『奇跡の日』
勇者祭……それは人界最大、もとい世界最大の都市である友好都市ヒカリにおいて、10年に一度行われる世界を上げての祭り。
天の月1日目から30日目まで一月丸々行われ、毎日多くの趣向を凝らしたイベントが開催される。30日間を通しての参加者の総数は数えるもの馬鹿らしくなるほどだが、その中でも最も多く人が集まるのは最終日……天の月30日目に行われる勇者祭本祭だ。
この日は人界の三国王、魔界の六王、神界の最高神……そして世界の神たる創造神と、各界の頂点たちが一堂に会する日であり、一般人にとっては各世界の頂点をその目で見れる貴重な機会である。
友好都市ヒカリの中央にある巨大なステージ……かつて友好条約が結ばれた場所と言われているそこには、三国王、六王、創造神と最高神……そして今年の勇者役である光永正義の姿があり。いよいよ勇者祭の最後の行事が行われようとしていた。
もっとも竜王マグナウェルだけは、サイズ的にステージのある広場には入れないので、都市の外から首を伸ばす形で参加している。
今年で100度目の開催となる勇者祭では、時代に合わせて行事も様々に移り変わってきているが、この最後の行事だけは1000年前から流れも含めまったく同じものである。
その年の勇者役が世界の各地を巡った感想などを告げ、それぞれの世界の代表によって今後も平和が続くことを願うスピーチが順に行われる。
人界はその年の勇者召喚を担当した国の国王が、魔界は六王を代表して冥王クロムエイナが、神界は時空神クロノアがシャローヴァナルの言葉を代弁する形でスピーチを行う。
それが1000年続いてきた勇者祭の締めくくりの流れであり、今年も同じように行われるのだと誰もがそう思っていた。
しかし、その日……世界に衝撃が走ることとなった。
拡声魔法の魔法具を使い、光永正義が各地での思い出を交えながら勇者役として感じたことを伝え、シンフォニア国王であるライズが続いて世界の平和を願うスピーチを行う。
そしてライズから拡声魔法の魔法具を受け取り、クロムエイナも同様に世界の平和を願うスピーチを行う。そう、ここまではいままでと同じ流れだった。
だが、続いてクロムエイナからクロノアが魔法具を受け取ろうとしたタイミングで、それを手で制した者がいた。
そう、世界の神たるシャローヴァナルであった。
そして、シャローヴァナルは驚愕するクロノアの前で豪華な椅子から立ち上がり、ゆっくりと口を開いた。
「……友好条約が結ばれて、今年で1000年。私はこの世界を見つめ続けてきました」
その声は友好都市ヒカリに居る者だけでなく、世界全てに響き渡った。これは本当に異例の事態である。
シャローヴァナルはいままでの勇者祭においても、一度も口を開いてはいない。というよりそもそも、世界単位で見てみてもシャローヴァナルの声を聞いたことがある者すら少ない。
「私にとっては決して長い年月とは言えない日々ではありますが、その間に世界は大きく変わった。種族も生まれた場所も違う者たちが共に生き、時にすれ違いながらも、手を取り合って未来を作っていく」
響き渡るシャローヴァナルの美しく威厳に溢れた声に、多くの者たちは無意識のうちに地面に膝をつき首を垂れていた。神殿に仕える神官などは、涙すら流して感動している。
「それは実に尊く、見ごたえのあるものです。いま私は、心からこう思っています……この世界を造ってよかったと……故に、丁度友好条約から1000年というこの節目に、私から世界に住むすべての者へ『褒美』を与えましょう。ひとりに一度ずつ、小さな奇跡を贈りましょう。未来への幸せをほんの少し後押しする程度の……」
そのシャローヴァナルが告げた瞬間、世界に住むすべての生物の体が一瞬だけ光を放った。シャローヴァナルが造った世界に生きるすべての者に等しく与えられた、小さな幸福の種。
ずっと抱えていた病が治る、過去の怪我が原因で動かなかった体が動くようになる、欲しかった品を偶然手に入れることができる、少しだけいままでより運の巡りがよくなる……そんな、優しい贈り物。
「……私の創造した世界で生きる者たちよ。今後もいまのように皆で手を取り合える、優しく平和な世界が続いていくことを……これから先も、その光景を見続けていけることを、私は期待しています」
その日の出来事は、のちに『奇跡の日』として長く語り継がれることになるが……シャローヴァナルがその行動をとった原因。彼女に『世界を造ってよかった』と思わせたのが、ひとりの異世界人だったことを知るのは……本当に少数の者だけだった。
大きな音を鳴らす目覚まし時計を止め、ゆっくりと体を起こす。
「……う~ん」
まだ少し寝ぼけているのを感じながら体を伸ばし、最低限の家具だけが残っている部屋を見渡す。
異世界から地球へ戻ってきて……二ヶ月が経った。こちらとあちらの世界の時間の流れの違いを考えると、向こうではもう二年近くが経過してしまっている。
う~ん、本当はもっと早く向こうの世界に戻るつもりだったんだけど……大学の自主退学の手続きだとか、部屋の片付けや整理、おじさんとおばさんへの恩返しを兼ねた孝行と、思っていた以上に時間が経ってしまっていた。
けど、ようやく思いつく限りのことは終えたし……これで、ようやくあの世界に移り住む準備ができた。
そんなことを考えながら、俺はマジックボックスから方位磁石に似た魔法具を取り出す。シロさんの力で作られたこの魔法具は、ふたつの世界を転移することができるものであり、これを使えばいますぐにでも向こうの世界に帰れる。
俺の気持ちとしても、長く大切な人たちを待たせていることだし、すぐにでも帰りたいんだけど……エデンさん経由で『迎えに行くからそれまで待ってて』というメッセージが届いたので、まだ戻れない。
いや、というか……そのメッセージ貰ってから結構日が経ってるんだけど、どういうことだろうか? あと、そこはかとなく感じること不安はなんだろうか?
気のせいだよね? まさか、そんなわけないよね?
……『どっちが俺を迎えに行くかでクロとシロさんがもめてる』とか、そんなわけ……ないと、いいなぁ。
???「ちなみにシャローヴァナル様の奇跡に関しては、最終決戦に参加したメンバーに関しては優遇されてるみたいです。わた……アリスちゃんのところには、シャローヴァナル様の魔力で作られた魔水晶がいくつか届いてたみたいですし、神族にはそれぞれ瞳の色に合わせたアクセサリーが贈られたみたいですよ……あの方なりの騒がしたお詫びなのかもしれませんね。あっ、ちなみにカイトさんの予想は正解で、クロさんとシャローヴァナル様がどっちがカイトさんを迎えに行くかで『最終決戦以上のガチバトル』してるので、そのせいでカイトさんの帰還が遅れてます……もうじゃんけんでもなんでもいいんで、さっさと決めてカイトさん迎えに行ってください」