終わりの神が謳う愛⑩
嫌な予感がしていなかったかと言われれば、そんなことはない。俺はいままでツイスターゲームをプレイしたことはないが、大まかなルールぐらいは知っている。
本来は色の付いた円が並ぶマットの上で、ルーレットによって指定された左右の手足と色に触れていき、膝や体が着いたら負けという感じだったはずだ。
しかし、この部屋のツイスターゲームにルーレットは存在せず、アリスが独断で色と触れる部位を読み上げるという形式。
この時点で予想できてしかるべきだったとは思うが……いまは心から思う……アリス、あとで覚えとけよ。
『では、次はカイトさん、右手で赤です』
「……ぐっ」
「……」
ハッキリ言って俺に対する指示は簡単なものばかりであり、いま指定された右手で赤というのも、それほど無理な体勢になることなく触れることができる。
だが、忘れてはいけないのはこのツイスターゲームは、ひとりでプレイするものでは無いということ……。
現在の俺の状況を端的に説明すると……『シロさんの胸が目と鼻の先にある』状態である。
いまさら語るまでもないことだが、シロさんは神……当然、人間ならキツイ体勢や、間接の関係上不可能な姿勢でも平然と実行することができる。
ものすごく作為的なものを感じる……というか絶対ワザとやってるだろうけど、シロさんは現在低めのブリッジのような姿勢で静止しており、期待の籠った目で俺の方を見ている。
そして俺は、アリスによって絶妙に誘導され、その上に若干ずれて覆いかぶさるような姿勢になってしまっていた。
シロさんが本当に、人間ではありえない……背中が地面すれすれの状態で静止しているので、姿勢的な辛さはないが、シロさんの豊満な胸を真正面から見るという状態に、精神はガリガリと削られている。
しかも、先ほどからアリスの指示により、少しずつ、手と足を広げさせられ……徐々に顔が低い位置に下がってきている。
『では次シャローヴァナル様、右足を青です』
「はい」
そしてシロさんの方は、足か手をひとつ横に動かし、また次の指示で元の位置に戻るというのを繰り返している。
ここまでくればもう、アリスとシロさんがなにを狙っているのかはハッキリとわかる。まず間違いなく、俺の顔をシロさんの胸へ当ててしまおうと考えているのだろう。
というか実際もうかなりギリギリである。仰向けに近い状態でも、まったく型崩れしない綺麗な形の胸、顔がかなり近づいたことで漂ってくる言いようのない心地よい香り。
ほんの少し、あと少しだけ頭を下げれば味わえるあまりにも甘美な蜜……これはほぼ生殺しである。
徐々に姿勢もキツくなってきたし、これはもう諦めて体勢を崩してしまうべきではないだろうか? まず間違いなく、色に触れ間違ったりとかそういう負けは認めてくれないだろうし……。
そんな考えが頭に浮かぶが……同時に俺の頭にはひとつの懸念があった。
普通であれば上側の俺が崩れれば、シロさんも崩れるわけだけど……たぶん、シロさん。あの姿勢でも俺の体重ぐらい平気で支えるよね? となると、俺の体……下につかないよね?
「……アリス、ひとつ聞きたいんだけど」
『はいはい、なんですか?』
「……これ、どうやったら終わるの?」
『どちらかが負ければですね。あぁ、でも、シャローヴァナル様とカイトさんじゃスペックに差があるので、カイトさんはハンデとして《全身が完全に地面に付いた》と私が判断しなければ大丈夫です』
「……色間違えたりとかは?」
『まぁ、その辺はゆるめに行きましょう。あくまでアトラクションですし……目をつぶります』
「……お前あとで本当に覚えとけよ」
つまり、意訳すると……『いま俺が崩れてシロさんの胸にダイブしても、負けにはしないよ』ってことらしい。終わらない……崩れても、終わらない。最悪、胸に顔を埋めたままで続行とかになりかねない。
なにか、なにかこの危機的状況を回避する術はないのか……そ、そうだ!
『では続けます。カイトさん、右足を緑に』
よし、ここだ!
「……あっ、しまった!?」
アリスの指示を聞いた俺は、自分でも棒読みと思えるようなセリフを発しながら、片方の手で強く地面を押して、体を横に逸らす。
そして、そのままシロさんの体をかわして、地面に……。
「――え?」
「どうかしましたか? 快人さん?」
「俺いま、完全に体勢を崩しましたよね? なんで『元の覆いかぶさる姿勢』に戻ってるんですか?」
「不思議ですね」
「……」
相手がチートすぎて、逃げ道なんてなかった!? 絶対巻き戻したよ……俺の体の時間だけ巻き戻したとか、そんな感じの超常現象を発生させてまで、俺の自爆を阻止してきた。
というか、そこまでして俺の顔を自分の胸に当てたいのか!?
「はい。というより正確には、快人さんの頭を胸で抱えるようにして抱きしめたいです」
「……えっと、シロさん」
「はい?」
「それ、このシチュエーションでしなきゃいけない理由があります?」
「ないですね」
「……後でその行為については受け入れますので、ここでは勘弁してくれませんか?」
「かまいませんよ」
若干自分で墓穴を掘った気がしなくもないが、俺にとっての最悪の状態は、胸に顔を埋められたままゲームが続行されることである。
それを考えるなら、ものすごく恥ずかしくはあるが……この交換条件は飲めないものでは無い。
「……というわけで話は付いたから、アリス、終了を……」
『いや~でも面白そうですし、せっかくここまで来てるんですから続行を……』
「……お前とは当分口きかない」
『嘘です! ごめんなさい! 調子に乗りました!? ただちに終了します!!』
本当になんとかというべきか、精神がガリガリ削られるようなツイスターゲームは終了した。
ただ本当にずっと目と鼻の先にシロさんの胸があったせいか……なんか、シロさんの匂いとでもいうべきものが、ハッキリ頭に残ってしまっている。
本当になんであんないい匂いがするんだろう? 香水とか付けるような方じゃないのに……安心するというか、不思議な香りだった。
「では少し、確認してみますか?」
「へ? なにを――わぷっ!?」
「ちなみにこれは先ほどの約束とは別です。ただの確認なので」
「~~~~!?!?!?」
気づいた時には顔全体が驚くほど柔らかいものに押し当てられていた。仰向けでもまったく形が崩れないのに、こうして触れるとあり得ないほど柔らかく、ほのかな体温が心地よ――じゃなくて!? ちょっとシロさん! 話が違う!! 離し……。
「……」
おいこら、天然神! なに平然とスルーしてんだ! 聞こえてるだろ!!
「おっと、そういえば交渉が成立したあと、その先のゲームで不公平になってはいけないと、心を読まないようにしていたままでした。ですがまぁ、問題はなさそうなのでしばらくこのままにしておきましょう。快人さんのプライバシーは大切ですしね」
「!?!?」
おぃぃぃ!? ちょっとっ! どの口がプライバシーとか言いやがる……というか、待って本当に、ヤバいから! 息ができないとかそれ以前に、顔に血が上り過ぎてヤバいから!?
ちょっと、今日のシロさんは積極的……すぎ……。あぁ、だめだ……意識が……。
「窒息してはいけないので、酸素を直接取り込めるようにして……意識を失わないように、精神も少し落ち着かせましょう」
平然とした物言いで、気絶という逃げ道すら塞がれてしまった。これはまさに……悪魔の所業である。
天然神「知らなかったのですか? 神からは逃げられません」
シリアス先輩「私にとっても悪魔だよ!? なにこれ、もうやめて、マジやめて……」
???「……いや、え? ちょっと……これ、結局その形になるなら……アリスちゃん怒られ損じゃねぇっすか……」




