王の力③
俺の返答を聞いたアイシスさんは頷いたあと、イリスさんの方に視線を向けた。
「……いい魔法……術式も綺麗……でも少し……速度が遅いと……思う」
「倒せるとまで自惚れてはおらなんだが……まさかまともに防御すらせぬとは……だがまだだ! 来よ! とこ闇の槍、大いなる軍勢! デモンズランズ!」
必殺の一撃で服に汚れさえ付けられなかったイリスさんは悔しそうな表情を浮かべたあと、すぐに切り替えて空中に大量の槍を出現させて放った。
目算で100を軽く超えるであろうその槍は、アイシスさんに向かい……その体に触れる前に『すべて消え去った』。
「……なんだと」
「消えた?」
膨大な数の槍が一瞬で消えさり、イリスさんは大きく目を見開いて驚愕し、俺も理解ができずに首をかしげる。
「死の魔力を制御できないってだけの情報だと、アイシスさんは魔力制御が下手と思い込んでしまうかもしれませんが……アイシスさんの魔力制御技術は世界最高峰ですよ。それでも制御できない死の魔力が強大すぎるだけです。『自分に向かってくる魔法を外部から干渉して解除』、『なんの害もないただの魔力に戻す』なんてのも朝飯前ってわけです」
解説を入れてくれたアリスの言葉に驚愕する。つまりアイシスさんは、かなりのスピードで迫る100を超える魔法を一瞬ですべて解除し、ただの魔力に戻してしまったということ……それはつまり……。
「イリスもカイトさんも気付いたでしょう? アイシスさんには基本的に『ほぼすべての魔法攻撃を無効化』しますよ。頭を使わないと、アイシスさんに防御させることすらできませんよ」
「……まったく、己の常識が覆されるようだ。とんでもないな……六王というのは……なれば、コレならどうだ!!」
イリスさんが叫びながら地面に手を当てると、地面が波打つように動き巨大な土の槍が形作られてアイシスさんに向かって飛ぶ。
なるほど、魔法を無効化するなら魔法で成形した土なら、魔法を解除されたところで消えない。これは妙手だとそう思ったが、直後にアリスの声が響いた。
「まぁ、誰でも思いつく手段ですね。だからこそ、意味ないんですけど……」
その言葉のあとで、土の槍は一切の抵抗なくアイシスさんの体をすり抜けた。
「……霊体化に近い力か? それによって物理攻撃を無効化した? だが……これは……」
「まぁ、こんなところですかね。物理魔法共に無効化する相手なんて、伯爵級最上位クラスになればゴロゴロいますので、今後はその破り方とかも教えていきますよ。まぁ、それはそれとしてそろそろ趣向を変えましょうか……アイシスさん」
「……うん?」
「次は避けてください。魔法無効化は無しで、回避だけしてください。イリスは一発でいいので、アイシスさんに攻撃を当ててみてください」
「……わかった」
これはどうなんだろうか? 個人的にアイシスさんはあまり速いイメージはない。魔法主体の戦闘ということもあるのだろうが、回避型というよりは防御型のような気がする。それでもやっぱり六王ともなると回避も優れているのだろうか?
そんなことを考えていると、イリスさんが上空に手を向け膨大な魔法陣を出現させた。
「カラミティ・ドゥームブリンガー!」
それは視界を埋め尽くすほどの量の剣……相手を追尾する広域魔法。されが射出された瞬間、俺の視界に映っていたアイシスさんが、凄まじい速度で動き始めた。
「なっ!? え? あれ? あっち?」
光速の10倍とか言う訳の分からないスピードまで見ることができる眼鏡でも見失ってしまいそうなほどの速度で、アイシスさんは大量の剣の間を縫うように交わしていく。
それどころか途中でこちらに視線を向けて、微笑みながら手を振る余裕すらある……可愛い、じゃなくてともんでもない。
「ア、アリス……アイシスさんってあんなに速いの?」
「え? いえ、全然『本気出してないですよ』……軽く走ってる程度です。瞬間移動とか時間操作もしてません。まぁ、移動の衝撃で世界が滅びないように対策術式ぐらいは使ってますが……」
「……イリスさんの基本スペックって、六王と同じぐらいだよな? じゃあ、イリスさんもアレ出来るの?」
「というか、完全に体を使いこなせればイリスの方が速いはずですよ。私の体がベースですし、私速度に関してはクロさんに次いで六王の中で二番目ですからね。まぁ、早い話がいまのイリスは動きに無駄が多すぎるんですよ」
正直俺は六王のことを舐めていたかもしれない。いや、ものすごい人たちだとは思ってたけど……さらに別次元の強さだった。
そのまま十分ほどアイシスさんは攻撃を回避し続け、イリスさんの息が少し上がってきたところでアリスが口を開いた。
「はい、ではまたいったんストップで……今度は攻守を変えましょう。アイシスさんが攻撃、イリスが防御ですね。アイシスさん、最初は物理攻撃でお願いします」
「……うん? いや、アイシス殿はどう見ても物理攻撃が得意なようには見えないが……」
「……うん……苦手……でも……頑張る」
う~ん、なんだろうこの気持ち……たしかにアイシスさんは魔法使いタイプな気がするが、ここまでの流れから考えてそう単純な話ではなさそうだ。
そう考えていると、イリスさんが目視できるほど高密度の円形障壁……バリアみたいなのを展開した。
アグニさんの攻撃を完封したすさまじい防御の障壁。見るからに強固そうだ。
次の瞬間、アイシスさんが音もなくイリスさんの目の前に移動して拳を振るった。それは素人目にも格闘慣れしていない適当なパンチだったが……イリスさんは焦ったような表情で、障壁をその場に残して飛びのいた。
そして、アイシスさんの拳が障壁に触れ……それを『紙のよう』に貫いて地面に『巨大なクレーター』を作り出した。
「……なっ!?」
「……お~い、イリス。気が抜けてますよ。駄目じゃないですか、ほんの僅かでも気を緩めたら……たしかにアイシスさんは物理戦闘より魔法戦闘が得意です。でもその人、イリスが前に戦ったアグニさんを『素手で殴り殺せる』ぐらいは強いですからね」
「な、なな……なんだそれは!? 出鱈目にもほどがあろう! というか、伯爵級と六王で戦闘力が違い過ぎないか!?」
「だから、いまだに公爵級がアインさんしかいないんすよ。クロさんも含め、六王級の連中は『世界のバグ』じゃないかと思うレベルで隔絶した力を持ってるんですよ。確証はないですけど、アリスちゃん的には、この世界の神がなんかやったんじゃねぇかと疑ってます。だから、まぁ――死ぬ気で頑張ってくださいね」
基本的な肉体のスペックはほぼ同じはずなのに、戦闘力の桁が違うと言っていい光景。両者の間には簡単には超えられない巨大な壁を感じた。
これがアイシスさんの――王の力。
シリアス先輩「……アイシス、全方位に強すぎね?」
???「よく考えてください。この人、『体力も兵力も無限』かつ『死が無い不滅の神』とタイマンできるんですよ?」
シリアス先輩「最高神もとんでもない化け物だよねぇ」
???「本気出したら『同じ権能が無い限り察知できない速度』で『防御不可の権能による空間消滅』仕掛けてくる時空神。『世界すべてが効果領域』で基本的に『領域内に存在するもの全て』を支配下に置ける上に、『過去は改変』するわ『未来は勝手に決定』するわなんでもありな運命神ですからね」
シリアス先輩「……バトル路線じゃなくて良かった」




