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勇者召喚に巻き込まれたけど、異世界は平和でした 作者:灯台
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ベビーカステラは降ってきました

 ルナマリアさんと無事合流し、リリアさんの屋敷に戻った時には夕食時と言っていい時間になっていた。完全に俺の不注意なのだが、俺が街中ではぐれてしまった事をリリアさんは非常に心配した様で大事は無かったかと色々質問されたので、魔族の少女に親切にしてもらえたおかげで助かったとあった出来事をそのまま説明した。
 しかしリリアさんは少し心配性な所があるのか、クロから貰ったネックレスについては変な魔法が施されていないか調査すると言う事で一端預からせてほしいと言ってきて、特に断る理由も無かったので渡しておいた。

 その後にあった夕食――公爵家の夕食とはどんな物かと少し戦々恐々としていたけど、リリアさんが気を回してくれたのかコース料理の様な形式ではなく、レストランで食事する様な形で配膳され美味しく頂く事が出来た。
 その後は屋敷の中を簡単に案内され、一人で使うには広すぎる部屋を与えられ入浴時間についての説明を受ける。当然と言えば当然の話ではあるが、この屋敷には現在俺以外の男性が居ない。必然的に入浴時間はずらす必要があり、しっかりと時間を指定されることとなる。
 小説などではここでお約束のラッキースケベイベントなどが発生する所だが、幸か不幸か俺に主人公補正等と言うものは無い様で、普通に広すぎる風呂に一人で入り何事も無く入浴を終えて部屋に戻った。

 火でも無く電球でもない、光の玉が宙に浮いている様な不思議な照明で照らされた廊下を歩く。流石は公爵家と言うだけあって非常に広い家ではあるが、それでも自分に与えられた部屋からトイレまでの道も分からなくなる程非常識な広さではない。ただ、非常に静かな廊下は少しだけ不気味で、何て言うのか夜の旅館みたいな雰囲気を感じる。

「……ぅ……さん……」

 夜の静けさの中だからこそ、或いは異世界に来て初めての夜であり警戒心から感覚が鋭敏になっているのか、防音性はありそうに見える重厚な扉からもすすり泣く声が聞こえた。
 ふと意識せず足を止める。確かここは、柚木さんに割り当てられた部屋だったかな? 泣いているのだろうか? 別に可笑しなことではないと思う。突然異世界に飛ばされ、1年間は帰る事が出来ないと告げられ、一通りの混乱が収まってくれば不安や寂しさが沸いてくるのは当り前のことだろう。
 ……だからと言って、何が出来る訳でも無い。俺だって彼女にとってはただの同郷の人と言う程度の存在であり、ロクに話をした事がある訳でも無い。俺に出来るのは、聞かなかったことにして立ち去る事だけだ。

 一呼吸を置き、何事も無かったように再び歩き出す。10歩も進めば声は聞こえなくなり、再び静寂が帰ってくる。
 しかしどうにも、間の悪さと言うのは続くもので――今度は正面から歩いてくる楠さんの姿が見えた。何となく中世の女性の寝巻と言えばネグリジュみたいな偏見があったけど、楠さんが着ているのは普通の白い寝巻で少しだけ古い印象を受ける程度だった。

「……」
「……」

 くどい様ではあるが、俺は楠さんとも柚木さんとも面識がある訳でも親しい訳でも無い。ただ同じ境遇というだけの他人でしかない。特に言葉も無く簡単な会釈を交わし、すれ違うだけ。

「……宮間さん」
「うん?」

 だから、突然声を掛けられたことには少しだけ驚いた。声に従う様に振り返ってみるが、楠さんは廊下の先を見据えたままの体勢で、綺麗な黒髪と制服を着ていた時より華奢に見える背中が映る。

「……宮間さんは、随分落ち着いていますよね」
「そう見える?」
「……リリアさん達の話を、信用してるんですか?」

 こちらの返答に応える事は無く、楠さんは言葉を続ける。明りがあるとはいえ薄暗くてハッキリとは分からなかったが、小さな肩は震えている様に見えた。
 しかしリリアさんの話を信用しているかどうか? それは身の安全を保証するとか、俺達の面倒を見るとかそう言う類の事だろうか? なら、俺の返答は――

「いや、分からない。少なくとも、まだ」
「……え?」
「良くしてくれてるし優しい人だとは思うけど、信用しているかどうかって言われれば、それにイエスって返すのは無理だよ。出会って半日足らずの相手に全幅の信頼を置けるわけがない……ただ、今は、他に頼れる人はいないとも思うけどね」
「……そう……ですね」

 そう、別にリリアさんやルナマリアさんが悪人であるとか、俺達に嘘をついているとか言うつもりではない。お世話になってる事は自覚してるし感謝もしてる。だけど信用しているかと問われれば、分からないとしか答えようがない。
 だって俺達はまだこの異世界でリリアさん達以外とはロクに言葉を交わして無い。つまるところ判断材料なんて何もない状況だ。流石にそれで無条件に気を緩められる程、楽観的な性格をしているつもりはない。

「……」
「……」

 気まずいと感じる沈黙。楠さんは一体何が言いたいんだろう?

「……なんで、ルナマリアさんと二人で買い物に行くのをアッサリ承諾したんですか?」
「必要な買い物だったから、かな?」
「……私は、怖いです。見ず知らずの場所で、ロクに話した事も無い相手から差し出されるなんの見返りを求めない優しさは、どうしようもなく怖いです」
「タダより高い物は無いって? 正しい警戒心の持ち方だと思うけど?」
「……なら、貴方はどうして平気そうなんですか? 私は陽菜ちゃんや光永君って知り合いがいても、気を張ってないと泣きだしてしまいそうなほど不安なのに……別にリリアさん達が私達を害するなんて言うつもりはないですが、街中ではぐれたんですよね? 異世界でいきなり一人になったんですよ? なんで、そんなに平然としてられるんですか?」
「いや、別に不安を感じてないって訳じゃないけど……」
「……もしかしたら怪我をしたり、死んでいたかもしれないって……考えたりしないんですか?」

 ふむ、どうやら楠さんは初日でいきなりはぐれるとイベントを経験した俺が、特にそれを気にした様子がない事が不満らしい。いや、別に平然としてた訳ではないんだけどねぇ……他人から見たらそう見えるのかな?
 実際俺は基本ヘタレって自覚してるし、はぐれた時は滅茶苦茶焦ったり不安になった訳だけど……それはもう解決したことな訳だし、ずるずる引きずってもしょうがないと思うんだけど……
 でも改めて言われてみると確かに、場合によっては怪我してたり最悪死んだりした可能性もあったのかもしれない。

「まぁ、もう済んだ事だし……それに、怪我したり死んだりしたとしたら――まぁ『運が悪かった』って事だろうね」
「……う、ん?」

 そこでようやく楠さんはこちらを振り返った。揺れる瞳には微かに怯えが混じっている様にも見える。

「別に異世界じゃなくたって、人間死ぬ時は死ぬよ。どんなに保身しても健康に気を使っても、善人だろうと悪人だろうと運が悪ければ早死にする。あ、別に死にたいとか言ってる訳じゃないよ。俺も死ぬのは怖いし、死にたくないとは思うけど……まぁ、どうにもならない時はどうにもならないんじゃないかな?」
「……」
「あ、えと……ごめん。なんか言い方が悪かったかもしれない。別に俺の考えを押しつけようとかそう言うつもりじゃなくて、過ぎた事をあんま考えすぎないって言うか……」
「……いえ、私の方こそ、変な事を聞いてすみません」

 う~ん駄目だ。ぼっち生活が長いせいか俺のコミュ力が低すぎて、上手い事フォローが出来ない。まいったな、仮にもこれから1年は同じ立場な訳だし、変な波風とか立てたくは無いんだけど……

「……もう一つだけ、聞いて良いですか?」
「うん?」
「……宮間さんは、この世界での一年間。どう過ごしたいですか?」
「……」



















 大きめに作られた執務用の机の前、この屋敷の主であるリリアは腕を組み少し顔を歪める。

「……可能性自体は危惧していましたが、いくらなんでも早すぎますね」
「……申し訳ありません。私の失態です」
「いえ、ルナの責任ではありません。正直私も『影』と貴女が同時にカイトさんを『見失う』とまでは予想していませんでした。いえ、油断していました……詳しい調査結果はまだ上がってませんが、カイトさんに対し『認識阻害魔法』が行使されたとみて間違いないでしょうね」

 彼女達が話しているのは、今日の夕方に街中で宮間快人を見失った一件について、当人はさほど気にした様子の無い――否、人混みではぐれた程度の認識でしかないが、彼女達にとっては重大な事件といえた。

「農業、産業、食文化……今まで勇者様として呼ばれた異世界の方がもたらしてくれた物は、様々な革命を起こしました。異世界の知識を利権に結び付ける者は一定数存在しますが、勇者様の警護は極めて厳重であり私利私欲に使用するのは難しい」
「……しかし、今回は『勇者以外の異世界人』が現れてしまった。だからお嬢様は、早急にお三方の身柄を保護した」
「ええ、広まれば強硬策に出る者も居るでしょうしね。しかし、まさか初日でいきなり魔法まで行使してくるとは……召喚に立ち合った者の中に『虫』が居たと見るしかありませんね」

 リリアは快人が外出した際に、ルナマリアだけでなく隠密に長けた護衛も複数人同行させていた。異世界の知識、それを欲する輩が妙な行動を起こさぬ様に……しかし、その全員が同時に快人を見失うという事態は、流石に想定外だったと言わざるおえなかった。

「……お三方には?」
「言えるわけがないでしょう。ただでさえ異世界に召喚され不安を感じているでしょうに、自分達が狙われてるかもしれない等とどうして伝えられますか……この件は、こちらで解決するしかないでしょう。早急に対認識阻害魔法用の魔法具を影の人数分確保と兄上――国王陛下への連絡を行ってください」
「畏まりました。しかし、解せませんね。態々痕跡の残る認識阻害魔法等と言う危ない橋を渡った割には、何の行動も起こしていないとは……」
「……起こせなかったというのが正しいのかもしれませんね。カイトさんが遭遇したという魔族については?」
「やはり『名前は聞き取れませんでした』。上位魔族が良く使う情報隠蔽の魔法でしょうし、ミヤマ様にかかっていた筈の認識阻害魔法が『強制解除』されていたと言う点から考えても、相当の高位魔族だったのではないかと予想出来ます。さらにこれも……」

 重い口調で話しながら、ルナマリアはテーブルの上に快人から預かったネックレスを置く。

「……検査結果は?」
「魔水晶の純度は少なく見積もっても90%以上、込められている術式は……残念ながら当家の魔導師では解読不能でしたが、最低でも10以上との事です」
「……『国宝級』ですか……目的は現段階では不明とはいえ、正直このレベルの魔族との衝突は、想像したくありませんね」
「ええ、最低でも宮廷魔導師クラスでなければ、相手にすらならないかと……」
「ともかく、今は警戒を固めましょう。屋敷は?」
「探知結界及び探知術式は複数展開済みで、影も非常時配置につかせてネズミ一匹通すなと命じてあります」
「……出来れば、早期に解決したいものですね」




















 すっかり夜の静けさに包まれた時間、俺は部屋のベランダ――バルコニーと言う呼び方が正しいのかもしれないが、部屋の外に出て夜空の星と月を見つめていた。
 異世界の空といっても、地球で見た物と変わらない様に見える。星や星座は違うのかもしれないが、天体に学の無い俺には分からない。
 時折吹く風に髪を揺らされながら、先程楠さんの問いを思い返す。

――どう過ごしたいですか?

 何がしたいとか、将来何になりたいとか、目標は何ですかとか……昔から、その手の質問をされるのが一番苦手だ。自分の事は自分が一番よく分かるなんて言葉も聞くが、俺は自分の事が一番分からない。
 改めて考えてみても、やっぱり良く分からない。俺はこの異世界に召喚された事に対して、期待しているのだろうか? それとも落胆しているのだろうか? どちらも正解の様な気がするし、どちらも間違いの様な気がする。
 家から近かったからという理由で高校を選び、特定の職業を目指してる訳でも無くただすぐに社会人働きたくなくて大学に進学した。たぶんその後も程々に学生生活を謳歌し、適当にサラリーマンにでもなるのではないかと、漠然とそんな風に考えていた。

 ゲームをプレイするのは好きだ。特にRPGが……自分で考えなくても、倒すべき敵やら目標とする装備やらが用意されていて、クリアすれば程々に達成感を得る事が出来る。
 ライトノベルを読むのも好きだ。特に王道のストーリーは安心感があるし、主人公に感情移入すれば主人公は苦難に立ち向かい考え、困難を成し遂げてくれる。
 困難に直面し、苦悩しながらも目標を達成するのは凄い事だと思う。目標や夢を持って、それに向かって努力するのは立派な事だと思う。じゃあ、それを持っていない俺は駄目で間違った人間なんだろうか? 現実から逃げているだけなんだろうか? 俺はそれをしなければならないんだろうか? 分からないし答えが出た事は無い。
 頑張れば自分を変えれるんじゃないかと思う反面、別にそれは今じゃ無くてもいいとも思う。変わりたいと思う気持ちもあれば、変わらずダラダラと楽に行きたいと思う気持ちもある。
 この世界に召喚されてからもそうだった。平和な世界であり勇者なんて厄介な存在じゃなかった事にホッとした反面、自分が勇者――物語の主人公ではない事に落胆もした。俺は、矛盾だらけだと思う。
 変わりたいと思う癖に変わる努力も、自分を変えようとする勇気もなくて、何もない空を見つめて大きな口を開いて、どこかから都合よくぼた餅でも落ちてくることを期待している。
 本当に馬鹿馬鹿しい話だ。こうやって夜空に向けて大きく口を開いた所で――ぼた餅なんて落ちてはこな……

「じゃ、ベビーカステラで!」
「ごぶっあっ!?!?」

 ぼ~っとしながら大きく開いた口に、ベビーカステラが山ほど放りこまれ、茶色の花火が口から飛び出した。
 良い子は絶対に真似をしてはいけない。まさか、異世界に来て初めて味わう生命の危機が、ベビーカステラによるものだとは――予想外にも程がある!?

 拝啓、お母様、お父様――空からぼた餅は降ってきません。でも――ベビーカステラは降ってきました。

  
ベビーカステラ先輩「シリアス? やらせねぇよ」
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