夏番外編「一泊二日! 海の星への旅(エデン付き)」②
エデンさんに抱き着いた姿勢のまま、俺はドキドキとは別の意味で心臓が高鳴るのを感じていた。まさにイチかバチかといえるこの作戦の結末は……。
「……ふふ、今日の我が子はずいぶん甘えん坊ですね。ですが、こうして子に頼っていただけるのは、私としてもとても嬉しいですよ」
「……え、エデンさん?」
「うん? どうかしましたか、我が子?」
聞こえてきた邪気の欠片もない声を聞き、俺は心の中でガッツポーズをした。そう、俺は賭けに勝った……時々現れる、本当に優しいエデンさんの状態を引き寄せることができた。
これでなんとか、旅行の終わりである『明日の昼の12時』まで無事に過ごすことができるだろう。
ホッとした俺は、ゆっくりエデンさんから体を離しながら声をかけた。
「突然すみません、少しはしゃいでしまって」
「かまいませんよ。それほど喜んでいただけたのなら、私としても嬉しい限りです。惑星を造るなどとはいきすぎかとも思いましたが……貴方がそうして笑顔を浮かべてくれたなら、これもまた良かったと思います」
お、おぉ……すごい! この状態だと性格だけじゃなく価値観まで常識的なんだ。本当に良かった……これなら、俺もこの旅行を楽しむことができそうだ。
「それでは、さっそくですし海に向かいましょうか?」
「あっ、そうですね。まだ『十時』ですし、昼ご飯には早いですからね」
「えぇ、そうですね……昼の十二時になったら一度こちらに戻って昼食にしましょう」
そういって優しく微笑むエデンさんを見て思わずドキッとしつぃまった。エデンさんは普段の性格が強烈過ぎて忘れがちだが、やはり神だけあって容姿は現実離れなほど整っている。
邪気の無い笑顔はその背にある羽も相まって、まさに天使と呼べる見た目だった。若干の気恥ずかしさと、これからへの期待を抱きながら、俺はエデンさんと共に海に向かった。
普段とは違い、危険度が皆無なエデンさんと過ごすひと時は、予想していたより遥かに楽しいものだった。
「……おや? どうしました我が子?」
「あっ、いえ、その……水着、よく似合いますね」
「ふふ、ありがとうございます。我が子も素敵ですよ。運動もしっかりしているようで健康的です……なんだか、母として少し微笑ましい気持ちになりますね」
「あ、ありがとうございます」
「せっかくですし、いろいろと海の遊びを一通り行うのもよいですね。必要な道具があれば私が用意しますが、我が子はなにか希望がありますか?」
「あっ、えっと……」
どこか大人っぽい雰囲気を感じる黒色の水着を着たエデンさんとの会話にドキドキしたり、必要な道具をすぐに用意してくれるエデンさんのおかげで、いろんな遊びを行うことができた。
以前シロさんと海に言ったときとは違い、エデンさんはしっかりと加減してくれているみたいで、俺も普通に遊ぶことができた。
「……エデンさん、こんな感じでいいですか?」
「えぇ、とても上手ですよ。では、そちらを軽く炒めましょう」
「はい……けど、エデンさんが料理している姿は、なんだか新鮮ですね」
「そうかもしれませんね。たしかにその気になれば、完成した料理を創造することもできますが……それでは、少し味気ないでしょう?」
「それは、たしかにそうですね」
「気の持ちようというのも馬鹿にならないものです。同じ料理でも、手間暇をかけて自分たちで作ったという事実が、食べるうえでの味を高めてくれるのかもしれませんね」
「なるほど」
昼時になると、エデンさんの提案でふたりで料理を行った。エデンさんは料理も上手らしく、エプロンを身に着けてこちらに指導しながら手際よく調理する姿は、なんとなく母性に溢れているように感じた。
「……あとは、私も母として自分の手料理を我が子に振舞いたいという思いもありますね。まぁ、こうして我が子に手伝ってもらっているので、完全に私の手料理とは言えないかも知れませんがね」
そういっていたずらっぽく笑うエデンさんは、なんだか可愛らしいとも思ってしまった。
「……すごく綺麗な星空ですね」
「この夜空は、地球のものに似せてあります。日本の星座も見ることができますよ」
「へぇ、俺あまり星座とかには詳しくないんですが、かなりいろいろなものがあるんですね」
「えぇ、我が子たちの想像力とは豊かなものです。例えば……」
エデンさんがそう言いながら指を軽く動かすと、星空が少し変わり、さらにふたつの星が線で結ばれた。
「あれは、こいぬ座という星座です。冬の星座ですが、なかなか面白い星ですよ」
「星、ふたつだけ……ですか?」
「えぇ、こいぬの頭を胸に見立てたみたいですね」
エデンさんがそういうと、今度はそのふたつの星を中心にこいぬの絵が浮かび上がってきた。う、う~んなんというか、これは少し無理があるような……いや、たったふたつの星からこいぬを連想する昔の人の想像力が凄いともいえるかもしれない。
「ちなみにこれは、かみのけ座といいます」
「えっと、これは星三つですか?」
「正確には多くの星が集まった星団が髪の毛の束に見立てているのですよ」
「こいぬより、星がいっぱいですね」
「えぇ、面白いものでしょう?」
「……たしかに」
その後もエデンさんは、様々な星座を由来を交えながら教えてくれた。
そして一夜明けた翌日、帰りの時間となる昼の十二時まではのんびり過ごそうと、エデンさんと一緒に朝食を食べたあと、砂浜を並んで歩いていた。
なんだかんだで一泊二日の旅行はとても楽しく、終わるのが少し惜しいと思ってしまうほどだった。
それはやはり、エデンさんが優しい状態だったからこそだろう。う~ん、普段のエデンさんもそこまで嫌いというわけではないが、いつもこうならとつい思ってしまうのは……仕方ないことだろう。
だがそんな穏やかな時間は、唐突に終わりを告げた。
「……あぁぁぁ……可愛いよぉ、愛しい我が子ぉぉ」
どこか普段より『幼く』……普段より『数倍の狂気』が籠った声によって……。
※1 聖母モードの効果時間は『24時間』
※2 素の性格があるとは言った、しかし友人相手にはまともでも我が子(快人)相手にまともだと言った覚えはない、むしろ素の方がヤバい
シリアス先輩「こわっ!? 最後とか、完全にホラーの引きじゃねぇか!?」




