閑話・???~40億年と200億年~
深夜、快人が眠る部屋の真上……屋敷の屋根に座りながら、アリスはぼんやりと夜空に浮かぶ月を眺めていた。
それはいつも通りの夜だった……アリスの目の前に一枚の白い羽が舞い降り、同時に彼女の横にある神が姿を現すまでは……。
「……はぁ、なんの用すか、エデンさん? カイトさんなら、いまは寝ていますよ」
「……」
「うん?」
アリスの問いかけには答えず、エデンはどこからともなく朱色の盃を取り出し、アリスに差し出した。そしてアリスが首をかしげながらソレを受け取るのを確認したあと、エデンはアリスの隣に座り、酒瓶を取り出してアリスの盃に酒を注ぐ。
「……どういう風の吹き回しっすか?」
「別に、意味はありません。ただ、そうですね……シャローヴァナルが物語の終わりを使ったせいでしょうかね……ずいぶん昔のことを思い出しました。何年前でしょうね? 私の感覚では『200億年』を超えていますが、世界間の流れは違う。他の世界にとってはほんの数秒かもしれません。何年前と表現するのが適切でしょうか?」
「それは別に200億年前でいいんじゃないっすか?」
「では、200億年前としましょう。その時のことを思い出しただけですよ」
「……そうっすか」
いまいち要領を得ないエデンの言葉に、アリスはそれ以上尋ねることはなく盃の酒を飲む。
そのまましばらく沈黙が流れたあと……アリスは小さな『金色の羽根』を取り出して、エデンの方に差し出した。
「……これ、返しときます。結局『使わなかった』ので……」
「必要ありません。『シャローヴァナルの作り出した世界に入り込むための羽根』など、いまさら使い道もないでしょう。むしろ、なぜ使わなかったのですか?」
「私ひとりだけアソコに入っても仕方ないでしょ? それに、貴女にとってはコレを使わなかったほうがよかったはずですよ……だってコレ、たぶん『契約違反』でしょ?」
「そうですね。たしかにソレはシャローヴァナルとの契約違反にあたる品……使っていれば、その後で私にとって不利な契約の追加を持ちかけられても断れなくなったでしょうね」
その羽根はシャローヴァナルの試験の前夜……エデンからアリスに託されたものだった。それを使えば、アリスだけは快人の試練に介入できた。
結果として、アリスは快人を信じ使わないことを選択したが……エデンにとってはわざわざ己の立ち位置を悪くするような品を渡す理由は無かったはずだ。
「……なんで、私にコレを渡したんですか?」
「さぁ……なんとなく、でしょうね」
「……なぜ、貴女は私にだけ高評価……アレコレと手助けをするんすか?」
「言いませんでしたか? この世界の者の中では、貴女のことは評価していると……」
「つまらねぇ嘘っすね。たかだか多少まともに戦えたって理由だけで、貴女が我が子以外に興味を抱くわけがねぇでしょ」
「……」
呆れたような声で告げるアリスの言葉を聞き、エデンは沈黙する。そしてアリスのそれ以上聞くことはなく、ふたりの間に静寂が訪れた。
そのままどれだけ時間が経っただろうか、互いに酒を盃に注ぎ飲む。それを四度ほど繰り返したタイミングで、アリスがポツリと呟いた。
「……望んだ神様になった気分はどうですか……『マキナ』……」
「……いつ、気付いたの?」
アリスが告げた言葉を聞いた瞬間、エデンの口調が変化した。先ほどまでより、どこか幼く……どことなく嬉しそうな感情が籠ったものへ……。
「昔から肝心なところで詰めが甘いんですよ貴女は……神域に持ってきた本体……ガワは変えてても、コアはそのままだったでしょ?」
「……透視か……失敗したなぁ、普通の透視対策はしてたけど、ヘカトンケイル究極戦型でそっちまで強化されてるのは読めなかったなぁ。いや、ここは、こう言っておこうかな……さすが『アリシア』」
「おや? 貴女は全知じゃなかったですっけ?」
「別に全知も万能じゃないしね。私の全知は『知ろうとしたことがわかる力』だから、知ろうとしなければ分からないしねぇ」
そう言ったあと、エデンは無邪気な笑みを浮かべた。この瞬間を心の底から楽しむように……。
「けどそこまでは気付かなかったです。というか気づけっていう方が無理でしょ……大昔に自ら望んで『機械仕掛けの神』になった旧友が……別の世界の神になった上、とんでもねぇ狂人になってるんすから」
「狂人はひどいなぁ」
「いやいや、あのぶっ飛び具合を狂人と呼ばなくてどうするんすか……」
「……もう昔みたいに我慢しなくなっただけだよ。私は可愛い可愛い我が子を、いっぱい愛でたい。ただそれだけだよ……肉塊と神の半身は邪魔だから殺したいけど……」
「アリスちゃん、若干過去を後悔してます。本人の意思を尊重して止めなかったら、頭のネジぶっ飛んだ神が誕生したとか……でも、貴女が居なかったら快人さんが生まれなかった……う、ううん……難しいですね」
「ふふふ」
呆れたように話すアリスと、笑顔を浮かべるエデン……二人の間には、どこか穏やかな空気が流れていた。
「……というか、おかげで長年の疑問には納得できましたよ。だから『地球』で、機械だとかの多くが『私の知ってるものと同じ名前』なんですね」
「……名前だけじゃないよ。いまの地球は、私と貴女が出会うほんの少し前の姿に似てる。不思議だよね。そりゃ名前とかには少し手を加えたけど、それ以外はなにもしてないんだよ。なのに、自然と似た世界になるんだから……なんだかおもしろいね」
「滅び方まで同じにしないでくださいよ」
「あはは、それは分かんないよ。だって、我が子たちはもう私の手を離れて自立してるからね。どう滅ぶかは我が子次第だよ……でも、私はどんな滅びでも、溢れる愛で肯定するけどね。滅びに向かう我が子も愛おしいよねぇ~」
「……やっぱ頭ぶっ飛んでますわコイツ」
口調は変わってもやはり中身は変わっていないのか、狂気とすら呼べる愛情を口にするエデンを見て、アリスは何度目か分からないため息を吐いた。
そのまま少し雑談をしたあと、エデンはゆっくりと立ち上がった。
「……奇妙な縁だけど、こうしてこの世界でアリシアと再会できて嬉しかったよ」
「はぁ、まぁ私も懐かしい話ができましたが……というか、普段の喋り方はなんなんすか?」
「……か、神様っぽくないかな?」
「神様イコール丁寧語ってのは安直な……いや、でもシャローヴァナル様もそうなので、間違ってない気もしますが……まぁ、その辺はカイトさんと相談してください。というか、言っときますけど、貴女カイトさんに結構怖がられてますからね?」
「そうなのっ!? な、なんで? 愛しき我が子を愛する気持ちは誰にも負けないのに!? あ、愛し方が足りなかったのかな? よし、我が子のために『惑星をプレゼント』しよう! シャローヴァナルにさっそく相談しないと……」
「……あ~アリスちゃんいま理解しました。これたぶん、一生治らねぇなあと……」
アリスは一瞬で匙を投げた。旧友なのでもしかしたら性格の矯正ができるかもと一瞬考えたが、ぶっ飛びきっているエデンの発想を聞いて、諦めた。
再び大きなため息を吐いたアリスに対し、エデンは空に浮かび上がったあとで振り向き……眩いほどの笑顔を浮かべて口を開いた。
「そうそう、最初の質問に答えるね……あのころとは違って自由に動けて、大好きなものを愛せるいまは……最高に幸せだよ!」
「……そうっすか……ならまぁ、貴女の選択は、間違いじゃなかったんでしょうね」
「じゃあ、またね、アリシア」
「……いまは、アリスですよ」
「そうだった……また話そうね、アリス。私があの世界を去ったあとのこととか聞かせてほしいな……全知使って知るのは、なんか味気ないしね」
そう言って手を振ったあと、エデンは普段の表情に戻って姿を消した。それを見送ったあとで、アリスは金色の羽根を手に持ちながら呟いた。
「……神様っぽくとか考えずに、普段から素の性格で接した方がカイトさんと仲良くなれそうな気がしますが……まぁ、それは自分で気づかないとダメですよね……まったく、困った神様ですよ」
エデンママンのヒロイン力を上げたかった。後悔はしていない。