家を建てよう⑦
アリスが用意してくれた家の中に、アリスと共に入ると……シンプルながら豪華で綺麗な廊下が目に入る。アリス曰く、中はリリアさんの屋敷とは結構違うとのことだが……少なくとも廊下は同じように見える。
まぁ、さすがに廊下に変なものを仕込むわけでもないし、同じでも別に問題があるわけでは……。
「では、まず紹介したいのはこの廊下です!」
「……え? いや、リリアさんの屋敷の廊下と同じように見えるけど……」
「えぇ、『見た目』はそうですね……しかし、中身は違います! 実はこの廊下……『自動移動機能』がついてます」
「じ、自動移動?」
「はい。この廊下の上で特定の動作をすることで、自動的に前に進むことができるわけです。ちなみに移動開始が、片足のつま先で軽く床を二度叩く。停止は踵で二度叩けば止まります」
「……ちょっとやってみていい?」
「どうぞ」
なんか面白そうな機能だったので、さっそくやってみることにした。アリスに言われた通り片足のつま先で軽く床を二度蹴ってみると、ふっと体が滑るように移動し始めた。
「お、おぉぉ……」
早すぎず軽くジョギングする程度のスピードで俺の体が移動していく。凄いなこれ、これも魔法なのだろうか? やっぱり魔法って凄い。
するとアリスが移動する俺の隣に追いついてきて、捕捉の説明をしてくれた。
「どうです? なかなか快適でしょ? しかもその自動移動中は、前に人や障害物があると自動で避けますし、避けれない場合は手前で停止するようになってるので、安全面もばっちりです」
「本当に凄いな、ちょっと感動してる」
「ただ、方向転換はできないので、曲がり角では一度止まって体の向きを変えてからもう一度床を叩いてください。叩いた時点で体の向いている方向に移動します」
凄いなこれは、ちょっと近未来感あるというか……単純に楽しくもあり、便利でもある。
「これは、ちょっと他も楽しみになってきたな」
「ふふふ、でしょう? まぁ、アリスちゃんは出し惜しみはしない主義……ではないですが、せっかくなのでカイトさんの部屋に行く前に、ドーンと目玉を紹介しちゃいます!」
「え? いや、グロいのはちょっと……」
「その目玉じゃねぇっすよ!? ……なんか私の方がツッコミ側なのは新鮮ですね」
なんというか、アリスのこういう……こちらの欲しい反応を返してくれるところがすごく好きだ。本当に話していて楽しい。
そのままアリス曰く目玉だという場所に向かって、楽しく話しながら移動していった。
アリスに案内されてたどり着いたのは……なんというか、言ってみればごく普通の部屋だった。内装は綺麗だし、応接室っぽく家具も高級感あるものが揃えられているが……それ以外に特徴はない。
「……この部屋は、なにか仕掛けがあるのか?」
「う~ん、まぁ仕掛けといえば仕掛けですね。ちょっと待ってください、もうすぐ来るはずなので……」
「来る? 誰が?」
アリスの言葉に俺が首を傾げた直後、部屋の中に微かに氷の欠片のようなものが舞い、アイシスさんが姿を現した。
「アイシスさん?」
「……カイト……こんにちは……シャルティア……用事って……なに?」
「あ~いちおう、確認に……問題なさそうですね」
「……うん? ……どういうこと……別に私はなにも――ッ!?」
不思議そうに首を傾げたアイシスさんだったが、直後になにかに気付いた様子で大きく目を見開き驚愕の表情に変わった。
「アイシスさん? どうしました?」
「……死の魔力が……制御……できる……な、なんで?」
「えぇ!?」
戸惑いながら告げるアイシスさんの言葉に、俺も驚愕する。この場合の制御できるというのは、普段のようにアイシスさんが可能な限り死の魔力を押さえているということではなく……ごく自然に、外部に影響を及ぼさないように死の魔力をコントロールできているという意味だろう。
「気付いたみたいですね。この部屋は特殊な素材でできていまして……『この部屋の中にいる間だけ、アイシスさんは完全に死の魔力を制御できます』」
「ッ!?」
「まぁ、ただこれは応急処置的なものですよ。実は種明かしをすると、この部屋にいる間はアイシスさんはフェイトさんの運命の臨界点の効果を受けた状態になれる……アイシスさんがいずれ出来るようになることを、一時的に可能にしている感じですね。ただ、あくまで死の魔力のみに効果を絞っていますが、さすがのアイシスさんでも長時間いると疲労しますので、利用する時は最大でも1時間程度にしてくださいね」
サラリと言ってのけるが、これはとんでもない部屋だ。なぜなら、時間が限られるとはいえ、この部屋の中でならアイシスさんは死の魔力に対抗する力を持たない人とも普通に会話できる。
……そこまで、考えて……俺はなぜアリスが、この部屋を用意したのかその理由に気付くことができた。
「……お前」
「まぁ、割と強引な手段ではありますが……これなら、アイシスさんも『カイトさんの両親に紹介できる』でしょ?」
「……アリス……本当に、なんて言ったらいいのか、ありが――「おっと、そこまでです」――へ?」
そう、アリスがこの部屋を用意してくれたのは、俺が恋人であるアイシスさんのことを両親にどう紹介しようか悩んでいたことに気付いていたから……。
感極まりお礼を告げようとしたが、それはアリスによって止められる。そしてアリスは、少しバツが悪そうに頭をかきながら口を開いた。
「……生憎と、一時的に未来を先取りするなんてとんでも素材は私には用意できません。この部屋が完成したのは、あの方の協力があってこそですよ……」
「……それでも考えてくれたのはお前だろ? ありがとう」
「……どういたしまして」
照れたようにそっぽを向くアリスを微笑ましく見たあと、俺は頭の中でこの部屋の素材を用意してくれたであろう相手に感謝の気持ちを伝える。
……シロさん、本当にありがとうございます。
(言ったはずです。私がいる限り、貴方はなにかを諦める必要などないと……まぁ、快人さんに喜んでもらえたのなら、私も嬉しいです)
えぇ、本当にどう感謝の気持ちを伝えていいか……現金だって思われるかもしれませんが、これだけは伝えさせてください。
シロさん、貴女が居てくれて本当に良かった……愛してます。
シロさんへの想いを伝えたあと、視線を戻すと……目を潤ませ体を震わせていたアイシスさんが、バッと弾かれたように顔を上げ、アリスに抱き着いていた。
「~~!? シャルティア!」
「どわっ!? な、なんすか、いったい!?」
「……ありがとう……嬉しい……すごく……嬉しい」
「あぁ、もう! 引っ付くんじゃねぇっすよ、鬱陶しい! 私はノーマルなんです。くっ付いたところでここに塔は建築されねぇんすよ!!」
「……なに言ってんだお前……」
アリスは普段ドライに見える部分も多いが……一度懐に入れた相手には、優しさを見せることも多い。六王祭の時もそうだったが、口ではそっけなく言いつつもアイシスさんの死の魔力をなんとかしてあげたいとは考えているみたいだった。
だからこそ、こうしてこの部屋を用意することができたのだろう。そんな微笑ましい光景を眺めながら、俺はなんだろう? ……幸せを実感していた。
ちょうどそのころ、神界の神域……シャローヴァナルが住むその領域に、三人の最高神が訪れていた。
「失礼します、シャローヴァナル様。ミヤマが家を建てたという話を聞きましたので、神界としてもなにか祝いを用意するべきだと考え、ご相談に参りました」
そう、クロノア、フェイト、ライフの三人がこの場を訪れたのは快人の家ができたという話を聞いたから。神界にとっても重要な存在である快人の家の新築祝いをどうすべきか、神界のトップであるシャローヴァナルの判断を仰ぐことにした。
代表して発言したクロノアの言葉を聞き、シャローヴァナルはゆっくりと振り返る。
「えぇ、そうですね。わかりました。話を聞きましょう」
「「「ッ!?」」」
そして振り返ったシャローヴァナルを見て、三人の最高神はその表情を驚愕に染め、超高速で思念を伝達し合った。
(ちょっ!? 時空神、生命神! シャローヴァナル様、めっちゃ笑顔なんだけど……)
(う、うむ。そのようだ……これほど上機嫌なシャローヴァナル様を見るのは、有史以来初めてだ)
(……え、えぇ、私も驚いています。な、なんて、美しい……ちょ、直視できません)
そう、振り返ったシャローヴァナルはいつもの無表情が嘘のような笑顔を浮かべており、一目で上機嫌だと分かる様子だった。
さらにそれだけではなく、シャローヴァナルは軽く指を振り、テーブルと……『椅子を四つ』用意した。
「せっかくです。私と同じ席に着くことを許します。紅茶でも飲みながら、話すとしましょう」
それは本当に劇的な事態だった。シャローヴァナルと同じ席に座ることが許されていたのは、いままでクロムエイナと快人のふたりだけであり、特に神族である三人にとってはまさに驚天動地といえる展開だ。
無論それを断ることなどありえない。三人は深々とシャローヴァナルに礼をしてから、それぞれ緊張した表情で椅子へ移動する。
(……シャ、シャローヴァナル様と同じ席に……こ、光栄すぎて、体が震えます。運命神、時空神、私の表情はおかしくありませんか?)
(だ、大丈夫……緊張してるのは私も一緒だから……というかさ、とんでもない事態だけどさ……これ、アレだよね?)
(……うむ。間違いなくミヤマが原因だろう。それ以外にここまでシャローヴァナル様が上機嫌な理由が考えられん)
(やっぱ、カイちゃんはすげぇや……)
シリアス先輩「……アリスが……ノーマル?」
???「いや、なんで首傾げてんすか!? アリスちゃんは、ノーマルでカイトさん一筋ですよ!」
シリアス先輩「……イリス以上に一緒に居たいと思える相手は見つからなかった」
???「……あっ、いや、それは、カイトさんと出会う前なわけですし……あくまで、親友として」
シリアス先輩「……妹が熱いキスをしてくれたらハッピーエンドだった」
???「……あ~えっと……」
シリアス先輩「妹は世界一可愛くて、再会した時もお姉ちゃんのお嫁さんになるって言ってくれた……」
???「……前言を撤回します。アリスちゃんは『いまは』ノーマルでカイトさん一筋です」




