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王の力④



 空気を切り裂くなどという生温い衝撃ではない。衝撃が周囲に広がらないようにする補助術式が無ければ、周囲はとうの昔になにも無くなっていただろう。


(くそっ! 冗談ではないぞ!? 攻撃の軌道は単調、出も分かりやすい……だがこの速度と威力、これが魔界の頂点の一角が持つ力……)


 アイシスの物理攻撃は分かりやすいテレフォンパンチではあったが、その威力たるやイリスの全力の防壁でもまったく防ぐことができないものだった。

 始動が分かりやすいために回避はできているが、一撃当たれば相当のダメージを覚悟しなければならない拳を避け続けるのは精神的にはかなり疲れる。


(……なにが模擬戦だあの馬鹿者は!? 最も得意な魔法による攻撃を使ってない状態でこの様……まともな戦いになどならんほどの実力差がある……こうなることを知っておったな!)


 現在のイリスが逆立ちしてもアイシスに敵わないと言うことは、当然ながらアリスは知っていた。そしてそれが分かった上で、あえてこの模擬戦を企画した。ならばそこにはなにか別の意図が存在するはずだ。


(よもや、前のバーでの件の仕返しか? いや、奴はそんな細かなことを根に持つタイプではないし、報復するにしてもこのような方法は取らぬだろう……であれば、狙いはなんだ? このまま一通りの攻防が終わって模擬戦が始まったとしても、我が簡単に叩き伏せられるだけ――待て、そういうことか!)


 アリスのことは性格も含めよく知っているイリスにとって、狙いに気付くのには時間はかからなかった。

 そしてイリスがアイシスの拳を避けながら視線を向けると……アリスは微笑みを浮かべた。


(……くそっ、頭ではそうではないと理解はしているつもりだった。そうならないようにと、思っていたはずだった……だが、そうなのだな? 我は――『慢心』していたのだな)


 イリスは微かに唇を噛み、悔しそうな表情を浮かべながらも冷静に思考を進めていく。


(……借りものの力だとは理解していた。我がいま持つ力は、アリスから貰ったもので、己で磨き上げたものでは無いと……だがそれでも、強大な力を持ったことで『もう十分だ』と思ってしまっていた。これだけの力があるなら、これ以上は必要ないと……怠惰にもほどがある)


 迫る拳を紙一重でかわしながら、イリスは真っ直ぐにアイシスを見る。


(そう、いまの我はたまたま偶然大きな力を得ただけの一般人にすぎん。なにひとつ『己の力』になど、出来てはいない……我はこの二年、なにをやっていたのだ!? 己のものとしていない力なぞ、張りぼてにすぎぬというのに……あぁくそっ、そういうことだな。死んで意識だけとなっていた期間のうちに、暴獣と呼ばれた我の牙は抜け落ちてしまっていたのだな……)


 そう、イリスは本人すら気づかないうちに、得た力に驕ってしまっていた。アリスと同じ身体能力の肉体……それだけで、世界の大半の者はイリスにとって弱者となった。

 だからこそ、そこで足を止めてしまった。もう十分だろうと、成長することを止めてしまった。事実彼女はいまだ、無詠唱魔法すら習得してはいない……必要に迫られなかったから。

 そしてそれはイリスを相棒と呼ぶアリスにとっては、見過ごせないことだった。なにを立ち止まっているのだと、なぜ自分の居る場所まで登ってこようとしないのかと、苛立ちすら感じていた。


(……お前はこの戦いの後で、我にこう言わせたいのだろう? 『我を鍛え上げてくれ』と……あぁ、言ってやろうじゃないか! 貴様の望み通りの言葉を吐き、頭を地に擦り付けてやろうではないか!! だが、それは戦いが終わってからだ……いまは、最高の手本が目の前にいるだ! せいぜい足掻いて学ばさせてもらおう!!)


 そしてイリスは獰猛な笑みを浮かべて迫るアイシスの拳を見て……それを受け止めた。


「……驚いた……いきなり……身体強化が……上手くなった」


 アイシスの行っている身体強化を見様見真似で行った結果、イリスはアイシスの拳を受け止めることに成功した。もっともいくつかの指はあらぬ方向に曲がり、掌からも血が流れ出てはいたが……。


「……は、ははは……こんなことすら忘れていたのだな。我は、昔から、負けるのが嫌いだった。特に己の力を発揮できぬまま負けるのは、死にたいほどの屈辱だった。だが、今回はその屈辱を受け入れよう……再び、牙を生やすためにな」

「……う……うん?」

「アイシス殿、迷惑でなければ後日、魔力の運用方法を指導してはいただけないだろうか? 見様見真似では、完璧とは言い難いようなのでな」

「……うん……私でよければ……いつでも……教えるよ?」

「……恩にきる」


 そう言って軽く頭を下げたあと、イリスは少しだけ掌の上で踊らされていることに苛立ちながら、遠方にいるアリスに視線を向ける。

 すると狙いすましたかのように、魔法によってアリスの声が届いてきた。


「そろそろいいですかね。じゃあ、いよいよ今度はアイシスさんに魔法で攻撃してもらいましょう。イリスは防御しても避けてもいいですよ」

「あぁ、せいぜい勉強させてもらうさ」

「……うん? ……よく分からないけど……分かった……あと……その前に手……治すね」


 アイシスがそう言って軽く手をかざすと、ボロボロだったはずのイリスの手が元通りになる。そしてアイシスが再びフワリと上空に浮かび上がるのを見ながら、イリスは苦笑した。


「……まったく、世界は広いな。いや、ここは別世界であったな……」


 誰にでもなくそう呟いたあと、チラリと手に持つ巨大な杖……アポカリプスに目を向ける。


「我が心に眠る暴獣よ、貴様もこのまま黙っているほど殊勝ではあるまい? 共に足掻くとしよう」


 その声を聞き、イリスの心具は……彼女の心は、ほんの少しだけ光を放った。まるで頷くように……。





シリアス先輩「……なんかめっちゃ主人公ムーブしてない?」

???「なお、本当の主人公は観戦中です」

シリアス先輩「誘拐されたり、助けられたり、戦いを観戦したり……ポジションが完全にヒロインのそれなんだよなぁ快人」

???「まぁ、それは……いまさらですね。まぁ、要所要所でちゃんと主人公してますから……」


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