神の成長⑥
長らくお待たせしました。消費税率引き上げだなんだと激務だったので、更新が遅くなってしまいました。
フェイトさんと両親が会う機会を作る。単純な答えではあるが、解決の糸口が見つかりにくい問題においては、逆にシンプルな方がいいかもしれない。
思い立ったらすぐ行動というわけで、さっそくフェイトさんと母さんと父さんに話をして、以前の顔合わせの時と同じように、応接室で雑談して見ないかともちかけた。
母さんと父さんは、俺から話を聞いてフェイトさんが歩み寄ろうとしてはいるが上手くいっていない現状を知っており、できるだけ頑張ってみると了承してくれた。
少し意外だったのは、その話を持ち掛けた時フェイトさんが二つ返事で了承してくれたことだ。仕事の方も自分で調整してくれるらしく、明後日に時間を作ってくれると、そう真剣な表情で言っていた。
「……なるほどな。であれば、やはり、お前の言う通りに神の方にもなにかしら思うところがあったのであろうな」
「えぇ、できれば仲良くまではいかなくても、前回よりいい結果にしたいものです」
「意気込みやよし、しかしその顔ではな……」
「え?」
バーでことの顛末をイリスさんに報告していると、イリスさんはどこか呆れたような……それでいてなんだか優しい雰囲気の苦笑を浮かべ、俺の前にいくつかの簡単な料理を出してくれた。
「緊張というのは、不思議と伝染するものでな。お前がそんな風に眉間にシワを作っていては、元より緊張している当事者たちにも伝わる。そうすれば悪循環だ……まずは、お前が一番に肩の力を抜くといい」
「……はい」
「焦るなとは言わん。身近な者たちが悩んでいるのだ、焦るのは必然といえる。だが、急くのはやめよ。急いては事を仕損じる……たしか、お前の世界の言葉ではなかったか?」
「……ですね。すみません、ちょっと重く考えすぎてました。別にこれが最後のチャンスってわけでもないですし、『失敗したらまたの機会に場を用意する』ぐらいの気持ちで行きます」
「うむ、それがいい」
そう言って微笑み頷くイリスさんを見て、俺も苦笑する。うん、えっと……なんというか、初めは地下にバーなんて必要ないだろうとか思ってた。
けど……ここ、すっごい居心地いいわ。落ち着いた雰囲気でリラックスできるし、なによりマスターのイリスさんがすごく気の利く方だというのも大きい。
口調こそクロノアさんに似て少し不遜な感じではあるが、性格はむしろ穏やかで面倒見のいい感じだ。姉御肌というのか、不思議と頼れる雰囲気がしてついついいろいろ相談してしまう。
そんなことを考えつつ、イリスさんが作ってくれた美味しい料理を口に運ぶ。
「……すごく、美味しいですね」
「ふっ、我が手ずから厳選した食材を、最高の状態で調理しているのだ。美味なのは必然……言葉にしようという意思はありがたいが、分かり切った感想なぞ必要ない」
と、そんな風にいうイリスさんだが、ほんのり頬が赤い気がするので、たぶん照れているのだろう。
「それはさておき、明後日の結果如何では一先ず大きな肩の荷がおりそうではあるな」
「えぇ、とりあえずは恋人と両親の顔合わせについての問題は解決……」
「おっと、果たしてそれはどうですかね? まだ、完全に信用していないアリスちゃんがいますよ? もちろん私も歩み寄るつもりですが、時間はかかりそうです!」
会話に割り込んできたアリスの言葉で、俺は「そういえばそうだった」と思ったが……イリスさんはなぜか呆れた表情で大きなため息をついた。
「……貴様はまた、そのような誤解を招く言い回しを……その辺りは昔と変わっておらんな。小さな問題を大きな問題以上に大袈裟に語るのは、貴様の悪い癖だぞ」
「……あ~イリス? えっと、なにが言いたいんです?」
「なにがもなにも……お前はとっくの昔に『ミヤマカイトの両親を信頼している』であろうが? それをさもまだ信頼に値しないかのごとく語るのは、誤解を招くだけだと言っている」
「……アリス?」
なにやら衝撃的な内容が聞こえたので、アリスの方を見てみると……アリスはなにやら気まずそうな表情で視線を逸らした。
「えっと、イリスさん? それはいったい……」
「昔からの悪癖だ。こればかりは付き合いが長く無ければ見抜けん……お前もあと二年ほど付き合えば、コヤツの根っこの部分が分かるだろうさ」
「は、はぁ……」
「まぁ、本題だ。最近我はこの分体で行動しておるが故、推測になるが……この馬鹿はおおかた『99%は大丈夫だけど、1%を無視できない』とか、そんな戯言を言ったのではないか?」
「え、えぇ、たしかに言いました」
以前アリスが俺に告げた言葉をほぼそのまま当てたイリスさんに驚きながら頷くと。イリスさんは再び大きなため息をついてから口を開いた。
「……まさに、それがコヤツの悪癖だ。ミヤマカイト、おそらくお前は『両親を信用するまでに1%足りない』とそう受け取ったであろう? しかしその実、この馬鹿の言葉の意味は……『99%は信頼してるけど、1%ぐらい疑っています』というものだ」
「……はい?」
「誰しも全幅の信頼を持てる相手などというのは少ないものだ。99%も信用しているなら、むしろ世間一般でいう友以上に信頼しておるだろうさ……だというのにこの馬鹿は、そのとるに足らない1%をさも重大な問題であるかのように語っているわけだ」
「……アリス? お前ちょっとこっち向け……あとそこ、正座しとけ」
あんだけ深刻そうに話してたのは、まだ1%信用してないですよってこと!? そんな100%の信頼を持ってない相手なんて、俺だってたくさんいるよ!!
「そも、コヤツは相手の心を読んだり、記憶を覗き見るという芸当もできるのだぞ? お前の両親が善人であるか否かなど、とうの昔に理解しておる」
「……い、言われてみれば……」
「後ついでに、この馬鹿は本当に深刻な内容は、解決策が見つかるまで『他人に話さず抱え込むタイプ』といっていい。コヤツがなにか深刻そうに言うときは、すでに解決策を見つけているか、さして重大でないものを大袈裟に語っているかのどちらかだけだ」
言われてみればなるほどと思ってしまう。たしかにアリスが本心から母さんと父さんを信用していなかったのなら、たぶんアリスはそれを俺には言わない。俺が気付かないところでどうにかしようとするだろう。
「おおかた、『まだ査定は継続中だ』とか『評価を上方修正ですかね』とか、99点をあえて100点にしないまま、悪ぶって馬鹿なことでも考えておったのだろう」
「い、いや、流石にそこまでは……」
「違うのか?」
「いや、少しだけ……少しだけなら……」
なんだろう? まるで母親に叱られる子供のようにバツの悪い顔のアリスと、呆れ果てたと言わんばかりのイリスさん。
なんというか、まだアリスにはなにか、付き合いの長いイリスさんだからこそわかる秘密が……。
「ミヤマカイト、覚えておけ……この馬鹿はひねくれものだ。ついでに長い年月を生きたせいでこじらしているというか、悪ぶろうとするところがある」
「悪ぶる?」
「たしかにアリスは長い年月で達観した思考も身に着けているし、悪人に対してはどこまでも非情になれるであろうな……だがコヤツの一番奥の根っこの部分は『善人でお人好し』なのだ。口では興味なぞないように言っているが、コヤツはなんだかんだで善人相手には非情になり切れない。なんだかんだで、手を差し伸べてしまう……そうでなければ、英雄などとは呼ばれておらぬ」
イリスさんの言葉に心当たりはある。アリスが基本的に大切だと公言しているのは、過去の知り合い以外では俺とクロとフェイトさんの三人だけ。それ以外は別にどうでもいいというドライな雰囲気がある。
しかし、よくよく思い返してみれば……俺のついでと言いながら光永くんとカトレア王女を爆発から守ったり、葵ちゃんのお願いを断りながらも代案を提示したり、アイシスさんのために動いたり……ルナさんから聞いた話ではあるが、俺と別の家になることを寂しがっていたリリアさんに今の形を提案したりしている。
さらにそのことを念頭に置いて考えてみれば、六王祭の時のキャラウェイさんの話にも違和感を覚える。別に六王配下でなくとも、案内だけなら問題なくてもおかしくないはずなのに、わざわざキャラウェイさんの現状を説明したりしていた。
それに同行者用のバッジの用意する流れも速かったし、もしかしてアレも俺がキャラウェイさんを同行者に指名することを見越していたんじゃないだろうか?
「……イ、イリス……もうやめましょう? アリスちゃん、割といま大変なことになってますよ。顔から火が噴き出しそうなんです。マジ止めてください」
「おそらく過去を調べてみれば、それとなくした人助けは数知れないであろうな……長い年月でひねくれ具合は酷くなったが、お人好しなところは相変わらずだ。そういえば昔もずいぶんまわりくどいやり方で我を……」
「もうやめてぇぇぇ!? 今回だけじゃなくて前回もだけど、なに当たり前のように私の過去話を暴露してんの馬鹿イリス!! カイトさんがいるんだよ! 本当にもうやめ……」
「……『私にイリスが必要だから、私のために助けるだけだよ』だったか? いや、なつかしいな。悪ぶるところもあいかわら――むぐっ!?」
「やめろってんでしょうがぁぁ!! ちょっとこっちきてください!!」
話を続けようとしていたイリスさんは顔を真っ赤にしたアリスに口を押えられ、奥の扉から雑貨屋のほうに連行されていった。
しかし、う~ん、なるほど……アリスの新しい一面を見れた気分ではあるが、よくよく思い返していればソレに辿り着けるだけの要素はいままでにもあった。
なるほど、イリスさんがあと二年付き合えばわかると言った意味がよく分かった……けど、うん。まぁ、アリスが根はいい奴だってのは、ずっと前から分かり切っていることではあるけど……。
シリアス先輩「この隠し要素には気づいている人も多かったイメージだね。神界との戦いのときも、ひとりで片付けられるのに皆の成長を待ってたりしてたし、時空の権能の時も周りを助けようとしてたし、パンドラも育て方は間違えてたけど助けてあげたわけだし……なんだかんだで相手が善人なら、最終的には手を差し伸べたりするみたいだね。さて、それはさておき、神の成長はあと二話ぐらいで終わり……そのあとは、イリスとアイシスの戦闘訓練編っぽいのらしい……シリアスの予感ッ!?」




