数日遅れのバレンタイン番外編②
昼下がりの大通りを、のんびりと歩く。今日は特に目的があるわけでもなく、暇だったので大通りを散策しつつ買い物をしようと思って出てきていた。
シンフォニア王都でも一番といっていい通りなだけあって、今日もとても賑わってるな。そんなことを考えながら視線を動かしていると、不意に前から歩いてきていた方と目が合った。
「……あっ」
「……げっ」
俺を顔を見て露骨に嫌そうな表情を浮かべたのは、いつもの幻想的なローブ姿のエリーゼさんだった。
お互いにシンフォニア王都在住なので、こうして偶然会うのも絶対にあり得ないことではないが……ものすごい偶然である。
「こんにちは、エリーゼさん。こんなところで、奇遇ですね」
「えぇ、こんにちはです……というか、基本的に食材なんかは買い貯めてほとんど外出しない私が、たまたま外出したらバッタリ遭遇って……いい加減、私としては人間さんストーカー疑惑を抱きそうです」
街で偶然会っただけでストーカー疑惑を抱かれてしまった。いや、まぁ、エリーゼさんがキツ目の物言いなのはいつものことだし、疑惑ですましてくれているんなら一先ずは問題ない……と思う。
「ところで人間さん。いま、少し時間あるですか?」
「へ? え、えぇ、大丈夫ですけど?」
「じゃあ、ちょっと買い物に付き合うです。お礼はあとでなんか適当にするです」
「は、はぁ……かまいませんけど」
別にもともと暇でウロウロしていただけだから買い物に付き合うのはまったく問題ないんだけど、少し意外な展開だ。
というか、そもそも店以外の場所でエリーゼさんと会うことが稀なので、なんというか新鮮である。
エリーゼさんは俺の言葉を聞いて一度頷いたあと、スタスタと歩きはじめた。ついて来いということだろうと考え、俺も後を追いながらエリーゼさんに声をかける。
「それで、なにを買うんですか?」
「いろいろですが……主に、もうすぐ来るバレンタインデーに備えたものです」
「チョコレートってことですか?」
「全然違うです」
「あれ?」
「バレンタインは私にとっては稼ぎ時です。相性占いの依頼も増えますし、恋愛運の上がるアクセサリーとかよく売れるです。なので、アクセサリーの材料なんかを買うです」
言われてみれば、なるほどと納得できる。エリーゼさんの店は占いの店、たしかにこの時期はかき入れ時といっていい。
特に恋愛運の上がるアクセサリーなんかは、魔法具作りが得意なエリーゼさんなら実際にある程度効果のある者を作れるのかもしれない。
「……まぁ、恋愛お化けの人間さんにはそんなアクセサリーは不要でしょうけどね」
「れ、恋愛お化け? い、いや、別に俺はそんな……」
「鏡見て出直すです。六王様どころか、創造神様と交際してる人間さんは、化け物以外のなんでもないです」
「……」
困った……反論できない。この話題をこれ以上膨らませるのは止めておこう、俺に不利すぎる、
そんなやり取りをしながら歩いていると、エリーゼさんがひとつの屋台に目を付け、そちらに近づいていった。
「いらっしゃい」
「商品を見させていただいてよろしいですか?」
「!?」
店主が声をかけてくると、エリーゼさんは普段の不機嫌そうな表情ではなく、いままで見たことが無い……というか、ほとんど別人にしか見えないアルカイックスマイルを浮かべおり、思わず驚いてエリーゼさんのほうを見てしまった。
「おや? 恋人同士かな? 美男美女でお似合いだね」
「ふふふ、そんなことを言っては彼に失礼ですよ。私が無理を言って買い物に付き合ってもらってるだけですから」
「!?!?」
……誰コレ? この上品に微笑んでいる丁重な言葉遣いの方……本当に普段と別人過ぎるんだけど!?
呆然としている俺の前で、エリーゼさんは何度か店主と言葉を交わしたあと、何点かの商品を購入した。
そして、俺と共に店から離れたタイミングで、いつもの表情に戻り隣にいる俺だけに聞こえる程度の音量で呟く。
「……なにか、文句あるですか?」
「い、いえ、まったく」
「これでも客商売してるですから、営業スマイルぐらい使うですし、丁重な言葉遣いもできるです」
……俺、そんな顔向けられたことないし、丁重な言葉遣いも……あっ、いや、いちおう六王祭の時はたしかに丁重な対応していたような。
シンフォニア王国で再会してからは、ずっと辛辣なままだけど……。
「人間さん相手に、丁重な言葉遣いとか必要ないです。よそ行きの笑顔を取り繕う気もないです」
「……えっと、それは、俺に対してはある程度心を許してるとか、そういうことだったり……」
「……勝手に言ってろです」
う、う~ん……相変わらずの塩対応ではあるが、否定はしてない。ということは、いちおう気心知れた友人程度には、思ってもらえてるってことなのかな?
数時間ほどゆっくりと何店かの店を回り、多くの品物を購入したあとで、エリーゼさんの店に向かって歩いていると、ふいにエリーゼさんから声をかけられた。
「人間さん、いちおう手伝ってもらったわけですし、私の店でコーヒーでも飲んでいくです」
「あっ、はい」
「あと……これも渡しとくです」
「……へ?」
そう言いながらエリーゼさんが差し出してきたのは、高級感のある小さめの箱……箱に書かれているロゴはたしか、チョコレートで有名な商会だったような気がする。
ということは、えっと、これはチョコレートってことだよな……。
「若干不本意ではあるですけど……人間さんのことは、別に嫌いじゃないです。だから、数日早いですけどバレンタインチョコぐらいあげるです」
「あ、はい」
「ちなみに私は料理は得意ですが、お菓子作りはしたことないので、チョコレートは買ったものです。ですが、文句は受け付けないです」
「……ありがとうございます。嬉しいです」
「……ついでに丁度お昼時ですし、お昼も食べていくです」
「はい。ご馳走になります」
そっぽを向いたままではあったが、エリーゼさんの声はいつもより少しだけ優しい気がした。
「……面倒なことも多いですが……割と好きですよ、人間さん」
「え? すみません、いまなんて……」
「なんでもないです。ほら、さっさと行くです」
ボソリと呟いたエリーゼさんの言葉は小さすぎて聞き取れなかったが……少しだけ、エリーゼさんの頬が赤くなっているように見えた。
シリアス先輩「……幻王配下マトモ勢は、真っ当な感じだね。ツンデレってやつかな?」
???「う~ん。エリーゼは口調こそキツめですが、ツンデレって程ツンツンはしてない感じですね。まぁ、うちの貴重な……貴重な……性格はマトモ勢ですからね。えぇ、頭に『どっちかというと』ってつきますけど……」
シリアス先輩「つ、次は一番マトモなやつだから……」
 




