閑話・イリス~勧誘開始~
ある日の昼下がり、シンフォニア王国の大通りから外れた場所にある雑貨屋には店主であるアリスの分体と、親友であるイリスの姿があった。
「……早急に対応するべきものがある」
「……なんすか? 藪から棒に」
アイシスの配下となり、昼間は彼女の城で過ごすことが多くなったイリスが真剣な表情で尋ねてきたことに首を傾げつつ、アリスは紅茶を淹れて木造りのカウンターの上に置く。
「アイシス様の配下のことだ。理想を言えばあと五人は欲しいところだが……それが難しいことぐらいは我も理解している」
「……はぁ、それで?」
「だが、ひとりは早急に確保しなければならん。なにかいいアテはないか?」
「あぁ、それで私のところに……いや、というかなんでもうひとりいるんです? 現状これといって配下的な役割があるわけでもないんでしょ?」
アイシスは改善傾向にあるとはいえ死の魔力の影響で世界中から恐れられており、六王としてなにかをすることは少ない。
勇者祭とうの世界的な行事を除けば、せいぜい年に一度宝石の採掘権の更新があったり、魔水晶の鉱脈に関してセーディッチ魔法具商会……もといクロムエイナと取引を行う程度である。
そしてそれは同時に、配下であるイリスもそれほど仕事は抱えていないということである。実際イリスも基本的に訓練をするか、アイシスの話し相手になるかぐらいのことしか行っていない。
なので人手が足りないということはないはずだが……。
「我ひとりでは……『見栄えが悪い』」
「……うん? えっと、なんですって?」
「だから、見栄えが悪いのだ。いいか、我はアイシス様の配下となった。つまり、勇者祭などの機会にはアイシス様とともに出席するわけだ」
「そうですね」
「その際に、前を歩くアイシス様、後ろに続く我では見栄えが悪かろう! 最低ふたりでアイシス様のやや後方に並んで続く形にしたい」
「……なんでしょうね? この突然別世界の話を振られたかのようなどうでもよさ……」
イリスが力強く語ったもうひとりの配下を求める理由を聞き、アリスは心底呆れた表情を浮かべて溜息を吐いた。
「そういえば、イリスって昔っからそういう見栄えみたいなの気にしてましたね」
「見栄えは重要であろう? アイシス様の格にも繋がる……さらに、貴様が掴んだ情報では『近々神界で祭りがおこなわれる』ということではないか。であれば、それまでに用意したい」
「掴んだというか、クロさんから聞いたんですが……はぁ、私的にはどうでも……」
「お願いします、偉大なる幻王ノーフェイス様」
「やめろぉぉぉぉ!? わかった、わかりましたよ……協力しますよ」
「うむ、助かる……この手は使えるな」
「マジやめてくれません? 鳥肌ヤバいんですよ、本気で吐きそうになるんすから……」
心底嫌そうな顔でアリスが了承したのを見て、イリスは満足げに頷く。アリスはもう一度深く溜息を吐いてから、紅茶を一口飲んだ。
「……それで、私に協力してほしいってことはつまり、情報ですね?」
「その通りだ。以前貴様は言ったな、フリーの伯爵級高位魔族は『希少』だと……つまり、居ないわけではないのであろう?」
「そうですね、広大な魔界な魔界において、六王配下にならず自身も配下を持っていない一匹狼な爵位級高位魔族は、確かに存在します。ただ、一匹狼にはそれ相応の理由ってのがあります……単純に群れる事自体が嫌いだったり、自己鍛錬にしか興味が無かったり、数千年単位で引きこもりだったり様々ですが……総じて、配下に引き入れるのは難しいですよ」
「まぁ、そうであろうな。でなければ、とうの昔に他の六王陣営が勧誘をかけているだろう」
フリーの爵位級高位魔族を引き入れるのは難しいというのは、イリスも予想していたことなので驚きの感情はない。
問題となるのは……。
「……それで、そのうちの何人が……『アイシス様の配下になれるだけの実力』を持っている?」
「アイシスさんの城に住むことを前提として考えれば、やはり六王配下幹部……つまるところ伯爵級最上位クラスの力が欲しいところですね。将来的にとかではなく、現時点でという話なら……ひとり候補が居ますね」
そう告げたあと、アリスはどこからともなく魔界の地図を取り出し、カンターの上に広げながら言葉を続ける。
「……死の大地から近い、魔界の最北端ともいえる場所にある小さな島に一万八千年前から住んでいる魔族です。私の知る限り、一万八千年間その島から彼女が外に出たことはありません。昼間は黙々と鍛錬をこなし、夜はジッと空を見つめ続けたまま動かない……ついた通り名が『星見の魔女』……魔族の名前は『ポラリス』」
「……星見の魔女ポラリスか」
「ちなみに過去にメギドさんとリリウッドさん、そして私の配下が勧誘を行いましたが、すべて断っていますね。ただその際に力試しとして、戦王五将のひとりイプシロンさんと戦い『引き分け』ていることからも、六王幹部級の実力を持つのは間違いないでしょう」
「ふむ、他になにか情報はあるか?」
「私の配下が彼女の元を訪れた時、星を見ながら『まだ、時が満ちない』と呟いているのを聞いたそうです」
「……なにかを機を伺っていると、そういうことか?」
「えぇ、あくまで私の推測になりますが、彼女は『限定的な未来視』が行える可能性があります。その未来視によって、なんらかの行動を起こすためのタイミングを待っているのではないかと……まぁ、それぐらいですね」
アリスの話を聞いて、イリスはなにかを考えるように腕を組んだ。そのまま少しの間沈黙が流れたあと、イリスはアリスに背を向けて雑貨屋の出口に向かう。
「……参考になった。礼を言う」
「行くつもりですか?」
「あぁ、とりあえず話してみぬことには手の打ちようもない」
「おやおや、戦闘になる可能性もありますが、大丈夫ですか? なんなら、アリスちゃんがついていってあげましょうか?」
「ふっ、分かっているくせに白々しい。仮にそうなったら……我の『魔導兵装』を試すよい機会だ」
軽く笑みを浮かべながらドアに手をかけ、そこで一度イリスは振り返ってアリスに問いかけた。
「……あぁ、聞き忘れておったな。いまの我の実力は、どの程度と見る?」
「……『伯爵級最上位』……もしかしたら瞬間的な火力だけなら『伯爵級最強』かもしれませんね。ほんと、面白い魔法を考え付いたものです。短時間で実力が跳ね上がったのは、アイシスさんが張り切って指導したからでしょうけどね」
「ふふ、では我が王への恩に報いるために、有能な配下を勧誘してくるとしよう」
アリスの評価に満足そうに頷いたあと、イリスは軽く手を振って雑貨屋を去っていった。その小さな体に纏う魔力は、ほんの少し前よりも重く、鋭いように感じられた。
魔界の最北端にある小さな島、そこのたったひとりの住人である星見の魔女ポラリスは、夜空に浮かぶ星を見つめながらポツリと呟いた。
「……まだ、時は満ちない。だけど、月はすでに空に昇った……もうそれほど遠くないうちに……『黒と灰の二色の髪を持つ女性』……彼女が私の前に現れたなら……」
独り言を呟きながら、ポラリスの瞳には涙が浮かんでいた。そしてそれが頬を伝い、一滴地面に落ちたところで……万感の思いを込めるように、彼女は呟いた。
「……長かった。一万四千年……ようやく……ようやく……私は、貴女に仕えることができます。私が唯一、忠誠を捧げる王……」
そこで言葉を止め、ポラリスはゆっくりと海の先に見える死の大地に視線を向けた。
「……もう少しだけお待ちください……『私の恩人』――アイシス・レムナント様」
イリスの閑話は今後も、節目などにちょこちょこ差し込んでいきます。
次回は予告していた六連星のクリスマス番外編、そのあとはアニマとのデートです
シリアス先輩「シリアスはあるんですか!?」




