新築パーティを行おう③
俺からの給料を受け取ると、イルネスさんは意外なほどにアッサリ了承してくれた。その予想外の反応にしばし呆然としていたが、先に復活したリリアさんが軽く俺を手招きした。
「……カイトさん。こちらに、イルネスは少し待っててください」
なにか話があるのだろうかと、軽く首をかしげながら部屋の隅に移動すると、リリアさんが小さな声で話しかけてきた。
その内容を要約すると……リリアさんはイルネスさんにいま以上の給料を渡したいと常々考えていた。しかし、イルネスさんが了承してくれないので渡せていない。
だがここにきて、イルネスさんは俺からの給料を受け取ることを了承してくれた……このチャンスを逃したくないというものだった。
つまり、俺がイルネスさんに渡す給料に上乗せする形で、リリアさんも間接的にイルネスさんの給料を昇給したいということだ。
俺としても、イルネスさんの圧倒的な仕事ぶりも知ってるし、リリアさんがたびたびイルネスさんに昇給を持ちかけているのも知っている。可能であるなら協力したい。
そんなわけで、その方向で軽く話をまとめたあと、俺とリリアさんはイルネスさんの元に戻る。そして俺は、マジックボックスから白金貨を二枚取り出してテーブルの上に置いた。
「とりあえず、正式な給料はあとで計算して来月からということで……今月は、白金貨を二枚お渡しします。多いと思うかもしれませんけど、イルネスさんはメイド百人分ぐらいの仕事をしてるわけですし……」
「かしこまりましたぁ、それでは~ありがたく~『一枚』頂戴いたしますねぇ」
「……え?」
俺の言葉を聞いたイルネスさんは、柔らかく微笑みを浮かべたあと、二枚置かれたうちの一枚だけを手に取った。
「……えっと、イルネスさん?」
「カイト様から~給料をいただくという話にはぁ、納得しましたがぁ。『お嬢様から』のは~別問題ですのでぇ」
「……あっ、はい」
……駄目だった。ものすごくアッサリ、半分はあとでリリアさんが俺に補填する形で支払うことを見破られてた。いや、確かにこれ見よがしに相談してたわけだし、リリアさんのいままでの行動を考えれば会話が聞こえなくても予想できて不思議ではない。
まぁ、仮にあとで話し合って渡してたとしても、イルネスさんはなんだかんだで見破った気がするけど……。
チラっと横目に、ガックリと肩を落とすリリアさんの姿が見えたけど……まぁ、アレだ……さすがに相手が悪いので、そろそろ諦めたほうが無難かもしれない。
というか俺としてはむしろ、白金貨一枚という給料を受け取ってくれたことに驚いているのだが……。
イルネスさんの給料関係も一応とはいえひと段落した夜、俺は自室でのんびりと読書をしていた。ちなみに、今日はクロはいない……いや、来てはいたのだが、ちょっと事件があったのでソレの解決をお願いした。
というのも、イルネスさんによって主婦としてのプライドをバキバキに折られた母さんが……「メイドさんって凄いな~」と呟いたのを聞いていたらしく……まぁ、早い話が暴走した。
母さんも割と素直な性格、もとい騙されやすい性格をしているので……いつの間にかあのメイド万能論提唱者に洗脳され、「考えてみれば、主婦がメイドさんに敵うわけないよね。メイドさんはあらゆる技能において最高の存在なわけだしね!」とか言い出していたので、早急に原因を保護者に連れて帰ってもらった。
いや、本当に普段はクールで頼りがいのある方なんだけど、あのメイドという概念にかける情熱だけはサッパリ理解できないし、理解したくもない。
まぁ、そんなひと悶着もありつつも、ようやく一息つけた感じだろうか? 静かな部屋で本のページを捲る音だけが聞こえるというのも、なんとなく心が落ち着くものだ。
ただ、う~ん。少し小腹が空いたというか、なにか軽く食べたい気分だ。なにかマジックボックスに入ってたかな?
そう考えて一度読んでいた本を閉じてマジックボックスを出現させたタイミングで、規則正しいノックの音が聞こえてきた。
「はい、開いてますよ」
「失礼しますぅ」
「イルネスさん?」
返事をするとカートを押しながらイルネスさんが部屋の中に入ってきた。
「ワインと~軽く摘まめる軽食をお持ちしましたがぁ、いかがでしょうかぁ?」
本当に流石というべきか、見事としか言いようのないタイミングである。こういう相手の求めているものを、求めているタイミングでそっと用意するのも、イルネスさんの凄さだろう。
そしてワインというのもいい。今日はいろいろあってちょっと疲れていたし、軽く酒を飲みたいという気持ちもあった。
「ありがとうございます。ちょうど小腹が空いていたので、ありがたいです」
「喜んでいただけたなら~なによりですぅ」
イルネスさんはそう告げながら、流れるような動きでコルクを外し、軽く香りを確かめたあとで、俺にワイングラスを渡して少しだけ注いでくれた。
「どうぞぉ」
「ありがとうございます」
この少しだけ注いだのはテイスティングってやつだろうか? えっと、たしかリリアさんに以前パーティの時に少しだけ教えてもらった覚えがある。
たしか、赤ワインは軽く傾けてにごりや異物がないかを目で見て、そのあとでグラスに軽く鼻を近づけて異臭がないかを確認する。
そのあとでグラスを小さく円を描くように回して香りを立たせて、深く息を吸い込むように嗅ぐ……うん、俺の語彙力で表現は難しいが深く重厚で、それでいて不快感のない香りだ。
えっと、そのあとは少しだけワインを口に含んで、舌の上で軽く転が――うまッ!? うわっ、凄いなこのワイン……この世界に来て、リリアさんの屋敷でも夕食とかにたまに出たりするのでそこそこワインは飲んだけど、このワインは圧倒的なほどに美味しい。
以前アリスと飲んだシャローグランデにこそ負けるが、それ以外で飲んだワインの中ではダントツといっていい。素人の俺でも最高級のワインだと理解できるほどの深みのある味だ。
っと、余韻に浸ってばかりもいられない。たしか、味に問題が無ければ……給仕してくれた人の方を向いて、軽く頷く。
俺が頷いたのを確認すると、イルネスさんは俺の前に軽食……つまみのようなものを並べてくれ、俺がグラスを差し出すと、先ほどより多くワインを注いでくれた。
「……凄く美味しいワインですね。なんていうか、表現が難しいですが、酸味や味もすごく強いのに、全然不快感を感じずスルッと喉を通っていくというか……これ、かなりいいワインじゃ?」
「そうですねぇ、なかなか~出回らない~貴重なワインですぅ。特殊な製法で作られぇ、魔法で保存されたものでぇ、今回は~『三千年物』を用意いたしましたぁ」
「三千年!?」
す、凄いな……百年ものとかは地球でも聞いた覚えがあるが、三千年となると……。
「……こ、これ、もしかして滅茶苦茶高いワインなのでは?」
「そうですねぇ、ちょうど~『10万Rぐらい』ですねぇ」
「10万R!?」
と、とんでもねぇ、ということはこのワイン一本で白金貨一枚……日本円にして一千万円である。いやいや、そんな高級なワインを俺の夜食ごときに出しちゃ駄目――うん? 白金貨……一枚?
「……あの、イルネスさん」
「はいぃ?」
よくよく考えてみればおかしい。以前とは違い、ここはリリアさんの屋敷ではなく俺の家である。ワインセラーなんてものはない。だとすると、このワインはどこから出てきたのか?
リリアさんの屋敷から持ってきたという可能性もあるが……そもそもリリアさんは、あまりお酒に強くはない。料理と一緒に軽く楽しむぐらいで、晩酌とかそいうのをしているのを見たことはない。
さらに言えば、確かにリリアさんは公爵でありワインセラーにもそれなりに高級なワインを取り揃えているとは思うが……果たして一本一千万なんてワインを置いているだろうか? いや、仮に置いてあったとしても、夜食用に持ち出せるようなものでは無いだろう。
となると……あと……考えられるのは……。
「……このワイン、どこから持ってきたんですか?」
「私が~個人的に購入したものですよぉ。たまたま~臨時収入がぁ、ありましたのでぇ」
……だよね。そうなるよね。つまり、アレだ……これは、昼間に俺が給料として渡した白金貨で買ったものというわけだ。
え? これ、どうしよう……なんか、俺が渡した給料が形を変えて帰ってきたみたいな状況になっているが、だからといって文句も言えない。
支払った給料は当然ながらイルネスさんのもの……そのお金をどう使おうが、イルネスさんの自由であり俺に文句を言う権利はない。
今後も支払った給料をこの形で使われたとしても、俺には反論のしようがない。しかも、イルネスさんは厚意で俺に差し入れをしてくれているだけなので、ソレを断るというのも逆に失礼である。
だけど、う~ん。これは、俺個人としては納得できない展開……なにかないだろうか? 上手いことイルネスさんにも、恩恵のある形に持っていく方法が……。
「……イルネスさん!」
「はいぃ?」
「一緒に飲みましょう!」
「……?」
混乱する頭で思わず口走った言葉……それを聞いたイルネスさんは、少し不意を突かれたような表情を浮かべたあとで、軽く首をかしげていた。
~おまけ・とあるメイドへの説教~
めーおー「もうっ、外で勝手にメイドしちゃ駄目だって何度も言ったでしょ! めっ!」
めいど「……申し訳ございません、つい溢れ出るメイドスピリットを抑えきれずに……」
シリアス先輩「おいこら! タイトル見直せ! 新築パーティの話じゃねぇのかよ!!」
???「次回、イルネスと宅飲みをしよう!」
シリアス先輩「やめろ、タイトル詐欺やめろ……」




