終わりの神が謳う愛⑦
始まりはどこだったのか、そもそも始まりがあったのかすら分からない。
私という存在が確かな形になったときにはすでに、私は『終わり』に立っていました。数多の世界を終わらせたことについても、特に理由があるわけでもありません。
ただ生物が呼吸をするように、私にとってはソレが当たり前の行為だったというだけです。
終末の破壊神、物語の終わり……私という存在は常に終焉に立っていました。いえ、正しくは……終焉という場を私が選んで立っているのではなく、私が立った場所が終焉に変わってしまうとでもいうべきでしょうか?
どちらだとしても結果は変わりませんし、考える意味はないことかもしれません。ともかく、私は数多の終焉に立ち会い、数えきれない物語を終わらせてきました。
変化が訪れたのはいつだったのでしょうか? これも、大きなきっかけがあったわけではありません。なんの前触れもなく、忽然と頭に「心とはなんだろうか?」と、そんな疑問が湧き上がってきました。
単純な知識としては、もちろん知っています。私が終わらせた数多の存在たちは、様々な感情を浮かべていました。
怒り、悲しみ、諦め、喜び……いくつもの感情を目にすることはありました。それがどういうものであるかを、知識から察することはできていました。
ですが、分かりませんでした……怒ること、嘆くこと、喜ぶこと……その感情は、『どうすればできるんでしょうか?』
私には、私が知識として知る心は、感情は……なにもなかった。きっと、だから、でしょうね。
私が地球神の言葉を聞いて、世界を造ったのは……それをすれば、私にも心というものが、感情というものが、理解できるかもしれないと、そう思ったからでしょうね。
己の作った世界にも、いろいろと手は加えてみました。
『私を倒せる存在』を作れば、なにかが変わるかもしれない。
『権能の一部を魔族に宿せば』なにか特別な存在が生まれるかもしれない。
『破壊だけに特化した生物』を作れば、なにかに影響が現れるかもしれない。
『偶然手に入れた別世界の邪神の魂』を使って『感情に直接作用する魔力を持った生物』を生み出せば、感情を言うものを知ることができるかもしれない。
『感情を持たない植物を作り変えれば』、なにか私が感情を得るヒントが見つかるかもしれない。
『この世界で生まれた生物を異常進化』させれば、なにか私が変わる要因に気付けるかもしれない。
『別世界の存在をこの世界に導けば』新しい変化が起こるかもしれない。
成果が上がったと言えば、上がったのでしょう。私の気まぐれの結果によって生まれた私を倒せる存在は、私にも心が存在することを教えてくれました。
ですがそれでも、私には感情というものが分からないままでした。
私の半身……クロが笑ったり怒ったりするたび、私は不思議でした。なぜ、私と同じ存在であるはずの彼女は、ソレが当たり前のようにできるのだろうか? なぜ、同じはずの私にはソレができないのだろうか?
いまになって思えば、疑問を抱いたという時点で、私には心があり感情があったのでしょうが……私はずっとそれに気付けなかった。
快人さんを求めたのも、快人さんを特別扱いしたのも……彼が私に感情を教えてくれる私にとっての特異点だったから……貴方という存在を求め続けた。
私は、感情が欲しかった。だから、私は貴方の特別になりたかった。私の特異点、私が求めた存在……ソレさえ手に入れば……私は他の者たちと同じように『終わりでない場所』に立てると思っていました。
結果は思い通りにはいきませんでした。ですが、私が想像していたよりずっと素晴らしい形になりました。
快人さんは……私を『物語の終わりとしての私』を終わらせてくれた。あらゆるものを終わらせる現象でしかなかった私を……そんなことはなにひとつ知らないまま、当たり前のように『シャローヴァナルという一人の存在として』、求めてくれました。
貴方がいなければ、私は己の感情に気付けないままでした。貴方がいなければ、私は私以外のものへ視線を向けることはなかったでしょう。
貴方が気付かせてくれたから、私を己を知ることができた。周囲を知ることができた。それが本当になによりも嬉しいと思います。
『私を倒せる存在』の名は、クロムエイナ。私の半身として生まれながら、私とは違う道を歩く心優しき友。
『権能の一部が宿った魔族』の名は、アイン。始まりの名を与えられた、クロのひとり目の家族。
『破壊だけに特化した生物』の名は、メギド。破壊のみを求める心を封じ、代わりに戦いを楽しむ心を手に入れた知性ある赤き獣。
『感情に直接作用する魔力を持った生物』の名は、アイシス。呪われた力に苦しみながら、それでも優しき心と希望を失わなかった優しき死の王。
『感情を与えた植物』の名は、リリウッド。数多の精霊……心持つ植物の始まりとなった美しき花。
『異常進化した生物』の名は、マグナウェル。世界最大の体躯に見合った深き器を持つ、竜族の王。
『別世界の存在』の名は、シャルティア……いえ、アリス。心や感情という分野に関しては、私ですら及ばない世界を欺く幻の王。
私はたしかにその者たちの始まりに手を加えました。ですが、その後に積み重ねたものは他の誰でもない、その者たちだけのもの。
いまなら、かつてクロが言っていた『この世界は、この世界を生きる者たちのものだ』という言葉の意味も理解できます。そして、それを誇らしいとも……。
「……シロさん?」
少し物思いにふけっていると、快人さんが不思議そうな表情でこちらを見つめていました。
「いえ、なんでもありません」
愛おしいそのまなざしに微笑みを浮かべてから、彼と手を繋ぎ歩き出します。
あぁ、本当に……『これからが楽しみ』とは、なんと幸せな感情なのでしょうか。快人さんと共に在るたびに、私は実感できます。
私はいま『物語の終わり』ではなく、『幸せな物語の途中』に立っているのだと……。
シリアス先輩「……って、まって、なんかいい話な感じで流されてるけど……六王が生まれた原因ってコイツ!?」
???「だいたいシャローヴァナル様のせい」
シリアス先輩「だいたいどころか全部じゃねぇか!?」
???「というか、なんでシャローヴァナル様、わた……アリスちゃんが倒した邪神の魂テイクアウトしてんすか? ていうか、アイシスさんって元邪神!? 私的にも衝撃的な事実なんすけど!?」




