番外編・とある魔族の小心者
またも次の話に苦戦しており、泊り仕事で数日更新できないので……しばらく後に乗せる予定だった番外編でお茶を濁します。
ある昼下がり、俺は以前訪れたエリーゼさんの占いのお店へやってきていた。エリーゼさんとは、まだ残念ながら仲の良い関係とまでは言えず、顔見知り程度の間柄だが、シロさんとの勝負では大きなヒントを貰えたので、挨拶とお礼を兼ねて店に足を運んだわけだが……。
「……うげぇ、人間さんです」
「こんにちは、エリーゼさん」
出会い頭から、この露骨に嫌そうな顔である。嫌われているわけではないが、面倒な相手だとは思われているのだろう。
……嫌われてないよね? そこまで嫌悪の感情は伝わってこないから、たぶん大丈夫だよね?
「はいはい、こんにちはです。というか、人間さん、久しぶりですね。数ヶ月だか数年だか、顔を見なかった気がするです」
「あ、はい。えっと……以前占ってもらった通り、神様と少し対決をしたあとで、しばらく異世界に帰っていました」
「……なに言ってるか分からないです。とりあえず……相変わらずの出鱈目具合なのは理解できたです」
「あ、あはは」
たしかに自分で言ってて、なにおかしなこと言ってるんだと思わなくもない。しかし、残念ながらすべて事実である。
「それにしても、無駄に腹の立つタイミングの良さですね」
「はい?」
「これでも私の店はそこそこ流行ってるです。他の客がいたら人間さんを追い返してたところですが……残念ながらちょうど客足が途切れて、一休みしようかと思ってたタイミングなので追い返せないです」
「は、はぁ……」
なんというか、とりあえず追い返されずにはすむらしい。
「まぁ、いいです。人間さん、ちょっとそこの扉の札を裏返してほしいです」
「え? あ、はい」
「じゃあ、どこか適当な椅子に座るです。人間さん、コーヒーでいいですね? というか、私は紅茶が嫌いでコーヒーしか置いてないので、文句は受け付けないです」
そう言いながら店の奥に引っ込んだエリーゼさんは、少ししてコーヒーの入ったカップをふたつ持って戻ってきた。そしてそのコーヒーを占い用のテーブルの上に置き、俺に座るように手で促してきた。
う~ん、こうしてコーヒーをご馳走してくれるってことは……嫌われてるというわけではないのかな?
「それで、人間さんは今日はなにをしに着たですか?」
「あっ、えっと……エリーゼさんの占いのおかげで、助かったのでそのお礼を言おうと思いまして」
「別にいいです。占いは私の仕事なのです。対価としてお金をもらった時点でお礼は済んで……いや、そういえば……人間さんからはお金とってなかったです。じゃあ、やっぱりお礼を聞いとくです」
「はぁ……えっと、助かりました。ありがとうございます」
「どういたしましてですよ」
エリーゼさんはなんとなく、ちょっと独特な人である。ただ話していて、嫌な感じはしないというか……むしろ楽しい。
少し妙な言い回しに思わず苦笑しつつも、お礼の言葉を口にすると、エリーゼさんは満足そうに頷いてからコーヒーを飲む。
「それて、結局神様と戦ったとか、異世界に帰っただとか、どういうことなんですか? その辺ちゃんと説明するです」
「あっ、そうですね。えっと、どこから話しましょうか……」
面倒なやつだと思われている気はするし、いまだに名前で呼んでもらったこともないが……そこでもやはり、エリーゼさんは俺を嫌っていたりするわけではないみたいだ。
友人とは思ってもらえるまでには達してないのだろうけど、少なくとも休憩中の話し相手に選んでくれる程度には……。
快人としばらく雑談をしたあとで、エリーゼは休憩は終わりだと告げて快人を帰らせた。そしていつも通り、店内の椅子に座り客が来るのを待っていると、荒々しく扉が開かれガラの悪そうな男が数人店内に入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
「あぁ……ちょっと見させてもらうぜ」
「はい、どうぞごゆっくり」
先ほど快人に対して向けていた面倒くさそうな顔ではなく、ガラの悪い相手にも明るい笑顔で対応するエリーゼ。そんなエリーゼに短く答えたあと、男たちはお守りなどの商品が並んでいる棚に近づいていく。
そして……。
「おっと、手が滑っちまった」
「あっ……」
「悪いな店主さん、棚倒しちまったよ」
「いえいえ、お怪我はありませんか?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、男たちは手が滑ったと言いながら商品の並んでいる棚を倒し、足が滑ったと言っては商品を踏みつけたりを繰り返す。
それは明らかな嫌がらせ……口でこそ謝罪を告げているが、その表情は少しも申し訳なさそうにはしていない。
しかし、そんな連中に対して、エリーゼは笑顔のままで対応を続けている。エリーゼは本人の言葉通り、非常に小心者であり、わざわざ敵を作るような真似も事を荒立てるような真似もしない。
ただ営業スマイルを浮かべたまま、時折男たちのけがを心配しつつ、嵐が過ぎ去るのを待つ。
この店は王都の大通りにあるので、男たちも偶然棚を倒したり商品を壊してしまったりする以上のことはしないと理解していたから……。
その予想通り、男たちはひとしきり店内を荒らしたあと、ヘラヘラとした笑みを浮かべたままでエリーゼに告げる。
「いや~悪いな店主さん。俺たちちょっとドジでよ。迷惑かけちまったな……今日はもう帰ることにするよ。これは侘びと修理代だ。釣りはいらねぇからとっといてくれよ」
「それにしてもいい店だったな、買いたいものは見つからなかったけど、また明日も来ようぜ」
「あぁ、そうだな。毎日通いたいぐらいいい店だな」
男たちは修理代だと言って、エリーゼに子供の小遣い程度のお金……もちろん損失にまったく見合っているとは言えない金額を渡してから、楽し気に笑いつつ店をあとにした。
エリーゼは渡されたお金に文句を言うこともせず、男たちを見送る。金額に文句を言えば、さらに面倒なことになるのは分かり切っていたから。
そしてまた来ると……警告……いや、脅迫のような言葉を告げて去っていった男たちが去っていった扉を見つめ……その表情から笑顔が消えた。
「……アウトですね」
ポツリとそう呟いたあと、エリーゼが軽く指を弾くと、倒れていた棚や散らばっていた商品がひとりでに元の位置に戻り、同時に店の扉に鍵がかかる。
そしてエリーゼは、懐から小さな魔法具を取り出し、そこに魔力を込めた。
『はいはい、どうしました?』
「……シャルティア様、後処理まで含めて借りひとつってことで、どうですか? あぁ、つまらないやり取りはしなくていいです。貴女が情報を把握してないわけないですし、さっさと情報よこすです」
『いいでしょう……貴女の店に来たのはただ金で雇われたチンピラですよ。大本は同じ大通り……そこから南に150mほどの位置に新しくできた店ですね。商売内容が被ってる貴女の店が、邪魔だったみたいですね』
幻王配下の幹部にのみ渡されている、主であるシャルティアへ直接繋がる通信用の魔法具を使い、エリーゼは先ほど店を訪れた者たちの黒幕の情報を得る。
そしてそれを聞いたあとで、冷たい目のまま黒いタロットカードを手に持った。
『相変わらず行動が早い上に容赦がないですねぇ……貴女に手を出した相手は可哀そうに』
「当然ですよ。シャルティア様も知ってるでしょ? 私は小心者なんです。私の平穏を僅かでも脅かす可能性がある虫は……即座に、徹底的に潰すです」
『怖い怖い……まぁ、だからこそ私は貴女を幹部としてるわけなんですけどね』
「本当にいい迷惑ですけど、いまだけは少し感謝するです」
本人が常々語っているように、エリーゼは小心者である。彼女は基本的に誰かと敵対することも無ければ、誰かと必要以上に親しくすることもない。
他者には何重にも猫を被って接し、その腹の内を見せることはほとんどない。
エリーゼは極めてドライな思考をしており、優先するのは己の平穏……それを脅かす者、脅かす可能性のある者に関しては、見つけ次第即座に消す。
そして、その翌日……数名とチンピラが行方不明になり、大通りにできたばかりの店がひとつ……急遽閉店することになったが、不思議と……『何者かが情報を操作したのか』……大きな話題になることもなかった。
数日後、いつも通り営業していたエリーゼの店で、店主であるエリーゼは露骨に嫌そうな表情を浮かべていた。
「……うわ、また来たです。暇なんですか、人間さん?」
「あ、あはは……いや、以前いただいたコーヒーのお礼に、お菓子をいくつか持ってきたんですけど」
「律儀なうえ、追い返しづらい理由です。まったく、本当に人間さんと知り合ってしまった自分の不運を呪いたい気分です……あっ、その辺適当に座るです」
快人は己はエリーゼに嫌われてないまでも、疎ましがられていると思っているようだが……それは大きな間違いである。
そもそも、エリーゼは大抵の相手には猫を何重にもかぶって接する。当たり障りのない丁重な口調で、敵を作るような真似はしない。
彼女が辛辣な態度で接する相手は少ない。具体的には主であるシャルティアと、快人のふたりだけである。
エリーゼが腹の内を見せ、悪態をつくのは相手を信頼している証拠でもある。素の自分を見せたとしても、この相手は己の平穏を脅かす敵とはならないだろうという、小心者の彼女からすれば非常に大きな信頼。
己の夢を最高の形で後押ししてもらったこと、そして人を見る目に長けた彼女が何度か接するうちに察した快人の性格。
それらを加味した上で、彼女にとって快人は……まぁ、厄介事を運んではくるが、それなりに気に入っているという相手である。
ちなみに彼女が快人を「人間さん」と呼び、それを直す気がないのも……そう呼ぶ相手が快人だけであることから、他と区別がつくので問題ないと思っているからだった。
「人間さん、ちょうどお昼時です。ひとり分作るのも、ふたり分作るのも大して変わらないので、食べていくといいです」
「へ? あ、はい。ありがとうございます」
「考慮するかは別として、一応聞いておくです。嫌いな食べ物はあるですか?」
「……ピーマンです」
「……でっかいナリして、子供みたいですね」
「うぐっ」
「まぁ、人間さん的には幸運でしょうが、ピーマンを使う予定はないです。それじゃ、ちょっと待ってるです」
毒のある口調で話しながらも、キッチンに向かうエリーゼの口元には微かに笑みが浮かんでいた。
シリアス先輩「いいシリアスだ。まともな幻王配下幹部もいるじゃないか!」
???「たしかにあの子は、私以上にドライな上に仕事も早いですけど……基本くっそ引きこもりですし、仕事頼むたびに文句言いますし、扱いづらいっちゃ扱いづらいです。まぁ、それでも幹部の中ではまともな方ですね」
シリアス先輩「ちなみに、ベストとワーストは?」
???「一番マトモなのは文句なくパンデモニウムですね。定期連絡も欠かさないですし、仕事も正確かつ迅速です。性格面でも一番マトモな十魔の良心です。ちなみ一番ひどいのは、仕事関係だったらとりあえず仕事先で一回死んでから恍惚の表情で帰ってくるドMのクソ鳥か、仕事終わるたびに泣きわめいてるやかましいクソ蛇のどっちかで、性格面だと……言うまでもなくパンドラですね」
シリアス先輩「……苦労、してるんだな」




