早かったかもしれないけどね~」
「さっきは大人って言ったくせに……そういうこという奴は、こうだ!」
「甘いっ!」
「ひゃん!?」
「ちっちっち、まだまだ思い切りが足りないね。それじゃ、こうやって簡単にカウンター決められちゃうよ」
「人の胸鷲掴みにして、なにしたり顔で言ってんの! もぅ、アリシアぁぁ!!」
「あはは」
「こら、逃げるなぁ!」
物心ついてから16年、このなにもない鳥籠のような島で、隔離されて生きてきたマキナにとって……これほどまで、楽しい時間は初めてだった。
これほど、時間が過ぎるのが早いと感じるのも、初めてだった。
こんなにも、この時間がずっと続いてほしいと思うのも……なにもかもが、初めてのことだった。
???「はぁ、このころは素直で可愛かったマキナが……どうして、クレイジーヤンデレに進化してるんですかねぇ。時の流れってのは残酷なものです」
マキナちゃん「……酷い言われようだよ。というか、シリアス先輩起こさなくていいの?」
???「まだ、アニマさん編終わってないですから……」
マキナちゃん「……まぁ、別に我が子以外がどうなると私の知ったことじゃないけどね。それはそうと質問があったね。私たちの住んでいた地球に関して……これに関しては、読者の皆が認識している現代に近いのは『我が子(快人)がいた地球』で、私とアリシアが住んでいた地球は『歴史とかが違う地球』ってイメージしてもらうのがいいかもしれないね。分かりやすく言うと、我が子(快人)が居たのが『現代に近い地球』、私とアリシアが居たのが『SF要素の強い地球』って感じかな? ちなみに、アリシアは『神話時代の英雄』って感じだよ……まぁつまり、読者の皆は『我が子に近い存在』ってことでもあるわけで……遠慮せず……母に甘えてもいいんだよ?」




