王の力②
アイシスさんとイリスさんの模擬戦は、魔界の中央部……禁忌の地と呼ばれる場所で行われるらしい。物騒極まりない名前だが、どうもここは六王同士が喧嘩したり訓練したりするのに使う場所という話だ。
たぶんだけど、以前メギドさんとリリウッドさんが喧嘩した時もここで行ったのだろう。
「……いまさらだけど、なんでアイシスさんと?」
「単純に適任だからですね。クロさんも適任と言えば適任ですが、あの人本気だと『再生無効』だとか『絶対破壊』だとか『因果崩壊』だとかを山ほど込めた拳でぶん殴るスタイルなので、魔法主体のイリスには参考にならないでしょう」
つまりクロが本気になった時に振るう拳には、威力だけじゃなくでとんでもない数のデバフも付与されているということらしい。さすがである。
「リリウッドさんもまぁ、性格的には適任ですが……あの人は理不尽レベルで硬い防御で攻撃を防いで、えげつない倍率で叩き返すのが主戦法ですし適してるとは言えないですね。マグナウェルさんは攻撃の規模が大きすぎますし、ゴリラは絶対自分が楽しむの優先でしょうからね」
「な、なるほど」
「そうなると魔法戦主体のアイシスさんは、同じ戦法のイリスにとっても得るものが大きい相手というわけです」
「……ふむ、しかし楽しみだ。模擬戦とはいえ世界の頂点の一角と手合わせできるとは、久々に血が熱くなる思いだ」
アリスの説明に納得したように頷けば、近くを歩いていたイリスさんも微笑みを浮かべる。アグニさんとの戦いのときも思ったけど、イリスさんってなんだかんだで好戦的な面もある気がする。
そんなことを考えつつ移動していると、ほどなくして禁忌の地へ到着した。そこにはすでにアイシスさんの姿があり、俺たちに気付くと軽く手を振ってきた。
「……カイト……シャルティア……えっと……イリス……だったっけ? ……こんにちは」
「こんにちは、アイシスさん」
「すみませんね、急なお願いしちゃって」
「アイシス殿、今日はよろしく頼む」
簡単に挨拶をしたあとでアイシスさんとイリスさんは、俺とアリスから数百メートルぐらい離れた場所に移動した。
今回は模擬戦とはいえ、あくまでイリスさんに高次元の戦いを体験してもらうという趣旨なので、どのように戦いを進めるかはアリスがここから指示を出すらしい。
まぁ、それはいいとして、ひとつ気になることがある。
「……なぁ、アリス」
「なんすか?」
「これ、俺が目視できる戦いになるの? すでにかなり離れててよく見えないんだけど……」
「あ~そうですね」
当然ながら人間にとっての常識の範疇しか身体的なスペックのない俺に、あのふたりの戦いがちゃんと見えるかどうかは分からない……というか、無理である。
ソレを伝えるとアリスは少し考えたあと、空に向かって大袈裟な様子で声を出した。
「あ~このままじゃカイトさんが楽しめませんねぇ! せめてカイトさんが『光の十倍』程度の動きが見えればなぁ~カイトさんが可哀そうですね~」
「……アリス、いったいなにを?」
突然の奇行に首をかしげていると、直のに俺の手元になにやらメガネらしきものが出現した。
(ソレを使えば、光速の十倍まで見ることができます。見え方も自動で切り替えるので、普通の動きがやたら遅く見えることもありません)
なるほど、アリスはシロさんに要求してたのか……『こういうスペックのアイテムがあれば俺が戦いを見ることができる』と……。
あっ、えっと、シロさん。助かります、本当にありがとうございます。
(愛しているとか付け加えてくれてもいいのですよ? 付け加えると私が喜びます)
ものに釣られたみたいな感じがするので、それはまた今度言います。ともあれありがとうございました。
「よし、これでOKですね!」
「なんか、酷い反則技を見た気がするんだけど……」
「いまさらじゃないっすか?」
「……まぁ、そうだな」
釈然としないいろいろな気持ちを飲み込んでから、俺は眼鏡をかけてアイシスさんとイリスさんの方を向く。するとそのタイミングでアリスが声を上げた。
「それじゃあ、いよいよ開始ですけど……いきなりガチバトルもアレなので、最初は攻守を分けてイリスに慣れていってもらおうと思います。アイシスさん、それでいいですか?」
「……うん……大丈夫……あと……カイト……眼鏡も似合う……カッコいい」
アイシスさんの誉め言葉は隣のやつと違って裏が無いので、本当に嬉しい。ただ、どちらかというと小さめのはずのアイシスさんの声が、数百メートル離れているのにハッキリ聞こえるのは、魔法的なやつなのかな?
「じゃあ、最初はイリスが攻撃でアイシスさんはソレを避けずに防いでください。イリスはひたすら全力で攻撃、いいですね?」
「……うん」
「分かった」
イリスさんはすでに心具アポカリプスを顕現しており、完全に戦闘準備は整っているように見える。雰囲気も少し鋭く緊張しているようにも感じられた。
対してアイシスさんはいつも通りの自然体というべきか、特に緊張はしておらずリラックスしている感じだ。
「それじゃあ、スタート!」
アリスのその声のあとで、アイシスさんがフワリと空に浮かび上がった。たぶんイリスさんが地面に向けて魔法を撃たないようにするための配慮だろう。
それに対してイリスさんはアポカリプスを構え、強大な魔力を放出した。
「相手は世界の頂点の一角……なれば、初手から全力で行かせてもらうぞ! 黄昏の鐘が鳴り響く、滅びの歌を聞き、終焉の獣は咆哮する」
アレは、以前アグニさんとの戦いで見せたイリスさんの最強の技……。
「呑め、暴獣! ――アポカリプス!!」
この眼鏡のおかげだろうか? イリスさんの杖から極大の黒い光が天に向けて放たれ、魔法障壁すら展開せずにいたアイシスさんを飲み込むのがハッキリと見えた。
「アイシスさん!?」
「……心配いりませんよ」
思わず叫んでしまった俺の隣から、アリスの落ち着いた声が聞こえてきた。
「というか、舐めすぎです……たしかにまぁ、カイトさんにとっては可愛らしい彼女で守ってあげたくなるような儚げ美少女かもしれませんが……」
極大の閃光が終わり、眩しかった光が晴れると……そこには……。
「あの人は……実力者が多く存在する広大な魔界において、たった六体しか存在しない――王の名を持つ人ですよ」
……傷はおろか服に微かな汚れすらなく、最初の姿勢のままのアイシスさんが居た。そしてアイシスさんは光が晴れたあとでこちらを向き、コテンと首を傾げた。
「……カイト……呼んだ?」
「あ、い、いえ……なんでもないです」
シリアス先輩「……実際問題、いまのイリスってアイシスとどれぐらい差があるの?」
???「そうですねぇ、いまのイリスの戦闘力を1とするなら、アイシスさんは億か兆ってところですかね」
シリアス先輩「……インフレ半端ねぇな」




