新築パーティを行おう②
リリアさんの執務室にある休憩用兼急な来客用のソファーに座り、俺は頭を抱えていた。
対面に座っているリリアさんは俺のことを心配そうな表情で見つめているが、リリアさんの顔色もあまりいいとは言えない状態だった。
正直、家を建てることでこんな問題に直面するとは予想していなかった。
……いや、新築パーティの件ではない。そちらの方は、アインさんとツヴァイさんが圧倒的な速度で準備を行ってくれ、開催する日程も決定しているし準備も完了しているらしい。
では、現在俺が頭を悩ませている問題とはなにか……それは……。
「……リリアさん」
「……はい」
「イルネスさんが凄すぎるんですけど……」
「分かります。カイトさんの気持ちは、痛いほどに分かります」
そう、現在俺の家……もとい屋敷のほぼすべての作業を一人でこなしてしまっているイルネスさんについてだった。
「リリアさん、普通この大きさの屋敷だと、使用人の数もいっぱい必要ですよね?」
「えぇ、掃除などの維持作業だけでもそれなりの人数は必要ですし、庭師もひとりというわけにはいかないので、複数必要です。それ以外にも仕事は多いです」
「それだけたくさんの仕事をしようと思うと、10人や20人じゃ足りないですよね?」
「もちろんです。各自に休憩や休暇も必要ですし、やはりそれなりの数は必要です。むしろ、私の屋敷は高位貴族としては雇っている人数は少ない方ですね」
重々しく語り掛ける俺の言葉を聞き、リリアさんも真剣な表情で言葉を返してくれる。
俺の家はリリアさんの屋敷と同じサイズ……公爵という非常に高い地位に居て、王の実妹で、騎士団時代から付き従っている部下も非常に多いリリアさんの屋敷と同じサイズである。
俺はリリアさんの屋敷に勤める人の正確な数を把握していないが、名前を知っている人だけでも50人以上はいる。話したことがない方もいるので、実際はそれよりもっとたくさんの人がいるだろう。
まぁ、リリアさんの場合は公爵としての仕事を手伝う文官や、屋敷を警備する人もいるので一概に同じだけの数が必要だとは言えないが……それでもやはり、屋敷を維持するにはそれなりの人数が必要であることは明白だ。
「……イルネスさんって、元々他のメイドに比べて10倍以上の仕事をしてたんですよね」
「……えぇ、それでもだいぶ減らさせたんですが……」
「屋敷まるまるひとつ分の仕事をするとなると、10倍どころじゃないですよね? 数十倍とか、数百倍とか、そんな仕事量でもおかしくないですよね?」
「はい。私もそう認識しています」
そこまで話したところで俺は一度言葉を区切り、深く息を吐いてから……ポツリと告げた。
「……イルネスさん、いままでと全然変わらない様子というか……今日普通に『ベルのブラッシングを手伝ってくれた』んですけど……」
「……私にもケーキを差し入れてくれましたし、いくつか滞っていた仕事を手伝ってくれました」
「……どう思います?」
「正直、戦慄してます。さすがにいくら伯爵級とはいえ、戦闘ではなく家事をあれだけ抱えるのは大変だろうと、平気にしていても疲労は溜まってるんじゃないかと、そう思っていました」
「……ですよね」
「……はい。まさか……冗談ではなく、本当に今まではむしろ『手持無沙汰』な状態だったとは、思いませんでした」
イルネスさんが俺の家の仕事をほとんど一人で行っているというのは、当然ではあるがリリアさんも知っている。というよりはイルネスさんの方から申し出があったらしい。
リリアさんとしては俺の家の使用人が見つかるまでの間の補佐くらいに考えており、他のメイドたちの中で余裕のある人もこちらに回してくれるつもりだったみたいだが……リリアさんの予想とは大きくかけ離れた状況になってしまっている。
まずひとつめは、イルネスさんがアニマ、イータ、シータ、キャラウェイさんの仕事以外のすべてをひとりで平然とこなしてしまったこと。
これがもし仮にイルネスさんが大変そうだったり、疲労していたりすれば強引に追加の人員を送れたのだが……大変そうどころか、『今まで手持無沙汰で暇していたのでやることができてありがたい』みたいな感じなのか、イルネスさんはいままでより少し上機嫌で仕事をしている。
そしてもうひとつ、自己主張をほとんどすることがないイルネスさんにしては珍しく、彼女自身が『今後も俺の家の仕事を続けたい』とリリアさんと俺に告げてきた。
滅多どころかほぼ皆無といっていいイルネスさんの要望となれば、リリアさんも俺も無下にはできない。
そしてそれだけではなく、イルネスさんの能力が高すぎることも問題だった。現在掃除や洗濯はおろか、庭師のようなことまで行っているイルネスさんだが、その仕事ぶりはどれも超一流である。
まぁ、早い話が他の人を雇ったとしても……むしろ仕事の質が落ちてしまうと言えるレベルであり、本人の強い希望、余裕ある様子、仕事の完璧さと三つが相まって……他の使用人を雇うメリットがないのである。
いちおうイルネスさん本人にも無理をしていないかと聞いてみたのだが……無理どころか本人は「ワガママかもしれませんがぁ、このまま~私にまかせていただけたらぁ、嬉しいですねぇ」とひとりで仕事をほぼすべてする状態の継続を希望している。
俺にとっては初めてともいえるイルネスさんの強い希望……現在進行形で滅茶苦茶お世話になっている俺としては、了承する以外の選択肢は選べなかった。
ちなみに余談ではあるが……「私もこう見えて主婦歴長いから、家事ぐらい手伝えるよ!」と自信満々に告げていた母さんが、イルネスさんの仕事ぶりに心をバッキバキにへし折られて「……なにあの人……家事の神様?」とつぶやいて、イルネスさんを『様付け』で呼ぶようになったりといったひと悶着もあったりした。
「……俺としては、家の仕事をやってもらってるわけですし……イルネスさんにちゃんと給料を払いたいと思っているんですけど……」
「わかります。カイトさんが思い悩んでいることは、私も何度も経験したものです」
「……どうやったら、イルネスさんが給料受け取ることを受け入れてくれると思いますか?」
「……むしろ、私が聞きたいです」
そう、俺とリリアさんが頭を悩ませているのはイルネスさんの給料についてだった。俺としてはちゃんとイルネスさんに給料を支払いたい。それこそ本来なら雇うはずだった使用人の人数分ぐらいの額を……。
だけど、その手の提案はいままでもリリアさんがさんざんしており、それをイルネスさんが固辞しているというのは俺もよく知っている。
正直、正攻法で告げても「結構ですぅ」と返答される未来しか見えない。本当にどうしたものか……。
そんなことを考えていると、規則正しいノックの音が聞こえ、リリアさんが入室を許可するとまさに今話をしていたイルネスさんがやってきた。
「失礼しますぅ。今日は~ルナマリアがぁ、お休みなのでぇ、私がお茶をお持ちしましたぁ~」
「あ、ありがとうございます」
リリアさんの表情が引きつるのが分かった。……さも当たり前のように休みであるルナマリアさんの代わりに仕事をしているのは、他のメイドの数十から数百倍の仕事量を平然とこなしているお方である。
もしかしてだけど、それこそリリアさんの屋敷と俺の家を合わせても、その気になればイルネスさんひとりで回せるんじゃないだろうか……。
「おやぁ? おふたりとも~表情が暗いですがぁ、どうかしましたかぁ?」
イルネスさんは他者の感情の機微にも鋭い方なので、俺とリリアさんがなにかに悩んでいるのにはすぐに気が付いたみたいで、首をかしげながら尋ねてきた。
さて、どうするか……せっかくのタイミングだし、一度給料について切り出してみようか? 十中八九断られるであろうが、イルネスさんの反応を見てから説得の方法を考えるのも手だ。
そんなことを考えながらチラリとリリアさんを見ると、リリアさんも俺の考えを察したのか無言で頷いた。
「……実は、イルネスさんには俺の家を仕事をしてもらっているわけですし、リリアさんとは別に俺からもイルネスさんに給料を支払いたいと思うんですが……」
「なるほどぉ、お気遣いいただき~ありがとうございますぅ。謹んで~頂戴いたしますぅ」
「えぇ、イルネスさんがそういうのは分かっていましたが俺としても――うん? ちょっと待ってください、イルネスさん」
「はいぃ?」
「……ちょっと聞き間違えたかもしれないので、もう一度言わしてください。イルネスさんに、給料を支払いたいと思っています」
「はいぃ、ありがたく~頂戴いたしますぅ。金額などは~カイト様にぃ、お任せいたしますぅ」
「「………‥……あれ?」」
予想とは全くしがった返答に、俺とリリアさんはそろって首をかしげることになった。
Q、なんでイルネスさんアッサリ了承したの?
A、快人が言ったから(イルネスの絶対的な優先順位:快人>己)
シリアス先輩「……嫌な予感がする。やめろ、イルネスイベントはやめろ……そいつはヒロイン力おばけなんだ……個別イベントやめろ……」




