機械仕掛けの神の物語②
巨大な扉を抜けると、そこは真っ白な空間だった。太陽の代わりのように空には大きな黒い球体が浮かんでおり、それ以外はすべて白一色……その空間の先には、ひとりの少女が佇んでいた。
150㎝ほどの身長、クセの強い錆色のロングヘア。歯車に似た幾何学模様の刺繍が施された白いワンピースに身を包み、大き目のこげ茶色のカーディガンを羽織った美少女。
特徴的な極彩色の瞳と、右の背にだけ存在する歯車と鉄でできた機械の片翼を持つ少女は、アリスを見て柔らかい笑顔を浮かべた。
「いらっしゃいって言おうかな? それとも、久しぶりって言ったほうがいいかな?」
「……なんとも、懐かしい姿ですね。目の色と機械の翼以外は、私の知ってるマキナのままですね」
「ふふ」
過去を懐かしむように目を細めて呟くアリスを見て、少女……マキナは楽し気に笑う。ひとつの世界の神としてではなく、ただのマキナとして親友との再会を喜ぶように……。
「質問タイムは無事終わったかな?」
「ところが、残念なことに情報レベルⅣではアリスちゃんの知的探求心は満たせないみたいなんすよ」
「ありゃ、それは困ったな。私が質問攻めにされちゃうよ」
気安く言葉を交わしながら両者は歩み寄り、ある程度近付いてから示し合わせたように足を止める。
「……それで、貴女は私の知ってるマキナってことでいいんですか?」
「う~ん、その通りとも言えるし、そうじゃないとも言えるかな。この体を動かしているのは、間違いなく貴女が知るマキナではあるけど、この体自体は『マザーブレイン』、code名『機械仕掛けの神』っていうプログラム……言ってみれば、私が常に接続してるメインデバイスみたいなものかな」
「……なるほど、動かしているのは『マキナ様』で、その体自体は『マザーブレインマキナ』……楽園さんはそれで呼び分けてたってことですね」
「まぁ、そういうことだね。とはいっても、この体自体は私の体のコピーだけどね。ちなみに、本当に本物の私の体は……あそこにあるよ」
そう言ってマキナは白い空間に浮かぶ、黒色の球体……己の心臓たるコアを指差した。
「相手がアリスだから特別に教えるけど、あの球体の中にある私の体が『コアであり心臓』……あの球体の中にある私の体が殺されれば、私は……マキナという神は消滅する。まさに私の命ってわけだね」
「つまり、あの球体が貴女の弱点ってことですか?」
「ところがそうでもないんだよ。こうして目視できてても、あの球体には基本的に『マザーブレインである私を完全に倒さない限り干渉できないしたどり着けない』。そう『全知全能である私自身でさえ』ね……そしてマザーブレインは『コアが存在する限り不滅』……その極大矛盾こそが私の不滅性ってわけだね」
「それはまた、卵が先か鶏が先かみたいな、頭の痛くなりそうな理論ですね」
そう、マキナを倒すためにはコアを破壊しなければならないが、マキナを完全に倒さない限りコアを破壊することはできない。
「物語の終わりみたいな完全な論外を除けば、私を倒せる者は存在しない……『たったひとりを除いて』ね」
「……私、ですか?」
「そう、アリスはたったひとつの例外。かつて貴女に託した『貴女だけが使える鍵』を使えば、私ですらたどり着けないコアにたどり着ける。まぁ、そういう意味では、アリスは私を『唯一正攻法で倒せる存在』って言えるね」
「……まぁ、いまのところ使う予定はありませんけどね」
「できればずっと使う機会がないままの方がいいなぁ……」
苦笑を浮かべるアリスに釣られて、マキナも苦笑する。そのまま少しの間互いに笑い合ったあと、話を切り替えるようにアリスが口を開いた。
「……そういえば、ここに来るまでいろいろ説明を受けましたけど、ずいぶん物騒な鉄球をたくさん抱え込んでるみたいですね。戦争でも始める気ですか?」
「奈落のこと? いや、アレは戦争を始めるっていうか……『残り物を再利用』してるだけだよ」
「うん?」
「私が自分の世界を造る前の話だけどね。アリスと別れてから、私はあちこちの世界を巡って勉強しながら神としての己の力を高めてたわけなんだけど……必ずしもどこの世界でも穏便に過ごせるわけじゃなくてね。時にはその世界の創造主と戦いになることもあった。まぁ私はかなり強かったから、大抵の相手は問題なかったんだけど……一度『とんでもない強敵』と戦いになったことがあったんだ」
軽く頬を指でかきながら、当時の戦いを思い出しているのかどこか疲れた様子で苦笑するマキナ。
「ほら、前にアリスにシャローヴァナルの力について説明した時に例に挙げた奴だよ」
「……無限の多次元宇宙に無限の同一存在を持ち、全知全能の上位に位置する力を持つ存在、ですか?」
「うん、その通り……アイツは本当に、私が戦った相手の中でもぶっちぎりに強かったよ。で、無限の同一存在に対抗するために、私は『無限の全能兵』を作り出して戦ったわけなんだけど……結局決着は着かなかったね」
「無限対無限の戦いですか、それはまた次元の違う話ですね」
「互いに決定力不足だったね。何体倒しても無限に復活し続けるアイツと、何体倒されても無限に生み出され続ける奈落の軍勢……どっちにも勝負を決める一手が無くて、結局『一億年』ぐらい戦ってたね。そうなるともう先に『停戦しよう』って言い出したほうが不利な条件で契約を結ぶことになるから、我慢比べだったね」
「……それで、我慢比べには勝ったんですか?」
「もう、分かってるくせに、その質問は意地悪くないかな?」
「……『相手が終わりを迎えた』ってことですか」
そう、その戦いの結末もあの時に例に挙げた通りなのだ。マキナと戦っていた相手は、シャローヴァナルという現象によって世界ごと終わりを迎えた。
そういう意味であれば、結果として生き残ったマキナの勝利ともいえるかもしれない。
「……私が初めてシャローヴァナルって存在を知ったのが、その時だよ。全知によってそれを知った時……愕然としたし、なにより恐ろしくてたまらなかった。私と互角だった相手が、なんの抵抗もできずアッサリと終わりを迎えた。もしシャローヴァナルがアイツじゃなく、私を狙っていたらって考えると、いまでも震えてくるね。その時から、私も他の世界の創造主と同じように心底シャローヴァナルを恐れるようになった」
「まぁ、たしかにあの力はとんでもねぇっすね。カイトさん家のパーティで見てから、私も対抗策がないか山ほど考えてみましたけど……『シャローヴァナル様とは敵対しない』って結論しか出ないのは、ほんと馬鹿げてますね」
「ちなみに全知で調べても、『対抗策はない』って答えが分かるだけだよ……話を戻すけど、そんな形で戦いが終わって、少しでもダメージを負っている奈落は消して、無傷だったのをそのまま使ってるだけだよ。まぁ、ほとんどの個体は『専用に作った次元に格納』してるけどね。欲しいなら『一機あげようか?』 敵意に反応して勝手に反撃する設定だから、番犬には最適だよ……ちゃんと調整しとかないと、世界ごと消し飛ばしちゃうけど……」
「いらねぇっすよ、んな物騒な鉄球」
マキナの言葉に軽く突っ込みを入れたあと、アリスは気を切り替えるように軽く頭を振ってから、再び言葉を発した。
「……まぁ、他にも聞きたいことはありますけど、キリがなくなりそうなので一度この辺りで区切りますかね」
「だね。本来の目的から外れちゃってるしね……じゃあ、気を取り直してさっそく訓れ――」
「食事にしますか!」
「――ん?」
「いや~いろいろ聞いて考えてたら、お腹空いちゃいましたよ。というわけで美味しい食べ物をお願いします!」
「……う、うん」
さっそく訓練開始かと思えば、アリスは先に食事を要求してきた。マキナは呆れたような表情を浮かべながらも、言っても無駄だと理解しているのか頷いた。
「あっ、でも食欲の出ない景色ですし、なんかソレもいい感じに変えてください」
「もぅ、注文が多いなぁ」
アリスの言葉を聞いたマキナは、まるて空間を撫でるように手を動かした。すると真っ白だった景色が滑るように切り替わる。
景色は高層ビルが立ち並ぶ曇天の大都市、ふたりがいる場所は街を一望できる一際巨大な超高層ビルの屋上へと変化していた。
かなりの高さの筈だが強い風は感じず、大都市もあくまで景色だけなのか音などは聞こえてこない。
「……曇ってるじゃねぇっすか、いい景色とは言えませんね」
「『あの日』も曇ってたしね」
「でしたかね」
「うん……はい」
軽く言葉を交わしたあとでマキナは手元に紙袋を出現させ、それをアリスに手渡した。受け取ったアリスは、少し怪訝そうな表情を浮かべたあと、ビルの屋上の端に腰かけ袋の中を確認し……軽く微笑みを浮かべた。
「……神様が用意した食事が『ハンバーガー』って、ずいぶん庶民的な神様もいたものですよ」
「仕方ないじゃん。私はそれ以上に美味しい食べ物は知らないもん」
「おやおや? 貴女は全知だったんじゃないんですか?」
「全知だから、言ってるんだよ。私にとって世界で一番美味しい食べ物は……そのハンバーガーだってね」
からかうように告げるアリスに対し、マキナは軽く微笑みを浮かべたあと、自分の手元にも紙袋を出現させ、アリスの隣に腰かけた。
そしてふたりは紙袋からハンバーガーを取り出して、それを一口食べる。
「……なんともまぁ、『懐かしい味』ですね」
「うん。味も、景色も……全部、懐かしいね」
「分からないもんすねぇ、あの世間知らずの『島入りお嬢様』が、いまとなってはひとつの世界の神様ですか」
「……でたよ島入り、そんなの言うのはアリスだけだからね」
そんな風に笑い合いながら食事をするふたりの間には、どこか温かな空気が流れている。
「……ねぇ、アリスはさ……あの時の『約束』、ちゃんと覚えてる?」
「覚えてたから……『私を助けるために~』なんて言い回しをしたんですよ」
「そうだったね」
「なんです? 昔話でもしますか?」
「それもいいね……いま、すごく懐かしい気持ちだから……」
分厚い雲に覆われた空を眺めながら、少女たちは思い出話に花を咲かせる……『英雄と呼ばれた少女』と『神になることを願った少女』……そのふたりの、出会いと約束の物語を……。
というわけで、マキナ編のプロローグでした。次回はアニマ編の続きを投稿します。『差し込み』の形で投稿するのでご注意を……。




