家を建てよう④
驚愕、そして戦慄に包まれた会議場の中、手紙を読み上げるオーキッドの声だけが響く。
「……『さて、ここから先のシンフォニア王国の動きは、別に私じゃなくても予想できますね。リリアさんの屋敷の近くに住む貴族あたりと交渉して、十分な見返りを与えた上で立ち退かせてカイトさんに譲渡する。まぁ、そんなところでしょう』」
たしかにソレは、ライズやアマリエが考えていたことであり、クリスやラグナも予想することが可能な内容だった。恋人でありかつて一年を過ごしたリリアの屋敷の近くの方が、快人にとっては良い環境であるのは疑う余地もない。
ただ、そのあとの内容に関して、シンフォニア王国の面々は滝のような汗を流した。
「……『でもまぁ、それは必要ないですよ。カイトさんの家を作るのに必要な土地と素材は、私がすでに合法的に確保してますし、その点に関して貴方たちに動いてもらう必要はありません』」
土地を手に入れている。それはカイトが家を建てることを予想していたアリスなら、やっていても不思議ではない。だが、問題はそこではない。
リリアの屋敷がある区画は、かなり高位の貴族が住む場所であり、当然ながら国王であるライズも王太子であるアマリエも、日ごろからその区間には多くの意識を向けていた。
だが……『この一年なんの違和感もなかった』。新しい貴族家ができたわけでもない、新たな屋敷が経ったわけでもない、屋敷を引き払った貴族が居たわけでもない。
だが、ライズとアマリエにはある心当たりがあった『二年ほど前』に、リリアの屋敷の近くに土地を買い取り、屋敷を構えた伯爵が居た。
それといまの内容を合わせてみると、それこそアリスは快人がこの世界から一度元の世界に変えるより早く、そのための準備に動いていたことになる。
「……『さて、あんまり長々書いてもアレですし、本題に移りましょう。私の要求はふたつ、それぞれの国用にまとめた資料には、私が予想できる限りのカイトさんにちょっかいをかけてくるパターンと人物を書き出しておいたので、しっかり牽制してくださいね?』」
「「「……」」」
そこでオーキッドはハッとなにかに気付いた表情を浮かべ、封筒に入っていた各国用の資料をそれぞれの王に配る。
ライズ、クリス、ラグナはそれを受け取り、サッと軽く目を通したあと……絶句した。そこに書かれている内容に関しては、いくつかはあらかじめ予想できていたパターンもあった。
だが、想像すらしていなかった……しかし書かれてみれば、可能性は確かにあると思えるパターンも多く、アリスと自分たちの差を突き付けられる気分だった。
「……『そして、ふたつめ。これがとても重要です。カイトさんの立ち位置に関してですが、各国の法律に縛られないように注意してください。本来であれば、シンフォニア王国に家を構えるとカイトさんはシンフォニア王国民という扱いになり、納税の義務なども発生するわけですが……それは認められません』」
本来なら滅茶苦茶な理論ではある。国に家は構えるが納税やもろもろの国民としての義務からは除外される。だが、その内容を聞いた者たちの頭にはとある理不尽をそのまま言葉にしたような存在が思い浮かんでいた。
「……『いや、私はいいんですけど、カイトさんが国に属するとか、実際はそうじゃなくても国王がカイトさんの上の立場になるとかってなると……異世界の神が黙ってないと思うんで、よろしくお願いします』」
「……シンフォニア王国は、この場で幻王様の提案を承認する」
「アルクレシア帝国も異論ありません……というか、異を唱えたら国が消し飛びます」
「ハイドラ王国もワシの権限で承認する……あのお方はなぁ、本当に理屈が通用する相手ではないからのぅ」
なお、該当のヤヴェ奴ことエデンは、すでに三国王には六王祭で脅しをかけている。非常にシンプルに『愛しい我が子に不敬を働けば国ごと消す』と……。
「……『そしてそれ以外にも、各国の法律でのちのちカイトさんに影響がありそうなものも纏めておきましたので、特例処置作っておいてください……あ、そうそう、ハイドラ国王のラグナさん?』」
「う、うん? ワシか?」
「……『ハイドラ王国は議会制だから、法律の改正は国王の一存じゃできないとか思ってますよね。大丈夫安心してください《提案すれば通ります》』」
「ッ!?」
「……『あれ? もしかして驚いてます? やだなぁ、私が《議会の過半数》を動かせないとでも思ってるんですか?』」
その気になれば思い通りにハイドラ王国の法律なんて変えられるというその内容に、ラグナは普段の彼女からは想像もできないほど青い顔でガタガタを震えた。
「……『まぁ、そういうわけでよろしくお願いします。ああそれと、今度遊びに行くので豪華なディナー用意しておいてくださいね~ではでは、そんな感じで』」
「……なんでしょう? ラグナ陛下にだけ、やたらフレンドリーですね」
「……ワシ、幻王様とほとんど話したことないんじゃが……」
アリスは基本的に明るく接しながらも他者にはドライな性格をしているが、一度懐に入れた相手にはある程度寛容である。
本人が気に入っていると公言しているのは、カイトを除けばクロムエイナとフェイトのみではあるが……家族であるアイシスやリリウッドを気遣ったり、裏で手を回してフォローしたりと、そういった面もある。
ラグナはかつてアリスがハプティと名乗っていた時の仲間であり、多少他の面々に比べて友好的な態度で接していた。
……もっとも、それを知らないラグナ本人は首をかしげるだけだったが……。
その後三国間の会議はいったん中断……ライズたちシンフォニア王国の面々が、即座に各部署に話を通すため一時退席し、クリスとラグナの同行者も国への連絡を行うために退出したので、現在会議室にはラグナとクリスの二人だけが居た。
「……しかし、本当に幻王様は恐ろしいのぅ、いったいどこまで読んでおられるのか?」
「……『愚者は死の王を恐れ、賢者は顔亡き王を恐れる』……」
「うん? クリス嬢、なんじゃそれは?」
「アルクレシア帝国の王族に伝わる格言のようなものですね。死王様はたしかに恐ろしいです。私とて、まともに会話することはできないでしょう……ただ、歴史を紐解いてみれば、死王様が気に入らないだけで相手を殺したという事例は殆どない。むしろそういった事例は、戦王様の方がはるかに多いでしょう?」
「そうじゃな、メギド様はそういうお方じゃな」
クリスの告げる言葉に、メギドをよく知るラグナは深く頷く。死王、戦王……どちらも世間的には機嫌を損ねれば命はない危険な六王と認識されている。
しかし、アイシスは死の魔力という要因はあるものの、本人の性格は苛烈というほどではない。子供のように聞き分けが悪い部分はあったが、ソレも快人との出会いで薄れ、いまはむしろ穏やかで聞き分けのいい性格である。
対して戦王は昔から一貫して、気に入らない相手が目の前に立てば殺す、自分の目に入らないところで好きにやってろというスタイルである。
「無論、国民を抱える王として死王様は警戒しなければなりませんが……私個人としては、死王様より幻王様の方がはるかに恐ろしいです」
「その気持ちはわかるのぅ……」
「幻王様の真の恐ろしさは、世界最大数の配下でも、圧倒的な戦闘力でもありません。世界中の情報……あまりにも膨大なソレを容易く記憶し、十全に使いこなす『三界一の頭脳』ですね」
「……いや、本当に恐ろしいものじゃ。そしてそんなワシらの会話も、幻王様にとっては予想通りなのじゃろうなぁ」
「……ですね」
改めてアリスの恐ろしさを認識したふたりは、遠い目をしながら小さく身を震わせた。
そして、そんな各国のトップに心の底から恐れられているアリスはというと……。
「なんの用ですか?」
「ちょっとお願いがあるんですけど、聞いてくれませんか? ……『シャローヴァナル様』」
世界の頂点との交渉に臨んでいた。
シリアス先輩「ハッ!? シリアスの予感!」
???「ねぇよ」




