アニマと釣りに行こう⑤
一泊することを決めたあとは、アニマと共に釣りを続け、夜はログハウスのキッチンを使って一緒に魚料理を作って食べた。
そのあとでアニマの勧めもあって、一番風呂をいただくことになり、俺はいま温かい湯に浸かっていた。
檜風呂に似たこのログハウスの風呂は、温泉とはまた違った良さがある。景色こそ見えないが、木造りの壁や浴槽は温かな雰囲気があるし、漂ってくる木の匂いも心地いい。
それに流石高価なログハウスだけあって、それこそ数人まとめて入れそうなほどに広いので、ゆったりと浸かることができている。
やっぱお風呂はいいものだなぁと、そんな感想を抱きながらくつろいでいた俺の平穏は、しかし直後に聞こえてきた大きな声によって破られることとなった。
「ご主人様! 失礼いたします!」
「……は?」
「覚悟を決めるのが少し遅くなり、お待たせしてしまって申し訳ありません!」
「………………え?」
聞こえてきた声に振り返ると、体にタオルを巻いた入浴準備万端といった感じのアニマの姿があった。いやいや、まって!? どういう状況? 思わず二度見しちゃったけど、いったいどうしてこうなってるんだ!?
「ア、アニマ!? え? な、なんで?」
「はっ! ご主人様と恋人になった者は、ご主人様と一緒に風呂に入り、親睦を深める決まりがあると聞き及んでおります!」
反射的に、そんな決まりねぇよと叫びかけたが……脳裏に過ったのは、これまでにあった混浴の数々。た、たしかに言われてみれば恋人とは混浴を……いやまて、ジークさんとは混浴してない。してないよね? レイさんがやたら混浴させようとしてはいたが、アレは結局未遂で終わったわけだし、うん、してない。
「……アニマ、いったい誰からそんな馬鹿な話を聞いたんだ?」
「アリス殿ですが? ご主人様の居た世界では、裸の付き合いという恋人同士の伝統の行いであると……」
「……」
アイツはあとで絶対ぶん殴ってやる。
心の中で変なことを吹き込んだアリスへの怒りを燃やしていると、アニマはいつの間にか湯船の近くまで来ており、桶に湯をすくって自分の体にかけ……そのまま体に巻いたタオルに手をかけ……。
「ストップアニマ! なにしてんの!?」
「はっ! タオルを巻いたまま湯船に浸かってはならぬため、外そうとしておりました……むっ、もしやタオルを外してから湯をかけねばならなかったのでしょうか? 申し訳ありません、普段入浴の際にはタオルを巻いたりはしないもので……」
彼女は元ブラックベアーなので正しい入浴の作法的なものに疎くても仕方がないと思う。ブラックベアー時代はそれこそ水浴びをしていたぐらいだろう。
まぁ、ここは温泉というわけではないので体を洗うのは後でもいいし、タオルなどに関しても作法などあまり気にしなくても……ってそうじゃない!?
「……アニマ、タオルは付けたままでいい」
「は、はぁ……かしこまりました」
困った事態になった。なにが困ったって、アニマはすでに自分の体に湯をかけてしまっているので、いまさら誤解を解いて出て行ってもらうということが難しくなった。
いや、アニマならちゃんと説明すれば聞いてくれるとは思うんだけど、中途半端に濡れたまま浴槽から出てくれというのは、気が引ける。
「……というか、アニマ。恥ずかしくないの?」
「覚悟を決める時間は十分にありましたし、元よりこの身はすべてご主人様のものです! なので、問題はありません!」
「……そ、そっか……うん。とりあえず、タオルは付けたままで……」
「はっ!」
そう言いながらもアニマの顔は赤くなっているので、かなり恥ずかしいとは思っているのだろう。ただ、アニマには行動力というか、思い切りの良さがある。
一度こうと決めたら躊躇わないというか、さっきも俺が止めなければ間違いなくタオルを取り払っていただろう。
「では、改めて失礼いたします」
「……う、うん」
こうなったら覚悟を決めよう。大丈夫、濁り湯とかではないがタオルはちゃんと巻いてもらってるし、アニマなら突拍子もない行動をとったりもしないだろう。
あとは俺が意識し過ぎないようにさえすれば……だ、大丈夫なはず。
そんな風に考えながら、タオルを巻いたままで湯船に入ってきたアニマの方をチラリと見る……アニマ、胸大きいよな。タオル一枚になるとより際立つというか……いや、待て待て、落ち着け、いきなりなに考えてるんだ俺は!?
「よい湯加減ですね」
「う、うん。そうだな」
「温かい湯に浸かるというのは、ブラックベアーだったころには想像もしておりませんでしたが、なかなかどうして慣れてみると心地が良いものです」
アニマ、落ち着いてるな。なんというか、余裕を感じる。頬こそ赤くなってはいるが、受け答えは穏やかでむしろ俺より余裕があるように感じられた。
まぁ、しかし、この感じなら特に問題なく終わりそう……。
「……ご主人様、ひとつお伺いしたいのですが?」
「う、うん?」
「……こ、ここ、ここから、どうすればよいのでしょうか!?」
「……」
前言を撤回しよう。余裕そうに見えていたのは、本人が覚悟を決めたと言っていた通り『俺と湯船に一緒に入る』までは、事前にシミュレートしていたんだと思う。だからこそ、躊躇なく行動できたしそれが余裕に繋がっていたのだろう。
しかし、そこから先はなにをどうするというのを考えていなかったみたいで、アニマは目に見えて焦り始めている。
視線は落ち着きなく動きまくっているし、顔も先ほどまでよりずっと赤い気がする。そして、なにより、いままで何度も風呂場でのトラブルを経験してきた俺の直感が告げている。
……『この混浴はまだ、ここから一波乱ある』と……。
???「むしゃくしゃて入れ知恵した。別に後悔も反省もしていないし、これからも繰り返す」




