『たしかに存在した』
本日三話目の更新です
絵里奈が吹き飛ばされ、そのあとに起こった光の雨という光景に足を止めていた快人だが、絵里奈たちの想いを無駄にしないために霊園に向かって走り出した。
巨竜の視線が外れているいまがチャンスだと、そう思ったのだろう。しかし、快人が霊園に近づくと、巨竜は即座に首を動かして快人の方に狙いを変えた。
そう、巨竜は複雑な思考では動いていない。霊園に近づこうとするものを最優先で攻撃する。ゆえに絵里奈の変化には目を向けず、いま霊園に最も近い快人に対して攻撃を開始した。
快人も懸命に走ってはいるが、サイズの差は歴然……巨竜が数歩足を踏み出せば、すぐに快人の下に届くだろう。そして巨竜は素早く快人の前に回り込もうとした。
しかし……突如その機動力の要たる両足が『凍りついた』。
「なっ!?」
横目にその光景を見ていた快人も思わず足を止める。なぜならソレは、快人がよく知る存在が行使する魔法という力にとてもよく似ていたから。
そんな快人の視線の先で、二筋の閃光が巨竜の足を切り裂いた。片や大剣を握った金髪の女性、片や双剣を持った赤髪の女性。
「……リリアさん? ジークさん? いや……違う」
そう、現れたのはこの仮想世界において快人の先輩である、凜々花とリディであり、元の世界の恋人であるリリアとジークリンデではなかった。
だが、快人が思わず呟いてしまうのも無理はない。手に持つ武器も、その後ろ姿も……あまりにも酷似していた。その強さまでも……。
両足を切り裂かれた巨竜は体勢を崩しかけるが、即座に巨大な翼を広げて天に逃げようとする。しかし、その翼は次の瞬間に根元から切り落とされた……短剣を手に持った有紗によって。
「いったい……なにが――ッ!?」
足が切られ翼も失った巨竜だが、痛みは感じないのかそのまま口から炎弾を快人に向けて放つ。快人には避けられるはずもないその炎弾だったが、直後に快人の少し前に風が出現すると、逆再生のように巨竜に向かい大きな爆発を起こした。
それによって大きく態勢を崩す巨竜の懐に、これもまたいつの間にか絵里奈が出現しており打ち上げるように拳を叩き込む。
すると、数百メートルはあろうかという巨体が、天高く打ち上げられた。
そして、再び分かれていた五人が光となって絵里奈の体に吸い込まれると……絵里奈は虹色の光を纏い、上空を舞う巨竜に向けてハンドガンを構えた。
放たれたのは虹の弾丸……翼のような軌跡を残し天へと上るその弾丸は、巨竜の体を貫き……虹の光と共に消滅させた。
なにが起きたのかはっきりとは分からなかったが、ただひとつだけ分かったのは……絵里奈がドラゴンに勝利したということだった。
瞬く間にドラゴンを葬り去った絵里奈は、俺の前に戻ってきて……再び六人それぞれに分かれた。
「いや~本当の私はとんでもねぇっすね。ほんのちょっと力の一部を借りただけで、あんな強いんすね」
有紗の告げた言葉で先ほどなにが起こったのかをようやく理解した。あの降り注いだ光は……クロたちが絵里奈たちに力を貸してくれたんだろう。
本当に、ありがたい……なんというか、いまにも涙が出てきそうだ。自分のことを想い、助けてくれようとする人がいるってのは……本当になんていうか、嬉しいものだ。
そんなことを考えて温かな気持ちになっていた俺だが、直後に異変に気付いた。
「……皆……その……光は……」
六人の体からは細かな光の粒子が立ち上るように出てきていて、それと同時に六人の体が少しずつ薄くなっているように見えた。
「……どうやら、ボクたちの役目はここで終わりみたいだね。ここから先は、快人くんの戦いだよ」
「……そうか……そう、なるのか……ありがとう、皆」
彼女たちは仮想世界の住人であり、有紗いわくお助けキャラクター。そんな彼女たちの役目が終わったというのはつまり……もう、俺が霊園に辿り着くのを邪魔する存在が居ないということだろう。
そしてそれは、彼女たちとの……別れを意味する。
「……快人くん。元の世界に戻ったら、本当のボクに伝えて……ありがとう、君のおかげでボクは大切なものを守れたよって」
「……絵里奈」
優しく微笑みながら、告げるのはこの世界において俺とお隣同士であり、姉のような存在だった……黒須絵里奈。
「……本当の私にも……伝えてほしい……これからも……快人と……仲良くねって」
「……アイリスさん」
儚げな笑顔で告げるのは、留学生で仲の良かった同級生……アイリス・リアフィード。
「私からもお願い。私が言えたことじゃないけど、ダラけるのもほどほどにね~って」
「……風さん」
こんな時でも緩い口調でのんびりと告げるのは、俺とも高校時代からの友人であり有紗の親友でもある……村雲風。
「本当の私にはこう言っておいてください。恥ずかしがってばかりではなく、たまには積極的にアプローチしないと駄目ですよって」
「……凜々先輩」
苦笑しながら告げるのは、優しくて頼りになって、だけどどこか、抜けてるところもある先輩……西行寺凜々花。
「では、私からも……快人さん共々、心身に気を付けていつまでも健やかにと」
「……リディ先輩」
慈愛に満ちた笑顔で告げるのは、家事万能でいつも俺を気遣ってくれた先輩……リディ・クアネット。
「……じゃ、最後は私ですね。えっと、そうですね……月並みですけど……快人さんと……仲良く……って」
「有紗?」
他の五人に続くように、元の世界の自分へのメッセージを口にしようとした有紗だったが、その途中で彼女の目からは大粒の涙が零れ落ちた。
「……あぁ、もぅ、最後の最後に締まらねぇっすね。ずっと我慢してたのに……」
「……」
「結局、私は最初っから……失恋するさだめだったって……そういうわけですか……やるせないですね」
涙をこぼしながら告げるその言葉に対し、俺は口を挟むことができなかった。いや、いまはまだ口を挟んではいけないと、そう感じていた。
だからこそ、次の言葉を待った。有紗の言葉を、一字一句聞き逃さないために。
有紗は少しの間顔を伏せたあとで顔を上げ、涙をこぼしながらも笑顔を浮かべた。
「……快人さん……高校のころから、ずっと『貴方が好きでした』……この想いは作られたものなのかもしれません。消えて当然の虚像かもしれません。でも、それでも……貴方を好きになった私は確かに存在しました。だから、そんな女が居たってこと……少しだけでも……覚えておいてくれたら嬉しいです」
「……忘れない。俺は絶対にお前を……幻中有紗を忘れたりしない」
気づけば、強く有紗の体を抱きしめていた。いまここにたしかに存在している彼女を絶対に忘れないと、心に強く誓いながら……。
「……ありがとうございます。短い間でしたけど、快人さんと過ごせて……幸せでした」
「ッ!?」
その言葉を共に、有紗の体が光の粒子となって消え……抱きしめていた腕からも感触が消えた。他の五人も同時に消えたみたいで……もう周囲には誰もいない。
体の中から熱が込み上げてくるような感覚と共に、俺は涙をこぼす。
ひとつ……ふたつ……地面に涙が落ち、そのまま大泣きしてしまいたい気持ちになった。だけど、それはできない。ここでまだ、立ち止まるわけにはいかない。
涙を服の袖で拭い、俺はゆっくりと霊園に向けて歩き出した。
たくさんの人に助けてもらった……ここから先は――俺自身の戦いだ。
???「瞬殺じゃねぇっすか、やっぱマグロ食ってる奴は駄目ですね」
シリアス先輩「だからギャグ入れるんじゃねぇよ! まぁ、それはおいておいて……有紗、いいヒロインじゃないか。悲恋に終わると知りながらも必死に快人を助けて……最後に好意を伝えて消える。悲恋だけど美しいヒロインだったね!」
???「え? なに言ってるんすか? この作品にそんな悲しい結末で終わるヒロイン居るわけないじゃないっすか?」
シリアス先輩「へ? いや、だって……」
???「いいですか、最後の別れの時カイトさんはこう言いました『幻中有紗を忘れない』って、つまり、一時だけど『共に生きた相手』として認識したわけです。さて、カイトさんの心具はなんだったでしょうか?」
???「……どでかい復活フラグ建ってた……」




