番外編~エピソード・オブ・ルナマリア~③
幾度となく打ち合い、互角と言っていい戦いを繰り広げたルナマリアとリリアンヌの両名は、互いに疲労を感じさせる表情ながらそれぞれしっかりと武器を構えて対峙していた。
そう遠くないうちに決着が付く。観客だけでなく当事者であるリリアンヌもそう考えた瞬間、ルナマリアはフッと笑みを浮かべた。
「……十分ですかね」
「なにがですか?」
「目的は達成したってことですよ……ギブアップで」
「はぁっ!?」
軽く手を挙げてギブアップを宣言したルナマリアは、会場のあちこちに転がっている武器を回収してマジックボックスに入れていく。
それを呆然と見ていたリリアンヌは、少しして我に返り、近くに落ちていた斧を拾ってルナマリアに差し出しながら口を開いた。
「……貴女は本当に、なにを考えてるんですか?」
「あ、どうも……言った通りですよ。私の目的は達成しました。というか一回戦でリリと当たってれば終わってたのに、別ブロックになっちゃったから、仕方なく決勝まで勝ち進んだんですよ。もとより優勝なんて欠片も興味がありません」
「……貴女は……」
明るく笑いながら告げるルナマリアに対し、リリアンヌがなにかを告げようとしたとき、それを遮るようにルナマリアが声を発した。
「リリ、楽しかったですか?」
「……えぇ、最初は相当腹が立ちましたが、終わってみればなんだか……清々しい気分ですよ」
「それならよかった……肩の力も抜けたみたいですね」
「……え?」
「立派なことなんでしょうね。王女として周りの期待を背負って、立場に相応しいふるまいをするのは……きっと正しいことなんでしょう。でもね、人は無理ばかりして生きていけるようにはなってないんですよ。張りつめていればどこかに綻びができてしまう……たまには、周りの目なんか忘れて馬鹿をやるのも必要だと、私は思います」
「……ルナ」
それは、彼女の経験からの言葉だった。ルナマリアは冒険者になった当初焦っていた。早く一人前になって、母親に楽をさせてあげるんだと……かなりのハイペースで依頼をこなし、難しい依頼にも積極的に取り組んだ。
しかし、焦りは視野を狭め、ベテランに尋ねていれば気付けた違和感を無視し……結果として、母を危機に晒してしまった。
「いいんですよ。貴女はもっと自分自身を表に出して……『周りに望まれるリリアンヌ王女』ではなく、『貴女がなりたいリリアンヌ』でいいんです。気にするなとまでは言いません、でも自分らしさってのも大事だと思います。そうすればきっと、『王女などという立場なんて関係なく貴女自身についていきたい者』ってのも、自然と現れるものですよ」
「……そう、なんでしょうか? 私はそれで……」
「いいに決まってます。立場なんてのは外付けのオプションみたいなものですよ。少なくとも私には一年前のあなたより、先ほど戦いながら無邪気に笑っていたリリの方が、好ましく映りましたよ」
優しい声でそう告げたあと、ルナマリアは武器をしまい終えて立ち上がり、軽く手を振りながらリリアンヌに背を向けて歩き出した。
「……ルナ!」
「なんですか?」
「ありがとうございました。私を……王女という檻に閉じ込められていた『リリアンヌ』を……助けてくれて」
「言ったでしょ、私が助けたいから勝手に助けただけですよ」
「……また、会えますか?」
「そうですね、そのうち……今度は一緒にお茶でもしましょう。私たちはもう、友達なんですから……私がしっかり、肩の力の抜き方を押してあげますよ」
「……はい!」
友達という言葉に嬉しそうな表情を浮かべるリリアンヌを一度だけ振り返り、それ以上はなにも言わずにルナマリアは去っていった。
リリアンヌというひとりの少女の心に、確かな温もりを残して……。
そして、年が明け新たな心持ちで新年を迎えたリリアンヌの前に、ルナマリアは唐突に現れた。
「というわけで、王国騎士団第二師団に配属されたルナマリアです! 今後ともどうぞよろしくお願いします」
「は? え? ル、ルナ? な、なんでここに……冒険者は?」
「やめてきました。いや~リリにまた会えますから、なんてスカウトされたらしかたないですね! 最上位冒険者だと、特別推薦がもらえるので楽でしたよ~」
「えぇぇぇぇぇ!? いや、スカウトって、そんなアレは普通に会うって意味で……えぇぇぇ……」
あまりにも早い再会。長年続けふたつ名まで得た冒険者をアッサリとやめ、騎士として再スタートしたルナマリアに、リリアンヌはただただ驚愕していた。
しかし、驚愕しながらもその表情に喜色は隠せていなかったが……。
ルナマリアも騎士団の一員となり、すっかりと馴染んだ頃……部下と一緒に訓練をしていたジークリンデは、なにかの気配を感じて手を止めて視線を動かした。
「ルナァァァァァ!?」
「ひぃぃぃぃ、か、軽い茶目っ気じゃないですか……」
「なにが軽い茶目っ気ですか! 今日という今日は許しませんからね!」
それは第二師団の面々にとっては、すでに見慣れた光景だった。入団移行ことあるごとにリリアンヌにいたずらをするルナマリアを、リリアンヌが剣を持って追いかける。もはや、第二師団の名物とすらいえる光景。
「……またやってますね。師団長とルナマリアさん」
「えぇ、本当に仲の良いことです」
部下の言葉に相槌を打ちながら、ジークリンデは追いかけっこをしているふたりを優し気な表情で見る。
ルナマリアの存在はリリアンヌにとてもいい影響を及ぼした。ルナマリアは『リリアンヌの肩に力が入りそう』だと認識すると、あの手この手にリリアンヌをからかい、その肩の力が抜けるように立ち回る。
そのおかげでリリアンヌは前ほど固い印象ではなくなり、部下からも親しみやすく人望を集めるようになった。
彼女を国王や騎士団長にすべきではないかという言葉が出てくるほど、最近のリリアンヌは人気者だ。
そしてルナマリアの存在は、ジークリンデの在り方にも変化を与えた。ジークリンデはいままで、リリアンヌの友として互いに尊重し高め合う存在であろうとした。友人というよりは好敵手であろうとした。
しかしリリアンヌに必要なのは好敵手ではなく、共に笑い合うことのできる存在だった。ルナマリアのおかげでソレに気付いてからは、ジークリンデもリリアンヌのことを『リリ』と呼び、仕事の話よりも雑談を多く交わすようになった。
「あっ、ジーク! ちょうどいいところに助けてください!」
「……ルナ、ありがとうございます。貴女のおかげで私はいろいろ変わることができました。本当に感謝しています」
「な、なんですか急に?」
「いえ、私ももうたまにはしゃいでみるのもいいと思いましてね」
リリアンヌから逃げるように背に隠れえた……いまはもう親友と呼んでいい間柄になったルナマリアに対し、ジークリンデは優し気に告げたあと……素早く背後に回り込んで、ルナマリアを羽交い絞めにした。
「さぁ、リリ! 捕まえましたよ、いまです!」
「ナイスです、ジーク!」
「えぇぇぇ!? 酷い裏切りですよこれは、いたいけない私を寄ってたかって……これはもういじめと言っていいのでは?」
「……御託は置いておいて、覚悟はいいですか、ルナ?」
「……許し――ぎゃぁぁぁぁぁ!?」
いつの間にか彼女は、ルナマリアは……リリアンヌにとっても、ジークリンデにとってもかけがえのない存在になっていた。
常に対等な友であろうとする彼女は、ふたりにとって眩しく……とても暖かいものだった。
王城にある一室、そこでルナマリアは城の中でも一番の腕を持つと噂のメイド、イルネスに頭を下げていた。
「……指導ですかぁ、それは構いませんがぁ、メイドになるのですかぁ?」
「えぇ、そのつもりです『騎士としての資格は剥奪』されましたので……」
「お嬢様とぉ、ジークリンデがぁ、騎士資格を~剥奪されないためにぃ、『貴女が罪を被った』とぉ、聞いていますがぁ?」
「はて? なんのことでしょう? 私は客観的に情報をまとめ、あの事件に気付けなかった要因として一番大きいのは私だと、ごく当たり前の報告をしただけですよ」
「損なぁ、性格を~していますねぇ」
「あの二人はいま、いっぱいいっぱいですからね……責任問題なんて、余計な重荷をせをわせる必要はありません。そもそも私は騎士になりたかったわけでも、騎士としての誇りを持ってるわけでもありませんしね」
ふたりの話に出てきているのは、つい先日発生した第二師団がモンスターの大量発生地点にキャンプを設置した件だった。
副師団長のジークリンデが重傷を負ったその事件は、ある程度知識のある者なら仕組まれたものだと理解できる。
しかしそれはそれとして、一歩間違えればひとつの師団が壊滅していたかもしれない事件に対し、形式上責任の所在は必要である。
それに対し、ルナマリアは国王であるライズに直談判し、幸い死者もいなかったということで……『ルナマリアが騎士団を脱退する』という形で決着はついた。
もちろんそれはリリアンヌとジークリンデには伏せ、ライズはリリアンヌに騎士団をやめ公爵となることを勧め、むしろリリアンヌを守るための手段であるそれを、表向きには一件の罰とした。
とはいえ、実際の責任はルナマリアがとっているため、公爵家を立ち上げるにあたってリリアンヌには国から様々な援助が行われた。
もしかしたらリリアンヌも罰の軽さから、ルナマリアが責任をとったことに気付けたかもしれない。だが、ソレを考えるだけの余裕はいまの彼女には無い。
「それでぇ、メイドにですかぁ? 屋敷の警護を担当するという手もぉ、あると思いますがぁ?」
「……いまリリはすごく不安定です。ジークもいろいろ責任を感じているみたいですが、それ以上にあの子は自分を責めます。だから、傍で支えてあげる人が必要なんです」
「なぜぇ、そこまでするのですかぁ?」
「私が、そうしたいからです」
「……分かりましたぁ。私でよければぁ、教えられることを教えますよぉ」
「ありがとうございます!」
メイドとしてのイロハを教えてもらうことを承諾してもらい、ルナマリアはイルネスに深く頭を下げた。そして、詳しい話は後日ということになり、彼女はリリアンヌの部屋に向かった。
王女らしい豪華な部屋の中では、荷造りをしながら俯いているリリアンヌの姿があった。
「……リリ、なにしてるんですか? 手が止まってますよ」
「……ルナ、私は……どうしたらいいんですか? 私の、私のせいで……私が、もっと、しっかりしてれば……ジークは……」
俯きながら話すリリアンヌの言葉を聞き、ルナマリアは軽く微笑んだあと……思いっきり彼女の頬をひっぱたいた。
「痛っ!? ちょ、なんで魔力で強化してない状態で殴って私の手の方が痛いんですか……」
「……ルナ?」
「こほん……いつまで過ぎたことをウジウジ悩んでるつもりですか、馬鹿リリ!!」
「ッ!?」
「いいですか、よく聞きなさい。ジークは死んでないんです、生きてるんです! だったら、終わったことをいつまでも考えるんじゃなく、『どうすればジークの傷を治せるか』を考えなさい! 悲劇のヒロイン気取るのは勝手ですけど、それじゃなにも変わらないんですよ!」
ルナマリアの怒鳴り声を聞き、呆然とするリリアンヌ……その両肩に手を置き、強く肩を握りながらルナマリアは言葉を続ける。
「きっと方法はあります。ジークは治せます……大丈夫です、私も一緒に行きます。ふたり……いえ、三人で探せば方法なんてすぐ見つかりますよ」
「……ついてきて、くれるんですか? ルナはまだ騎士団に……お母さんのことだって……」
「騎士団は辞めました、元々こだわりは無いですしね……母のことに関しては、まぁ……お給料、期待してますよ、お嬢様?」
「……」
こともなげに言って、不敵な笑みを浮かべるルナマリアを見て、リリアンヌは……肩の力を抜いて笑顔を浮かべた。
「ふ、ふふ……それは、貴女の働き次第、ですかね?」
「おっと言ってくれますね。まぁ、覚悟していてくださいそのうち『ルナが居ないと私は駄目なんです』って言わせて見せますよ」
「あはは……期待してますね、ルナ」
「えぇ……さぁ、荷造りを勧めましょう。あまり時間もないわけですしね」
話を切り替えるように立ち上がり、部屋の荷物を片付け始めるルナマリア……その背中を見て、リリアンヌは小さな声で呟いた。
「……本当に、ルナが居てくれてよかった。なんて、いまさらですね。私はもうとっくに……貴女が居てくれないと駄目なんですよ」
「……うん? なにかいいましたか?」
「いいえ、なにも……」
「おっ、見てくださいリリ、懐かしいおもちゃですね! これ私も持ってましたよ、ちょっと遊んでみましょうか……」
「もう、時間はあまりないんじゃなかったんですか?」
「おっと、すっかり忘れてました。いや~失敗ですね。おや、これは!?」
片づけをしながら面白いものを見つけては手を止め、話しかけてくるルナマリアを見て、リリアンヌは心底楽しそうな笑顔を浮かべた。
「……いっつも、そうやって馬鹿な振りをするんですから……困った親友ですよ」
シリアス先輩「……いいシリアスだ。それはともかく、馬鹿な振りってことは……お前がルナマリアのこと評価してるのって?」
???「えぇ、前にカイトさんには言いましたが、私は道化を演じてる人は好きなんです。親近感覚えますしね」




