閑話・イルネス~すべてを変えてくれた人~
生まれてからずっと、私の世界に色はありませんでした。それは決して私が色盲だとか、そういうわけではなく、ただ……そんな風に感じていただけです。
他者に情を抱かないわけではない、喜びや悲しみを感じないわけでもない、しかしそのどれもが心に熱を灯すことはありませんでした。
私はずっと、自分の足元だけを見て歩いていました。「こうした方がいいだろう」と思う歩き方はあっても、「この道を歩きたい」という目標や夢、「この道を歩いてよかった」と思うような幸せはありませんでした。
目標や夢というものが見つからず、幸せという感情が分からない……ですが、ソレを不幸だと感じたことは一度もありませんでした。
感情もある、理性もある……それでも目的を持つことはなく、幸せという感情を理解できない私は、ある意味では空っぽの存在だったのかもしれません。
ですが、それでなにか不自由したことも無ければ、自分を変えたいと感じたこともありませんでした。
私はただ自分の足元だけを見て、同じ歩幅で歩き続けるだけ……その道がどこに繋がっているかなど、考える意味も知る必要もないのだと考えていました。
ただ、道を歩き続けていると、時折道がいくつかに分かれていることはありました。
――どうです? 私の配下になってみる気はありませんか?
「この道を歩かないか?」と他者に勧誘されたことはありました。
――お願いします。ほかに頼れる人がいないんです!
「この道を歩いてほしい」と他者に乞われることもありました。
私はその都度、たしかに己で進むべき道を選択して歩き続けてきました。ただ、それでなにかが変わったと感じることはありませんでした。
どんな道を歩いても、私が見ているのは己の足元だけ……未来を向くことも無ければ、過去を振り返ることもない、ただひたすら己が思う『正しいだろうという歩き方』で歩き続けているだけでした。
自ら目標を定め、夢に向かって進む者を立派だとは思いました。ですが、自分がそうなりたいとは思えませんでした。
目標を叶え、幸せだと語る者に祝福の言葉を投げかけることもありました。ですが、自分がそれを得たいと感じたことはありませんでした。
ただ、それは……『どんな気持ちなのだろう?』と、ほんの少しだけ疑問を抱くだけでした。
きっと私は永遠に夢を持つこともなく、幸せを感じることもなく、ただ色のない世界を同じ歩幅で歩き続けていくだけなのだろうと、そんな風に考えていましたし、それでいいと思っていました。
抱けない夢は必要ではなく、分からない幸せを求める意味もありません。私は己の現状に満足していますし、変化も求めてはいませんでした。
……そう、そのはず……でした。
ですが、私は――貴方に出会いました。
貴方を一目見た瞬間、色がないと感じていた世界が――眩いほどに彩られました。
貴方を一目見た瞬間、熱など感じたことが無かった心に――確かな温もりが宿るのを実感しました。
貴方を一目見た瞬間、変わることがないはずの己が――それまでとは全く違う存在になった気がしました。
貴方を一目見た瞬間、誰に教わるでもなく己が――貴方に恋をしているのだと理解できました。
夜の闇に包まれた廊下をカートを押しながら歩いていた私は、窓から差し込む光に足を止め、窓の外へと視線を向けました。
雲一つ見えない夜空には、大きな月が強すぎない光を放ちながら浮かんでいます。
「……美しいですねぇ」
その美しい光景を見つめながら、私は先ほどまでカイト様と交わしていた言葉を思い出します。
カイト様は、私になにもかもお世話になってばかりとそう言っていましたが……それは、本当に大きな間違いだと思います。
私がしたことなど、ほんの些細なものでしかありません。そんなものと、カイト様にいただいたたくさんの幸せを、比べること自体が間違っています。
カイト様は、私のすべてを変えてくれた。カイト様に出会った瞬間、私はたしかに生まれ変わることができました。
ソレを考えれば、私が行っていることなど、恩返しにすらなっていない……本当に些細なことなのですから……。
カイト様に出会って、生まれてからずっと足元だけを見ていた視線が、初めて未来を向きました。するとどうでしょう? そこには無いと思っていた……『私の歩きたい道』が『求めたい未来』が、眩しいほどの存在感と共に存在していました。
貴方に出会ってから、それまで色が無いように見えた世界のすべてが、まったく違うものであるように見えてきました。
貴方だけでなく、貴方が生きる世界が……貴方が笑顔で居られる環境が……愛おしくてしかたありません。
貴方にこれからもずっと幸せで居て欲しい、貴方の笑顔を見るのがなにより幸せでしょうがない。私は、そう感じることのできるいまの自分が……昔よりもずっと好きです。
「……やはり~明日はぁ、少し~冷え込みそうですねぇ。朝のお飲み物はぁ、温まれるものを~お持ちするのがいいかもしれませんねぇ」
心に宿る、かつて理解できなかったのが嘘のように鮮明に感じられる幸せという感情を噛みしめ、私は再びカートを押して歩き出そうとして……もう一度だけ、窓の外に浮かぶ月に視線を向けました。
「くひひ……やはり~私の方がぁ、よっぽど~たくさんのものをいただいてますよぉ」
私の世界を照らしてくれた、誰よりもなによりも愛おしい人……貴方はまだ、気付いてはいないのかもしれませんね?
「少なくとも~私はぁ、貴方に出会うまではぁ……夜空に浮かぶ月がぁ、こんなに美しいものだとは~知りませんでしたよぉ」
私がいまこうして、幸せを感じながら見ている景色も、美しいと感じられるようになった世界もすべて――貴方がくれたものだということに……。
お慕いしています、カイト様。どうかこれからの未来も、貴方にとって笑顔で居られるものでありますように……そして、叶うのなら――私も近くで、貴方の笑顔を見ていたいです。
シリアス先輩「ぐあぁぁぁぁ!? ヒロイン力の暴力やめろ……マジ止めて……」
???「これが、当初の予定では狂気のヤンデレキャラだったってのは驚きですよね。まぁ、初めの閑話にその名残はありますけど……」
シリアス先輩「え? そうなの? じゃあ、なんで予定変更したの?」
???「直近で出した、本来はもっと威厳のある感じになる予定だった地球の神が、とんでもねぇヤンデレに暗黒進化したので路線変更したみたいです」
シリアス先輩「……ある意味、あいつのおかげ……なのか?」




