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王の力⑤



 浮かび上がったアイシスと少し距離を取ったイリスが向かい合うと、アリスから開始の合図が聞こえてきた。


「それじゃアイシスさん、最初は初級魔法でお願いします」

「……うん……じゃあ……アイスボール」


 アリスの言葉に頷いたアイシスは、指先に小さな魔法陣を浮かべて降る。すると拳大の氷塊がイリスに向かってきたが、それは難なく障壁によって弾かれた。


(初級魔法とは思えない威力ではある……が、危機感を感じるほどの威力はない。だが、初級とはいえあの発動速度は参考になるな)


 初級魔法の一撃はそれほど驚異的な威力があるわけでもなく、イリスもいろいろと思考するだけの余裕があった。


「じゃ、アイシスさん……『数増やしてください』」

「……うん……『一万くらい』で……いいかな?」

「……なに?」


 聞こえてきた言葉にイリスが驚くより早く、アイシスの周囲に膨大な数の魔法陣が出現した。そしてそれはアイシスが指を振ると、氷塊の雨となってイリスに降り注いだ。


(まったく、今日は驚いてばかりだな。初級魔法とはいえ一万発を容易く放つとは……おそらく魔力によって強化した脳での分割思考による並列発動……いまの我では同時発動は百程度が限界であるな。こういった部分でも差を感じるものだ)


 凄まじい数は脅威ではあるが、威力が上がっているわけではない。円状に展開したイリスの防壁は降り注ぐ氷塊をすべて防ぎ切った。

 とはいえまだ初級魔法……小手調べもいいところだ。


「じゃあ、次は中級魔法でお願いします」

「……うん……フリーズランス」


 一段階魔法の強さを上げたアイシスの手から1mほどの氷の槍が放たれる。


(予想はしていたが発動速度は変わらず、そして威力は本来のものより間違いなく高い……だが、防げないほどではない)


 少し多めに障壁に魔力を注いで強化すれば、氷の槍を問題なく防ぐことができた。しかし、イリスの表情は真剣そのもの……なにかまだ、嫌な予感がしていた。

 かつて冒険者として活動していた時にも幾度となく味わった感覚……悪い予感が当たる感じ……。


「それじゃ……数増やしてください」

「……うん……こんども……一万で」

「やはり……か」


 初級魔法を並列発動するのと、中級魔法を並列発動するのでは難易度の桁が違う。普通に考えれば、初級魔法ほどの数は出せないはずだ……そう、一万発の同時発動がアイシスの限界だったとしたら……。

 一万というのはすさまじい数だ。だがそれでも、イリスはアイシスが手加減しているのではないかと、そう感じていた。そして、それは正解であった。

 降り注ぐ氷の槍に対し、かなり大量の魔力を注ぎ込んだ障壁によって防ぎきる。初級魔法と中級魔法では、受ける側のイリスが感じるプレッシャーも大きく違い、彼女は額に軽く汗をかいていた。


「じゃあ次は……上級魔法をお願いします」

「……コキュートスランス」


 状況は待ってはくれない。アイシスの手に大きな魔法陣が浮かぶと、先ほどの数倍はある巨大な氷の槍が出現した。

 イリスが受けやすいように配慮しての広範囲攻撃ではなく対単体の魔法……だが、感じる圧は先ほどとは比べ物にならない。

 巨大な槍が中級魔法とは桁違いの速度で放たれ、イリスの障壁にぶつかる。


「ぐっ、くうう」


 その威力に障壁ごと少し押されながらも、イリスは見事防御しきって見せた……そう、一発は。


「……数、増やしてください」

「……じゃあ……また……一万」

「ッ!?」


 そしてイリスの視界がすべて氷に染まった。もはや爆撃と表現すべき轟音を響かせながら降り注ぐ槍を、イリスは必死に魔力を障壁に込めながら耐える。

 ほんの少しでも力を緩めれば吹き飛ばされてしまいそうな圧の中……だがそれでも、イリスは耐えきった。


「……高位古代魔法ハイエンシェントスペル……お願いします」

「……いいの?」

「……お願いします」

「……わかった……ブルースター」


 満身創痍とも見えるイリスの様子を見て、アイシスは逡巡したが……強く告げるアリスの言葉を聞いて頷き、片手を天に掲げた。

 そして宙より……青き氷の星が落ちた。隕石とても表現するべきその魔法……自分に向かって落ちてくる青き星、絶望的な光景を眺めながらイリスはアポカリプスを構えた。

 生前冒険者として長らく活動していたイリスの戦闘経験は決して浅くはない。そしてその経験からくる勘が告げていた……『防ぐのは不可能』だと。


「なれば! 撃ち抜くだけだ!! 呑め! 暴獣! アポカリプス!」


 防ぐのは不可能、回避しようにも効果範囲がどこまで及ぶか分からない。ならばとれる選択肢は迎撃……イリスの叫びに呼応するように黒き閃光は天に上り、星を撃ち抜いた。

 そして、イリスの耳にいっそ冷たくすら感じる声が響いた。


「……数、増やしてください」

「……うん……わかった」


 天から降り降りる星の雨……見るだけならば幻想的な美しさがあるのかもしれない。だが、渦中にあるものにとってはまさに降り注ぐ暴圧。

 疲労した膝が崩れそうになる。意識するより早く心が折れそうになる。そんな目の前が暗くなるような感覚と共に、イリスは……獰猛な笑みを浮かべた。


「あぁ、無理だ。アポカリプスは短時間で連続しては打てない……『いまの我』には、抗う術はない」


 そう呟きながらチラリと遠方にいるアリスに目を向けると、アリスはただ楽しそうに微笑んだ。


「なれば、いま! この瞬間にそれができる我に成長すればいい! そうであろう、我が心の暴獣よ! ここで終わりではないはずだ!!」


 その声に呼応するように、アポカリプスが凄まじい閃光を放つ。心具は心の武器、アポカリプスはイリスの心そのもの……イリスの心が折れれば、ただの棒に成り下がるが、想いを爆発させればソレに余すことなく応えてくれる。

 絶対に星の雨を打ち砕くというイリスの決意に乞え、アポカリプスは先ほどまでの限界を遥かに超えた倍率でイリスの魔力を増幅する。


「呑み尽くせ! 暴虐の獣――ギガ・アポカリプス!!」


 黒き光……暴獣の咢が、天を呑み込んだ。











 一通りの応酬が終わり、実際に模擬戦を前に少しイリスさんの休憩ということになった。疲れた様子で地面に座るイリスさんを横目に見たあとで、アリスはアイシスさんに話しかけた。


「アイシスさん、イリスはどうです?」

「……すごく強くなると……思う……潜在能力も凄いし……心も強い」

「なるほど、なるほど……」


 アイシスさんの評価を聞いたアリスはどこか満足げな表情で頷いていた。それを見て、俺の心にはある疑問が湧き上がってきた。

 アリスはそもそもなぜアイシスさんとイリスさんの模擬戦を企画したんだろうか? イリスさんに高次元の戦いを経験させるというなら、アリス自身がやってもいいように思える。

 言うまでもなく頭の回るアリスが、わざわざアイシスさんと戦う機会を作ったのは、なにか別の目的があるようにも思えてくる。


「イリスの方はどうでした? 模擬戦はまだこれからですけど、アイシスさんの力は?」

「素直に感嘆する。生まれもった力に胡坐をかいてるわけでもなく、まさに磨き抜かれた刃とでもいうべきか……口惜しいが、現時点では完全に我の上位互換とすら感じられる」

「……ふむふむ」


 アイシスさんを賞賛するイリスさんの言葉を聞きながら頷いたあと、アリスは軽く笑みを浮かべながら口を開いた。


「さて、ここで一つ提案があります。イリスは回復しながら聞いてください……あぁ、断っておきますけどこれは本当に提案です。双方が同意したらって話ですけどね」

「……やけにもったいぶる言い回しだな。なんだ?」

「アイシスさん、イリスを……『貴女の配下』にする気、あります?」

「……え? ……え、えぇ?」


 その提案には率直に言って驚いた。というか、誰よりもアイシスさんが驚いているみたいで、唖然とした表情で何度もアリスとイリスさんを見比べている。

 イリスさんの方は、なにか真剣な表情で考えるように顎に手を当てていた。アリスのことをよく知る彼女は、なにかしらの意図を察したのかもしれない。


「……なるほど、いまのままだと、なにかしら我に不都合があるのだな?」

「えぇ、そうっすね。現時点ではなんとかしてますけど、イリスも自由に動ける体を得て今後活動範囲も広くなるでしょう。そして、今後強くなることを考えると……さすがに情報を抑えきれません。私の体を元にしたイリスの体は、魔族といっていいです。フリーの伯爵級高位魔族ってのは本当に希少なんすよ。人界の各国は相当の条件になっても雇い入れたいでしょうし、今後イリスの配下になりたいって魔族も激増するでしょう」

「……だから、先んじてアイシス殿の配下にというわけか」

「その通りです。もちろんアイシスさんが参加する行事などには同行するようになるでしょうが、先に挙げたものよりは自由が利く立場になれると思いますし、イリスが今後強くなるにしても魔法技術に優れ、山ほどの魔導書を所持するアイシスさんに師事するのも有効だと思います」

「……」


 言われてみれば、俺の知る伯爵級の中でどこにも所属していないという方は存在しない。六王配下の方々はもちろん、イルネスさんだって王国とかかわりが深い元王女であるリリアさんに仕えている。

 クロの家族にしても、世間からの認識としては冥王配下だろう……。今後イリスさんが強くなって、周囲に知られるようになれば、それこそイリスさんを祀り上げて七番目の王にとか考える人も出てくるかもしれない。


「……なぁ、アリス。例えば、イリスさんがいずれ七番目の王になる可能性とかもあるのか?」

「ないとは言いませんけど、完全に向いてないです」

「あぁ、我も自分で分かっておる。我は補佐向きだ、己が頂点に立つというのには向いておらん」

「なるほど」


 向き不向きもあるだろうし、イリスさん自身がそうなるのを望んでいないみたいだ。

 とそんな話をしていると、不安げな表情を浮かべたアイシスさんがアリスに声をかけてきた。


「……その……シャルティア? ……私で……いいの? ……シャルティアの配下にするとか……」

「え? イリスを私の配下に? 絶対嫌です、鳥肌たちます」

「ありえんな、アリスの配下になるなぞ聞くだけでも怖気が走る」


 アリスの配下にしたらいいんじゃないかというアイシスさんの言葉に、アリスとイリスさんはほぼ同時に心底嫌そうな表情を浮かべた。

 たぶんだけど、長らく相棒として過ごしていた二人にとってお互いは対等な存在なのだろう。だからどちらかが上になるというのは、考えられないことなのだろう。


「……で、でも……私は……」

「えぇ、そうですね。ハッキリ言いますが、以前の貴女は『誰かを配下に迎える器じゃなかった』。というより、精神面的にソレだけの余裕はなかったというべきですかね……心も雰囲気も冷め切って、常にピリピリと周りを威圧していたころのアイシスさんのままだったなら、こんな提案はしていません」


 その言葉を聞いて、俺はアイシスさんと初めて出会ったときのことを思い出した。あの時のアイシスさんはすごく冷たい目……いろいろなものを諦めきったかのような目をしていた。

 そして、クロノアさんが言っていた聞き分けが悪く意見がぶつかれば力で押し通す……期待して、望んでも手に入らない。

 それを何度も経験し心にまったく余裕が無かったころのアイシスさんは、アリスが言うように常にピリピリと周囲を威圧するような雰囲気だったのかもしれない。

 でもあくまで過去の話だ。いまのアイシスさんは表情も雰囲気も、初めて遭遇した時からは考えられないほど柔らかくなったと思う。死の魔力さえなければ多くの人と友達になれているだろうと、そう思うほどに……。


「……ですが、カイトさんと会って変わった……心に余裕が生まれたいまのアイシスさんなら、配下を持っても大丈夫だと思ってます。あと何気に他の配下が居ないという現状も、ポッと出の強者であるイリス的にもありがたい状態ですしね」

「……うっ、あ……わ、私は……そうなったら……嬉しい……けど……イリスは……嫌なんじゃ……ないかな」

「まぁ、イリス次第ではありますね……どうです?」


 不安と期待が入り混じったような表情のアイシスさんがイリスさんの方を向き、アリスが訪ねると……イリスさんはしばらく沈黙したあとで、ポツリと呟くように言葉を紡いだ。


「……そういえば、長らく冒険者として気ままに生き、様々なことは経験したつもりではあったが……誰かに仕えた経験は、なかったな。生まれ変わったと言ってもいい現状、かつてとは違うことをしてみるのも……面白いかもしれん」


 そう告げたあと、イリスさんは立ち上がりアイシスさんの前に立った。


「……貴女を尊敬するという気持ちが芽生えていないわけではないし、性格的にも好感の持てる方であるとは思う。貴女の配下になるというのも、悪くはないと感じている自分がいる」

「……う、うん」

「だが、まだ完全には決めかねる。故に、ひとつ我の願いを聞いてほしい」

「……願い?」

「配下となるのであれば、王たる貴女の力が知りたい。おそらくアイシス殿は模擬戦においても手加減をしてくれるつもりだったのであろうが……『本気で戦って欲しい』。貴女という王の全力を、見せてくれ」

「……わかった……本気で……戦う」


 いま答えを出すのは保留としたうえで、アイシスさんの全力を望んだイリスさん。そしてアイシスさんも真剣な表情で頷いた。

 ソレを見て、なんとなくではあるが……ふたりの間になにかしらの絆が生まれたように感じ、それはこれから訪れる未来を示唆しているようにも思えた。





ついにアイシスに念願の配下ができそうな展開。実はこの展開は前々から考えてました。


アイシスの名前の由来は『天上の聖母』や『星の母』と言われる女神イシスが元なので、彼女の配下は星に関する名前のキャラクターにすると決めてました。

そしてイリスの名前は『小惑星イリス』からとってるわけです。


ちなみに結成は本当に先……それこそアイシスが完全に死の魔力を制御化においてからの話になりますが、死王配下幹部は『六連星(むつらぼし)』としようかと思ってます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 灯台さん…貴様天才か?( ⸝⸝⸝ᵒ̴̶̷ωᵒ̴̶̷⸝⸝⸝) とてもシリアス先輩を生み出した存在とは思えん…( -∀-) いや?むしろだからこそなのか? …?!(゜ロ゜)
[良い点] アリスとイリス…私的には大親友だけど、公的には大悪友なのかな? [気になる点] そういえばイリスって、アイシスの前世(?)はご存知なんでしょうか…? [一言] 六連星か…みんなアイシスにメ…
[気になる点] 六連星・・・ 南斗六聖拳みたいにそれぞれ、 なんたら星のイリスみたいな呼び名がつくのだろうか
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