家を建てよう②
自分の家を建てると、そう考えた結果まずはリリアさんを含めた知り合いに対し、先に話をすることにした。
母さんと父さんにも、そういうことを考えているというのはすでに伝えてある。最初はお金の心配をされたが、アニマに預けている分も含めた所持金について伝え問題ないことを話した。
母さんは「快人は、いつの間にか大きくなっちゃってたんだね」と遠い目で呟いており、父さんは「……どうしよう、この歳で息子に養ってもらうとか世間体が……」と、同じく遠い目でなにかを言っていた。
両親に話をしたあと、次に誰に話をするかといえば……リリアさんだ。思い立ったらすぐ行動ということで、リリアさんの居る執務室に行ってみれば、いつも通り仕事をしているリリアさんと傍に控えているルナさんが居た。
「おや、カイトさん? どうかしたんですか?」
「えっと、お仕事中すみません。リリアさんに伝えておくことがあって……」
「私に、ですか?」
突然の来訪にも拘らず、リリアさんは優し気な笑顔で仕事の手を止めて応じてくれた。そんなリリアさんに対し、俺は回りくどいことは言わずにストレートに用件を伝える。
「実は、こうしてこちらに永住することを決めて、いつまでもリリアさんのお世話になっているわけにもいかないと思うので、自分の家を買おうかと考えてます」
「っ……そうですか。たしかに、カイトさんにとってもいい節目なのかもしれませんね。私は賛成ですよ」
あれ? 気のせいかな? 笑顔で肯定してくれてるけど、さっき一瞬……本当に一瞬だけ、『滅茶苦茶ショック』という言葉を体現したような表情になった気が……見間違いだろうか?
「ちなみにカイトさん、差し支えなければ教えてください。どこに家を建てるかなどは、もう考えているんですか?」
「えっと、そうですね。やっぱり住み慣れたシンフォニア王国がいいですし、リリアさんたちにも会いに来やすいように、できるだけこの屋敷の近くがいいなぁって思ってるんですけど……」
「! なるほど」
今度は一瞬「ものすごくホッとした」みたいな顔になった気がする。
「はい、それで土地のこととかもあると思うので、一度オーキッドあたりに相談してみようかと思ってます」
「わかりました。といっても、今日明日に完成するものでもないでしょうし、大きな買い物になるのですから、じっくり検討してください。私でよければ、いつでも相談に乗りますよ」
「ありがとうございます。心強いです」
やっぱりさっきの表情変化は気のせいだったんだろう。気さくで接しやすい面もあるが、リリアさんもやはり貴族の当主、こういう時は本当に頼りがいがある。
そして俺は、リリアさんに何度かお礼を言ったあと、オーキッドに手紙を送るために部屋をあとにした。
話を終えて快人が部屋から去って行ったあと、笑顔を浮かべていたリリアは……ゆっくりと机に伏して、小さな声で呟いた。
「……寂しい」
「よく堪えましたと褒めるべきか、なんで本人に言わないのかと呆れるべきか……」
「うぅ、だって、カイトさんが私に世話になっていることを気にしてるのは知ってましたし……反対したりしたら、面倒な女って思われちゃうかもしれないじゃないですか」
そう、気合と根性で笑顔を維持していたが、快人の話を聞いている間、リリアは心の中では百面相していた。
正直リリアの気持ちとしては、いまのままがいい。愛しい恋人が同じ家に住んでおり、顔を合わせる機会も多く、一緒に食事やお茶も楽しめる。
「幸い、ミヤマ様はこの近くに家を建てるつもりみたいですし、ミヤマ様の性格なら足繁くに通ってくれるでしょう」
「……ふぐぅ……でも、おはようとかおやすみとか……廊下ですれ違って言えなくなります」
「……だから、そんなに泣きそうな顔になるなら、そうミヤマ様に言えばいいのに……」
「でもぉ……」
「まぁ、リリの言う通り今日明日にどうこうなるものではありませんし、落ち着いて考えればいいじゃないですか……とりあえずこの状態では仕事にならないでしょうし、紅茶でも淹れてきますよ」
「……はい」
情けないというか、乙女らしい面を見せる親友を見て溜息を吐いたあと、ルナマリアは紅茶を淹れるために一度部屋の外に出る。
そんなルナマリアを見送ったあと、リリアはおおよそ人には見せられない情けない顔でもう一度机に伏した。
「……やっぱり寂しい」
「そんなリリアさんに提案があります!」
「ひゃぅっ!? げ、げげ、幻王様!?」
突如目の前に現れたアリスに対し、リリアはあまりの驚愕に椅子から転げ落ちる勢いで飛び跳ねた。
「はい、どうもこんにちは……まぁ、細かい挨拶は抜きで本題に行きましょう。とりあえず、この書類を見てください」
「……これは?」
アリスから差し出された紙の束、それをリリアは怪訝そうな表情で受け取ってから目を通し始める。
あまり枚数も多くなく、要点を絞って書いてあるのでそれほど時間はかからず読み終わり……リリアは、静かに机にあったペンを手に取る。
「……あの、これ、どこにサインすれば?」
「ここと、ここにお願いします」
アリスの指示を受けて書類に署名をしたあと、リリアは手元に通常のものとは違う形状のマジックボックスを出現させる。
そのマジックボックスは、登録者の変更は不可能であり、さらにはマジックボックス自体に強力な封印が施されている非常に高価な特注品である。
そしてその中から取り出したのは、豪華な装飾の施された印鑑……これは、リリアが普段仕事に使うものとは違うもので『アルベルト公爵家としての許可』ではなく、『当主であるリリア・アルベルト本人が全権を以て許可をする』という意味合いで使う最上位の印鑑。
公爵家の当主となってから、本当に数えるほどしか使ったことのないその印を、リリアは迷うことなくアリスの書類に押した。
「はい、ありがとうございます」
「では、よろしくお願いします」
交渉は数分で終わり、アリスは姿を消す。そしてリリアは、印鑑をしまったあとで、仕事を再開するためにペンを手に持った。
ちょうどそのタイミングで紅茶を淹れたルナマリアが戻ってきて……すぐに不思議そうに首を傾げた。
「……リリ、なんですか、その緩み切った顔は?」
「へ? そうですか? えへへ、私はいつも通りですよ」
「いや、ビックリするぐらい緩み切った顔してますよ……さっきの絶望的な表情はどこに行ったんですか?」
そう、いまのリリアの表情は……それはもう幸せいっぱいの満面の笑顔だった。
「ふふ、紅茶ありがとうございます。さぁ、まだまだ仕事はありますし、頑張りますよ!」
「……私の居ない数分に、いったいなにが……」
ふたりだけの執務室に、ルナマリアの不思議そうな声が響く。彼女は親友の幸せいっぱいの笑顔の理由を知るのは、それから数日後のことだった。
第二部始まってから、可愛くなったお嬢様
シリアス先輩「……知ってた。恋人が離れ離れになって悲しいとか、そんなシリアス展開になる作品じゃないのは知ってた……けど、少しぐらい期待してもいいじゃないか……」




