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『最後の試練』



 母さんと父さんが消えると、俺の目の前には豪華な扉が出現した。この先に進めってことだろうか?

 母さんは試練はあとひとつと言っていたし、これをくぐってゴールというわけではないだろうけど……次はいったいどんな試練が待ち受けているんだろうか?


 扉の前で一度深呼吸をして、しっかりと覚悟と決めてから扉を開く。


「……なんだこれ?」


 どんな厳しい試練が待ち受けているのか、どれほど過酷な場所に移動するのかと、そんなことを考えながら開いた扉だったが……見えてきた景色は……拍子抜けするほどなにもなかった。

 真っ直ぐに続く一本の道があるだけで、それ以外はすべて草原が地平線の彼方まで続いているだけ……。


 首をかしげながら中に入り、扉を閉めると……扉は初めから存在しなかったかのように消え失せ、残ったのは青い空と草原、そして一本の道だけだった。

 後ろを振り返ってみても、同じように草原と道があるだけ……この道を進んで行けってことなのか?


 疑問に感じる部分はあったが、俺はとりあえず用意された道を真っ直ぐに進むことにして歩き出した。








 どれぐらい歩いただろうか? 腕時計や服と靴以外の道具類はすべてこの空間に入ったと同時に消えていたみたいで、時間がさっぱり分からないけど……たぶん、『数時間』は歩いていると思う。

 その割に体は疲労していないので、この空間では体力を消耗するということはないみたいだ……けど、うん。そういうことか……これが『最後の試練』ってことか。


 景色はなにひとつ変わらない。一本の道と岩も木もなにひとつない草原、雲も太陽もない青空……どこまで、いつまで歩き続ければ終わりが来るのか、まるでわからない空間。

 この空間そのものが、俺に与えられた試練ということなのだろう。やるべきことはとても単純……一本道を歩き続ければいい。

 しかし、果たしてそれは何日? 何ヶ月? 何年? それを疲労しない体で歩き続ける。言ってみれば、根競べみたいなものか……。


 上等だ。何年でも、何百年でも付き合ってやる。

 沢山の温かな想いを貰った……沢山の勇気を分けてもらった……抱えきれないほどの愛情を注いでもらった……力強く背中を押してもらった。

 だから、もう、大丈夫……確信がある。


 俺の心はもう、決して――折れたりしない。










 何日歩いただろうか? いや、もう完全に時間の感覚がないので、もしかしたら数ヶ月は経っているかもしれない。

 なんというか、不思議な気分ではある。この空間では肉体は疲労しない。お腹もすかないし、眠気もない。

 だけど、やはりというべきか精神的な疲労から時々足が重く感じることがあるので、その時には気合を入れなおさないとペースが落ちてしまう。


 ただ、不思議と記憶とかの劣化みたいなのは無い。有紗たちとの会話もついさっきのことのように思い出せる。本当に文字通り精神力のみを図る試練ってところだろうか?

 まぁ、なんにせよ焦ったところで仕方がない。いつ終わるかは、まさに神のみぞ知るってわけだし……。


「……たとえば、世界が、ひとつの物語ならば」


 歩きながら考える以外にやることもなかったので、なんとなく歌を歌ってみることにした。イルネスさんに教えてもらって、のちにクロの歌だと知った『小さな物語』……。

 この歌は好きだし、いまの状況にも少しマッチしてるような気がする。










 歩く、ただ、ひたすらに歩き続ける。もうどれだけこうしているかなんてのはわからないが、間違いなく年単位で時間は経過しているだろう。

 そろそろ俺の歌も、上手いと言われてもいいレベルになってきた気がする。しかし、やはり道に終わりは見えない。

 もしかしたら道を間違えてるんじゃないかとか、いつまでたっても終わりなんてないんじゃないかとか、そんな弱気な考えも浮かんではくるが……うん、まぁ、それはそれである。


 人間生きていれば弱音も吐くし、迷うこともあるだろう。問題はそれからどうするかだと思う。

 どれだけ遠くても、この道がクロたちの居る場所に続いているのなら……俺の足が止まることなんてない。

 だから、歩く……ひたすら、続く同じ景色の道を歩き続ける。どこまでも、いつまでも……。


 なんとなく、先の見えない道を歩き続けるっているのは、人生そのものに似てる気がする。










 何年経っただろうか? 時間の感覚なんて遥か昔に消え去っているので、何十年も歩いている感覚でも、実際は一年ぐらいしか経過してなかったりするのかもしれない。

 となれば、終わりはまだまだだろうか? しかし、この空間のせいなのか精神的に成熟した感じはないな……いや、まぁ、結局歩いてるだけなんだから変わらないと言えば変わらないけど……。

 ちょっと、オズマさんみたいな落ち着いた渋みのある感じになれてるのかと思ったが、そんな感じもしない。やっぱ人生経験とかそういうのが大きいのかな?


 そして、こうして終わりなく歩き続けていると……漠然と、思うことがある。皆は、どんな気分だったのだろうかと?


 たとえば、アイシスさんは……実際にはもっと長いだろうけど、友好条約が結ばれて1000年という月日を、大きな孤独を抱えて生きてきた。

 たとえば、クロは……実際の年齢はわからないが、数万年という年月もの間、生まれてから欲しかったものを求め続けていた。

 たとえば、アリスは……たぶんクロ以上に長い年月を、親友の最後の願いを胸に生き続けていた。


それに、シロさんはどれだけの月日を生きてきたのだろうか? 何億年だろうか? それとも何兆年だろうか? それよりももっと上だろうか?


 何千年、何万年、何億年……言葉にするだけなら、すごく簡単だ。だけど、実際に考えてみればそれは本当に途方もない時間。

 皆は、どんな気持ちでその長い日々を生きてきたんだろうか? 長いこと歩き続けている意味なら、少しぐらいその気持ちがわかるかなぁと思ったけど……う~ん。

 結局のところ人生なんてそれぞれ違うわけだし、本当の意味で気持ちを理解するってのは難しいのかもしれない。

 だからこそ、想像する。少しでもその相手に寄り添うために、少しでも想いを共有したいと……。


 そういえば、結局シロさんはなにをしたかったのだろうか? 俺の記憶を消す……それがシロさんのしたかったことなのかな? いや、やっぱりなんか引っかかる気がする。

 まぁ、時間はまだまだたっぷりありそうだし……この機会に考えてみることにしよう。世界を創造した神様の気持ちってやつを……。











 本当にどれだけの年月歩き続けたのかわからないけど、これが試練である以上終わりはある。

 変わらない景色、変わらない道を歩き続けていると……ふいに、地平線の彼方に世界の海が見えた。

 そして、白く長い髪の女性が、こちらに背を向けて海を眺めている。それを見て少し微笑みながら、それでも歩む速度は変えずに歩き続ける。


 そして、その背中のすぐ後ろまでたどり着いてから、俺は微笑みと共に声を投げかけた。


「……意外と、早かったですね。ここが、ゴールですか?」

「……」

「……えっと、なんでそんな不満そうな顔を?」


 俺の声に反応して振り返ったシロさんは、なんというか……表情は無表情ながら、頬を膨らませており、なんとなく不満そうなのが伝わってきた。


「……順番に答えましょう。そのとおり、ここがゴールです。そして私は、大変不満です」

「それは俺が試練をクリアしたから、ですか?」

「違います。試練を乗り越えたのはいいです……でも、『ほぼ最短でクリア』されたのが、とても不満です」

「う、うん?」


 最短もなにも一本道だったんだけど? シロさんの言わんとすることがわからず首をかしげると、シロさんはどことなく不満げなまま言葉を続けた。


「この試練は悠久……変わりなく続いていく道です。『100年歩き続ければゴール』でしたが、途中で足を止めたり違う道に逸れたりすれば、その度に『ゴールまでの年数が爆発的に伸びる』ように造りました」

「……ふむ」

「ついでに、足を止めればいろいろな弱音が湧いてきて再び歩き出すのが困難になるような仕込みもしていました」

「……えげつない試練ですね」


 つまり、弱気になったり迷ったりすれば、どんどん悪循環にはまっていく造りだったわけだ。


「……なのに、ほぼ最短でクリアされました。というより、快人さんは本当に一度も足を止めませんでした……大変不満です」

「……えっと、結局のところ、俺は試練をクリアしたってことでいいんでしょうか?」

「……」


 何度も不満だと、どこか拗ねているような口調で告げるシロさんに少しだけ呆れつつ尋ねてみる。するとシロさんは、少し沈黙したあと、溜息を吐いて頷いた。


「……はい。貴方は私の用意した四つの試練を乗り越えました。貴方の……勝ちです」


 そう告げたあとでシロさんが軽く指を振ると、俺のすぐ隣に豪華な扉が現れた。


「……不満がないとは言いません。悔しくないとも言いません。それでも……見事でした。宮間快人……貴方はたしかにわたしに勝利しました」

「……」


 どこか寂し気に感じる声でそう告げたあと、シロさんは小さく微笑みを浮かべた。


「さぁ、目覚めの時間です。胸を張ってその扉をくぐって戻りなさい。貴方の帰りを待つ、貴方の居場所へ……」

「……はい」


 シロさんの言葉に頷いて扉に手をかけ……そこで俺はふと、言わなければならないことを言ってなかったのを思い出し、俺はシロさんの方を振り返って口を開いた。


「……シロさん」

「なんですか?」

「ありがとうございました」

「……」


 俺が告げた言葉にシロさんは少しだけ目を見開いて、そして優し気に微笑んだ。


「……『かつて伝えられなかった言葉は、ちゃんと伝えられましたか?』」

「はい、シロさんのおかげで……しっかりと」

「それなら、なによりです」

「それじゃあ、シロさん……また、向こうの世界で」

「はい。快人さん……どうか、これからも、貴方の歩む未来が、幸せな物語でありますように……」





シリアス先輩「100年間、景色が一切変わらない一本道を、終わりも分からないまま延々と歩き続けて……ようやくゴールした第一声が『意外と短かった』? 快人、割と人外の領域に足突っ込んでない?」

???「だからシリアスブレイクすんじゃねぇっすよ。さいの目切りにして魚の餌にしますよ?」

シリアス先輩「扱いの差がひどすぎる!?」


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― 新着の感想 ―
 昔に死掛けた時に臨死体験をして意識以外が無い世界を見たけど普通に心折れたなぁ、自身の身体も見えないから立ってるのか座ってるのかもわからない恐怖に終わりの見えない恐怖に何より孤独感で何百年といた気にな…
[一言] 快人きゅんのメンタル、ス〇ルきゅん並じゃねぇ?(゜ロ゜)
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