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番外編~エピソード・ルナマリア~

ちょっと新刊の作業で大変忙しいので、のちに公開する予定だった番外編を公開します。ルナマリアの過去の物語で、なぜルナマリアがクロムエイナを狂信するようになったかと、どうやってリリアと親友になったかが描かれる予定です



 ルナマリアの父親は彼女が物心つく前に亡くなっており、母親のノアは彼女を女手一つで育ててきた。

 最上位冒険者として仕事をこなしながら、いつも優しく温かい母のことがルナマリアはずっと大好きだった。母親の力になりたかった、しかし半分程度魔族の血が流れるルナマリアの成長は遅く、40歳を超えてようやく体の成長期が訪れた。

 そんな彼女が冒険者になるのは必然といえた。ノアの指導の元しっかりと力を付けて冒険者となったルナマリアは、ほんの数年で頭角を現し上位の冒険者と呼べるほどの存在になった。

 娘が立派に成長したことを見届け、ルナマリアの勧めもあってノアは冒険者を引退し、主治医であるフィーアの下に通いながら慢性的な貧血の治療を始めた。


 だが、事件は起きてしまった。それはルナマリアが冒険者となって五年ほどが経過した時だった。ルナマリアは優秀な冒険者だった。だが決して、完璧ではなかった。

 ルナマリアが悪いわけではない。慢心もしていなかった、準備も十分に行った、体調の管理も完ぺきだった……ただ、ほんの小さな、ベテランの冒険者でなければ見落としてしまうほど些細な『魔物の大量発生スタンピード』の兆候を見逃してしまった。


 ルナマリアがそれに気づいた時には、すでに彼女は大量の魔物に囲まれてしまっていた。ルナマリアは強い、冒険者の中でも上位の実力がある。

 しかしスタンピードによって発生した魔物のあまりの数に、徐々に追い詰められていった。

 そして死すら覚悟した彼女を救ったのは……母親であるノアだった。


「……お母さん……」

「間に合ってよかったです。ここは私に任せて、ルーちゃんは逃げてください」


 ノアは長年多くの依頼をこなしたベテランの冒険者だ。だから彼女は、ルナマリアが部屋に残した依頼書の写し……そこに書かれていた一文からスタンピードの兆候を察知し、最速でルナマリアの救援に向かった。

 助けを呼ぶ時間すら惜しんでの急行は実を結び、なんとかすんでのところでルナマリアを救い出せた。


「……で、でも……」

「大丈夫、お母さんは強いですから……ね?」

「っ!?」


 数えるのも馬鹿らしくなるほどの魔物を前にしながら、それでも微笑んで告げるノアの言葉を聞き、そこに込められた思いを読み取ったルナマリアは、ノアに背を向けて走り出した。


 人里離れた森を必死に走りながら……ルナマリアは大粒の涙を流していた。


 分かっていた。あのまま残っても足手まといになるだけだと……。


 分かっていた。自分にできることは助けを呼ぶだけなのだと……。


 分かっていた。冒険者として活動する際にノアは苦手なのを我慢して動物の血を大量に飲んでいたのだと……。


 分かっていた。引退して血を飲むことを辞めたノアにはもう、全盛期の力はないと……。


 分かっていた。このままでは大好きな……世界で一番大切な母が死んでしまうと……。


 ルナマリアは必死に駆けた途中何度も転びながら、痛みに悲鳴を上げる体を無理やり動かした。それでも、人里までは遠い……とても間に合わない。

 そんな考えが過った瞬間、ルナマリアは木の根に足をとられて派手に転倒した。


「……うっぅぅ……誰か……助けて……」


 それは絞り出すようなか細い声だった。そしてそれは、たしかに彼女の運命を変えた。


「うん? 誰かいるのかな? って君ひどいけがだよ……いま治癒魔法を」


 ルナマリアは知っていたその存在を……勇者祭で見た覚えのある魔界の頂点の一角……。


「……冥王……様……」

「うん?」


 その存在が冥王……クロムエイナだと気付いた瞬間、ルナマリアは跳ね起き地面に擦り付けるように頭を下げ、必死に叫んだ。


「お願いします! 助けてください! このままじゃお母さんが……お願いします! 私にできることならなんでもしますだから……」


 それは不敬などというレベルではないことを理解していた。六王になにかを乞うなど許されないと……だけどそれでも、ルナマリアは可能性に縋りたかった。

 そして、とめどなく涙を流しながら頭を下げるルナマリアの肩に優しく手が置かれた。


「うん。大丈夫……ちゃんとボクが助けるから、詳しく事情を話してくれるかな?」

「ぁっ……うっ、ぁ……魔物……スタンピード……お母さんがひとりで……私、なにもできなくて……」

「スタンピード……そっか、どおりでやけに魔物の反応が……」


 ルナマリアの話を聞いたクロムエイナは、少しだけ考えるような表情を浮かべたあと、眩しいほどの笑顔を浮かべた。


「安心して、君のお母さんはボクが絶対に助ける」

「……はぃ」


 月明かりに照らされるその笑顔は、ルナマリアにとって救世主のようだった。


 それからのクロムエイナの行動は早かった。ルナマリアから聞いた場所に即座に駆け付け、膨大な魔物を一瞬で殲滅、沢山の怪我を負っているノアを治癒魔法で治療……そして気が抜けて気絶したノアを担いで、ルナマリアの元に戻ってきた。


「お母さん!?」

「大丈夫、気は失ってるけど、怪我は全部治したから命に別状はないよ」

「あ、あぁ……ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!! 私、どんなお礼をすればいいか……」

「気にしなくていいよ。ボクが助けたいから助けただけだよ。それより大変だったでしょ? ……よく頑張ったね。もう大丈夫だよ。さっ、家まで送るよ」

「……はぃ」


 ルナマリアは心の底から安堵した。大好きな母親が生きているという事実に……。


 そしてクロムエイナに連れられて、ルナマリアのノアは家に戻った。気を失っているノアをベッドに寝かせてから、クロムエイナは去ろうとしたが、ルナマリアが呼び止めた。


「あ、あの! 冥王様!」

「うん?」

「私は、ルナマリアといいます……このご恩は忘れません! 一生、忘れません!!」

「そんなに気にしなくていいよ。ボクはクロムエイナ。また縁があったら会おうね」

「はい!」


 笑顔を浮かべ手を振りながら去っていくクロムエイナを、ルナマリアは姿が見えなくなるまで何度も頭を下げながら見送った。

 そしてこの瞬間から、彼女にとってクロムエイナは恩人であり、なにより敬愛する存在となった。





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